ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven,1770-1827)作曲の交響曲第1番 ハ長調 Op.21 (symphony no.1 c-dur Op.21)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。ワンストップでスコアと楽譜まで紹介します。
解説
ベートーヴェンの交響曲第1番について解説します。
作曲の経緯
1799年~1800年に作曲されました。ベートーヴェン自身は既に29歳で、最初の交響曲を作曲するのがかなり遅かったと言えます。実は1795年に一度交響曲の作曲に着手していますが、未完に終わっています。それまでにピアノ・ソナタや弦楽四重奏などの作品を作曲していて、作曲技術は十分でした。満を持して交響曲第1番を書いた、と言っていいと思います。
初演は1800年4月2日にウィーンのブルク劇場において、ベートーヴェン自身が指揮により行われました。若いベートーヴェンに古典派以前の音楽の存在を教えた、ゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵に献呈されています。
交響曲第1番の特徴
モーツァルトやハイドンなど、古典派の影響を受けた交響曲ですが、やはりそこはベートーヴェン、交響曲第1番から工夫に満ちています。ブラームスの交響曲第1番ほど難産の大作ではありませんが、当時の基準でいえば演奏時間も編成も十分大きな曲の部類に入ります。
ハ長調という調性も堂々とした作品にしています。第5番『運命』のハ短調を連想させますが、まだ耳の病気も重くはなく、悲劇的な要素はさほどありません。『運命』といえば、第3楽章のモチーフも運命の主題を連想させるなど、後の交響曲につながる要素も多く見られます。
シンプルなモチーフを組み合わせたり変化させたりして発展させていく書法は師匠ハイドンに近いです。しかしハイドンのように1シーズンに数曲の交響曲を書くのではなく、一つの交響曲をじっくり推敲して書き上げています。細部へのこだわりと力強さは最初からベートーヴェンの特徴です。ただ第1番では、ハイドンのアイデアをさらに発展させた要素が多く、革新的ですがまだまだ発展の余地があることも事実です。
またモーツァルトの交響曲第40番、第41番『ジュピター』からの影響も指摘されています。
演奏してみると意外に難しく、チャレンジングで凝った交響曲であることが分かります。全てのチャレンジが成功した、とは言えないかも知れませんが、中身の濃い交響曲です。
作品の構成
4楽章形式の交響曲です。基本的にはまだハイドンに近い古典派様式の交響曲ですが、その枠を抜け出そうと様々なチャレンジに満ちています。
第1楽章:アダージョ・モルト~アレグロ・コン・ブリオ
序奏付きのソナタ形式です。ハイドンの交響曲を思わせる形式ですが、既にベートーヴェンらしさがあります。最初にいきなり属七の和音で始まり、調性がなかなか明瞭になりません。ハイドンの交響曲も近い雰囲気がありますが、属七で始めたのはベートーヴェンのオリジナルです。この序奏の不安定感は、交響曲第4番になるとさらに完成度を増して現れています。
主部はベートーヴェンらしいしっかりした構築的な音楽で、堂々とした落ち着きと素朴さを持っています。第1主題はハ長調の特徴を活かし、第2主題は木管も効果的に絡みます。展開部も良く考え抜かれており、転調も意外性があります。
コーダは規模が大きく堂々と曲を締めます。ハイドンにも近い部分は見られますが、規模が大きくはっきりしておりベートヴェンらしい特徴と言えます。
第2楽章:アンダンテ・カンタービレ・コン・モート
緩徐楽章です。ソナタ形式です。フーガの技法が使用されています。ロマン派風の緩徐楽章と異なり、古典派に近い部分です。変奏曲ではなくフーガを用いたことが特徴ですが、まだ洗練されているとは言えないかも知れません。
モーツァルトが『ジュピター』の第4楽章で交響曲に取り入れたのが有名ですが、ベートーヴェンの時代になるとフーガの技法自体が使われなくなり、過去の楽曲を見ながら独学で学ぶことになります。ここで大事な役割を果たしたのがゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵で、ヘンデルやバッハの楽譜をベートーヴェンに提供しています。
ベートーヴェンはこの後、フーガや対位法について何度もチャレンジをしていて、交響曲第3番『英雄』の第4楽章が有名ですね。そして、交響曲第9番『合唱付き』で完全に対位法をモノにします。
第3楽章:メヌエット
3部形式です。メヌエットと書かれいます。テンポが速く快活な3拍子で、実質的には既にスケルツォと言えます。シンプルなモチーフは交響曲第5番『運命』のモチーフに似ています。
第4楽章:アダージョ~アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
序奏付きのソナタ形式です。第4楽章に序奏が付いていることもチャレンジングですが、その内容も凝っています。テンポ取りが難しく、アマオケで演奏する時は難所ですね。主部は急にテンポが速くなり、スリリングで快活な音楽となります。
編成
編成はクラリネットを含む典型的な2管編成で、ハイドンのロンドン・セットに比べても十分大きな編成です。
フルート×2、オーボエ×2、クラリネット×2」、ファゴット×2
ホルン×2、トランペット×2
ティンパニ
弦5部
おすすめの名盤レビュー
それでは、ベートーヴェン作曲交響曲第1番の名盤をレビューしていきましょう。
パーヴォ・ヤルヴィ=ドイツ・カンマーフィル (2006年)
パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルの演奏です。とても新鮮なピリオド奏法による演奏で、アンサンブルのクオリティが高く、透明感が高く、対位法などがとても綺麗に聴こえます。古楽器奏法を取り入れたピリオド奏法で、テンポが速くシャープさがあり、すっきりした印象です。同時にしなやかさがあることも、この演奏の特徴で、単にクールな演奏とも違います。
第1楽章の序奏は意外に遅めのテンポで始まります。透明感があるため、凝った和音進行などが手に取るように分かります。主部に入ると一気にスピードアップし、スリリングですっきりした音楽になります。とてもリズミカルでベートーヴェンのユーモアが感じられ、楽しく聴くことが出来ます。この演奏を聴くと目から鱗でこんな表現ができるんだな、と気づかされます。古典的なスタイルを踏襲していて、古典派らしいスタイリッシュさもあり、コーダなども洗練されています。
第2楽章はP.ヤルヴィの表現はとてもしなやかで、素朴さはあまり感じられません。ハイドンの緩徐楽章のように、速めのテンポでスタイリッシュに演奏しています。このフーガはあまり完成度が高くないと思っていたのですが、この演奏はそんなことは全く感じさせません。オーケストレーションもしっかりしていて、きちんと演奏すれば、しっかりしたフーガに聴こえるのだな、と、これも目から鱗ですね。生き生きと楽しく聴かせてくれます。
第3楽章は力強さがあり、スリリングです。古典派風の演奏でもベートーヴェンを感じさせるダイナミックな演奏です。中間部はとても透明感があり、センスの良い演奏で聴き物です。高音質も生きていて、滑らかな管楽器が印象的です。
第4楽章の序奏はダイナミックに始まり、その後のヴァイオリンはとても繊細です。主部に入ると凄い速さで、スリリングです。直線的な表現でベートーヴェンらしいです。ドイツ・カンマーフィルはとても上手く、速いテンポでもアンサンブルのクオリティが高く、音が濁ることはありません。シャープでダイナミックに曲を締めくくります。
交響曲第1番でも目から鱗が沢山落ちる演奏を繰り広げていますね。カップリングは交響曲第5番『運命』で、こちらはさらに凄い演奏です。
カラヤン=ベルリン・フィル (1970年代)
カラヤンとベルリン・フィルの1970年代、つまり最も脂の乗っていた時期の演奏です。男気に溢れた1960年代の演奏も良いですが、1970年代はカラヤンの目指す音楽の理想に最も近い演奏です。また、第1番に限らずですが王道の演奏スタイルで、演奏のクオリティの高さも素晴らしいです。
第1楽章の序奏はスケールの大きな演奏です。当時としては普通のテンポの演奏だと思いますが、ピリオド奏法や古楽器の演奏に比べるとスケールの大きさを感じます。響きは磨き抜かれ、静謐な雰囲気すら感じられます。主部に入ると、少し遅めのテンポで落ち着いてじっくり聴かせてくれます。フォルテの個所はスケールが大きく安定していて、5年ほど前に完成したハイドンの交響曲とは全然違う演奏ですね。カラヤンは晩年ハイドンの交響曲を録音していますが、ダイナミックさが全然違います。でも、聴いていて違和感は全くなく、王道の演奏に聴こえます。
第2楽章は余裕のあるテンポで、じっくり演奏しています。最初の主題提示はオーケストレーションの薄さが感じられ、所々で素朴さを感じますが、楽器が増えてくると充実したスケール感のある響きになります。メロディはレガートも良くかかっていてカラヤンらしいです。変奏は丁寧に展開されていき、聴きごたえがあります。
第3楽章は中庸なテンポで堂々とした演奏です。ダイナミックですが、荒さは無く、クオリティの高さも持ち合わせています。第4楽章の序奏はスケールが大きなロングトーンで始まり、ヴァイオリンの艶やかな響きに導かれていきます。主部に入ると速いテンポでスリリングかつダイナミックです。終盤は、ベートーヴェンの書いた工夫に満ちた展開を自然に表現しています。スケール大きく、ダイナミックに曲を締めくくります。
カラヤンのベートーヴェンの中でも良い演奏で、丁寧さと密度の濃さがある名盤です。聴いた後の充実感も素晴らしいです。
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楽譜・スコア
ベートーヴェン作曲の交響曲第1番の楽譜・スコアを挙げていきます。
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