マーラー 交響曲第5番(アダージェット, 他)

グスタフ・マーラー (Gustav Mahler, 1860~1911) 作曲の交響曲第5番 嬰ハ短調は、第4楽章「アダージェット」で有名な交響曲です。もちろん、それだけではなく、全体的に力作です。このページでは、交響曲第5番の解説と、お薦めの名盤をレビューしていきます。

解説

マーラー作曲交響曲第5番の解説します。

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「アダージェット」が有名

やはり、マラ5といえば甘美な「アダージェット」は外せないですね。聴いていると、第3楽章の後に急にロマンティックになるので、流れに合わない気もしていたのですが、インバル=チェコフィル盤のように自然な流れで演奏しているディスクもあります。

ウィーンの画家ヤーコブ・エミール・シントラーの娘であったアルマと恋愛関係になり、この第5番の作曲期間である1902年3月に結婚しています。それと関係あるでしょうね。

アダージェット単独で良い演奏といえば、バーンスタイン=ニューヨーク・フィルは実際『ヴェニスに死す』で使われた演奏です。またカラヤン=ベルリン・フィル盤もお薦めだと思います。

ホルン奏者に人気の第3楽章

第3楽章はスケルツォですが、ホルンが活躍するのが印象的です。演奏によってはホルン協奏曲にすら聴こえます。なので、ホルン奏者(もちろんアマチュア、吹奏楽の人も含みますけど)には第3楽章が人気です。

絶対音楽への接近

マーラーの中期の交響曲第5番、第6番、第7番は短期間のうちに作曲され、いずれも声楽を用いていないことから、ひとまとまりとして考えられています。

マーラー自身も

交響曲第5番から私の新しい創作期が始まった

と述べています。実際に作曲の面から見ても、大きな転換点であったことは間違いありません。それ以前の交響曲、特に直前の交響曲第4番と聴き比べれば一目瞭然の大きな違いです。

交響曲第5番は1901年から1902年秋には完成したということです。ちょうど20世紀になったこともあり、新しい転換点にしたのかも知れませんね。

しかし、作曲は困難を極めたということです。これまでの4曲とは大きく異なる交響曲であり、ベートーヴェンやブルックナーのような調和のとれた交響曲が念頭にあったようです。もちろん、それと同じ作風に変えようとしたわけではなく、交響曲ならではの形式や調和と重視したのだと思います。

この路線が最大限に発揮されるには交響曲第9番まで待たないと行けないかも知れません。第9番は室内楽を思い起こさせるようなシンプルさと完璧な調和を持った交響曲です。でも、その前の交響曲第7番でもある程度交響曲らしい調和や均整は感じられます。

マーラーの生活の変化

一方、交響曲第5番は第6番『悲劇的』と共にマーラーの私生活とも関係しています。前述したアルマとの恋愛と結婚、そして1902年に長女マリアが生まれています。例えば、第5楽章はベートーヴェンの『田園』の第5楽章のように、壮大なものではなく身近な幸福を表現しているように感じます。

初演

交響曲第5番の初演は、1904年10月18日にケルンでマーラー自身の指揮で行われました。初演は成功しましたが、マーラー自身が満足しておらず、出版までに修正を加えています。

まとめ

色々書いてきましたが、マーラーの交響曲の中で第5番はもっとも分かり易い交響曲の一つです。作曲技法は複雑で難しいですが、映画に使われた「アダージェット」のみならず、曲のメッセージはストレートに伝わってきます。交響曲としての完成度も高いため、初演も成功でしたし、現在でもマーラーの交響曲で一二を争う人気曲です。

おすすめの名盤レビュー

マーラー交響曲第5番の名盤をレビューしていきます。

テンシュテット=ロンドン・フィル

テンシュテットとロンドン・フィルの壮絶なライヴ録音!
  • 名盤
  • 定番
  • 熱演
  • 壮絶
  • ライヴ

超おすすめ:

指揮クラウス・テンシュテット
演奏ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

1988年12月13日,ロンドン,ロイヤル・フェスティヴァル・ホール (ステレオ/デジタル/ライヴ)

テンシュテットとロンドン・フィルの有名なライヴ録音です。1988年録音で、ライヴですが音質は十分良好です。

第1楽章冒頭から白熱した演奏で、ロンドン・フィルが密度の濃い響きで唸りをあげています。グロテスクなところも躊躇(ちゅうちょ)なく表現していて、凄い迫力です。他の演奏では強調されず、そんな響きがあっただろうか?と思ってしまう所もあり、新しい発見があると共に、この曲に秘められたものを今まで如何に理解していなかったか、痛感させられます。

第2楽章も弦の響きが凄いですし、クレッシェンドしていく所もこんな響きだったのか、と再発見があります。第5番のイメージよりは第7番『夜の歌』のような演奏です。後半へいくほど、テンシュテットの曲への理解の深さやインスピレーションに圧倒されます。第3楽章は割と明るめの音楽ですが、少し濃厚で味わい深いものがあります。緊張感の強い所はあくまで強く、力が抜けた細やかな心情表現も上手いです。

第4楽章アダージェットは、物凄い深く秘められた熱い感情が入った演奏です。テンポはあくまで遅く、聴こえない位の音量から始まり、一音一音いつくしむように演奏していきます。徐々に響きはうねりを増していき、濃厚な感情が表出してきます。この曲にこんなに多くの要素があったのか、と感銘を受けると同時に圧倒されます。是非一度聴いてみてください。

第5楽章は最初は軽快で比較的シンプルな演奏です。『田園』の第5楽章のように前向きのエネルギーに満ちた演奏です。しかし後半は、金管が熱いエネルギーに満ちたサウンドで遠慮なく盛り上げてきます。

筆者は実は旧盤の5番を愛聴していたのですが、それとは全く違うことに驚きました。方向性は同じだと思いますが、旧盤は詩的な所が結構あった気がします。このライヴを聴いたときには腰を抜かしそうになりました。その位、壮絶な演奏です。でも最後は明るく終わるため、前向きなパワーに満ちた演奏になっていて、とても素晴らしいです。拍手も入っています。会場の盛り上がり方は尋常ではないですね。

ショルティ=シカゴ交響楽団

技術的にも完璧、クールで新鮮なマーラー
  • 名盤
  • 定番
  • 迫力
  • スリリング

おすすめ度:

指揮ゲオルグ・ショルティ
演奏シカゴ交響楽団

1970年3月,シカゴ,メディナ・テンプル (ステレオ/アナログ/セッション)

ショルティとシカゴ交響楽団の1回目の録音です。ショルティはいわゆるマーラー指揮者では無いと思いますが、ショルティのマーラーは非常に人気がありますね。バーンスタインやテンシュテットなど、ユダヤ系の熱い演奏が多いので、ショルティの演奏はストレートですし、シカゴ交響楽団は上手いです。少し違うテイストのマーラーが聴けます。

第1楽章の冒頭のトランペットは物凄く上手いです。その後、演奏はショルティ=シカゴ交響楽団らしい、余計なロマンティックさを排したスッキリした演奏です。ただ、不協和音などストレートに演奏してくるので、物足りなさというのはありません。本質を捉えているんでしょうね。ダイナミクスの変化も大きく、金管だけでなくオケ全体が熱く盛り上がっています。1970年録音でよくこんな演奏ができたな、と感心します。1970年というマーラーブームの前だからかえって良かったのかも知れませんね。1970年にしては録音は十分よく、自然な響きでダイナミクスも十分捉えています。

第2楽章はこの曲の特徴をよく再現した演奏です。唐突に現れる不協和音、勝利に酔うようなダイナミックな部分など、複雑な楽章ですが、当たり前のように整理して演奏しています。第3楽章は速めのテンポで進みます。ホルンも素晴らしいですが、ホルンが浮くことなく、色々な楽器が活躍しています。再現部直前の唐突に激しくなる部分もあわてず騒がずで、唐突さも含めて再現しています。

第4楽章は静かに始まり、平穏な演奏ですが、甘美とは少し違うかも知れません。途中盛り上がり、激しい感情表現があるなど素晴らしいのですが、甘美さは無いようですね。

第5楽章は基本的に明るい音楽ですけれど、ショルティの演奏には先入観は感じられません。結果として明るい音楽になっていますが、不協和音があれば、ちゃんと響かせ、深みを感じる演奏になっています。

ロマンティックな要素はあまり無いかも知れませんが、本質的な部分は既に完全に把握していますし、演奏は一縷の隙も無い完璧な名盤です。ここまで完璧だと聴いていて気分がいいですね。

カラヤン=ベルリン・フィル

マーラーの一般論とは異なる方向に磨き上げた奥の深い名盤
  • 名盤
  • 定番
  • クオリティ
  • 華麗
  • ダイナミック

おすすめ度:

指揮ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1973年2月,ベルリン,イエスキリスト教会 (ステレオ/アナログ/セッション)

カラヤンとベルリン・フィルの録音です。ベルリンフィルの機能性を活かせば、金管が活躍するマラ5を上手く演奏できるだろうことは予想できます。カラヤンがどう指揮するか?ですね。

第1楽章の金管のサウンドが美しくアンサンブルがとても素晴らしいです。弦セクションは厚みがあり艶やかです。録音も相当よく、弱音でノイズの少なさに驚かされます。第1楽章~第2楽章はオーケストレーションが巧みで多彩な表現がありますが、特にトゥッティでは驚くようなサウンドが出てきます。さすがベルリンフィルで、よくそんな響きがでてくるな、と驚きますね。カラヤンは急にテンポアップしたりして、なるほど、と思う所があります。暗い表現はありますが、あまりシリアスさはありません。力強い表現が凄いですね。ベルリンフィルらしい銀色のサウンドで、ここまでやってくれると気分爽快です。

ユダヤ系の指揮者に聴かれる粘っこさはなく、全体的にすっきりしています。ただ、表現のボキャブラリーがあまり多いとは言えないので、飽きやすいかも知れません。特に不協和音をあまり強調していないので、刺激が少ない感じでしょうか。

第3楽章は速めのテンポで、ホルンが少し窮屈そうに聴こえます。シリアスな部分の表現が浅いので、コロコロ変わる感情表現のメリハリが今一つかも知れません。ベルリンフィルの個々の奏者が上手いのでそれをメインに聴いている分には良いですけど。後半は、少し聴きどころが増えてきます。録音も良いし、響きの美しさは随一かも知れませんね。

第4楽章非常に透き通った美しい響きが凄いです。やはり録音も含めて「アダージェット」が白眉ですね。後半になるとさらに迫力を増していって、対比で甘美さも大きくなってきます。これはやっぱり凄い演奏ですね。第5楽章は少し遅めのテンポで落ち着いて進みます。意外に力強さのある演奏です。特に最後の畳み込みはライヴ録音のような白熱ぶりです。

ベルリンフィルの技術は何もいうことはないし、他のディスクでは聴けないようなダイナミックなサウンドが聴けて驚きです。カラヤンのほうは、シリアスな表現に今一つ深みに欠けます。多彩な表現を使っていて面白いのですが、やはり曲が長く感じます。

ただ「アダージェット」の艶やかな演奏は素晴らしいので、それで元は取れるかも知れません。マーラーを聴くというより、カラヤンを聴くといった感じです。それとカラヤンでしか聴けない個性的(?)な表現があり、所々で目から鱗が落ちます。

アバド=シカゴ交響楽団

  • 名盤
  • 定番
  • 明晰
  • スリリング
  • 迫力

おすすめ度:

指揮クラウディオ・アバド
演奏シカゴ交響楽団

1980年2月,シカゴ,オーケストラ・ホール (ステレオ/アナログ/セッション)

アバドがシカゴ交響楽団を指揮した演奏です。このコンビは『幻想交響曲』などで完璧な演奏をしています。音質はアナログ録音の中でも特に素晴らしい部類で、この演奏の凄さを高いレヴェルで収録しています。

第1楽章からかなりシャープです。トランペットのソロは上手いですし、その後はグロテスクな個所をシャープでダイナミックに演奏していて凄い演奏です。ただ、テンシュテットやバーンスタインのような強い感情表現はあまり無いですね。アバドもベルリンフィルとの1999年ごろに録音した第3番、第7番、第9番は深い共感と感情表現が素晴らしい演奏があります。病気から復帰した後の演奏で、その時期の演奏が一番名演、というのもどうかと思いますが、その後のルツェルン祝祭管弦楽団との演奏よりも感動的なのは実際聴くとそうなんです。第2楽章この演奏の白眉だと思います。出だしのシャープさと言い、シャープさと気だるさが交互に現れて、何か迫ってくるような緊張感あふれるクレッシェンドなど、複雑な表現を上手くまとめていて、ヴォキャブラリーの豊富さは凄いものがあります

第3楽章シカゴ響のホルンはレヴェルが高く、美しい音色で響き渡っています。軽妙なスケルツォというより、シカゴ響らしい重厚さがあり、アバドとしては少し遅めのテンポと思います。アンサンブルのクオリティは非常に高いです。後半になるとアッチェランドし、ダイナミックでスリリングに曲を締めています。

第4楽章アダージェットはとても遅いテンポでじっくり歌いこんでいます。弦の響きに透明感があり、ppでも空気感を感じる位です。こういう響きはシカゴ響にしか出せないですね。盛り上がる所は、スケールが大きく、それでも音色が曇ることはなく、透明で清涼感のある響きです。第5楽章は爽やかなホルンから始まります。管楽器の上手さを堪能できる楽章です。終盤に向かってスリリングに盛り上がっていきます。

アバドはシカゴ響の美点を活かしつつ、感情表現を入れ込んでいます。演奏としての完成度の高さはとても高く、少しドライな所もありますが、このディスクでしか聴けない響きが随所にある名盤です。

バーンスタイン=ニューヨーク・フィル

若いバーンスタインによるハイレヴェルな名盤
  • 名盤
  • 定番
  • 共感
  • 品格

超おすすめ:

指揮レナード・バーンスタイン
演奏ニューヨーク・フィルハーモニック

1963年1月7日,ニューヨーク (ステレオ/アナログ/セッション)

バーンスタイン=ニューヨーク・フィルハーモニックの録音は、その後、ウィーンフィルとの演奏もあるので、旧盤ということになります。ニューヨーク・フィルハーモニックとウィーン・フィルの両方でディスクがあるとはマーラーの再来のようですね。録音の古さは多少感じますが、1963年としては良い音質です。演奏はマーラーの王道を行くもので、バーンスタインのマーラーはこの段階で完成していたと思います。

第1楽章はトランペットが小気味良く主題を吹いて始まります。バーンスタインもまだ若く、テンポは少し速めです。オーケストラ全体がシャープな響きで心地良いです。

第2楽章も衝撃的な始まり方でやはりシャープなサウンドです。一方、弦のメロディはユダヤ系の少し粘りのある響きがします。丁寧に表情をつけていきます。多彩で自然な表情付けで、第2楽章はあっという間に終わってしまいます。第3楽章は軽快なテンポで力強い演奏です。はっきりしたリズムの取り方、シャープな表現で本当にあっという間に時間が経ってしまいます。

第4楽章「アダージェット」は、非常に感情表現が繊細です。最初はかなり弱く始まり、徐々に感情を強く表出していきます。不協和音の扱い方も上手いですね。特別にシリアスでもなく、過剰に甘美でもない、絶妙な所を狙って、品格を保ちながら味わい深い演奏となっています。第5楽章は、小気味良い細かい表現が生きていて、生きいきした演奏になっています。テンポは速めで、さわやかさです。

マーラーブームの先駆けともいえるこのバーンスタイン旧盤が、これだけレヴェルが高い演奏であったことは、この後のマーラー演奏にも大きな影響を与えたと思います。

小澤征爾=ボストン交響楽団

ユダヤ系演奏家とは違う、しなやかなでナチュラルな名盤
  • 名盤
  • 端正
  • しなやか
  • 自然美

おすすめ度:

指揮小澤征爾
演奏ボストン交響楽団

1990年10月,ボストン,シンフォニーホール (ステレオ/デジタル/ライヴ)

小澤征爾=ボストン交響楽団のマーラー全集は、マーラーブームの頃は異端扱いでしたが、大分見直されてきました。ユダヤ系の演奏家によくみられる粘りが無く、響きがすっきりしています。好みの分かれる演奏ですが、第3番、第9番などは十分定番の位置付けに入ります。小澤征爾はもともとチェコの音楽は得意です。他の指揮者では聴けない響きが聴けます。実は筆者の好みの演奏でもありますね。

第1楽章は、ボストン交響楽団の金管楽器のレヴェルの高さを改めて思い知らされます。響きの美しさは、カラヤン盤とも違う自然さがあります。第2楽章はシャープで鮮烈に始まります。オケのアンサンブルや小澤の指揮の技術も素晴らしく、細かいテンポコントロールで、色々な表情をつけていきます。あまり不協和音は強調していませんが、響きの透明感は高く、小澤征爾の耳の良さがよく分かります。グロテスクさを避けようとしているのではなく、感情表現は結構激しいものがあります。

第3楽章は、さわやかな演奏です。響きが美しく、この楽章はチェコの自然美も入っているのだと思います。結構色々な表現があって、小澤独自の表現も多く、感情表現も織り込まれていて、飽きずに1~3楽章まで聴けます。録音の音質もとても良いです。

第4楽章は透明で繊細な弦の響きが素晴らしいです。感情的に強く盛り上がるというよりは、甘美さと共に広々とした自然美を感じさせます。第5楽章は自然賛歌という感じです。日本人とチェコ人の感性が似ている所ではないでしょうか。

こんな感じで、他とは少し違うマーラー観だと思うのですが、曲と自然に調和していて、しかも聴いていて飽きない所が良いです。おそらく、マーラーの交響曲にはもともと自然賛美の要素が強いのだと思います。

インバル=フランクフルト放送交響楽団

マーラー指揮者インバルの代名詞とも言える名演
  • 名盤
  • 定番
  • 知的
  • 精緻
  • ダイナミック

超おすすめ:

指揮エリアフ・インバル
演奏フランクフルト放送交響楽団

1985年,フランクフルト,アルテ・オーパー(ステレオ/デジタル/セッション)

インバル、フランクフルト交響楽団は筆者が中高生の時に来日しました。技術的にレヴェルの高い演奏でとても驚いた記憶があります。インバルの完全主義な所が良く出た演奏でした。特に筆者は吹奏楽でホルンを吹いていたため、フランクフルト放送交響楽団の当時の女性ホルン奏者の上手さには度肝を抜かれましたね。マリー=ルイーズ・ノイネッカーという方ですね。

第1楽章最初のトランペットからハイレヴェルでパワフルでシャープな金管が聴けます。ドイツのオケの金管はベルリンフィルは別格として、ダイナミックだけど大雑把なイメージがあります。しかし、フランクフルト放送交響楽団はアメリカのオケ並みに金管が上手いです。その後、憂鬱な演奏が続きます。繊細な表情づけではありませんが、知的な表現であり、ユダヤ的でマーラーらしい演奏です。

第2楽章シャープでシリアスです。金管のダイナミックさ、弦セクションのシャープさでとてもインパクトがあります。その後、急に憂鬱な表現に変わります。とても知的で表現はグロテスクさもありますが、とても整理されています。コロコロ変わっていく感情を上手く表現しています。同じ技術的にハイレヴェルなアバド盤がどちらかというと明るさを感じるのに比べ、一貫してある種の重い憂鬱さが覆っています。憂鬱な個所はリアルな表現で、決して技術的に完璧なだけの演奏ではないです。第3楽章はやはりホルンが上手いですね。ホルンが出てくるとホルン協奏曲のようです。後半に入って盛り上がってくると、かなりシリアスな表現です。アッチェランドなどテンポの変化も大きく、感情表現の変化に富んでいますが、割とシリアスな表現が中心です。

第4楽章はシリアスな表現で、少しクールさもあります。若い時のインバルは完璧主義だったので、甘美に演奏しようとか、お客さんに受けようなんて考えていないと思います。この演奏は深みとシリアスさが中心で、後半になってやっと少しづつ甘美な所が出てくるので、とても効果的です。第5楽章は響きはクールですが、力が抜けて穏やかさのある演奏です。最後に向かって盛り上がり、ダイナミックに終わります。

トータルとしては、壮年期のインバルの完璧主義を感じる名演です。少しクールですが感情表現はかなり深いです。テンシュテット盤のように熱い感動を求める人には相当クールに聴こえそうですが、複雑な曲の各所で、あるべき表現をしています。インバルが求めるマラ5が高いレヴェルさで再現された演奏だと思います。今でもインバルのマーラーは緻密で素晴らしいですが、これに比べると丸くなったというか、色々な表現を包み込んで演奏するようになってきたと思います。

インバル=チェコ・フィル

チェコフィルの弦の音色が美しい名演
  • 名盤
  • 格調
  • 芳醇
  • 自然美

超おすすめ:

指揮エリアフ・インバル
演奏チェコ・フィルハーモニー

2011年1月20,21日,プラハ,ルドルフィヌム,ドヴォルザーク・ホール,DSDレコーディング(セッション&ライヴ)

マーラー指揮者のインバルとマーラーの出身国であるチェコのオーケストラの共演です。マーラーは内省的音楽であると共に、チェコ付近の自然も要素として取り入れているため、チェコフィルの響きはマーラーに相応しいです。交響曲第7番『夜の歌』はまさにチェコフィルで初演されています。

しかし、チェコが東ヨーロッパに入り東西の壁が出来てから、チェコにはマーラー指揮者がいませんでした。唯一ノイマンが録音していますが、西側のマーラーとはずいぶん違った音楽になっています。今回、インバルがチェコフィルとマーラーを録音するというのはとてもエポックメーキングな出来事なんです。

第1楽章から聴いていきます。弦の所はとても芳醇な音色で素晴らしいです。マーラーをこんな弦の響きで聴くことはあまり無いですし、会場はあのヌドルフィヌムです。是非、会場で聴きたかったですね。オケ全体としても、ほの暗い響きで、暗さもありますが、それだけではありません。インバル自身の円熟もあって、遅めのテンポで不協和音もただきつく演奏するのではなく、それぞれの和音に合わせたキャラクターで演奏しています。テンシュテットのように不協和音を遠慮なくグロテスクに演奏するという方向性では無くて、あくまでチェコフィルの響きを活かそうとしています。とはいえ、何か所か鋭いグロテスクな響きを感じる所があります。

第2楽章は、他のオケとの演奏ほど衝撃的な出だしではありません。ただチェコフィルの響きは独特の厚みがあって不満を感じることは無く衝撃よりは深みを感じます。オケのほの暗い響きを活かして、上手く表現しています。インバルは昔は分析的な演奏も多かったですが、チェコフィルとの演奏は自然な流れの中で表現しています。第3楽章はホルンが主役です。インバルはここまで強い感情表現はしていませんが、第1楽章からここまでの流れはとても良いと思います。グロテスクさのある響きも活かして、奥深さのある演奏だと思います。

第4楽章は有名なアダージェットです。しかし、この演奏はアダージェットだからといって特別な演奏をする訳ではなく、これまでの続きで自然に演奏されています。チェコフィルの弦は芳醇で味わい深い演奏でさすがです。インバルが指揮しているので、大事な不協和音を逃すことはありません。こんなに芳醇でコクのある演奏は始めて聴きましたし、満足感もかなり高いです。第5楽章も自然に演奏されています。木管の表現力が素晴らしく、インバルの指揮だけでなく、チェコフィルの自主的な表現も目立ちます。

マラ5というと、有名な「アダージェット」もあるし、第1楽章~第3楽章は結構不協和音も多く、挑戦したり、対決したり、少しドロドロしたりと紆余曲折のストーリーがある曲という印象があります。しかし、このインバル=チェコフィル盤ももちろん色々な要素はあるのですが、ナチュラルに全曲がひとまとまりになって自然な流れで聴ける演奏になっています。

インバル=東京都交響楽団

指揮エリアフ・インバル
演奏東京都交響楽団

2013年1月19,20,22日,横浜みなとみらいホール,東京芸術劇場,サントリーホール (ステレオ/DSD/ライヴ)

インバルと都響の録音です。インバルは言わずと知れたマーラー指揮者ですし、東京都交響楽団は昔からマーラーに取り組み、得意としています。インバルは1960年代に来日して日本フィルを指揮した時には、金管の音程に辟易したと言われています。1990年代になって都響に客演した時には何か可能性を感じたようでした。その前にベルティーニが指揮を務めていてその間に都響の演奏レヴェルが上がったことがあると思います。そして2000年代に入ると都響のレヴェルは急激に上がり、特に金管のレヴェルアップもあり、世界のオケに肩を並べるようになっていきます。インバルはマーラーやショスタコーヴィチの演奏により、都響のレヴェルを高めた立役者です。

第1楽章のトランペットソロも安定しています。弦のまとまりの良さは日本のオケらしいです。熱気と鋭さがあり、近年のインバルの演奏の中でも気合が入っています。録音の良さは特筆に値します。各パートはしなやかにまとまりがあり、トゥッティでもきれいな響きのままです。マイクがベストな位置にあるので、客席で聴くよりも高音質な気がします。第2楽章シャープに始まり、金管の咆哮も迫力があり、シンバルも気持ちよく響き渡ります。テンポが遅い所ではわびさびを感じますね。ある意味、日本人らしいメンタリティかも知れません。リズミカルな所はクオリティの高いアンサンブルで爽快です。盛り上がりでの熱量も高いです。

第3楽章はホルンのソロも小気味良くまとまっています。フランクフルト放響のホルンには敵いませんけれど、日本のオケなのだから隔世の感があります。弦も細やかで自然な表情付で昔の都響の平板さは全くありません。アンサンブルの緻密さは特筆ものです。感情表現も素晴らしく、味わい深く聴けます。

第4楽章のアダージェットは遅いテンポで本当に弱い音量で始まります。やはりこの楽章は弦のみなので、都響のハイレヴェルな弦の響きを堪能できます。チェコ・フィルのように響き自体に味がある訳ではないですが、アンサンブルの正確さと有機的な絡み合いで、とても聴きごたえがあります。この絹織物のような一体感の高い演奏は世界的に見ても「日本のオケの良さ」といえるんじゃないか、と思います。もちろん、こういうまとめ方ができるインバルも凄いですね。第5楽章は爽やかに始まります。ホルンの響きが心地よいです。弦はシャープさがあり、とてもスリリングなアンサンブルです。ラストに向けてインバルが結構オケを追い込んでいて、とてもスリリングに曲を締めくくります。

マラ5はマーラーの交響曲の中でもソロが大活躍する曲です。トランペットとホルンはまるで協奏曲のような音楽で、日本のオケには敷居が高そうな曲です。しかし、編集したことも考慮してもハイレヴェルな演奏だと思いますし、世界に向けて日本のオケの良さを知らしめるレヴェルになってきたと思います。

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楽譜

マーラー交響曲第5番の楽譜・スコアを挙げていきます。

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