組曲『仮面舞踏会』(Masquerade) は、アラム・ハチャトゥリアン (
Aram Khachaturian, 1903~1978)が作曲した劇音楽『仮面舞踏会』から5曲を抜粋して組曲とした音楽です。組曲『仮面舞踏会』の解説とおすすめCDや名盤をレビューしていきます。
「ワルツ」は以前から有名でした。他にも有名で親しみやすいメロディが多いです。YouTubeでフェドセーエフ=チャイコフスキー交響楽団の名演を再発見したので貼っておきます。
解説
ハチャトゥリアン作曲の組曲『仮面舞踏会』を解説します。
ハチャトゥリアンと民族音楽
まず簡単にアラム・ハチャトゥリアンについて書いておきます。ハチャトゥリアンはロシアの作曲家ですが、本来のモスクワやペテルブルクなど中心地の出身ではなく、ソヴィエトに併合されていたグルジア(ジョージア)の出身です。コーカサス地方やアルメニア地方などとも呼ばれ、トルコ~モンゴル系騎馬民族に近い文化があります。
以下の地図の場所でカスピ海沿岸で色々な人種の交差点で、美女が多いことでも有名ですね。
作曲の経緯
アラム・ハチャトゥリアン(1903~1978)は、1941年に帝政ロシアの作家であるミハイル・レールモントフ (1814~1841)の戯曲「仮面舞踏会」のため、全14曲で構成される劇音楽を作曲しました。
1944年に劇音楽から5曲を抜粋し、組曲としました。これが現在の組曲「仮面舞踏会」(Masquerade)です。
組曲の構成
組曲『仮面舞踏会』は以下の5曲から構成されています。「ノクターン」「ワルツ」が有名です。順番は変更されることもあります。演奏時間は約20分です。
ハチャトゥリアンは親しみやすいメロディを作曲させたら、敵う作曲家は少ないと思われるくらいのメロディメーカです。バレエ『ガイーヌ』の音楽に似ていて、数分程度の曲が連なっていますが、その全てにキャッチーなメロディと民族的な味わいがあります。劇音楽としてでなくても、十分すぎるほど楽しめる組曲です。
第1曲:ワルツ
非常に有名で独特の雰囲気を持ったワルツです。スケートでよく使われる音楽です。
第2曲:ノクターン
ノクターンとは「夜想曲」という意味です。ゆっくりしたテンポで夢見るような美しい音楽です。
第3曲:マズルカ
マズルカはポーランドの舞踊曲です。人気のある舞曲様式でバレエなどでは重要な場面に使われます。
第4曲:ロマンス
ロマンスは文字通りロマンスの音楽です。ハチャトゥリアンはこういう少し官能的な音楽では、本当に天才的です。この曲が気に入ったら、バレエ『スパルタクス』などを見るといいと思います。
第5曲:ギャロップ (ガロップ)
コミカルで速いテンポのギャロップです。ギャロップとは馬を全速力で走らせることを言いますが、ロシアの音楽では有名なものが多いです。例えばカバレフスキーの『道化師』のギャロップは運動会の音楽として誰でも知っている曲です。
「ノクターン」は夜想曲とも呼びます。「マズルカ」はポーランドの民族舞踊です。
フルート×2(2ndはピッコロ持替)、オーボエ×2、クラリネット×2、ファゴット×2
ホルン×4、トランペット×2、トロンボーン×3、チューバ
ティンパニ、バスドラム、スネアドラム、ウッドブロック、シンバル、サスペンデッドシンバル、シロフォン、グロッケンシュピール
弦五部
おすすめの名盤レビュー
組曲『仮面舞踏会』のお薦めの名盤をレビューしていきます。組曲は全5曲です。全てのディスクに全5曲入っているわけではないので、ご注意ください。
アニハーノフ=サンクトペテルブルク交響楽団
アニハーノフは歴史あるレニングラード・バレエの指揮者です。レニングラードはソヴィエト時代の地名で、今はサンクトペテルブルグといいます。ですので、ハチャトゥリアンの『スパルタクス』などのバレエにも精通しています。実際にバレエで上演されるときに指揮をしているわけです。
この組曲『仮面舞踏会』は手慣れた演奏で、的確なテンポ取りをしています。速くもなく、遅くもないインテンポで、バレエ音楽のように演奏しています。演奏はサンクトペテルブルク交響楽団です。サンクトペテルブルク・フィルハーモニーよりも、ロシア的な響きを持つ交響楽団で、こちらも歴史のあるしっかりしたオーケストラです。録音は1994年でリリースされているCDの中では新しい録音で音質も良いです。
ハチャトゥリアンに対する理解度の深さ、演奏経験の豊富さも感じられ、普通の演奏スタイルでレヴェルの高いディスクだと思います。
組曲「仮面舞踏会」が5曲すべて収録されています。録音の音質も良いです。チャイコフスキー交響楽団は、モスクワ放送交響楽団が改名して生まれた楽団です。ですので、フェドセーエフの手兵モスクワ放送交響楽団だと思って聴いていただければOKです。
フェドセーエフと手兵のコンビならではの円熟した名演で、このページで挙げた中では一番良いと思います。例えば「ワルツ」や「ロマンス」で熟成した弦セクションを聴くに、名盤のチャイコフスキーの弦楽セレナーデを思い出してしまいました。それよりもさらに絶妙な味のある音色を出しています。これぞロシアという響きです。
ビエロフラーヴェク=ブルノ国立フィル
ビエロフラーヴェクはチェコの指揮者です。非常に丁寧でしなやかな演奏をする指揮者で、巨匠となりチェコフィルの指揮者を務めました。ブルノ国立フィルハーモニーはチェコのモラヴィア地方オケの一つです。でも演奏レヴェルは高いです。組曲『仮面舞踏会』の全5曲が収録されています。1972年録音なので、古くも新しくもない、という所ですが、録音状態は良いです。
ビエロフラーヴェクのハチャトウリアンは丁寧にまとめられていて、日本人向きです。同じチェコのオーケストラの演奏としては上に紹介した山田和樹の録音がありますが、それと比べても遜色ない位、良くまとまった演奏です。特に第4曲「ロマンス」の盛り上がりは素晴らしい表現力です。
テンポ取りも極端な所はなく、日本人好みだと思います。「ワルツ」「ノクターン」共に、スケートで興味を持った方には安心しておすすめできる録音です。(マニア向けでは無いという意味です。)それと不思議なことに結構アルメニアの民族的な響きがします。「ロマンス」はとても民族的な響きもあり味わい深いです。「ギャロップ」は少しテンポが遅めで丁寧ですが、楽しめる演奏です。
コンドラシン=RCAビクター交響楽団
キリル・コンドラシンは、ロシアの大指揮者の一人です。このCDは長い間定番の地位にあるディスクです。組曲「仮面舞踏会」が5曲すべて収録されています。ロシアの響きの上に、非常に情熱的な名演を繰り広げています。コンドラシンは、かなりストレートな指揮者で、ショスタコーヴィチなどロシアの曲をやってもテンポが速く、ストレートに核心に迫っていくのですが、この組曲『仮面舞踏会』でもワルツからストレートです。テンポのほうは少し速めですがワルツらしい落ち着いたテンポで演奏しています。
第2曲ノクターンや第4曲ロマンスも、非常に民族的でハチャトゥリアンらしい、味わい深く官能的な響きです。ハチャトゥリアンの音楽はもともと強い情熱を持っていますが、コンドラシンにとても合うようです。ソロも強靭な演奏で素晴らしいです。RCAビクター交響楽団は、アメリカの楽団なのですが、手兵モスクワ・フィルのようなロシア的な音を出していて驚きです。
コンドラシンはもっと速いテンポで演奏するかと思っていたのですが、舞曲をちゃんと演奏できる指揮者ですね。派手で華麗に盛り上がる所は、鮮やかに演奏していて、結構ボキャブラリーが豊富なんだな、と思いました。これまでショスタコーヴィチの交響曲のようなシリアスな名盤しか聴いていなかったので、コンドラシンの一面を発見した気がします。
カレン・ハチャトゥリアン=ロシア国立交響楽団
カレン・ハチャトゥリアンとUSSR交響楽団(現在のモスクワ放送交響楽団)の演奏です。モスクワ放送交響楽団は民族的な曲が得意で、『仮面舞踏会』も名演です。とてもダイナミックで白熱しており、ロシアの土の香りも高く、味わい深くまた気分爽快に聴けます。録音は古めで音質も良いとは言えませんが、ソヴィエト時代のレヴェルの高い演奏が繰り広げられています。ヴァイオリン・ソロもレヴェルが高いですね。カレン・ハチャトゥリアンはアラム・ハチャトゥリアンの甥ですが、スケールが大きくもアルメニア地方の情熱を持った指揮者で、ダイナミックな曲では白熱した演奏ですし、テンポの遅い曲ではじっくりと味わい深い表現で聴かせてくれます。
ラザレフ=ボリショイ劇場管弦楽団
日本では、日本フィルの指揮者として有名になったラザレフが、ロシアのボリショイ交響楽団 (ボリショイ劇場管弦楽団)を指揮したCDです。
ボリショイ劇場はロシア最高(世界最高)のバレエ団がある劇場です。奇をてらったところのない普通のスタイルですが、フィギュアスケートのBGMでも使えそうで演奏レベルは高いです。録音も1993年と比較的新しいです。
選曲も良く、ハチャトゥリアンの有名な音楽がよく網羅されています。組曲『仮面舞踏会』は5曲中「ワルツ」「マズルカ」の2曲のみが収録されています。
山田和樹=チェコ・フィル
新進気鋭の山田和樹が名門チェコ・フィルを指揮したディスクです。この「仮面舞踏会」は非常に好演です。組曲「仮面舞踏会」が5曲すべて収録されています。
録音の質も良く、しなやかで丁寧なのに、適度に民族的な色彩もあるということで、山田和樹の才能には驚きます。だてにチェコフィルでこんなマニアックな選曲で録音できる指揮者ではないですね。
他の交響曲などは興味深い名曲なのですが、親しみやすい曲とは言えないですね。『仮面舞踏会』は★6(満点)です。
テンポ取りも適切で、早くもなく、遅くもない、日本人のイメージ通りの演奏を繰り広げています。そして、ここぞというときはチェコフィルがダイナミックに盛り上げてくれます。日本人らしい名盤が誕生しました。
チェクナボリアン=アルメニア・フィル
このディスクには組曲「仮面舞踏会」が5曲すべて収録されています。ハチャトゥリアンの出身地グルジアの隣国であるアルメニアの名指揮者チェクナボリアンと意外にレヴェルの高いオケであるアルメニア・フィルによるものです。
少しだけ速めのテンポですが、アルメニア・フィルは「ガイーヌ」を全曲録音する位、レヴェルの高いオーケストラです。ダイナミックで豊かな民族的な演奏を繰り広げています。ハチャトリアンのファンとしてはうれしい限りです。この組み合わせにとって、「仮面舞踏会」はいつもコンサート等で上演している十八番でしょうし、オケのレヴェルも案外高いので、安心して浸れます。
「ワルツ」も「ノクターン」もアルメニアの土の香りを感じさせます。「ロマンス」はとても味わい深いです。速いテンポの「マズルカ」「ギャロップ」も安定したアンサンブルです。「ギャロップ」はかなりテンポが速くてダイナミックで楽しめます。
録音もなかなかで、おすすめできる名盤だと思います。
ブラック=ロンドン交響楽団
このディスクには組曲『仮面舞踏会』が5曲すべて収録されています。テンポはちょっと速めです。表現はスタンダードです。
指揮者のスタンリー・ブラックは、イギリス人でクラシックの指揮者ですが、どちらかというと映画音楽の編曲なども多く手掛けていたようです。ですから、この演奏はイギリスの組み合わせによるものですね。
でも上手くロシア的な響きを紡ぎだしていると思います。ロンドン交響楽団も低音がしっかりしていますし、ブラックのテンポ取りや表現もなかなか雰囲気が出ています。第5曲など、迫力もありますが、コミカルな音楽になっていて、聴いていて楽しめます。
逆に本物のロシアではないので、聴きやすいという面もあります。パーカッションがいきなり強打することもないですし、土の香りが強すぎるようなこともありません。
カップリングの「ガイーヌ」を聴くとここまで名演ではないので、やはり「仮面舞踏会」と相性が良いのですね。ロンドン交響楽団はスターウォーズなど、映画音楽の演奏でも定評があります。指揮者のブラックともどもボキャブラリーの豊富さが名盤を生み出したのかも知れませんね。
ネーメ・ヤルヴィ=スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
組曲「仮面舞踏会」が5曲すべて収録されています。テンポが普通より速いですね。スケートのイメージで聴くと速く感じるかも知れません。でも、音楽として聴くと「仮面舞踏会」らしいというか、ネーメ・ヤルヴィらしい民族的ななかなかの名演で面白いです。戯曲の音楽ですからね。
ネーメ・ヤルヴィはエストニア人なので、ロシア人の音楽の感性がよく分かるのでしょうね。ダイナミックで好演が続きます。ちょっと録音の響きが昔のソ連のオケみたいに、わざとらしいようなところもあります。それも含めてハチャトリアンといえば確かにそうなので、そこはあまり気にせず、色彩的で豊かな響きを楽しみたい所です。テンポは速いですが、オーケストラは余裕でついてきていて、コミカルなところもダイナミックに表現しています。
筆者はどちらかというとマニアなので、こういう演奏は好物ですけど、スケートのイメージで興味を持った方には、普通のテンポの演奏をお薦めします。録音もシャンドスらしく少し残響多めで聴きやすいです。
ハチャトゥリアン=フィルハーモニア管弦楽団
ハチャトゥリアンの自作自演です。オーケストラも一流で、なかなかの演奏です。ただ他の自作自演に比べると録音が古く、しかもモノラルなので、音質はかなり悪いです。特にフォルテが入り切っていない所が残念ですね。ハチャトゥリアンの指揮で聴いてみたいという人向けです。
ハチャトリアンは指揮者として才能があって、自作自演で名盤を多く残していますが、組曲『仮面舞踏会』はあまりCDは残していなかったのですね。このディスクには組曲『仮面舞踏会』の5曲のうち、「ワルツ」「ノクターン」「マズルカ」の3曲のみが収録されています。
いずれも演奏は素晴らしいです。「ノクターン」のような曲だと自作自演でしか聴けないような情熱的というか官能的というべきか、独特の響きが紡ぎだされていて、音質以外は名盤といえますね。
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バレエ版DVD
バレエ『仮面舞踏会』
劇音楽ではなく、バレエ化したものです。
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楽譜
ハチャトリアンの『仮面舞踏会』のスコアを紹介します。
ミニチュア・スコア
スコア ハチャトゥリャン 組曲「仮面舞踏会」 (Zen‐on score)
解説:寺原 伸夫
レビュー数:9個