ベートーヴェン ピアノ・ソナタ『悲愴』『月光』『熱情』他

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven,1770-1827)作曲のピアノ・ソナタ『悲愴』『月光』他 (Sonata for piano 悲愴 月光 他)について、解説おすすめの名盤レビューをしていきます。最後に楽譜・スコアも挙げてあります。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタはいくつかに分けてレビューしていきますが、『悲愴』『月光』あたりはよくカップリングされているので、このページでは前半のソナタを中心に有名なものを紹介します。

解説

ベートーヴェンピアノ・ソナタ『悲愴』『月光』他について解説します。まずは念のため、有名な『悲愴』第2楽章と『月光』の動画を貼っておきます。

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ピアノソナタ第8番『悲愴』:第2楽章:辻井信行
ピアノ・ソナタ『月光』:第1楽章

三大ピアノ・ソナタ

ベートーヴェンのピアノ・ソナタは全32曲あります。その中で、人気のある3曲を三大ソナタと呼んでいます。これに『ワルトシュタイン』を追加して説明を書いておきます。

ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 『悲愴』作品13

1798年または1799年に作曲されたピアノ・ソナタです。第2楽章は非常に有名なメロディです。『悲愴』という名前は出版を行う際につけられました。ベートーヴェンは『悲愴的な大ソナタ』と楽譜に記載していました。これが『悲愴』という副題となりました。
ベートーヴェンの初期の作品で、出世作の一つです。まだ20代後半ですが、既にベートーヴェンらしい力強さが感じられます。
この曲はベートーヴェン個人の感情を表現しているのです。そのためこの曲が出版された時に、ロマン派が始まった、と考える人もいます。

第1楽章:グラーヴェ~アレグロ・ディ・モルト・エ・コンブリオ
第2楽章:アダージョ・カンタービレ
第3楽章:ロンド

ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調『月光』 作品27-2

作曲は1801年で、ベートーヴェンが30歳の時に作曲したピアノ・ソナタです。第1楽章が非常に有名で人気があります。
『月光』は愛称で、詩人のルードヴィヒ・レルシュタープ
「月光に照らされたルツェルン湖に浮かぶ小舟のよう」
と表現したことから、『月光』と呼ばれるようになりました。
ベートーヴェン自身は幻想風ソナタと呼んでいました。そして、この曲はベートーヴェンの弟子で伯爵令嬢のジュリエッタ・グイッチャルディに献呈されています。ベートーヴェンは残念ながら失恋してしまいますが。

第1楽章:アダージョ・ソステヌート
第2楽章:アレグレット
第3楽章:プレスト・アジタート

ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53『ワルトシュタイン』

1804年に作曲され、フェルディナンフォ・フォン・ワルトシュタイン伯爵に献呈されたことから『ワルトシュタイン』と呼ばれています。
1803年にエラール社から新型のピアノを寄贈されたことが影響を与えたと言われています。このピアノは現代でも使用されているイギリス式アクションを備え、音域も5オクターヴ半に広がりました。これを使用して、革新的なピアノ・ソナタを作曲します。ただし、まだ寄贈されたばかりの新しいピアノを『ワルトシュタイン』で使用したかは不明です。
長めの第1楽章につづく、第2楽章は友人から「長すぎる」という指摘を受けて、「序奏」という第3楽章の序奏の位置づけの音楽に書き直します。却って随分短い緩徐楽章になりました。第3楽章も長めの音楽です。初版の楽譜には「ピアノフォルテの大ソナタ」という名称が書き込まれています。

第1楽章:アレグロ・コン・ブリオ
第2楽章:序奏(アダージョ・モルト)
第3楽章:ロンド

ピアノ・ソナタ 第23番 へ短調 作品57『熱情』

1804年~1806年ごろに作曲したと考えられています。1807年に初版が出版されました。『熱情』という愛称は、ベートーヴェンが亡くなった後、出版社がつけたものです。曲調からつけられた愛称だと思われます。作品57ですが『悲愴』『月光』と比べると色々な要素が入り、作曲技法の面でワンランク上のピアノ・ソナタになっています。三大ピアノソナタの中でもダントツの名曲です。

第1楽章には、同時期に作曲した交響曲第5番『運命』の有名なモチーフが使用されています。第1楽章は「運命の動機」を中心に荒れ狂うような音楽です。第2楽章は変奏曲です。第3楽章は、後半、速いテンポで盛り上がり、強烈な和音と細かい16分音符で激しく盛り上がって終わります。

第1楽章:アレグロ・アッサイ
交響曲第5番『運命』の主題、つまり「ジャジャジャジャーン」を引用しています。この楽章はさまざまな表情を見せてくれますが、内容的にも『運命』と関連があると考えられます。

第2楽章:アンダンテ・コン・モート
変奏曲です。主題と3つの変奏で出来ています。切れ目なく第3楽章に入ります。

第3楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ~プレスト

ソナタ形式のフィナーレです。第一主題のオスティナート(執拗な繰り返し)が印象的です。最後はプレストとなり、盛り上がって終わります。

おすすめの名盤レビュー

それでは、ベートーヴェン作曲ピアノ・ソナタ『悲愴』『月光』他名盤をレビューしていきましょう。

ヴィルヘルム・ケンプ

素晴らしい感情表現
  • 名盤
  • 定番

超おすすめ:

ピアノヴィルヘルム・ケンプ

1965年1月,1964年9月(ステレオ/アナログ/セッション)

70歳に近づいたピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプによる2度目のベートーヴェンのソナタ全集から4大ソナタ(『悲愴』『月光』『ワルトシュタイン』『熱情』)を集めたCDです。ヴィルヘルム・ケンプはベートーヴェンのスペシャリストとして有名な巨匠です。録音は1964年ですが、しっかりした録音で、凄さが良く伝わってきます。

『悲愴』は、最初の一音を聴いただけでも引き込まれてしまう位のエネルギーがあります。ダイナミックさがあり、デュナーミクを活かして巨匠らしい演奏を繰り広げています。第1楽章は色々な要素がありますが、ケンプは細かい所を一つずつ表現していくより、決然とした演奏を終始貫き、一切の迷いもありません第2楽章は典型的な演奏で、この有名な楽章でよくBGMなどに使われる演奏ではないか、と思います。少しふくよかな響きで暖かみのある演奏です。第1楽章が決然としていたので、その対比としても効果的ですね。第3楽章は意外にしなやかな演奏です。主題が良く聴こえてきて、聴き易い演奏です。『月光』第1楽章一つのスタンダードといえる演奏です。非常にロマンティックで表情付けも共感しやすいものです第3楽章は遅くないテンポで丁寧に演奏されています。テイクを何度か取ったとしても70歳近くとは思えないですね。『熱情』第1楽章情熱的でダイナミックさのある演奏です。もちろん、色々な要素のある楽章なので、一言では言えませんけれど。第2楽章は緩徐楽章らしく落ち着いた演奏です。品の良い変奏曲です。第3楽章はテンポが若干遅めで落ち着いています。『熱情』に関しては最近の演奏の方が熱気があっていいかも知れませんね。

同じ巨匠バックハウスと比べると、しなやかさがあり聴き易く親しみやすさが感じられる演奏です。それでいて本質を突いていている名盤です。シベリウス「あなたのピアノからはピアニストの響きではなく、人間の響きが聴こえてくる」と言ったのは、まさに正孔を射た言葉ですね。

ヴィルヘルム・バックハウス

ドイツの巨匠による重厚でいぶし銀の演奏
  • 名盤
  • 定番
  • 格調
  • 詩情豊か
  • スリリング

超おすすめ:

ピアノヴィルヘルム・バックハウス

1958年10月,1959年10,11月,ジュネーヴ(ステレオ/アナログ/セッション)

ケンプと同じ時期に活躍した巨匠バックハウスの演奏です。まさにドイツの巨匠という雰囲気で重厚な演奏です。技術的にも衰えが聴かれないのは凄いですね。バックハウスとケンプはタイプが異なる巨匠なので、どちらがいいかは最終的にはリスナーにかかっていると思いますが、バックハウスは非常に人気が高いです。録音はケンプより古く、この時期は録音技術が日進月歩だったため、ピアノの録音と言えど、そこそこ差があります。

『悲愴』第1楽章速いテンポでミスなく弾き切っています。ただ、悲壮感はケンプの方が上かも知れません。第2楽章は少し早めのテンポでしなやかに弾いています。さりげない感情表現ですね。第3楽章も速いテンポで弾き切っています。『月光』は名演です。ゆっくりした重みのある演奏で、ロマンティックさよりも、深みが感じられます。この演奏はおそらく録音が良ければもっと凄い演奏だったと思いますが、低音域やダイナミクスが今一つ弱い感じです。瞑想しているかのような深みがあり、透明感も出てきます。第2楽章もさりげなく感情を織り込んだ、格調の高い演奏です。第3楽章は速いテンポでミスタッチもなく、年齢を考えると凄いですね。強い情熱も感じられます。

『ワルトシュタイン』第1楽章速いテンポで響きはクールですが、情熱的な演奏です。スケールの大きさを感じます。第3楽章は構造がしっかりしていて格調が高いです。テンポが遅めのロンド形式で長く感じる楽章ですね。プレスティッシモに入ると長調になり、華麗な演奏で終わります。『熱情』第1楽章はドイツ的で重厚さのある表現です。デュナーミクを大きくつけていて、高音域は透明感があります。格調の高さの中にもベートーヴェンらしい意思の強さを感じます。第2楽章はインテンポで変奏曲を弾いていますが、響きに格調の高さはあるものの、変奏ごとの感情表現は奥ゆかしいです。最後のほうになって大分盛り上がってきます。第3楽章オスティナート音型は良く効いていて、曲の構造に相応しい演奏だと思います。

バックハウスは技術的には言うことはありませんが、感情表現が奥ゆかしいので、ドイツ的で重厚で格調が高い反面、親しみやすさはケンプの方がある気がします。しかし、大分性格の違うこの2種類を聴いておけば、ベートーヴェンのピアノ・ソナタへの理解はかなり進みそうです。

ピアノ:辻井伸行

自然なインテンポ、情熱と感傷的な表現の名盤
  • 名盤
  • 定番
  • 情熱的
  • センシティブ
  • 重厚
  • 高音質

超おすすめ:

ピアノ辻井伸行

2017年2月,9月(ステレオ/デジタル/セッション)

辻井伸行というと、圧倒的なパワーと推進力があって情熱的な演奏をするピアニストだと思います。ただ、このベートーヴェンを聴くと、彼の演奏には感傷的な面がかなりあることが分かります。聴いた感想を書いていきます。

『悲愴』の第1楽章情熱的でパワフルな演奏ですが、一方でセンシティブな面も持っています。有名な第2楽章もインテンポでそれほど遅くはなく、一見しっかり弾いていますが、かなり繊細さも共存させています。緩徐楽章でもリズムを失わない自然さのあるテンポ取りであることが分かります。第3楽章は速いテンポでリズミカルですが、しなやかさも共存しています。『月光』の第1楽章は少し速めのテンポで、滑らかに演奏しています。まさに月の光のほの暗さ、という表現があいますね。第3楽章はスリリングでダイナミックです。『熱情』第1楽章は変化に富んだ音楽ですが、様々な表情を見せてくれます。ただ、この楽章に関しては決然としたものが根底にあり、センシティブな表情はあまり見られません。第2楽章はインテンポで、変奏曲の面白さを感じられるテンポ取りですね第3楽章はベートーヴェンらしいオスティナート(繰り返し)と鮮やかで広がりのある響きが素晴らしいです。

誇張した表現やわざとらしさは皆無です。特に緩徐楽章で遅くなりすぎず、リズム感を保てるテンポで演奏しているのが良いと思います。こうすることで他の演奏では見えにくかったリズムや対位法が生きてきます。

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楽譜・スコア

ベートーヴェン作曲のピアノ・ソナタ『悲愴』『月光』他の楽譜・スコアを挙げていきます。

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