ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven, 1770~1827) 作曲のヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61について、解説とおすすめの名盤のレビューをしていきます。
第1楽章の朗々とした有名な主題が印象的です。
解説
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61について解説します。
唯一のヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェンはヴァイオリン協奏曲を1曲しか作曲しませんでした。ベートーヴェン以降のロマン派の作曲家もヴァイオリン協奏曲を2曲以上書く作曲家は少ないです。作曲者自身はピアノは弾けますが、ヴァイオリン協奏曲はヴァイオリニストからの委嘱を受けて初めて作曲できます。曲の規模も大きい場合が多く、それだけコストもかかりますから、そんなには委嘱も来ないのでしょうね。
ただし、全協奏曲ということでは、最後から2番目の第6作目に当たります。ピアノ協奏曲を絡めてみれば、既に協奏曲のスタイルを確立している時期にあたります。もちろん、ベートーヴェンの場合、作曲するごとに、新しい試みをしていることが多いので、完全にスタイルが固定化されてしまうことはありませんけれど。
作曲と初演
このヴァイオリン協奏曲は、アン・デア・ウィーン劇場の首席ヴァイオリニストであったフランツ・ヨーゼフ・クレメントの依頼により、作曲されています。ベートーヴェンにしては非常に短期間で作曲され、1カ月程度で作曲した可能性が高いと言われています。
初演は1806年12月23日にアン・デア・ウィーン劇場で、依頼者のクレメントにより行われました。その後、改訂が行われ、1808年に出版されました。
なお、この協奏曲はヴァイオリン協奏曲からピアノ協奏曲への改作が試みられています。ヴァイオリンパートの下にピアノ譜を付け足して、そのままピアノ協奏曲にしようとしています。このヴァイオリン協奏曲の基本は、それまで作曲してきたピアノ協奏曲の流れにあるということでしょうね。
ヴァイオリン協奏曲を改作して他の楽器にする方法は、ハチャトウリアンが実践しています。なんとヴァイオリン協奏曲は、そのままヴァイオリンパートをフルートに置き換えて、フルート協奏曲にしてあるのです。いくら音域が一緒と言っても、あのダイナミックな協奏曲のソロをフルートに置き換えたら、フルートが聴こえなくなりそうですけど、実際にCDもあります。結構、改作できるものなんですね。
おすすめの名盤レビュー
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のおすすめの名盤をレビューしていきます。
Vnムター,マズア=ニューヨーク・フィル
ムターのソロの安定感と言い、マズア=ニューヨークフィルのいぶし銀の伴奏と言い、素晴らしいの一言に尽きる演奏です。やはりベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はあまりロマンティックに演奏し過ぎないほうが良いと思います。この演奏はロマンティックな所も沢山あります。しかし、格調の高さがあるからか、薄っぺらい演奏になることはありません。
マズアの伴奏は風格を感じます。対するムターも男性顔負けのしっかりしたボーイングで、芯のある音を出していて、まさにドイツのベートーヴェンの世界になっています。長い第1楽章が緊張が緩むことは無く、味わい深く聴いているうちにあっという間に終わってしまいます。
Vnオイストラフ,クリュイタンス=フランス国立放送管
ダヴィット・オイフトラフはこの曲を得意とし多くの録音を残しています。その中でもっともポピュラーなのがクリュイタンス=フランス国立放送管と共演したものです。スタジオ録音で音質はかなり良いです。歴史的名盤というだけではなく、今でも十二分に通用する名盤です。
第1楽章は実はベートーヴェンも得意なクリュイタンスによる落ち着いたスケールの大きな伴奏で始まります。オイストラフはふくよかな音色でゆったりと味わい深い演奏です。遅めのテンポで時に愁いを込めた表現です。しかし、どんな時でも余裕があり、ゆったりと演奏に浸ることが出来ます。技術的にも非常に安定していて、超絶技巧を感じさせません。第2楽章も遅く自然美を感じさせ、滋味に溢れたオケで始まります。オイストラフはふくよかな美音で、じっくり聴かせてくれます。ドイツの森の中で、マイナスイオンをたっぷり浴びているような爽快感です。曲が進むにつれ奥深くなっていきます。第3楽章は標準的なテンポで、リズミカルに始まります。オイフトラフのヴァイオリンの音色は良く録音されています。オケもソロが無い部分の盛り上がりも凄いですね。オイフトラフは懐の深い演奏で、メロディも味わい深く聴かせてくれます。カデンツァの超絶技巧は凄いです。ラストはオケの白熱した盛り上がりで曲を締めます。
オイストラフはベートーヴェンのソナタもそうですが、とてもベートーヴェンに合っているヴァイオリニストだと思います。この曲を聴くなら、一度は聴かないといけない定番の名盤です。
Vn:バティアシュヴィリ,ドイツ・カンマーフィルハーモニー
バティアシュヴィリとドイツ・カンマーフィルハーモニーの世評が高い録音です。バックは透明感のある響きのドイツ・カンマーフィルハーモニーで、パーヴォ・ヤルヴィと優れたベートーヴェン交響曲全集をリリースしているレヴェルの高い楽団です。新しい録音で音質も良いです。
リサ・バティアシュヴィリのしなやかで芳醇な演奏が聴けます。当時28歳のバティアシュヴィリですが、指揮もかねてドイツ・カンマーフィルハーモニーを引っ張っています。オケは小編成でピリオド奏法の要素が入っていて、ヴィブラートが少なくすっきりした演奏です。バティアシュヴィリはベートーヴェンの自然美を瑞々しく表現しています。伴奏は透明感がある響きの中、ソロが自然さのある音色で楽しませてくれます。時おりシャープな切れ味の良い響きを聴かせたかと思えば、線が細く少しロマンティックな小気味良い演奏になったりします。伴奏もなかなかシャープでバックから盛り上げています。
バティアシュヴィリは表現のヴォキャブラリーが多く、伴奏のレヴェルの高さ共々、奥の深さを感じる名盤です。
五嶋みどり,ルツェルン祝祭弦楽合奏団
五嶋みどりとルツェルン祝祭弦楽合奏団による2020年の新録音です。伴奏のオーケストラは小編成で最近のトレンドですね。でもこのディスクは五嶋みどりの弾き振りなので、指揮も彼女がしているし、伴奏のまとめも五嶋みどり自身がしているはずです。ルツェルン祝祭弦楽合奏団はバウムガルトナーによって創設された50年の歴史ある室内管弦楽団です。
第1楽章が始まると2020年録音の音質の良さに驚かされます。ルツェルン祝祭弦楽合奏団は遅めの安定した演奏を繰り広げています。五嶋みどりが自ら指揮している訳ですが、なるほど安定したしなやかな伴奏が良いのか、と納得です。小編成とはいえ、とても広がりがあってベートーヴェンらしい演奏だからです。
五嶋みどりは落ち着いた表情豊かで広々とした演奏です。所々に風格も感じられます。細かい表情もついていますが、ゆったりと味わって聴けます。クレッシェンドしてダイナミックになっていく個所では、情熱的に鋭い音で弾いています。ルツェルン祝祭弦楽合奏団とは、やはり弾き振りだからというのが大きいですが、細かい音楽づくりの方向性がぴったり合っていて、五嶋みどりも自らの力を出し切っています。
第2楽章も遅めのテンポで一音一音いつくしむように始まります。五嶋みどりのヴァイオリンはとても艶やかです。第3楽章は、結構速めでリズミカルです。五嶋みどりらしい、感情を込めたソロの表現が続きます。ロンドで繰り返し、色々な表情の演奏が聴けて楽しいですね。カデンツァも力みが無く自然で、もちろん超絶技巧の演奏が繰り広げられます。
この演奏を聴いていると最近の五嶋みどりもベテランらしい演奏になってきたのだな、と感じます。
Vnロザコヴィッチ,ゲルギエフ=ミュンヘンフィル
ロザコヴィッチのヴァイオリン独奏、ゲルギエフとミュンヘン・フィルが伴奏を務めたディスクです。ロザコヴィッチはスウェーデン出身の新進気鋭の20歳です。ライヴですが、2019年と新しい録音で音質はしっかりしています。
第1楽章はゲルギエフのリズミカルで小気味の良い伴奏で始まります。ミュンヘン・フィルはドイツの中でもドイツ的な重厚な響きを持っていて、ベートーヴェンに相応しいですね。ロザコヴィッチは伸びのある艶やかな音色が印象的です。技術的にも素晴らしいですが、20歳とは思えない落ち着きで、ゲルギエフのテンポ感と上手く合わせて、曲を作っていきます。第2楽章はミュンヘン・フィルの管楽器のソロの風格が素晴らしいですが、ロザコヴィッチは上手く伴奏に乗って、ヴァイオリンの艶やかな響きが上手くブレンドされています。伸び伸びとした自然なアンサンブルを繰り広げています。
第3楽章は速めのテンポでリズミカルです。ロザコヴィッチはシャープで品格のある音色で、伴奏と上手く絡めてスリリングな演奏です。メロディはロマンティックで繊細な表現です。カデンツァでは超絶技巧を披露してくれますが、自然体でライヴなのに少しのミスもありません。
デビューしたてのヴァイオリニストの演奏は、ストレートにオケを引っ張るような演奏が多く、それはそれで名演もあります。ロザコヴィッチは、自然体で安定した超絶技巧を披露していて、新人離れしています。既に自分のベートーヴェンのスタイルを持っています。
Vnシェリング,イッセルシュテット=ロンドン交響楽団
シェリングが得意とするベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、伴奏はドイツ的で職人気質のイッセルシュテットとロンドン交響楽団という理想の組み合わせです。まさにスタンダードな名盤です。録音はしっかりした安定した音質です。
第1楽章のオケの前奏はドイツ的な重厚さとの響きが上手くブレンドされていてイッセルシュテットらしい格調と風格のある演奏です。シェリングのヴァイオリンは艶やかです。伸びやかなヴァイオリンで春の雰囲気ですね。
第2楽章は繊細で自然美に満ちています。ソロもオケも雰囲気が素晴らしいです。第3楽章はリズミカルに艶やかで自然なヴァイオリンの音色です。ホルンの音色もドイツ的で、木管などもドイツの自然を思わせるような風情です。
シェリングは艶やかで良く歌っていますが自然体の演奏です。初心者から玄人までお薦めできるスタンダードな名盤です。
Vnツェートマイヤー,ブリュッヘン=18世紀オーケストラ
ヴァイオリンソロを務めるトーマス・ツェートマイヤーはドイツの若手で1990年頃から共演しているヴァイオリニストとのことです。もちろん、オリジナル楽器使用です。最初に「ロマンス」が2番、1番の順に入っています。有名な第2番のメロディで始まるので、雰囲気が良いです。
さて、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のほうは、最初は長いオケの演奏で始まりますが、プリュッヘン=18世紀管弦楽団は古楽器オケです。標準的か多少速い位のテンポで、しっかりリズムを刻みつつも古楽器の音色を楽しめます。
ブリュッヘン最晩年の演奏ですから、ベートーヴェンの演奏は手慣れたもので、ロマンティックすぎず、クールすぎることもない絶妙なテンポ取りです。透明感のある少人数の弦楽セクションの主題もいいですね。1997年録音と、大変音質も良いです。
ヴァイオリン独奏はしなやかな演奏です。細やかなパッセージもしなやかに弾いていきます。それに加えデュナーミクの変化は大きく、スケールが大きく聴こえます。共演回数が多いからか、ブリュッヘン、18世紀オケとの息もぴったりです。カデンツァは壮大でソロもなかなかダイナミックに弾いています。オケのトゥッティによる鋭いフォルテで第1楽章を閉じます。
第2楽章は変奏曲ですが、オケも含めてファンタジックな演奏です。しなやかでロマンティックなヴァイオリンソロと途中出てくる木管のソロやホルンなども素晴らしいです。後半、変奏が進行してくるとヴァイオリンソロは少し深みのある響きとなっていき、それに応える伴奏も多彩なニュアンスです。
第3楽章は速めのテンポです。ヴァイオリンソロはかなりロマンティックさがあります。オケもリズミカルでダイナミックな演奏です。カデンツァは小気味良く、最後はシャープなトゥッティで終わります。
安定したヴァイオリン独奏ですが時にロマンティックです。円熟したブリュッヘン=18世紀管弦楽団が紡ぎだす響きは、まさに木の響きで味わい深いです。枯れた演奏、とまでは言いませんが、他のディスクとは異なる円熟して落ち着いたベートーヴェンが聴けます。
Vnヤンセン,P.ヤルヴィ=カンマー・フィル
実力派女流ヴァイオリニストのジャニーヌ・ヤンセンの独奏と、ベートーヴェンの交響曲でピリオド奏法を取り入れて高い評価を受けているパーヴォ・ヤルヴィ=ドイツ・カンマーフィルの伴奏という、興味深い組み合わせです。
第1楽章はP.ヤルヴィとカンマーフィルのシャープな演奏で始まります。モダンでシャープな演奏ですね。ヤンセンもモダンな響きですが、シャープというよりは厚みのある響きです。この組み合わせは大分キャラクターが違う気もしますが、とても自然に聴こえます。また、後半になってくると感情をかなり入れてきています。カデンツァは結構ダイナミックですがシャープさがあります。
第2楽章はピリオド奏法で線の細いカンマーフィルの伴奏で始まります。ヴィブラートもあまり掛けていないので透明感があります。そこにヤンセンがふくよかな音色で入ってくるので、独奏ヴァイオリンがとても引き立っています。
第3楽章は比較的落ち着いたテンポで演奏しています。ヴァイオリン独奏は多彩な表情を見せますが、音の厚みがあります。そこにカンマーフィルの木管やホルンが絡みますが、なかなか素朴な音色でベートーヴェンらしいです。弦はピリオド奏法で非常にリズミカルな演奏です。
全体的にソロも伴奏も技術レヴェルの高さを感じます。古楽器オケに比べるとヴァイオリン独奏は結構ダイナミックさがあるので、透明感のあるモダンオケの演奏という雰囲気です。カップリングのブリテンのヴァイオリン協奏曲は高評価です。
Vn庄司さやか,テミルカーノフ=サンクトペテルブルグ・フィル
庄司さやかとテミルカーノフ=サンクトペテルブルグ・フィルの組み合わせでベートーヴェンの協奏曲を演奏するという、少し異色な組み合わせです。テミルカーノフのベートーヴェンは始めて聴くかも知れません。
庄司さやかにとってベートーヴェンは基本的なレパートリーであり、しなやかに自然に弾いていきます。あまりダイナミックになり過ぎることもなく、感情もほどよく入れているといった雰囲気です。
サンクトペテルブルグ・フィルは意外とベートーヴェンを自然に演奏していて、特に管楽器の素朴さはドイツの響きだと思います。ただ、やはりロシアのオケなので、弦楽器などふくよかさがもう少しあってもいいかなと思います。ムラヴィンスキー時代はベートーヴェンのダイナミックな名演もありますからね。
庄司さやかのベートーヴェンは、オイストラフやコーガンのようにダイナミックな演奏ではなく、自然でマイペースな演奏です。もちろん、このスタイルで西側のオケだったら十分名演だと思いますけど、ロシアのオケだからか少し面白いやり取りになっています。やはり、サンクトペテルブルグ・フィルはドイツのオケの響きを目指しているようです。
庄司さやかは安定した演奏を繰り広げ、ドイツの広い自然を思い起こさせるような、少し控えめながらも、しなやかで良い演奏をしています。カデンツァでは惜しげもなく超絶技巧を披露し、ドイツ物を演奏する日本人としては普通のスタイルの名演です。
第2楽章はオケの弦楽器が格調の高いいい音を出していて、なかなか味わい深いです。それにしてもこの演奏はライヴではないのに尻上がりに調子が良くなっていきますね。第3楽章も庄司さやかのヴォキャブラリーの豊富さが出ていて、オケの伴奏も含めて楽しく聴けます。
Vnヒラリー・ハーン,ジンマン=ボルティモア響
ヒラリー・ハーンは超絶技巧が売りのバイオリニストで、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲だと、味わいという点では足りない所があるかも知れません。それは伴奏のデイヴィッド・ジンマンも同じで、インテンポでしっかりした演奏をしています。
ヒラリー・ハーンは情熱的な演奏もしますが、ここではクールな響きを出していて、ドイツ的なロマン主義とは距離をおいています。デイヴィッド・ジンマンも同様のアプローチで、落ち着いてベートーヴェンを演奏しています。
結果として、少しクールではありますが、曲自体のプロポーションの良さが出てきたり、と他の演奏とは少し違った魅力が出ていると思います。
重さが全くない所も良い所で、45分の大曲ですが、大仰な演奏では無く、ある意味、余分な力の抜けた自然体の演奏になっています。曲をよく知る上ではこういうクオリティの高い演奏は必要だと思います。
映像(DVD,BlueRay)
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の映像を挙げて行きます。
Vnムター,カラヤン=ベルリン・フィル
ムターの若い頃の映像です。バックはムターを発掘したカラヤンとベルリン・フィルです。カラヤンは実際にムターという凄い才能の持ち主を見出し、自分たちの伴奏で世に出したのですから慧眼と言えますね。ヴァイオリン協奏曲だからと言って控え手にすることは無く、カラヤンとベルリン・フィルはクオリティの高いダイナミックな演奏を繰り広げています。
Vn:イザベル・ファウスト, ハイティンク=ベルリン・フィル
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楽譜
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
スコア ベートーベン バイオリン協奏曲 ニ長調 作品61 (Zen‐on score)
解説:諸井 三郎
4.3/5.0レビュー数:5個
大型スコア
メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ベートーヴェン: ロマン派のバイオリン協奏曲集/ドーヴァー社/大型スコア
5.0/5.0レビュー数:2個
ヴァイオリン+ピアノ譜
ベートーヴェン : バイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61/ヘンレ社/原典版/ピアノ伴奏付ソロ楽譜
5.0/5.0レビュー数:1個