交響曲第6番『田園 (Pastoral)』ヘ長調Op.68は、ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven, 1770~1827)が1808年に作曲した交響曲です。このページでは、おすすめの名盤を取り上げレビューしていきます。
この交響曲第6番は全9曲の中でも、少し異色な交響曲です。表題の『田園』はパストラルのことなのですが、これは解説で説明します。超有名曲なので、無数にCDがあり、名盤も沢山あります。スコア・楽譜までワンストップで紹介していきます。
解説
ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』の解説をします。
標題付き交響曲
「田園」という標題はベートーヴェン自らがつけたものです。他の交響曲、「英雄」は愛称ですし、「運命」は弟子シンドラーの「このように運命は扉をたたく」から来ています。「田園」はベートーヴェン自身が標題を付けた唯一の交響曲です。
「パストラル(Pastoral)」とは?
「田園」というのは、単に日本でいうような田園風景という以上の意味があります。「田園」は英語で「パストラル (Pastoral)」なのですが、これはギリシャ神話から来ています。西暦1600年ごろ、音楽のみならず、文学、絵画など、多くの分野でパストラルというジャンルが流行りました。文学で「パストラル」といえば、ミルトンの「失楽園」が有名です。
ちょうどその頃オペラが誕生しましたが、モンテヴェルディの「オルフェオ」の結婚式の場面は典型的なパストラルです。バロック音楽はメロディと伴奏(和声)から出来ていますが、その前のルネサンスではポリフォニーといって対位法で作曲されていました。バロック音楽は主にギリシャ神話を題材としたパストラル・オペラから始まりました。
羊飼いとか、アルカディア、エデンの園など、一つの理想郷を表しているのです。ギリシャ神話はキリスト教が中心となっても引き継がれヨーロッパの起源としての地位を保ち続けました。
クネヒトの田園交響曲
ユスティン・ハインリヒ・クネヒト (1752-1817)が「自然の音楽による描写、あるいは大交響曲」を作曲していて、こちらは羊飼い、バグパイプなどが出てきて、より明確にパストラルです。詳しくは、ベルリン古楽アカデミーのCDの説明に書いてありますし、演奏もカップリングされています。
ベートーヴェンがこの交響曲の影響を受けたかどうかは分かりませんが、あまりに内容が近いので、もともとクネヒトの交響曲と同じ『ジャンル』として交響曲第6番『田園』として作曲した可能性はあると思います。そんなわけで「田園」の最初のモチーフは羊飼いの楽器であるバグパイプのドローンを模した5度のロングトーンが入っています。
別に構えて聴く必要はありませんが、単なる長閑(のどか)な田園地帯を描写しただけの音楽ではない、ということです。第4楽章の凄い嵐のシーンも、こう考えれば色々想像が膨らむのではないでしょうか?
ベートーヴェンの「田園」の前にもクネヒトの交響曲がありました。他の形式の音楽ではパストラルやパストラーレは取り入れられています。例えばヴィヴァルディ「四季」の「春」の第3楽章はパストラーレです。「夏」は嵐がやってきます。
ベートーヴェンの後を継いだ作曲家たちもギリシャ風・パストラル風の交響曲を作曲しました。ベルリオーズの幻想交響曲やマーラーの交響曲第3番はそれにあたるのではないでしょうか。マーラーなどは他の交響曲でも色々と影響を受けていると思います。
交響曲以外では、田園曲といわれるものはさらに多くあります。有名なラヴェルの「ダフニスとクロエ」もそうですね。
「田園」は絵画的ではない?
ベートーヴェンはこの交響曲に標題をつけると同時に、絵画描写ではないと書いています。
初演時に使用されたヴァイオリンのパート譜にベートーヴェン自身の手によって「シンフォニア・パストレッラあるいは田舎での生活の思い出。絵画描写というよりも感情の表出」と記されている。
Wikipediaより
でも、私が思うに第1楽章~第3楽章は、普通に演奏すると絵画的になるように思うんですよね。そうすると第4楽章で面食らうのですが。第4楽章は確かにただの「嵐」にしては複雑で演奏も難しいです。そういう所を重視すると、フルトヴェングラーの演奏ように神々しい要素も持っている訳です。
例えば「幻想交響曲」だったら、そういうことはありません。標題は演奏の参考になっていて、最初からグロテスクに演奏できます。ヴィヴァルディの「四季」も途中で面食らうことはないです。例えば「春」の第2楽章のヴィオラは愛犬の吠える声だと書いてあるので、そういう風に聴こえるように少し工夫して演奏します。
そもそも絵画だって写真と違って、感じたものを描いているわけですけどね。絵画はルネッサンス期以降、印象派以前のリアルさのある作風でも、かなり理想化されて描かれています。そこには感情表現も適度に入っているはず。
では、なぜベートーヴェンはわざわざ上記の注意書きを入れたのでしょうか?単に演奏者が、描写的な表現を見つけて、いかにリアルに演奏するか、に力を入れてしまうのを避けるためかも知れません。フルートに鳥の鳴き声があったとして、如何にしたらリアルな鳥のようになるか、なんて追求し始めたら本題から外れてしまいます。
でも、もっと深い意味があるのでしょうかね。難しいところだと思います。
「田園」の構成
交響曲第6番『田園』は以下の楽章から構成され、それぞれに副題がついています。
第1楽章: アンダンテ・マ・ノン・トロッポ
田舎に到着すると呼び起こされる、楽しく大らかな気持ち
第2楽章: アンダンテ・モルト・モッソ
小川の畔の情景
第3楽章: アレグロ
農民たちの愉しき集い
第4楽章: アレグロ
雷雨、嵐
第5楽章: アレグレット
牧人の歌。嵐の後の嬉しく、感謝に満ちた気持ち
お薦めの名盤レビュー
有名な「田園」ではありますが、奇数番号を得意とする演奏家はあまり得意としていないようなのです。
モントゥーは普段聴きにも使えるので、一番バランスがいいと思います。古楽器演奏は単に古楽器やピリオド奏法で演奏したからといって、何も出てきません。第九もそうですが、「田園」は一時代先を行っているかも知れません。フルトヴェングラーは聴いておいたほうがいいですね。私は中学の時に始めて聴きましたが、なんであんな演奏なのか全く理解できませんでした。理解できなかったら、しばらく時間をおいてまたトライすれば理解できる時が来ると思います。
古楽器系では、ガーディナーは聴くべきですね。ガーディナーは全集を持っておいて損はありません。あとは、ベルリン古楽アカデミーも良い演奏です。カップリングのクネスト作曲の「田園」が聴けますが、その後、ベートーヴェンの「田園」が始まると、ベートーヴェンって凄いなと思います。
とりあえず、この3つを聴いてみて、あとは無数にあるので、好きなものを聴いてみてください。
カラヤン=ベルリン・フィル (1970年代)
カラヤンとベルリン・フィルの1970年代の録音です。カラヤンは奇数番号のほうがあっている気がしますが、「田園」も良いですね。すっきりしていてわざとらしい表現もないので、曲の良さがストレートに伝わってきます。コマーシャルの音源になりそうな、期待を裏切らない質の高さです。
第1楽章は意外にテンポが速く、古楽器演奏と同じくらいの速さです。有名な主題もクオリティが高く満足できます。良い意味でシンフォニックでスタイリッシュさのある演奏です。弦は艶やかさがあり、木管は非常にレヴェルが高いです。素朴さはあまり感じませんが、最近の古楽器の演奏を先取りしたような表現があり、さすがと思います。
第2楽章も少し速めで、すっきりしています。ベルリン・フィルの磨き抜かれた響きから神々しさも感じられます。弦の響きが美しく折り重なり、その上で名手ぞろいの木管が歌います。神々しいとしか表現できない演奏です。
第3楽章はリズミカルにダイナミックに盛り上がります。農民の踊り、からは程遠い演奏です。木管もホルンも透明感が感じられます。中間部もスケールが大きいです。第4楽章は圧倒的スケールで腰が抜けるレヴェルです。さすがベルリンフィルと感嘆します。ティンパニは物凄い強打とロールで、まるで悪魔のようです。ここまでやるからにはカラヤンもただの嵐とは考えていないでしょうね。ベルリン・フィルの機能全開で、よくこんな凄い演奏ができな、と心底感心します。第5楽章はおだやかですが、素朴というよりスケールの大きさが感じられます。凄いのは第1楽章から第5楽章まで、シンフォニックな方向で、きれいに一体化していることです。
また自然美をそのまま描いたのではなく、神々しさと品格を常に保っています。カラヤンのチャイコフスキーの演奏に見られるような過度なロマンティックさもありません。
やり方は全然違いますが、結果としてフルトヴェングラーを思い出させる神々しさのある名演になっているのです。神々しさのある演奏というのは「田園」のイメージには馴染みにくいように思いますが、音楽的にはこういうアプローチの方が相応しいと思います。
バーンスタイン=ウィーン・フィル
レナード・バーンスタインとウィーン・フィルの録音です。ライヴ録音ですが、ウィーン・フィルのふくよかな響きがしっかり録音されていて、音質は良いです。
第1楽章は冒頭のメロディが非常に親しみやすく、ウィーン・フィルの素朴でふくよかな音色を使って、自然美に溢れた演奏です。難しいことを考えず、田舎の自然に浸りたい人にとてもお薦めです。バーンスタインは自然体ながら、テンポを細かく操って曲を作っていきます。曲の途中の盛り上がりは幸福感に満ちていて、溌溂としています。第2楽章は落ち着いたテンポで味わい深く弦を歌わせています。木管のソロが素朴で味わい深く、弦の響きもコクがあって、暖かみがあります。最後の木管の鳥の鳴き声を模した個所もとても深い味わいがあります。
第3楽章は速めのテンポでスリリングさもある演奏です。クレッシェンドするとかなり盛り上がります。ホルンの音色が印象的です。中間部はさらに速いテンポでリズミカルです。第4楽章はかなりの迫力です。ティンパニが思い切り鋭く叩き、クレッシェンドもスリリングです。第5楽章は穏やかな田園地帯を描いた演奏で、意外に力強さもある演奏になっています。
バーンスタインの指揮も良く、ウィーン・フィルもふくよかで、フォルテになるとかなりダイナミックです。初めて『田園』を聴く人や、スタンダードな名盤が欲しい人には是非お薦めしたい名盤です。
サヴァール=ル・コンセール・デ・ナシオン
古楽器の演奏でジョルディ・サヴァールとル・コンセール・デ・ナシオンの録音です。古楽器演奏の中でもサヴァールは結構感情を入れるのが上手い指揮者です。またル・コンセール・デ・ナシオンは結構渋くコクのある音色を出してきます。録音は2020年で新しく、透明感とコクのある古楽器オケの響きを堪能できます。
第1楽章は古楽器演奏らしく、速めのテンポで始まります。ル・コンセール・デ・ナシオンのコクのある響きが良く録音されています。小気味良さのある演奏で、さらに熱気が加わり、盛り上がります。弦の音色は『田園』らしいバラスです。古楽器の木管やホルンの響きに美しさがあります。
第2楽章は少し遅めのテンポで味わい深く、とても自然体の響きです。透明感の中にも中低音域がしっかりしており、それが深みを感じさせます。弦の高音域もきつくならず、とてもまろやかです。他の演奏では聴けない奥深さのある響きです。曲が進んでくると、深みのある味わいがさらに身に染みてきます。最後のフルートと木管のアンサンブルはとても素晴らしい世界観を作り出しています。
第3楽章は速めでとてもリズミカルです。スフォルツァンドの所では熱気も感じます。木管が古楽器らしい音色で歌い、ホルンは本当に上手く、どんな楽器を使っているのか知りたい感じです。古楽器と言ってもベートーヴェンの時代は急速に機構が進化しているので、ナチュラル・ホルンとは限らないと思います。第4楽章はバロック・ティンパニの鋭さを活かして、とてもシャープでダイナミックです。金管も容赦なく咆哮させ、トゥッティでは密度が濃く力強いです。第5楽章は嵐の後の透明な美しさから始まり、徐々に味わい深く盛り上がります。透明感とこの流れの良さはサヴァール盤の特徴ですね。そして、おだやかに展開していき曲を閉じます。
カップリングの中で、第九は特に名演です。古楽器のベト全の中でも響きに味があり、ただ速いのではなく、しっかり表現していて深みを感じる名盤です。
ベーム=ウィーン・フィル
カール・ベームとウィーン・フィルの録音です。円熟したベームとウィーン・フィルの柔らかい響きの相乗効果でとても『田園』らしい演奏になっています。録音はとても良く、味わい深く聴くことが出来ます。
第1楽章は冒頭の有名な主題から、とても端正でウィーン・フィルの味わい深い音色で心をつかまれます。ベームは単に田園風景を描く訳ではなく、シンフォニックにしっかりした演奏を繰り広げています。それで結果として『田園』らしい味わいが出てきている、と思います。弦セクションは、とてもしっかりまとまっていて、しなやかさがあります。木管の素朴さはウィーン・フィルならでは、です。全体としてとてもクオリティの高いアンサンブルです。第2楽章は遅めのテンポでゆったりと進んでいきます。木管の色彩的な音色、弦の端正な佇まいは、神々しさすら感じさせます。じっくり味わえる名演です。
第3楽章は舞曲風に演奏しています。強弱のメリハリも大きく、スフォルツァンドが強調されていて、しっかりしたリズムです。ベームらしく構築的なサウンドですが、とても自然体の演奏です。管楽器ではホルンの演奏が特に素晴らしいですね。第4楽章は速めのテンポで不吉な雰囲気を出しています。重厚な響きの『嵐』で、ベームらしいですね。金管はオケの上でスケールの大きな響きです。第5楽章は単なる自然賛美というだけでなく、静謐で神々しさが感じられます。弦は譜面通りしっかり鳴らしており、『田園』という表題にあまり影響されず、シンフォニックにまとめています。
カール・ベームは他の曲では重厚すぎたり、テンポが遅すぎる演奏もありますが、この『田園』は全てが丁度良く、ベームとウィーンフィルの録音の中でも特に素晴らしい名盤です。
ガーディナー=オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
ガーディナーとオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティクの古楽器演奏です。「田園」に関して言うと、古楽器でなければ良さが分からない、というタイプの曲ではないと思います。ですが、このガーディナー盤は非常に質が高いですね。
一見すっきりとまとめていますが、「パストラル」の雰囲気を良く表現していると思います。特に豊かな響きを使って田園風景を描き出すわけではなく、早いテンポと透明感の高い響きになっています。ただ人数は多いので、豊かな響きを出すべき部分では豊かに演奏しています。
第3楽章~第5楽章も、充実した名演奏です。何よりテンポが適正なのだと思います。「嵐」の場面も思い切りダイナミックです。古楽器オケなのにこれだけのサウンドが出るのは凄いですね。
響きが薄く美しい所と響きが厚く芳醇なところを上手く使い分けでいます。絵画的にならず、すっきりまとめている所はやはり「パストラル」の雰囲気が良く出ていると思います。録音も良いです。
全体の完成度の高さも素晴らしいです。「田園」を聴くなら外してはいけない名盤です。
ベルリン古楽アカデミー
ベートヴェンの『田園』は、小編成の演奏で、これまでの「田園」とは雰囲気が大分違いますね。田園交響曲と言えば、ワルターの演奏のように、ふくよかに演奏するものという先入観があるからですけど。音質は透明感があり、とても良いです。
第1楽章は速めのテンポで有名な主題をとても自然に聴かせてくれます。古楽器による演奏の中でも弦がしっかりしていて、モダンオケの演奏に近い部分があると感じます。どんどん前に進んでいく推進力があり、聴いていて心地よいです。弦は少なめですが、管楽器と上手くバランスをとって、田園らしい充実した響きになっています。第2楽章は小編成のほうが合うみたいです。少し遅めのテンポで透明感のある響きで、じっくり演奏していきます。とても自然体でリズムに乗って心地よく聴けます。
第3楽章はリズミカルで非常に楽しめます。結構あっという間に慣れてしまうものですね。まあ筆者が古楽好きだから、というものあるかも知れませんけれど。第4楽章はバロックティンパニを思い切り鳴らして大迫力です。ダイナミックというよりある種の凄みを感じます。ティンパニはソロのように豪快に演奏しています。表現の仕方が良く練られていて、各パートのアンサンブルは有機的です。第5楽章は透明感があり、おだやかに始まります。結構感情も入れて盛り上がり、金管はスケールが大きいです。弦の細身の響きと金管のダイナミックさを上手く対比させて、喜び溢れる演奏となっています。
テンポは全体的に速めです。ベートーヴェンの譜面に対してインテンポなのだと思いますけれど。一番大事なのは、独特の透明感が神々しい雰囲気を醸し出していることです。やはり紹介文などを読んでも感じますが、ベルリン古楽アカデミーは、パストラルの意味合いを大事にしているようですね。これまで「田園」に感じていた固定観念を綺麗に洗い落としてくれる名盤です。
クネヒト (1752-1817)の「自然の音楽による描写、あるいは大交響曲」とカップリングされています。全5楽章構成で、第3楽章の嵐を中心に自然美が描かれています。牧人やバグパイプも登場するこの交響曲はまさに「パストラル」交響曲です。ベートーヴェンがこの曲を知っていた可能性は十分にありそうです。下の方でブルーレイも紹介しておきます。
アバドとベルリン・フィルの録音です。アバドと言えばウィーン・フィルとの録音が名盤とされていますが、管理人的ンはベルリン・フィルとの録音の方が、アバドらしい爽快さがあって良いと考えます。録音はしっかりしたデジタル録音で解像度も高く良いです。
第1楽章はアバドのリズム感とベルリン・フィルの正確なアンサンブルが素晴らしく、ドイツ的な雰囲気は出ていませんが、普通に演奏するとこうなると思います。テンポは速めですが、ピリオド奏法が浸透した今では丁度良い速さと思います。そして、楽譜を深く読み込んでいて、そこに書かれていることを生き生きと再現しています。ウィーン・フィルのようなオケ自体が持っている神々しい響きはないですが、わざとらしさが無く、とても自然な演奏です。第2楽章は速めのテンポでそよ風のようなリズムの揺れが心地よいです。スコアが透けて見えるような演奏でクオリティが高く、そこから味わい深さが自然と出てきています。オーボエやチェロなどは味わい深いです。クラも艶やかに歌っていて、とても味わい深いです。後半は弦の響きも深みが出てきて、動きも大きくなり、純粋な喜びが感じられます。
第3楽章は力強さのあるスケルツォです。ホルンなどもかなり思い切り鳴らしていて、狩のホルンといった感じです。中間部も弦が少し粗野と言えるほど思い切り弾き切っています。第4楽章は悪魔的と言える大迫力です。この楽章は「嵐」というよりもダイナミックな演奏も多いですが、第4楽章の始めから、うねる様な大迫力で圧倒されます。最高潮でのティンパニのロールなどは、バロックのような叩き方ですが、この方が迫力がでます。第5楽章は速めのテンポですが、爽やかな演奏で安心感があります。クレッシェンドしてくると弦を中心に喜びは頂点に達し、凄い開放感です。『幻想交響曲』につながる様なパストラルの世界が感じられるストレートさです。
リリースした当時は理解されなかったかも知れませんね。なかなか入手困難ですが『田園』の一番のリファレンスとして、レビューしておきたい一枚です。今、聴いてもインスピレーションを刺激される名盤です。
ワルター=コロンビア交響楽団
ブルーノ・ワルターとコロンビア交響楽団の録音です。「田園」といったらブルーノ・ワルターですね。私が中学生の時から、既に定番となっていた録音です。今聴いても野暮な感じを受けることはありませんし、やはりこれを超える味わいのある演奏はなかなか出てきませんね。最近、このCDは聴いていませんでしたが、音質は随分良くなった気がします。
第1楽章はまさにヨーロッパの田園地帯が目に浮かぶような演奏ですね。野暮という程ではありませんが、田舎臭さもあります。オケを気分よく鳴らしていて、田園地帯を散歩している感じです。絵画的な「田園」というか、絵画的になることを全く厭(いと)わない、自然な演奏ですね。それも長い歴史のあるオケではなく、録音用に編成されたコロンビア交響楽団で演奏しているんです。(ニューヨークフィルとの演奏もありますけど。)即席オケなのにアンサンブルも鉄壁で、音楽の内容も含め迷いなく完成されている雰囲気です。第2楽章も同じですが、もう少し清涼感とか神々しさがあってもいいような気もするのですが、やはり絵画的です。フルートやファゴットのソロなど、物語的な感じすらします。でも、作為的であったとしても目立つことはないし、この楽章の最後のほうになると自然の素晴らしさに感動させられます。
第3楽章は農民の踊りを地でいっています。第4楽章の「嵐」は、これまで聴いた中で一番穏やかです。ヨーロッパでよくある普通の「嵐」を描写しているように思えます。ヨーロッパって、車で高速道路を走っていると、突然ザーッと大雨が降ってきて、2時間もすると止んでしまうんです。そして、凄い虹が出ます。日本の台風とは全然違うタイプの「嵐」です。
第5楽章は自然賛歌です。「物語」のようですね。あまり深刻ではないハッピーエンドの「物語」です。少々神々しさはありますが、「自然の猛威はあるけれど、やっぱり自然は素晴らしい」という雰囲気です。
こんなに聴きやすい「田園」は、なかなかありません。「田園」は本当に色々な演奏がありますが、一番素直で聴きやすいですし、やはり古い録音なのに今でも人気がある理由はよく分かります。初心者で迷っている方は一番にお薦めしたい名盤です。
モントゥー=ウィーン・フィル
モントゥーとウィーン・フィルの録音です。モントゥーといえば、あのストラヴィンスキー「春の祭典」を初演した指揮者です。しかし、近代音楽から古典音楽まで、名演を残しています。「田園」といえば、モントゥーに合いそうな曲ではありますが、さらに期待以上の名盤です。
ベートーヴェンの代表はこのディスクですね。モントゥーは自然体ですけど、おそらく曲への理解の深さが半端ではなく、「田園」で聴くべきところを、十二分に聴かせてくれる超名盤です。
1958年録音というだけあって、ちょっとテンポが遅めで古い演奏スタイルかも知れません。「田園」は古典派というより、ロマン派につながる特徴を強く持った交響曲なので不自然な感じは全くありません。
意外なことに第4楽章の「嵐」のシーンは目から鱗が落ちる名演です。やはり「幻想交響曲」やマーラーなどにつながる神秘的な要素を持っている曲なんだろうな、と感じます。
それにしてもこのディスクは現在廃盤のようです。とてももったいない名盤だと思いますので、新品をリリースしてほしいですね。
フルトヴェングラー=ベルリン・フィル (1954年)
フルトヴェングラーはベートーヴェンを得意としていますが、それは主に奇数番号で、「英雄」「運命」は名盤があり、第九に至っては「神盤」があります。でも、その中で「田園」は独特で、昔は実は苦手なのではないか?と言われていました。どれを聴いても演奏スタイルは近そうです。出来るだけ新しい録音となると、1950年代になりますね。1954年に録音された「田園」を聴いてみたいと思います。
まず第1楽章の主題の提示で、とんでもなくテンポが遅いです。そして、少しテンポアップした程度で進んでいき、ワルターの「田園」とは似ても似つかない独自の世界観になっています。静かで神々しい、と書こうかと思いましたが、フォルテになるとベルリンフィルは圧倒的な量感で演奏しています。もともと、このテンポだと、ベートーヴェンが云々ではなく、フルトヴェングラーの考え方の問題でしょうね。田園風景や田舎臭さなんて感じられません。でも、感動するし凄い名演です。自然は神々しいものだ、といえば確かにそうです。でも、もはや「パストラル」という次元ではなく、もっと清涼な場所、例えば神殿などを思い浮かべてしまいます。
第2楽章も同じです。一般的に第2楽章は典型的な絵画的音楽に聴こえますが、全くそれはなく、やはり神々しいです。ヨーロッパでは第一次世界大戦以降~第二次世界大戦、大戦がおわってしばらくの間、戦争の大きな被害があり、工業化による自然破壊も行われていました。それは同時代のオネゲルやヒンデミットを聴けばわかります。自然に対する貴重さ、神々しさに気づいた時代で、それを簡単に破壊してしまう人間社会を憂えたり、皮肉ったりしています。
第3楽章は農民の踊りですが、何か違う雰囲気です。神々しさがなくならないように、上手く処理しているようですね。次は問題の第4楽章です。単なる「嵐」ではなく案の定凄い演奏です。いままで聴いた中で一番凄い嵐です。ベルリオーズのようなグロテスクさがあります。でも、神々しさは一切失われていないのが、また凄いです。第5楽章は最初はまさに遅いテンポで神々しく始まり、舞曲の部分はテンポアップしています。でも、舞曲も農民の素朴な舞曲には感じないのがこの演奏の凄い所です。清涼で神々しいです。
まとめとして、フルトヴェングラーの「田園」は、ベートーヴェンの自然観と関係なく、時代が生み出した名演なのではないか、というのが筆者の意見です。まさに究極の自然賛美ですね。
カラヤン=ベルリン・フィル (1960年代)
カラヤンの1960年代の演奏です。フレッシュさと共に、ベルリン・フィルから重心の低いダイナミックなサウンドを引き出しているのが印象的です。
この『田園』は、スタンダードといっても良い演奏スタイルで、特に田園を描写した音楽という感じではなく、スコア通りにしっかり演奏したら、こうなったという感じです。
特に後半が聴きどころです。第4楽章の嵐は圧巻で大迫力です。ここまで躊躇(ちゅうちょ)なくダイナミックに演奏できるのは凄いですね。第3楽章のリズムも良いですし、第5楽章もすっきりまとまっています。
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演奏のDVD,Blu-Ray
ベートーヴェンの『田園』は、有名曲なので多くの映像がリリースされています。
ベルリン古楽アカデミー
ベルリン古楽アカデミーのCDは上で紹介しました。こちらは、SWRシュヴェツィンゲン音楽祭2020での映像です。曲目もCDと同じく『田園』とクネヒトの交響曲 ト長調「自然の音楽的描写、あるいは大交響曲が入っています。
古楽器アンサンブルでの映像なので、どんな楽器を使っているか(古楽器と言っても色々な時期の楽器があるので)など、見て確認することが出来ます。演奏もライヴなので、第4楽章など、熱気があるかも知れません。
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楽譜
ベートーヴェン作曲の交響曲第6番『田園』のスコア・楽譜をあげていきます。
電子スコア
ミニチュア・スコア
OGTー2106 ベートーヴェン 交響曲第6番 ヘ長調《田園》 作品68 (Ongaku no tomo miniature scores)
解説:土田 英三郎
レビュー数:2個