マーラー 交響曲第9番

グスタフ・マーラー (Gustav Mahler,1860-1911)作曲の交響曲第9番 ニ長調 (Symphony No.9 D-Dur)について、解説おすすめの名盤レビューをしていきます。スコアのリンクも貼っておきます。

解説

マーラー交響曲第9番について解説します。長すぎると思ったら、飛ばしてOKです。

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第九のジンクスに勝てず?

交響曲第9番はマーラーが完成させた最後の交響曲です。1910年に完成しました。しかし、マーラーは初演を行うことなく1911年5月に亡くなりました。既に交響曲第10番に着手していますが、未完に終わりました。

初演は弟子のブルーノ・ワルターの指揮により1912年6月26日にウィーンで行われました。

ベートーヴェン以降の交響曲第9番までしか作曲できない、というジンクスがあり、ブルックナードヴォルザークがこれに該当しますし、他の作曲家は第9番まで作曲していません。心臓に持病があったマーラーは死を極端に恐れていました。そこで、マーラーは実質交響曲第9番にあたる『大地の歌』に番号を振らなかったのです。しかし、交響曲第9番までしか完成させることができませんでした。

「生と死」の交響曲群の結論

マーラーは「生と死」を大きなテーマとした交響曲を書いてきました交響曲第2番『復活』で既に現れ、交響曲第3番ではニーチェの思想も取り入れたり、交響曲第6番『悲劇的』では運命はハンマーで打ち砕かれます。交響曲第7番『夜の歌』では(仏教的な、あるいはチェコ的な)輪廻転生に近い思想を取り入れ、交響曲第8番『千人の交響曲』では、ゲーテのファウストをテキストとしています。そして『大地の歌』も唐の時代の漢詩の思想を取り入れ、最終楽章の「告別」では、マーラー自身の死生観も入れて作曲したのでした。すなわち、死に対する恐怖との戦いであり、死の恐怖を克服することでした。

マーラー自身は心臓病が発覚しましたが、それでもアメリカに渡ってメトロポリタン歌劇場の指揮者を出来る位なので、まあ元気だと思うのですが、マーラーの鋭敏で悲観的な感性は、彼に「死の恐怖への直面」するよう駆り立てるのでした。この点はソヴィエトで、常に当局の迫害を恐れながら作曲したショスタコーヴィチも同じです。2人の共通点は、あまり宗教に熱心でないことですかね。筆者を含め日本人は、そこまで極端な死への恐怖と隣り合わせで生きている訳では無いので、東洋的な思想では理解しにくい所もありそうです。キリスト教は宗派によらず、死を救済と捉えていて、司祭であったフォーレは『レクイエム』を書く時に、死を穏やかなものと捉えています。

音楽的な円熟

交響曲第9番は極めて円熟した精巧な作りの傑作であり、マーラーの最後の交響曲に相応しい内容です。構成は交響曲第8番『千人の交響曲』『大地の歌』から大きく変化し、演奏時間は長大ですが、伝統的な4楽章形式に戻りました。その内容は対位法を巧妙に取り入れたものでもあり、その点はプロテスタントのトーマス教会のカントルだったJ.S.バッハの影響を感じることが出来ます。

また第1楽章では無調に近づいています。ここでの「無調」というのは、シェーンベルクのように意識的に作曲技法を確立した訳では無く、和声法を突き詰めた結果、生まれたものと思われます。シェーンベルクの『グレの歌』は1911年完成なので、時期的に近く、丁度同じ時期に作曲していました。

既にワーグナー『トリスタンとイゾルデ』『パルジファル』で「無調」に到達しています。バッハの時代に平均律が普及し、24の調性で曲を書くようになってから無調への流れが始まり、ついに到達したという訳です。この不自然でどこにも解決せず常に緊張を保ち、それが美しさを生み出す「無調」の音楽は、人間の音楽では無く、神の音楽とも言えます。シェーンベルク、ウェーベルン、ベルクら新ウィーン楽派に影響を与えています。

交響曲第9番の構成

比較的、古典的な形式で書かれている交響曲第9番ですが、それをベースに解説を書くと例外が多すぎて却って理解しづらいです。無駄を払拭したシンプルさがあることは事実なので、頭においておくとして、○○形式というより、パロディや引用があるので、それを書いておきます。

第1楽章:アンダンテ・コモド
長い楽章です。自由なソナタ形式です。始まって数分、どうやったらこんな響きが出せるのだろう、と思える厳めしい限りのクレッシェンドが象徴的です。この楽章をちゃんと解説をすると非常に長くなるので、大きく割愛します。大体25分もかかっては、ソナタ形式と言われても迷子になってしまいますし、再現部すらもとに戻らないので、スコアが無ければ分かりません。「死の舞踏」と関連する部分がいくつかあることです。ここでいう「死の舞踏」は美術、音楽にまたがった一つのテーマで、色々な作品があります。また、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ『告別』、逆に人生の楽しさを曲にしたヨハン・シュトラウスのワルツ『人生は楽し』が引用され、生と死の差を際立たせています。そして、無調の部分もあります。

■第2楽章:緩やかなレントラー風のテンポで、いくぶん歩くように、そして、きわめて粗野に

こちらがスケルツォ楽章にあたるようです。レントラーはオーストリアの田舎のワルツです。ここでも転調により最も暗い部分では「死の舞踏」を思わせる所まで行きます。

■第3楽章:ロンド=ブルレスケ

これもスケルツォに近い楽章です。「ブルレスケ」と銘打たれています。「ブルレスケ」は道化の意味があります。既に1886年にR.シュトラウスブルレスケという曲を書いています。「ユーモアと辛辣さを兼ね備えた、おどけた性格の楽曲」です。対位法が良く使われていて、端正な音楽にも聴こえます。実際は感情表現が強く入っています。細かく変奏がされていく一種の変奏曲なので「ラ・フォリア」(狂った人、などの意味)に似ていますね。大雑把に言って前半は複雑ながら、執拗なオスティナートの上に変奏が入る形です。
またワルツ『人生は楽し』レハールの『メリー・ウィドウ』(明るい未亡人)などが引用されているとのこと。『メリー・ウィドウ』は今でいえば、恋愛ドラマみたいな世俗的なオペレッタですが、マーラーはかなりお気に入りだったようです。

■第4楽章:アダージョ

壮大なアダージョです。冒頭はブルックナーの交響曲第9番の第3楽章に似ています。ブルックナーは教会のオルガニストで敬虔なキリスト教徒でした。ブルックナーは第9番の第4楽章を完成できませんでした。内容的にも交響曲第3番の最終楽章の壮大なアダージョと同様、ここではマーラーの交響曲第6番『悲劇的』以降の悲観的な生死観よりは、ブルックナー的なキリスト教の死に対する思想が反映されていると思います。対位法が使われ、ある意味ブルックナー的です。同時に相当な葛藤が感じられ、最後には平穏に消え入るように終わる物の、この楽章はそこまで敬虔とも純朴とも言い難いです。いずれにしても、この楽章で到達した音楽の高みには本当に圧倒されます。

おすすめの名盤レビュー

それでは、マーラー作曲交響曲第9番名盤をレビューしていきましょう。

世評はバーンスタインカラヤンの一騎打ちという所でしょうか。

筆者のお薦めはアバド=ベルリンフィルですね。次にカラヤン=ベルリンフィル、バーンスタイン=ベルリンフィル、とベルリンフィルが並びます。この複雑な曲を透明感を持って対位法を活かして演奏できるオーケストラはそこまで多くはありません。また小澤征爾はボストン響と名演奏を残しています。小澤=サイトウキネンオーケストラは分かり易いので、始めて聴く人も分かり易いと思います。最後に山田和雄=新日本フィルは凄い演奏です。

アバド=ベルリン・フィル (1999年)

クールで自然な一期一会のマーラー
  • 名盤
  • 共感
  • クール
  • 奥深さ
  • 高音質

超おすすめ:

指揮クラウディオ・アバド
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1999年9月,ベルリン,フィルハーモニー(ステレオ/デジタル/ライヴ)

アバドとベルリンフィルのマーラーは一期一会の名演奏と言ってもいいと思います。ちょうど重病から復帰したアバドのマーラーだからです。元々、アバドはマーラーを得意としていましたが、交響曲第3番交響曲第7番『夜の歌』が評価されている程度でした。しかし、この時期に録音された交響曲第3番、交響曲第7番、交響曲第9番はいずれも深みがあり、特有の緊張感があって、死の病から回復した時期のアバドにしか出来ない演奏といえるんです。この後のルツェルン音楽祭での演奏は、素晴らしいですが、マーラーらしい嫌世感がなく、むしろ愉しさのある演奏です。

第1楽章からベルリンフィルはクールなサウンドを響かせます。アンサンブルは緻密でダイナミックです。円熟して肩の力は抜けています。しかし、いかめしいクレッシェンドは「こんな凄い響きは聴いたことがない」という位、凄いものです。アバドのアプローチとしては自然体ですが、自然に色々な感情が入ってきていて、透明感はありますが味わい深さが凄いです。グロテスクな所も自然にしっかり表現していて、ベルリンフィルのアバドへの共感に満ちた熱気も凄いです。第2楽章はスタンダードで少しユダヤ的な雰囲気を感じるリズミカルな演奏です。

第3楽章クールさのあるバッハを聴いているような緻密なアンサンブルで、対位法もとても綺麗に聴こえます。熱気もありますが、とても緻密な演奏で、ここまで緻密なアンサンブルは他の演奏ではなかなか聴けません。後半は白熱して凄い速さです。アンサンブルは完璧で、こういうリズミカルで精緻な楽章は、アバドの十八番です。さらに深みもあって、今でも最も完璧な演奏だと思います。

第4楽章スケール大きくヴィブラートも良くかかっていて、ふくよかさもあり、録音の良さによる透明感もあります。カラヤンやバーンスタインらと、さんざん名演奏を繰り広げてきたベルリンフィルですから、表現のボキャブラリーの豊富さには驚かされます。長い楽章ですが、これだけ色々な表現が聴ける演奏は、バーンスタイン盤くらいじゃないか、と思います。弦の厚みには録音の良さもあって圧倒されます。各所のスケールの大きさ、自然美、神々しさ、その他、色々な表現がリアリティを持って響いてきます。後半のピークは凄いダイナミックさです。ラストの天国的な美しさは、録音の良さもあって、本当に凄いです。

この演奏が廃盤なのが残念ですね。ルツェルン祝祭管弦楽団を聴け、ということでしょうけれど、大分雰囲気が違うので代わりにならないです。アマゾンミュージックの音源でもクオリティは高いです。

バーンスタイン=ベルリンフィル

バーンスタインとベルリンフィルの一期一会の超名演
  • 名盤
  • 定番
  • 白熱
  • ライヴ

超おすすめ:

指揮レナード・バーンスタイン
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1979年10月,ベルリン,フィルハーモニー(ステレオ/デジタル/ライヴ)

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マーラー:交響曲第9番

在庫:残り2点レビュー数:43個

バーンスタインが初めてベルリンフィルの指揮台に立った演奏です。その時の演目がこのマーラーの第9番だった訳です。凄い演奏なのですが、ちょうどその頃、カラヤンとベルリンフィルがマラ9を良く取り上げていてセッションレコーディングしたり、ライヴでも録音が残っています。そういえば、組曲『惑星』の時もカラヤンは自分が取り上げる2年前にスペシャリストのエードリアン・ボールトがウィーンフィルに客演して録音しています。結果として、カラヤン=ウィーンフィルの『惑星』とは全然違う演奏スタイルだったのですが。何か陰謀を感じますね。恐らくバーンスタインはそのことを知っていて、この客演を受けたのでしょうけれど、アルコールを飲みながらリハーサルしていた、という逸話がある位で、バーンスタインの心中や如何に、と思います。

第1楽章は、バーンスタインらしい粘り強いユダヤ系演奏家らしいマーラーの響きをベルリン・フィルから引き出していますベルリン・フィルはオケとしての歴史はありますが、カラヤン就任後、ヴィルトゥーゾ・オーケストラとして国籍など問わず、兎に角、上手い団員を受け入れてきた歴史があります。なので、たまにアンサンブル崩壊事故がある位です。合った時は凄く上手いけれど、崩れだすと止まらない所もあります。バーンスタインはそんなベルリン・フィルの指揮台に立ち、最初から凄い響きを引き出し、さらにバーンスタインの個性まで入れて、白熱した演奏をしてみせている訳で、本当に凄いコントロール能力です。既に円熟の境地にあった本当にバーンスタインは奥の深い演奏をしています。第2楽章もバーンスタインらしいユダヤ系の演奏です。リズミカルな演奏はカラヤンでは真似できないタイプの音楽作りですし、表現もユダヤ系の音楽家でなければしない表現だと思います。

第3楽章は冒頭の主題提示の個所でゲネラルパウゼを入れています。その後は白熱した演奏で、対位法がどうの、というより感情的に盛り上がっています。後半はベルリン・フィルはまだこの曲に慣れていない所もある気がしますが、全く遠慮なく崩壊するんじゃないか、と思う位、煽っていますが、同時にコントロールしきっています。凄いコントロール能力です。第4楽章ヴィブラートの多いユダヤ色の強い演奏で、しかも冒頭から白熱しています。こんなに白熱していいのか?と思う位、白熱しています。テンポも前半は少し速めで、ベルリンフィルと息の合わない部分もある位です。晩年のバーンスタインは自然体の指揮をする指揮者だったので、少し意外です。何か、演奏にしっくりこない所があるのか、バーンスタインは何回か声を発しています。ただ、この長い音楽を演奏しているうちに、両者の余分な緊張感は昇華して行き、テンポは段々と遅くなり、後半は味わい深さが勝ってきます。ラストは白熱した盛り上がりを見せた後、天にも昇るような清涼な音楽となります。この最後の部分は交響曲第9番でもっとも素晴らしい音楽ですが、こんなに清涼で美しい演奏は他に聴いたことがありません。

それにしても全体的に録音が今一つです。予想を超える超名演で普段カラヤンの録音をしているスタッフも戸惑ったのでしょうか。出来るだけ良いスペックのCDで聴くことをお薦めします。それとバーンスタインがこの演奏をしたおかげで、次のカラヤンの演奏にも少なからぬ影響を与えているはずです。真似するのは難しい無理ですが、ベルリン・フィルを本物のマーラー指揮者が指揮して、稀代の名演を成し遂げたのですから。

カラヤン=ベルリン・フィル (1982年ライヴ)

磨き抜かれた響きとカラヤンの円熟
  • 名盤
  • 円熟
  • 芳醇
  • ライヴ

超おすすめ:

指揮ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1982年9月,ベルリン,フィルハーモニー(ステレオ/デジタル/ライヴ)

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マーラー:交響曲第9番

在庫:残り1点 レビュー数:46個

カラヤン=ベルリン・フィルのマーラー録音は少ないですが、第5番に引き続き、交響曲第9番も録音しています。晩年の演奏で1982年ベルリン芸術週間でのライヴです。その前にバーンスタインがベルリンフィルに客演し、名演を残しています。という訳で、オケにはバーンスタインの解釈も残っているはずです。いずれにせよ1979年にスタジオ録音もしており、ロマン派が得意なカラヤンなので、自身はブルックナーの方が得意という認識かも知れませんが、マーラーもカラヤンなりに素晴らしい演奏です。第9番であれば、スコア通りの演奏で感情移入がそれほど入っていなかったとして、十分聴く価値のある完成度の高い演奏になるだろうことは想像つきます。しかし1980年代の演奏の場合、カラヤンは円熟してくるので、また大分演奏が変わってきます。

第1楽章ベルリン・フィルの磨かれた弦の音色がまず耳に入ります。この時点でもカラヤンのマーラーを聴く価値はあるかも知れません。いかめしいクレッシェンドを経た後、意外に毒々しいグロテスクな響きを聴くことがで、カラヤンの円熟を感じます。ライヴだから、というのもあるかも知れませんけれど。この時期はまだカラヤン独特のレガートも健在で、所々でR.シュトラウスを思い出させるような響きも聴こえてきます。毒々しさの中に奥の深さも感じられます。第2楽章遅いテンポで味わい深い演奏です。1970年代のカラヤンからは聴けない響きですね。テンポが変わる所でもスマートさはなく、1982年なら指揮はまだきちんとしていたと思いますけど。

第3楽章速めのテンポです。さすがベルリンフィルで対位法をよく使った複雑なアンサンブルを難なくこなしていきます。テンポが遅めな個所では味わい深いのがこのライヴの特徴ですね。最後はしっかり盛り上がって終わります。第4楽章はスケールが大きく、ふくよかさはありませんが、艶のある弦楽器が味わい深い響きを堪能させてくれます。ベルリンフィルの響きが好きな人なら、そこに30分浸れるだけでも素晴らしいと言えます。艶やかですがスッキリした所もあります。しかし、そのすっきりした薄い響きから『大地の歌』を思い出させるような寂寥感が伝わってきます。ラスト付近の盛り上がりは、凄いスケールで迫真の演奏です。

小澤征爾=ボストン交響楽団 (2002年ライヴ)

小澤=ボストン響の感動的なラストコンサート
  • 名盤
  • しなやか
  • 熱演
  • スリリング
  • 円熟
  • 高音質

おすすめ度:

指揮小澤征爾
演奏ボストン交響楽団

2002年4月20日,ボストン,シンフォニー・ホール(ステレオ/デジタル/ライヴ)

小澤征爾はボストン交響楽団との最後のコンサートにこのマーラーの交響曲第9番を選びました。最後の演奏会だけあって、小澤征爾の集中力も凄いですし、ボストン交響楽団も素晴らしい演奏を繰り広げています。このコンビにはマーラー全集の正規録音もあり、その演奏も十分素晴らしい演奏なのですが、このライヴは特別です。ただ、映像付きでCDは発売されていないようです。

第1楽章小澤=ボストン交響楽団のコンビらしい緊張感の中にもしなやかさのある演奏です。筆者は小澤征爾が「しなやかさ」をマーラーに持ち込んだことは素晴らしい業績だと思います。マーラーというと白熱した凝集度の高い演奏やユダヤ的な粘りを感じる演奏が多かったのですが、日本人である小澤征爾は、マーラーにも「自然さ」「しなやかさ」を持ち込みました。でも、これはチェコに生まれたマーラーの音楽作りに相応しい要素だと思います。今ではノイマンの自然体の演奏も発掘されて評価されていますが、このコンビは1990年代にそういうマーラー全集を堂々とリリースしています。これはこのコンビの最大の業績だと思います。今ではユダヤ的な演奏は少なくなり、特に後半の交響曲では響きの自然さを重視した演奏が増えたと思います。話がずれましたが、第1楽章はこの記念すべきライヴであっても、自然体のチェコの自然を感じさせるような演奏です。もちろん、白熱する所はしっかり盛り上がります。

第2楽章はとてもリズミカルで盛り上がります。小澤征爾のリズム感はずば抜けたものがあり、円熟してオケを煽り過ぎることもなく、味わい深い名演奏になっています。第3楽章速めのテンポのシャープな演奏です。小澤とボストン響はあうんの呼吸で、リズムは完全に一体化しています。録音も良く、対位法も綺麗ですし、装飾などもしっかりしています。アンサンブルの練り上げのレヴェルの高さには舌を巻きます。

第4楽章自然さとしなやかさがあり、ボストン響の透明感、流れるような弦の響きは小澤の解釈にぴったりの響きです。やはり自然の捉え方は日本人らしいとは思いますが、これもマーラー9番の主題の一つだと思います。チェコの自然観と日本の自然観は似ていますからね。円熟した小澤の指揮は、自然体であり、グロテスクさもなく、澄み切っています。神々しさも感じますが、あくまで人間的な音楽です。それでいて感情をぶつけていく、という訳でもありません。そういう意味ではインパクトは少ないのかも知れません。しかし、しなやかな中にも熱い感情は入っていて、これ見よがしに表現していないだけです。ラストのクライマックスを過ぎるとさらに透明感が高い演奏となり、非常に美しいです。他の演奏と違い、キリスト教的な要素は一切入っておらず、どちらかというと自然美を神とする日本の価値観に近いですね。

山田和雄=新日本フィル

濃厚でスケールの大きなマーラー
  • 名盤
  • 熱演
  • 白熱
  • 円熟
  • ライヴ

超おすすめ:

指揮山田和雄
演奏新日本フィルハーモニー交響楽団

1986年6月7日,東京文化会館 (ステレオ/デジタル/ライヴ)

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山田和雄が1986年に藝術院賞を受賞した時の記念演奏会のライヴです。山田和雄といえば、日本のオーケストラ界を引っ張ったまさに巨匠ですが、CDとなると何故か実演で感じられた感動を伝えきれていないものが多いです。しかし、このディスクは山田和雄の凄さをダイレクトに感じさせてくれるもので、欧米のオケにも匹敵する名盤になっています。朝比奈隆だけでなく、山田和雄の凄さを知っておくべきと思いますが、このCDはとてもお薦めです。新日本フィルも実力を発揮していて、管楽器が非常に上手いです。

第1楽章は山田和雄らしい濃厚な演奏で始まります。特に最初の厳めしいクレッシェンドは1986年の新日本フィルから今の欧米の一流オケに匹敵する響きを引き出していて驚かされます。その後も遅いテンポでじっくり演奏されますが、味わい深さは半端ではありません。会場のドライさは物ともせず、粘りのある正攻法のマーラーで、器用とは言えませんが、細かい所まで練り上げた表現で、様々な表情を付けています。わびさびすら感じられます。第2楽章はリズミカルです。濃厚さはありますが、軽快で楽しめる演奏です。当時の日本のオケとして、本当に優れた演奏です。隠れた(ブラック?)ユーモアも表現していて、スリリングです。

M.T.トーマス=サンフランシスコ響

透明で自然、かつ緻密なアンサンブル
  • 名盤
  • 定番
  • 精緻
  • 高音質

おすすめ度:

指揮マイケル・ティルソン・トーマス
演奏サンフランシスコ交響楽団

2004年9月29日-10月3日,サンフランシスコ,デイヴィス・シンフォニー・ホール(ステレオ/デジタル/セッション)

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Mahler: Symphony No.9

在庫:残り1点レビュー数:16個

マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の演奏です。このコンビは毎回クオリティの高い演奏を聴かせてくれます。このマラ9も世評が高く、分かる人には分かる、という名演の一つですね。特に第9番はスコアの通りに演奏すれば、しっかりした演奏になる所もあり、スコアの読み込みの深いM.T.トーマスにはとても相応しい交響曲です。

第1楽章サンフランシスコ響の美しい弦の響きで始まります。美しい響き、自然な演奏でありながら、グロテスクさも表現されています。いかめしいクレッシェンドもアバド=ベルリンフィル盤と同じ位、凄い音響です。感情表現は幾分抑制的ですが、美しい響きの中にかなりの感情エネルギーが入っていると感じられます。M.T.トーマスはボストン響で小澤の助手を務めたこともあり、小澤征爾の影響はそれなりに受けていると感じます。もちろん、それだけではありませんけれど。

第3楽章は少し遅めのテンポで緻密な演奏を繰り広げています。それと同時に肩の力が適度に抜けていて、自然体の音楽作りです。対位法の各声部が良く聴こえることも良いですね。感情も入れていますが抑制的です。中間部は響きが美しく天国的です。最後は速くなり、なかなかの迫力です。第4楽章はヴィブラートを強めに掛けた弦から始まりますが、テンポはかなり遅めです。基本的に自然体の演奏だと思いますが、少しキリスト教的な神々しさも感じられます。音を最小限に薄くして、ソロも音量は控えめですね。天国的な響きが中心で、まるでブルックナーのようです。第4楽章は名演ですね。

テンシュテットバーンスタインが感情を入れた演奏の代表格だとすれば、M.T.トーマスは丁度その正反対にいるようです。

バルビローリ=ベルリン・フィル (1964年)

昔からの定番の名演
  • 名盤
  • 定番
  • 共感
  • 奥深さ
  • 円熟

おすすめ度:

指揮サー・ジョン・バルビローリ
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1964年1月10,11,14,18日,ベルリン,ダーレム,イエス・キリスト教会(ステレオ/デジタル/ライヴ)

バルビローリとベルリンフィルの録音です。バルビローリはイギリスの指揮者できちっとした演奏をする印象が強いですが、感情表現にも優れた指揮者です。ベルリンフィルとも相性が良かったようで度々客演しています。この録音はベルリンフィル初のマラ9とのことです。ただ1964年録音で少し古さが感じられるのも事実です。リマスタリングされたCDがあればそれがいいと思います。

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楽譜・スコア

マーラー交響曲第9番の楽譜・スコアを挙げていきます。

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