交響曲第3番 変ホ長調『英雄(エロイカ, Eroica)』Op.55はルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven,1770-1827) の交響曲の中で、初めて有名になった交響曲です。お薦めの名盤が沢山ありますので、レビューしていきたいと思います。
英雄交響曲は、非常にスケールが大きくチャレンジングで、それ以前の交響曲とは大きく違っています。非常に人気が高く、第2楽章の葬送行進曲は誰もが知っているメロディです。
解説
ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄(エロイカ)』について解説します。
ナポレオンとの関係
この交響曲はナポレオンとの関係がよく言われています。実際にナポレオンに献呈しようとして作曲されたようです。しかし、ナポレオンは期待を裏切り最終的に「皇帝」になってしまったため、献呈はされませんでした。ナポレオンが皇帝になったときのベートーヴェンの怒り様について、以下のような逸話が残っています。
「あいつも普通の人間と全く違わないではないか」と叫びながら、ナポレオンへの献辞を書いた表紙を引き裂いた。
ナポレオンは1804年12月に皇帝即位式典を行っていますが、交響曲第3番の作曲は1803年には一通り終わっています。そして1805年4月に公開の初演を行っているため、皇帝即位式典の直後に表紙を引き裂いたのだ、とされています。ちなみに、この時、ロシアでナポレオンは敗退しますが、チャイコフスキーの大序曲「1812年」はその状況を描いたものです。
新しいチャレンジ
交響曲第3番『英雄』は長大で風格のある第1楽章、第2楽章は葬送行進曲となっていて、戦争に関係のある曲であることがわかります。第3楽章は普通のスケルツォですが、第4楽章は盛り上げるためにフーガを伴う大規模な変奏曲を使っています。コーダは壮大です。
チャレンジングなだけに完成度が低いかも?と思われる部分もなくはないのですが、「英雄」の革新性の大きさを考えると、よくここまでまとめたものだな、と感心するほうが大きいですね。ナポレオンの逸話が仮に間違ったものだったとしても、この交響曲は「英雄」と名付けるのに相応しいものを持っています。
英雄交響曲とフーガ
交響曲にの第4楽章にフーガを使った例はモーツァルトの交響曲第41番『ジュピター』やハイドンの交響曲第101番『時計』の第4楽章にも見られます。
フーガを使ってスケールが大きな音楽を作曲するには、バロックの知識が必要ですが、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンらにバロック音楽を伝えたのはゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵です。スヴィーテン男爵はバロック音楽好きで、バッハやヘンデルの譜面を収集し、若いベートーヴェンにバッハのオルガン曲を弾かせたりしました。この人がいなければ、ベートーヴェン交響曲第9番の第4楽章も生まれなかったかも知れません。
作曲から初演まで
交響曲第3番『英雄』の作曲年代は、1802~1803年とされていますが、正確には分かっていないようです。1805年までは修正がなされていたということです。当時の聴衆にとっても、この規模の交響曲は初めての経験でした。交響曲第3番『英雄』は、1804年に最初の演奏が行われました。これは私的演奏会でしたが、そこに出席したある批評家は、『一般音楽時報』に
この交響曲はその衝撃的な印象と美しい部分を持っているということでは、全く不足する所がなく、この作曲家のエネルギッシュで天才的な精神を認めることができる。
しかし、非常にしばしば無秩序な状況を呈するものである
という内容の記事を載せています。私的演奏会といっても、小さいコンサートではなかったようですけれど。その後、1805年4月7日に一般公開の初演が、アン・デア・ウィーン劇場で行われています。
おすすめの名盤レビュー
交響曲第3番 変ホ長調『英雄』(エロイカ)は人気があるだけに好みが分かれる曲だと思います。
ピリオド奏法でも昔ながらの巨匠の演奏でも楽しめるのです。特に古楽器演奏で名演が多いように思います。名演奏をすべてレビューとは行きませんが、特に素晴らしい名盤をレビューしてみたいと思います。
ガーディナー=オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
ガーディナーは、スコアに記載されているテンポで演奏しています。第1楽章など非常に速いテンポで引き締まっています。弦楽器は超絶技巧です。引き締まったテンポで演奏すべきか、ゆったりしたテンポで英雄のスケールの大きさを表現するか、など色々考えられますが、スコアのテンポからすると引き締まったテンポで演奏するのが正しいのでしょうね。第2楽章の葬送行進曲は少し速めですが、普通のテンポに聴こえます。第3楽章、第4楽章は速いテンポで引き締まったサウンドが心地よいです。
古楽器オケのオルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティクは、超絶技巧で速いテンポでも全く乱れずにアンサンブルしています。うまさに舌を巻きます。
ドキュメンタリー風のDVDもあります。当時の様子を再現したものです。
ガーディナー=オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
指揮ジョン・エリオット・ガーディナー
演奏オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
2003年,ウィーン,エロイカザール
[タワレコ]Drama Eroica / Gardiner
在庫情報:在庫わずか
セル=クリーヴランド管弦楽団 (1957年)
セルとクリーヴランド管弦楽団の演奏ですが、まさかこんなに名演だとは予想していませんでした。一部のファンの間では、昔から名盤とされていたようです。
第1楽章は軽快でリズミカルです。いかにも『英雄』という演奏ではなく、力を抜いて自然に演奏しています。結構、アゴーギク(テンポの細かな変化)がありますがクリーヴランド管弦楽団は一糸乱れぬアンサンブルです。テンポは中庸ですが、遅めに聴こえます。遅くはありませんが、余裕を感じて浸れる演奏です。第2楽章はセルの円熟を感じるような味わいのある主題提示です。悲劇的な面を前面に出した演奏ではなく、やはり表現に自然さがあります。曲が展開していくに従い、悲愴な感情表現がされていきます。最後は主題は細切れになりますが、なるほどとても合っていてスコアの読みの深さを感じさせます。第3楽章は速めのテンポで軽快です。第4楽章はスリリングなフーガです。曲の展開にピッタリ合った細かい表情付けで、ベートーヴェンが聴いたら喜びそうな演奏です。そしてテンポが遅くなりますが、遅くし過ぎず丁度良いテンポで演奏しています。この部分は曲自体が冗長で、ここが全く飽きずに聴けること自体、凄いことです。
セルの演奏は、いい時と悪い時がある気がしますが、この演奏は本当にセルのスコアの読みの深さが、ストレートに良い方向に出ていて驚きます。細かい表情付けが曲にジャストフィットしていて、テンポ設定も速すぎず、遅すぎず、で、ベートーヴェンのチャレンジングな作品をここまで飽きずに聴ける演奏は、滅多にないと思います。
モントゥー=ウィーン・フィル (1957年)
モントゥーのエロイカはやはり自然体です。第1楽章は少し遅めですが、ほぼインテンポで始まります。大分落ち着いた雰囲気です。1957年セッション録音ということで、かなり録音が古いのが残念です。音質はウィーンフィルの音を捕らえてはいますが、『田園』の時ほど透き通った音はしないです。
わざとらしい表現は全くなく、まさに譜面に忠実に演奏していきます。余分な力が入っていないこともあり、ウィーンフィルが自主的に表現する余地が大きいと思います。譜面通りでつまらない、ということは全くなく品格が保たれていて、ウィーンフィルが持っている沢山のボキャブラリーが自然に出てききて、かなりダイナミックな所もあり、スリリングな所もあります。
第2楽章もそれほど遅くなくインテンポです。もちろん葬送行進曲ということは意識していて、ある程度の悲壮感はあります。しかしテンポはあまり変わらず、わざとらしい表現が無いのは第1楽章と同じです。しかし、第1楽章以上にボキャブラリー豊富な表現で全く飽きさせません。モントゥーは実は繊細な指揮をしていると思います。ウィーンフィルは同じフレーズでも同じ表現を繰り返すことはなく、少しずつ表現が変わっていきます。色々な名指揮者に振ってもらっているわけで、ウィーンフィルの持っている表現力の多彩さは、尋常ではありません。第3楽章は速めのテンポで演奏しています。これもインテンポでしょうね。中間部のホルンがウィーンフィルらしくて良いですね。第4楽章は品格をもって演奏することが難しい楽章だと思います。でも、モントゥーはここでもインテンポで通しています。何かドラマを作ろうとか、全く考えていない気がします。フーガを軽快に演奏していって、最後の冗長な部分も少し速めのテンポで乗り切って、大げさになることなく、全曲を終えています。
モントゥーならではの品格ある演奏です。ガーディナーほど速くはありませんが、それに近く、それ以上の内容を持つ演奏は既にあったのですね。
カール・ベーム=ベルリン・フィル
ベーム=ベルリン・フィルの「エロイカ」です。1961年代のステレオ録音で音場が狭い感じがします。
演奏は当時のスタイルで正道をいくスタンダードなものです。繰り返しなしで展開部に入ります。「エロイカ」は繰り返したほうがいいような気がするのは、刷り込みでしょうかね?「運命」は繰り返しなしのほうがいいと思いますけど。中道のテンポ取りですが、ベームらしい構築力のあるスケールの大きな演奏です。その中で自然な表現が繰り広げられていて、聴きこむとさらに味が出てくる名演です。
第2楽章は重厚ですが、神妙に確実な歩みで進んでいきます。第2楽章の最初から味わいのある演奏です。淡い悲哀を帯びた演奏で、晩年ほど遅いテンポではないですが、ドイツ的でしっかりした演奏です。フーガの所など、さらに味わいが深まっていき、感情的にも高揚していきます。ライヴ録音でなく、スタジオ録音でここまで感情を入れてくるのはさすがベームです。
第3楽章は速めのテンポです。ベームとしてもアゴーギク(テンポの変化)が大きいです。第4楽章はスタンダードな演奏ですが、フーガの部分ではかなり熱気があって盛り上がります。ベースに重厚さがあるので、しっかりした演奏ではありますが、この録音は感情的な部分も大きいですね。ラストもスケールが大きい演奏です。
感情も入ったスケールの大きな名演ですが、リマスタリングなど、音質向上がされたCDで聴くのがいいと思いました。
テンシュテット=北ドイツ放送交響楽団
最初の二発のスフォルツァンドで、どんな演奏か想像がついてしまう位、ダイナミックで解放的な演奏です。テンポも少し速めです。とはいえ、北ドイツ放送交響楽団は硬派なオケで、ロンドンフィルのように簡単には熱していきません。解放的なサウンドですが、アンサンブルもきちんと保たれていて、クールさがあります。トータルとしては熱演ですが、さわやかで、聴きやすいです。提示部の繰り返しはありません。展開部の後半の盛り上がりはテンシュテットならではの爆発力です。
第2楽章は遅めで重い演奏です。遅いテンポで少しずつ歩みを進めていきます。私など飽きっぽいほうなので、つまらない演奏だとすぐに飽きてしまうのですが、このテンポで緊張感を維持しています。というより、物凄いスケールの大きな名演ですね。これでもかとオケの弦を壮大に鳴らして、大聖堂にでもいるかのようです。(本当に大聖堂かも知れませんけど。)第3楽章もなかなか迫力があって、残響も豊富なので、神々しい雰囲気になっています。第4楽章は速めのテンポで進みます。かなり派手に強弱がついています。フーガは適度な緊張感を保って進み、やがてスケールの大きな部分にくるとかなりテンポを落としています。こういう遅いテンポで緊張感を保つのは凄いですね。
圧倒的な名演奏でした。音質も良く聴きやすいです。
朝比奈隆=ベルリン・ドイツ交響楽団
朝比奈隆が円熟期にベルリン・ドイツ交響楽団に客演した時の演奏です。日本のオケで聴く演奏とは、ドイツのオケだと違います。ベルリン・ドイツ交響楽団は、ワーグナーなどが得意ですが、少し荒い所もあります。それも含めてドイツ風な名演です。
第1楽章はゆっくりしたテンポでスケールの大きな演奏です。大阪フィルだとふくよかな響きですが、ベルリン・ドイツ響は筋肉質なダイナミックさがあります。なので、朝比奈隆が目指す響きとは少し違うかも知れませんが、遅いテンポの指揮にしっかりついてきて、ドイツ的な味わいも加わっています。時間が経つのを忘れて、じっくり浸れる演奏です。
第2楽章は、非常に遅いテンポです。オケはかなり強くヴィブラートをかけています。悠久の時間の流れに身を任せて、じっくり聴かせてくれます。オケもこのテンポはすぐには慣れないと思いますが、ベルリン・ドイツ響はよくついてきていて、味のある響きを聴かせてくれます。フーガの部分は聴き物です。曲の展開に従って、さらに深みが増していきます。第3楽章は遅めのテンポですが、ホルンなどさすがに上手いですね。意外と細かい動きがあったことに今になって気づきました。第4楽章は思ったより速めのテンポでフーガを演奏しています。スケールが増していきますが、このオケは独特の熱気のある響きをもっていますね。テンポが遅くなると、相当遅いテンポになります。フォルテになった時のスケールの大きさと熱気はベルリン・ドイツ響特有です。最後までスケールの大きな演奏で終えています。
確かに凄く目立つフライング・ブラボーが入っています。ブラボーコールにもセンスが必要ですよね。演奏の完成度では、大阪フィルとの演奏のほうが上かも知れませんが、朝比奈隆が海外の一流オケと残した録音の中で特に素晴らしい名盤です。クナッパーツブッシュなど、客演したオケでテンポが速くなりすぎて、思い切り仕切り直す場面もありましたが、この演奏にはそういった場面はありません。
ブリュッヘン=18世紀オーケストラ
ブリュッヘンと18世紀オーケストラの演奏です。ガーディナーと同じ古楽器演奏ですが、こちらはずっとロマン派風な演奏です。テンポはかなり遅くゆったりしていて風格が感じられます。
古楽器だからといって速いテンポが適しているとはいえません。適度に透明感のある響きの味わいが楽しめる名盤です。古楽器特有の響きがこのゆっくりしたテンポに良く合うのが意外で、さすがブリュッヘンだと思います。第2楽章も同じように遅いテンポで演奏しています。18世紀管弦楽団の独特の雰囲気もいいですね。少しくすんだ響きを味わっていると、いつの間にか第3楽章に入ります。第3楽章、第4楽章は、かなりテンポが速いです。第4楽章の終盤の遅い所を除き、シャープな響きでなかなか古楽器らしいサウンドです。
DVDとCDがありますが、このDVDは臨場感があり、会場の雰囲気が伝わってきて、とても味わい深いです。
ブリュッヘン=18世紀オーケストラ
フルトヴェングラー=ウィーン・フィル (ウラニア)
フルトヴェングラーのエロイカには沢山の録音があります。その中で、「ウラニアのエロイカ」と呼ばれる録音は、ドイツが敗戦した翌年の1944年の録音です。最初は海賊版扱いでしたが、その白熱したライヴは、沢山あるヴィルヘルム・フルトヴェングラーのエロイカの中でも特別な地位をしめていきます。第九でもベルリンフィルとの名演が録音された年であり、敗戦の翌年でありながら録音状態もなかなか良いです。ただ、少しピッチのゆがみがありますけど。このディスクはウラニアのエロイカのピッチを修正したもののようです。原盤はレコードですから回転数が不正確だと簡単にピッチが変わってしまいます。最後に第1楽章のみ、元のピッチの演奏が入っています。こちらのほうがピッチが少し高いと思われ、そうするとテンションの高い演奏に聴こえます。
さて、ピッチも修正されたウラニア盤でフルトヴェングラーの『英雄』をレビューしてみたいと思います。まずは第1楽章の最初の2つの音は、非常にダイナミックです。ピッチを修正しても白熱した演奏であることは変わりなく、ダイナミックで充実した名演奏です。それにしてもピッチの修正はしてもピッチのゆがみは直せなかったのか、ロングトーンでピッチのゆがみが気になります。テンポは基本的に遅めです。テンポが遅い所は風格があります。盛り上がってくるとテンポアップして、ダイナミックでとてもスリリングです。速い所はガーディナー盤、遅い所はブリュッヘン盤という感じで、両方の性格を表現してしまうという、離れ業をやっています。面白いですね。ピッチ修正でテンポが遅い所の味わいが増した感じです。
第2楽章は、遅いテンポ、重い足取りで進みます。情熱が内在しているので、決して暗い音楽ではないです。ピッチは意外に安定しています。後半など、かなりダイナミックになっていきます。内容が濃いので、短く感じられます。第3楽章は意外に遅めのテンポです。トリオのホルンが素晴らしい演奏をしているように聴こえますが、録音が捕らえ切れていない感じです。第4楽章は白熱した名演です。かなりの速いテンポで始まります。そのままフーガの所は演奏していき、さらに段々とテンポアップしていきます。その後、テンポが遅くなると冗長になってしまう演奏が多いのですが、フルトヴェングラーとウィーンフィルの場合、素朴さを前面に出して全く単調さはなく、盛り上がったまま曲を終えます。
フルトヴェングラーはテンポを自在に変更しているなど、色々なことをしているのですが、楽譜にそんなことは書いていないわけで、これが後世、カラヤンやバーンスタインの世代の批判を買ったのはよく分かります。しかし、単にフルトヴェングラーのベートーヴェン、ということではなく、ベートーヴェンの良さを表現するために、あえて変幻自在に演奏していることが分かります。この『英雄』はベートーヴェンの音楽の範囲を超えてはいないと思います。
筆者はフルトヴェングラーの『英雄』を沢山聴いているわけではないですし、ましてや神格化するつもりもありませんけど、名演の一つであることは疑う余地なし、と思います。
カラヤン=ベルリン・フィル (1976年)
カラヤン=ベルリン・フィルの最盛期と言える1970年代中盤の録音です。技術的にも、表現的にもこのコンビにしか出来ない完成度の高さと音色の良さがあります。
第1楽章は堂々としたドイツ的な響きの演奏です。テンポは少し速めです。ベルリン・フィルの弦の響きが格調があっていいです。残響は少し多めだと思います。後半のホルンはとても上手いです。テンポは速めですが、ゆったりとした余裕が感じられる演奏で、上手くレガートを掛けて味のある艶やかな響きです。第2楽章は遅いテンポで悲壮感溢れる葬送行進曲です。弦楽器の艶やかなレガートが上手く活かされています。木管もレガートで上手く統一されています。ダイナミックな所は思い切り鳴らしていて、スケールの大きさを感じます。カノンの部分もスケール大きく盛り上がります。第3楽章は中庸なテンポで少しシリアスな雰囲気です。第4楽章はあまりかっこ良い主題ではないと思いますが、カラヤンの手にかかるとスマートで気品のある音楽になります。この辺りは本当に感心させられます。テンポが遅くなっても緊張感は緩めず、最後の盛り上がりまで一体化しています。
第3番『英雄』は色々な要素を持った作品ですが、カラヤン=ベルリン・フィルは『英雄』らしい力強さ、余裕と気品を感じさせ、それで全曲統一しています。
カラヤン=ベルリン・フィル (1962年)
カラヤン=ベルリン・フィルの1960年代の録音です。カラヤンの覇気を感じる力強い演奏です。ただ解釈としては1970年代の録音と大きくは変わりません。大きな違いはベルリン・フィルの響きで、1960年代の演奏は低音が良く聴こえます。そのため、重厚な響きになっています。
第1楽章は、速めのテンポで力強さがあります。重厚な響きの中にカラヤンの覇気が感じられます。余裕があるタイプでは無く、ダイナミックな演奏です。ガーディナー盤ほどストレートではないですけれど、男気を感じますね。第2楽章は遅いテンポでシリアスに進みます。弦の響きは重厚でコクがあります。フーガも重厚でスケールが大きいです。後半も弦のスケールの大きさに浸って聴くことが出来ます。第3楽章は速めのテンポでシリアスさがあります。第4楽章はインテンポのフーガでスケールが大きく重厚な響きです。テンポが遅くなると、温和な雰囲気になります。ラストは凄く重厚です。
他の曲に比べると1970年代の演奏と変化が少ないですね。カラヤンの『英雄』の解釈は1960年代にはもう確立していたんですね。
テンシュテットと手兵ロンドン・フィルの録音です。
ヴァント=ベルリン・ドイツ交響楽団
ヴァントのエロイカは3種類のようです。(1) 北ドイツ放送交響楽団との1980年代のスタジオ録音、(2) 同じく北ドイツ放送交響楽団との1989年ライヴ、(3) ベルリン・ドイツ交響楽団との演奏、です。もっと古いケルン放送交響楽団との全集もありました。ここでは(3)を聴いてみようかと思います。宣伝文句を見るに「《英雄》は同曲全録音中のベストに推したい圧巻の大演奏!」とありましたし。(騙されやすいタイプですかね。)
第1楽章の出だしの2つの音から、なるほどかなりの熱演です。テンポは中庸くらいです。ヴァントというと細かい所まで厳しく詰めていく印象ですが、この演奏は熱気の方が強いです。客演だと仕方がない所ですかね。提示部の終わりの弱音の部分はヴァントらしい響きが垣間見えました。後半になると、ヴァントらしい響きが多くなり、同時に風格も出てきました。
第2楽章はかなり遅めのテンポで神妙に始まります。オケのほうがまだ熱気が少し残っている感じですね。悲壮感もありますが、何か熱気を感じます。なんとなくワーグナーのようなオペラを聴いている感じです。緊張感も適度にあり、曲が進むにつれて盛り上がってきて、名演なのは間違いないです。第3楽章は結構速いテンポです。中間のホルンもなかなかですね。第4楽章も速いテンポで進みます。フーガの部分は素晴らしく完成されていて、即興性や余分な表現は感じられません。品格すら感じる演奏です。終盤の遅い個所は、上手く演奏していて飽きません。最後はダイナミックに盛り上がって終わります。
録音はかなり良いです。ヴァントの「エロイカ」はもう完成の域にきていると思うので、あとはオケの個性が付加されるだけだと思います。ベルリン・ドイツ交響楽団の場合、緻密な北ドイツ放送交響楽団と違い、外に発散していくような響きなのでその個性が合わさって、ヴァントとしては熱気のある名演になったのだと思います。
サヴァリッシュ=ロイヤル・コンセルトヘボウ管
サヴァリッシュはコンセルトヘボウと1990年代にベートーヴェン全集を作っていたのですね。1980年代にN響によく来ていたころは、サヴァリッシュは欧米で評価が高いのかどうなのか、よく分からなかったのですが、1990年のフィラデルフィア管弦楽団とのディスクも名盤が多いですし、このベト全も端正な感じで良さそうです。1990年録音ですが音質は素晴らしいです。
少しゆっくりめのテンポで始まります。ヴァントと違って厳しさはあまり感じません。円熟してきて、端正という言葉が合いそうです。特に弱音の個所はコンセルトヘボウのクールな響きもあって素晴らしいです。ただダイナミックなところは平板になりがちかも知れません。昔、レコーディングされた演奏は、スケールが大きいけれど少し平板な感じがあったのですよね。もう少しストイックさがあってもいいんじゃないかという気がします。とはいえ第1楽章を聴き終わるころには、サヴァリッシュの円熟した演奏が素晴らしく、非常にハッピーな気分になれます。第2楽章はかなり遅いテンポで進みます。
ヴァイル=ターフェル・ムジーク
ターフェルムジークはカナダのバロック・アンサンブルで技術的に非常に上手いアンサンブルです。世界でもトップを争うくらい上手いと思います。ヴァイルは古楽器オケの指揮者ですが、ストレートで速いテンポが特徴です。普段は明らかに速すぎるテンポで演奏しているときもありますけど、この『英雄』では、速すぎることは無く、適度なテンポで演奏しています。むしろ、ゆったりした余裕を感じる位です。ガーディナーのようなスリリングなスピード感とは少し違います。
ターフェル・ムジークの場合は、おそらく古典派の演奏には弦楽器のプルトを増やしたり、外部から管楽器奏者を呼んできて『英雄』を演奏可能な編成にしていると思います。録音が非常によく、各楽器の動きが手に取るように分かります。ターフェルムジークがもともと持っているカナダの古楽器オケらしい透き通った響きのおかげ、とも言えます。第2楽章も自然で適切なテンポ取りで、遅すぎてもたれたり、速すぎて味わいがなくなったりすることもありません。透明感が高く、様々な楽器が立体的に聴こえてきて、古楽器オケ演奏の良さが出ていて、古楽器オケ演奏での基準となる名盤だと思います。第3楽章は速いテンポです。アンサンブルがとてもきれいにまとまっています。トリオでのホルンは古楽器らしい響きです。
シューリヒト=フランス国立放送管弦楽団
シューリヒトは、(1)ウィーンフィル、(2)ベルリンフィル、(3)パリ音楽院管(全集)、(4)フランス国立放送管の4種類があるようです。今回は一番新しいフランス国立放送管1963年が手元にあったのでレビューをしてみたいと思います。
シューリヒトは、モーツァルトのように軽快に演奏していきます。オケがフランス国立放送管ですが、ちょっと発散気味で集中力が欲しい感じです。途中で力がなくなる時があるのは録音のせいか、演奏のせいか分かりませんけど。録音のほうは、1963年なのでノイズは大目ですが十分聴けます。
シューリヒトはモントゥーと同じ自然体ですが、似ているようで大分違います。そうですね、シューリヒトのほうが横の流れを大事にしているように聴こえます。オーストリア的な軽快さでどんどん進んでいくので、聴きやすいです。名演かというと第1楽章はそこまででもない気がしますね。良い演奏だとは思います。
第2楽章はシューリヒトらしい淡い悲哀が良いです。あまり深刻になりすぎず、かといって、悲哀が無いわけではありません。重すぎず、味わい深い演奏です。テンポが大きく変わります。遅い所はかなり遅く、盛り上がってくると速めになり、重厚壮大にならないようにしているようです。第3楽章は速めのテンポで、普通の演奏と思います。録音のせいかホルンもあまり綺麗に聴こえませんし。第4楽章も速いテンポですね。第2楽章以外はみんな速いですけど。ここのテンポはスリリングな位、速いです。オケものっていていい感じです。
うーむ、この演奏は名演なんでしょうか?第2楽章が良かったので名盤ということにしておきます。
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楽譜・スコア
ベートーヴェン交響曲第3番『英雄』の楽譜・スコアを挙げていきます。
電子スコア
ミニチュア・スコア
スコア ベートーヴェン/交響曲 第3番 変ホ長調 ≪英雄≫ 作品55 (zen-on score)
レビュー数:2個
残り4点
OGTー2103 ベートーヴェン 交響曲第3番 変ホ長調《英雄》 作品55 (Ongaku no tomo miniature scores)
解説:土田 英三郎
レビュー数:1個
残り2点
大判スコア
ベートーヴェン: 交響曲 第3番 変ホ長調 Op.55 「英雄」/ベーレンライター社/デル・マール編/中型スコア
レビュー数:3個
残り6点