ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart, 1756~1791) の交響曲第41番 ハ長調 K.551『ジュピター』について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
解説
モーツァルト作曲の交響曲第41番『ジュピター』について解説します。
交響曲第41番『ジュピター』はモーツァルト最後の作品になりました。交響曲第39番、第40番、第41番『ジュピター』の3つの教協曲は、まとめて作曲されたため「モーツァルトの三大交響曲」とか「三部作」と呼ばれます。いずれも、異なる性格の交響曲であることが興味深いです。
三大交響曲の最後を飾る作品として、もっとも基本的な調性であるハ長調で正々堂々と作曲されました。同主調で転調すればハ短調になり、ベートーヴェンの『運命』などとも近い調性といえます。ただ、古典派は長調のほうが基本ですので、ハ長調となっています。
愛称『ジュピター』の由来
『ジュピター』というのはニックネームで、19世紀初期にイギリス人によって付けられたようです。1821年のロンドンフィルハーモニーの演奏会の広告で『ジュピター』という名称が使われています。ドイツでは19世紀前半には「フーガ終楽章の交響曲」と言われていました。
モーツァルトは三大交響曲の最後を飾る第41番の終楽章にフーガを使って壮大さを出しているからです。『ジュピター』という愛称もその壮大さを表現するものだったと考えられています。
今、聴くとロマン派の壮大な交響曲がいくらでもあるので、『ジュピター』と言われてもどの辺りがそんなに壮大なんだろう?と思ってしまいますけど。終楽章のフーガはやはり「古典派としては」異例な壮大さです。こんなにフーガが続くなんて、他の交響曲ではベートーヴェンの『英雄』までは無いかも知れません。
曲の構成
交響曲第41番『ジュピター』は4楽章構成の交響曲です。演奏時間は約38分です。ただし、演奏者や繰り返しを演奏するかどうかで大分変ってきます。
第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ
序奏なしのソナタ形式です。堂々とした威厳を持ったモチーフが印象的です。
第2楽章:アンダンテ・カンタービレ
緩徐楽章です。この優美な主題は、ベートーヴェンの運命交響曲の終楽章にも引用されています。
第3楽章:メヌエット~アレグレット
優美で壮麗なメヌエットです。半音階法が使われていることが特徴です。
第4楽章:モルト・アレグロ
いくつもの主題が準備された後、フーガ部に入ります。五声音の順列カノンの技法を取っています。最後は嵐のような対位法で幕を閉じます。中間付近にブラームスの交響曲第1番に出てくるモチーフがあります。ブラ1はベートーヴェンのみならず、モーツァルトの影響も受けていたんですね。
フルート×1、オーボエ×2、ファゴット×2
ホルン×2、トランペット×2
ティンパニ
弦楽5部
おすすめの名盤レビュー
モーツァルト交響曲第41番『ジュピター』のおすすめの名盤をレビューしていきます。
ブリュッヘン=18世紀オーケストラ
ブリュッヘンと18世紀オーケストラは古楽器オケの可能性と大きく示して、モダンオケを聴いていた普通のリスナーも、新しい物好きのリスナーも納得のいく演奏をしてきました。特にモーツァルト、ベートーヴェンの交響曲の演奏は素晴らしいものがありました。でも、まだ当時は少しですがヴィブラートを掛けていて、むしろ感情がこもった熱演です。
古楽器オケの18世紀オーケストラは、鋭いバロックティンパニと管が長く鋭い音がするトランペット、柔らかい音が出るガット弦の弦楽セクション、本当に木でできている木管楽器から成り立っています。ティンパニと金管は、軍楽隊からもってきたものです。ブリュッヘンはそのオケを使って、意外にもロマンティックな演奏をしています。ある意味、ベームよりもロマンティックで噛みしめるような淡い感情表現と遅めのテンポが特徴です。
第1楽章も遅めで、窮屈にならず、だからといってスケールが大きくなることもなく、少し感情をいれてもしなやかで味わい深いです。本来はギャラント様式なのでテンポが速いほうが正しそうですが、ブリュッヘンは堂々と遅いテンポで演奏していて、従来のモダン楽器の演奏に慣れている方でも全く違和感はないと思います。
第2楽章も遅めです。ヴィブラートを抑えた弦の響きに透明感があります。この楽章も味わい深いです。モーツァルトは時代を超えた作曲家で、この第41番『ジュピター』に限らず、感情表現が非常に上手いのです。ブリュッヘンはその辺りを最大限生かしています。第3楽章は普通のテンポです。ヴァントやノリントンで聴こえた半音階の独特のメロディも生きています。急に短調になる部分でもかなり感情を入れていて、聴いていて大満足です。
第4楽章は速いテンポでバロックティンパニが心地良く響きます。バロックオケはヴィブラートが少ないこともあり、透明感が高くてフーガなどの対位法の色々な声部が絡み合っても良く分離して聴きとれます。ブリュッヘンは第4楽章にもかなり感情の要素を持ち込んでいます。感情的になるべきところで感情表現をしてくれるので、痒い所に手が届く、という感じで、かなり満足度が高いです。音楽的に壮大で、感情的にも転調や対位法の動きに合わせて繊細に表現をしています。壮大な対位法のところはきちんと聴こえる様にテンポを落としたりもしています。本当に密度が高く、丁寧な『ジュピター』です。
アーノンクール=ウィーン・コンツェルトス・ムジクス
アーノンクールと手兵ウィーン・コンツェルトス・ムジクスの録音です。アーノンクールはこれまでロイヤル・コンセルトヘボウとの名盤がありました。透明感があってかなりの名盤でしたが、昔の演奏で最近では大分違ってきていることは分かっていました。実際聴いてみると同じ指揮者とは思えないほど進化していて円熟味があり、アーノンクールの『ジュピター』の最終形と思います。
第1楽章は、冒頭の主題はダイナミックに演奏されていますが、少し濁りがあるでしょうか。テンポは少し遅めで、スケールが大きいです。バロックティンパニの強打でさらにスケールが増していきます。弦楽器が少し濁り気味ですが、これだけの強奏だと仕方ないかも知れません。古楽器オケでこれだけスケールの大きな『ジュピター』は初めて聴きました。自然とテンポアップしそうになりますが、アーノンクールは遅いテンポを維持していきます。
第2楽章は少し速めです。音質が良いので古楽器の木管の音が心地よいです。他の演奏とは全然違うアーティキュレーションも良い方向に出ています。第3楽章は一般的なテンポですね。アクセントが強く、管楽器と打楽器が目立ちます。弦楽器が弱めですが、当時の編成を再現したのですかね。その分、管楽器が良く聴こえます。
第4楽章は少し速い位のテンポです。フーガは素晴らしく、後半の複雑な対位法や転調は非常に楽しめます。弦は小さめですが、アクセントをつけると結構聴こえますね。
ベーム=ベルリン・フィル
ベームとベルリン・フィルの録音です。1962年と少し古めですが、しっかりした音質です。ベルリン・フィルとの録音は、ベームらしい構築的な演奏で、当時の重厚さのあるベルリン・フィルをしっかり鳴らした名盤です。古楽器オケやピリオド奏法が出てくる前の時代で、大編成のオケを躊躇(ちゅうちょ)なく鳴らしています。晩年のウィーン・フィルとの録音は温和な雰囲気がありますが、ベルリン・フィルとの演奏はベームらしさが良く出た名盤です。
ベーム=ウィーン・フィル (1976年)
ベームとウィーン・フィルの『ジュピター』はモーツァルトのモダン楽器の演奏の一つの頂点です。中高生のころはベームのモーツァルトやブラームスを聴いて「これが本物」と考えていました。その後、古楽器オケやピリオド奏法で目から鱗が落ちました。しかし、ベームの演奏は古楽器奏法が無い時代の一つの完成形と言えます。
第1楽章は意外と速いテンポです。有名な主題が上手くしっかり演奏されます。ソナタ形式がしっかり聴こえます。ウィーン・フィルは柔らかく弾いている所も多いですが、基本的に大編成でスケール感があります。
第2楽章も聴きやすいですが、意外に硬派で構築的な演奏ですね。第3楽章は遅めのメヌエットです。そしてフォルテになると響きに厚みがあります。ヴァントやノリントンであった、独特のしなやかさとは似ているようで違いますね。
第4楽章は遅めでスケールが大きいです。ウィーン・フィルは重厚な響きで、しっかり主題が聴こえます。最後の交響曲の最後の楽章を壮大に演奏しています。
最近の演奏に慣れている方は「意外と重厚だな」と思うかも知れませんが、一つの演奏様式を極めた名盤で、この演奏ならではのしっかりした構築感が感じられ、モーツァルトの最後の交響曲に相応しい壮大さがある名盤です。
ノリントン=シュトゥットガルト放送響
ノリントン得意のモーツァルトです。最近ではモダン楽器のピリオド奏法も随分発展してきて、軽快なサウンドはドイツのオーケストラであることを忘れてしまうくらいです。
第1楽章は、比較的インテンポで演奏しています。ジュピター辺りまで来ると、ピリオド奏法といってもかなり大曲という感じです。ソナタ形式の堂々とした音楽を、軽すぎもせず、ロマンティックにもならずに少しシャープさを加えて演奏しています。第2楽章のテンポは速めです。ノリントンはハイドンではアンダンテをもっと速いテンポで演奏しているので、聴きなれてしまえば普通に聴こえます。これまでのロマンティックさが多すぎた演奏とは一線を画していて、少しクールに聴こえるかも知れませんが、実際は古典派としてはかなり感情が入った演奏です。
第3楽章はすっきりした演奏です。ただ、独特の半音階進行のせいもあって、古典派としてはレガートがかかったような柔らかさがあります。第4楽章はピリオド奏法で普通に演奏していますが、その分だけスコアに書いてあることが忠実に聴こえてきます。やはりフーガの壮大さはピリオド奏法だと良く聴こえますし、むしろ感情表現が少なめな分、曲の本質が見えてきます。
やはり、『ジュピター』はスケールの大きな交響曲ですね。転調を繰り返して、終わるのを惜しむかのように色々な表情で対位法が使われているのが良く聴こえます。
ヴァント=北ドイツ放送交響楽団
ヴァントは以前は緻密で厳しい音楽を作る指揮者だったのですが、1990年代に入って大きく変わってきます。スコアを読みこんで緻密な音楽を作る所は変わりませんが、少し余裕を持たせてそこに感情を入れるようになってきたのです。円熟してきて大器晩成と言われていますが、音楽のベースはケルン放送交響楽団の指揮者をやっていた時代から変わらず、完成度が十分増したところに円熟味がでてきたのです。
第1楽章は、速めのテンポですが、大げさな表現はありません。少しヴィブラートがかかっているのを除けば、ピリオド演奏に近い部分もあるかも知れませんね。もっともノリントンのように楽天的な性格ではないので、短調の部分などは少し重い演奏になります。
第2楽章もモダンオケとしてはインテンポで、ピリオド奏法よりは遅いです。こういう緩徐楽章はとても味わいがあります。といってもロマンティシズムにどっぷり漬かれるようなものではなく、古典的な様式の上に感情表現がされています。
第3楽章は少し遅めで味わい深い演奏です。北ドイツ放送交響楽団がもともと重厚な音を持っているので、短調の部分は重厚さも出ますが、独特の味わいがあってとても心地良い演奏です。
第4楽章は少し速めで、ダイナミックです。でもヴァントらしく抑制的なスケールの大きさではあります。ロマン派の音楽では無いので正しい方向なのだろうと思います。感情を押し出し過ぎないほうが転調やフーガなどの対位法を楽しめるので、むしろ良いです。
『ジュピター』の特徴から、自然と盛り上がって、古典派としてはスケールの大きく終わります。
ノリントン=カメラータ・アカデミア・ザルツブルグ
1998年のカメラータ・アカデミア・ザルツブルグとのライヴ録音です。カメラータ・アカデミア・ザルツブルグはモダン楽器の室内管弦楽団です。ライヴ録音ですが新しめで、響きは古い木造のホールと言った感じで、低音が増強されています。
この演奏はピリオド奏法ですが、あまりそれを意識せずに自然に聴ける演奏です。第41番『ジュピター』では、まだまだ従来の演奏スタイルが残っていて、ノリントンならではの個性的な表現はまだそれ程聴かれません。その代わり、低音域がしっかりしていて感情表現が豊かです。
第1楽章はとても力強く始まり、主題提示も明確です。第2楽章は短調部分でかなり感情を入れています。第3楽章は力強く、短調に変わる所も重めに演奏しています。
第4楽章も力強い演奏です。フーガの複雑なところも各声部良く聴こえますし、その上でかなり感情が入っていてノリントンとしてはダイナミックです。
聴いた後の満足感がかなりある演奏です。
ヘレヴェッヘ=シャンゼリゼ管弦楽団
ツェンダー=ザールブリュッケン放送響
ツェンダーという指揮者の録音で、1980年録音でありながら、速いテンポでシャープな演奏です。たまたま勘で衝動買いしたCDなので、良く知らない指揮者なのですが、またに聴く名前だった気もします。輸入盤のみだったと思います。ベームの数年後にはこんな演奏も録音されていた訳ですね。もちろん、古楽器系の演奏家はずっと前から活動して模索している訳ですけど。
第1楽章は非常にリズミカルで鋭いリズムが目立ちます。pの所がもっと落とせれば対比が綺麗に行くと思うのですが、そこはドイツの重厚なオケですから、仕方ないですね。でも、『ジュピター』という愛称があっても、機転が利いた音楽であることがよく分かり、非常に楽しめます。第2楽章はさすがに遅めのテンポで演奏しています。ノリントンのように速くはありません。でも感情的な盛り上がりは良く表現されていています。聴いていて満足できる演奏です。
第3楽章は速めのテンポですが、やはりメヌエットとしてはリズムがきつい感じで、古楽器オケとの違いを感じます。急に短調が出てくる部分は感情を入れてやってほしいのですが、この演奏は思い切りやり過ぎですね。ちょっときつい音になっています。第4楽章はフーガの主題の出だしをかなりシャープに強調しています。分かりやすいですけど、ちょっときつい音ですね。でも、この演奏で対位法の所が面白くなければ、なぜこんなにシャープにやっているのか分かりません。ブラ1に引用されている部分もよく分かりました。展開部もかなり面白く聴けます。録音が良いとは言えない気がしますが、いろいろな声部が聴こえるので、目論見は上手く行っているんでしょうね。
モダンオケでここまでシャープに演奏した例は他には知りません。ノリントンらはきつさが出ないように工夫していますが、ツェンダーはそのまま演奏しています。そういう意味では今聴いても新鮮味がありますね。
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アーノンクール=ヨーロッパ室内管弦楽団
壮年期のアーノンクールの指揮ぶりを堪能できるDVDです。アーノンクール独特の間の取り方も既に健在です。ヨーロッパ室内管弦楽団は小編成ですが、モーツァルトには丁度良い編成です。もちろんモダン楽器でピリオド奏法です。
アーノンクールはCDで音だけ聴いても個性的ですが、指揮ぶりを観るとその音が出てくるプロセスが良く分かります。小編成のヨーロッパ室内管弦楽団の線の細い響きから、実にスケールの大きさを感じさせるサウンドを引き出しています。
ヨーロッパ室内管弦楽団は当たり前のようにピリオド奏法で演奏していて、奇をてらった感じはしないです。むしろ、アーノンクールはハイドンのようにプロポーションの整った演奏を繰り広げていて、時に激しく、時に静かに、一つ一つの音に意味を持たせるような繊細さも併せ持っています。激しい時には古楽器オケのような響きで、今の軽快すぎるピリオド奏法ともまた違いますね。
第4楽章も速すぎもせず、遅すぎもしないテンポ設定で、フーガによる壮大さを構築していきます。充実感が素晴らしく、とても見ごたえのある名盤です。モーツァルトの多くの交響曲とシューベルトの交響曲第4番『悲劇的』がカップリングされていますが、アーノンクールが得意とするレパートリーばかりです。
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楽譜・スコア
モーツァルト交響曲第41番『ジュピター』の楽譜・スコアを挙げていきます。
> ブリュッヘンはアーノンクールよりも上の世代で、古楽器オケを始めた世代です。
いろいろと参考にさせていただいてます。
ブリュッヘンについての上の表記ですが…これは逆ですね。
アーノンクールの方が5歳ほど年上で、古楽スタイルの指揮者になったのも古楽オケを作ったのもずっと先です。
きっと何か記憶違いをされたのでしょう。
古楽演奏のパイオニアは、オケや合奏に関して言えばアーノンクールとレオンハルトだと思います。
失礼しました。ブリュッヘンが1934年生まれで、アーノンクールは1929年なので、アーノンクールが先なんですね。勘違いしていましたので修正します。