ヨハネス・ブラームス (Johannes Brahms, 1833~1897) 作曲の『ハイドンの主題による変奏曲』Op.56a (Variationen uber ein Thema von Haydn)について、解説とおすすめの名盤をレビューしていきます。
解説
ブラームスの『ハイドンの主題による変奏曲』について解説します。
『ハイドンの主題による変奏曲』ですが、略して「ハイバリ」と呼ぶ人が多いです。アマチュアが演奏するには少し難しめの曲ですが、人気のある曲ですね。聴くのが中心の方にも、主題が親しみやすく、聴いていて幸福な気分になれます。
本当に変奏主題はハイドン作なのか?
変奏主題は「ハイドンの主題」ではない、というのが一般的な見解です。一般的なコラール(プロテスタントの歌いやすい讃美歌)で、『聖アントニーのコラール』だと言われています。
もちろん、ハイドンが『聖アントニーのコラール』を使って作品を書き、それをブラームスが見た可能性はあると思いますけれど。
今では有名なコラールとなり、吹奏楽曲でも『セント・アンソニ・バリエーション』という曲がある位、人気があります。
作曲から初演まで
『ハイドンの主題による変奏曲』の作曲年代は1870~73年です。
ブラームスは新古典主義の流れの中にいる作曲家で、バロックや古典主義の時代の譜面を収集していました。1870年ごろハイドン研究家として知られるカール・フェルディナント・ポールから、ハイドンがエステルハージ家の軍楽隊のために書いたとされる「管楽器のための6曲のディヴェルティメント」の楽譜を見せてもらいました。
この作品は当時からハイドンの作品ではないと見られていましたが、ブラームスは第2楽章の旋律(『聖アントニーのコラール』)に魅了されました。
まず、この旋律を主題として2台のピアノのための変奏曲を1873年に作曲します。これは1873年8月にドイツ,ボンにてブラームス自身とクララ・シューマンのピアノで私的に初演されました。そして出版も行いました。
この2台のピアノのための変奏曲をオーケストレーションしたものが、『ハイドンの主題による変奏曲』Op.56aです。
初演は、1873年11月2日に作曲者ブラームスの指揮によるウィーン・フィルの演奏で行われました。
曲の構成
変奏曲ですので、主題提示があって、それから順次変奏が行われていきます。ブラームスはバロック時代の知識が豊富なので、自由な変奏というより、バスや和声進行はあまり変えずに、上声部が変化していくような変奏の仕方をしています。
既に存在するバスのラインに乗せて、新しい音楽を書きあげるのです。新しい旋律を生み出します。私が作るのです。
by ブラームス
これは例えばコレッリの『ラフォリアの主題による変奏曲』、あるいはシャコンヌなど、バロック時代には当たり前に行われていた様式です。もっともラフォリアはメロディも基本的に同じですけれど、シャコンヌは同じ通奏低音にメロディを変奏していく形です。なお、シャコンヌはアフリカから伝わったのですが、イタリアでは「チャッコーナ」と呼ばれています。以下の動画がそれです。
フルート:2, オーボエ:2, クラリネット:2, ファゴット:2,
ホルン:4, トランペット:4,
ティンパニ, トライアングル,
弦5部
おすすめの名盤レビュー
ブラームスの『ハイドンの主題による変奏曲』の名盤をレビューしていきます。
昔の演奏家でも、最近の演奏家でも、ドイツ風に普通に演奏していれば兎に角楽しい曲です。面白そうな演奏を聴いてレビューを書いてみたいと思います。
ショルティ=シカゴ交響楽団
少し毛色を変えてショルティ=シカゴ交響楽団の演奏をレビューしてみます。シカゴ交響楽団が上手いのは間違いないですが、ブラームスがどの位できるのか分かりませんし。でも、マーラーは良いですし、エルガーも名演なので、ブラームスもきっと名演奏でしょう。
最初のテーマの提示はとてもきれいにまとまっています。ドイツ的とは少し違うかも知れませんが、響きが美しいですね。ショルティはインテンポですが、少し余裕のあるテンポ取りです。それとシカゴ響の少しクールなところのある響きが、ハイバリにとても合っていることがわかりました。聴きなれてくると、なかなか味があります。
ショルティの指揮のもと、変奏曲はどんどん進んでいきます。そして、最終のパッサカリアに入ります。かなりシャープなアクセントがついたり、ウィーンフィルなどではやらない表現が入っていて「ハイバリ」の気づいていなかった魅力に気づく演奏でもあります。
録音も良好ですし、演奏は完璧で、ショルティの円熟によるものか、厳しさはあまりなく、金管が必要以上にでしゃばることもありません。これは名盤といっていいと思います。
ハイティンク=ボストン交響楽団
ハイティンクも円熟し始めたころの録音で、カップリングのブラ1も名演奏でした。冒頭は余裕のあるテンポで主題を提示します。
ボストン交響楽団の弦の響きが素晴らしいです。少し遅めのテンポで進んでいきます。ウィーンフィルでもベルリンフィルでもシカゴ響でもありません。落ち着いた表現がいいですね。しかしボストン交響楽団の弦セクションの響きは、このCD全体的にとても素晴らしいのですよね。熟したワインのようです。テンポは遅めですが、途中でかなり遅くなり味わい深くなります。終盤はスケールを増していき、ダイナミックに終わります。
細かい表現まで気を配っていて、なかなかの名盤だと思います。
バーンスタイン=ウィーン・フィル
晩年のバーンスタインは、円熟して肩の力が抜けたブラームスを演奏していました。交響曲第3番はかなり重い演奏だと思いましたけれど。
このハイドンバリエーションは、音楽をする幸福感に満ち溢れています。少し遅めのテンポでウィーン・フィルの自由度が高い演奏なのですが、ウィーン・フィルは持ち前のふくよかな響きを最大限に発揮して、円熟したバーンスタインの元で演奏することを楽しんでいるかのようです。
聴衆としての私たちも、とても安心して楽しめる演奏で、聴いていて楽しいし、聴き終わった後の充実感と幸福感はなんともいえない素晴らしいものです。この曲の定番として長く君臨しそうなCDです。
DVDもあります。
アバド=ベルリン・フィル
アバドとベルリン・フィルの録音です。まだカラヤンの色が濃く残っていたころのベルリン・フィルとの演奏です。アバドがベルリンフィルを指揮すると、カラヤンと違ってパワーを全開にさせることなく、理知的な音楽を引き出してきます。
各変奏の性格をよく反映した音楽を作っていきます。テンポの速い部分では、なかなかスリリングなアンサンブルです。広がりのある部分では、ベルリンフィルの弦セクションがスケール大きく演奏しています。アバドはきちんとベルリンフィルをコントロールしていると思います。
パーヴォ・ヤルヴィ=ドイツ・カンマーフィル
パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルの録音です。室内管弦楽団なので小編成でアンサンブルにも小回りが利きます。2017年と録音が新しいのも良く、自然な響きが味わえます。加えてピリオド奏法ですが、昔、ノリントンを聴いて「ノンヴィブラートはブラームスには合わない」という先入観がありました。
主題提示は落ち着いたテンポで自然さがあります。力みがないのは、このコンビのベートーヴェンと通じる所がありますが、ブラームスでも良い方向に出ています。ベートーヴェンの時に感じた透明感はそれほどありません。変奏に入ると速めのテンポで小気味良く進んでいきます。第2変奏ではかなりの速さです。ホルンの響きも素晴らしいです。
最後にあまりピリオド奏法が気になることはありませんでした。確かにヴィブラートはかけていません。意外と何回か聴くと馴染んでくる名演です。
ベーム=ウィーン・フィル
ベームとウィーン・フィルの録音です。晩年のベームの枯れた指揮と遅めのテンポが良い方向に出た名盤です。
ベームの遅めのテンポとウィーン・フィルの芳醇なサウンドがうまく連携して、名演奏になっています。ベームの場合、円熟してテンポが遅くなるといっても、理性的な要素が多く残っていて、ある程度以上は遅くしていません。結構、テンポが速い所もありますし、アンサンブルも高水準を維持しています。
ハイバリはアンサンブルが複雑ですが、しっかりアンサンブルを練ってあって、縦の線が崩れることはありません。
円熟していて、アンサンブル的にも安心して聴ける名盤です。
モントゥー=ロンドン交響楽団
モントゥーとロンドン交響楽団の録音です。モントゥーらしい素朴な演奏で主題提示をします。オケはロンドン交響楽団です。名盤は大体ウィーンフィルなので、ロンドン響はどうなんだろう、と思います。結構、ダイナミックなサウンドのオケですからね。
実際聴いてみると、やはりウィーンフィルとは大分違います。ロンドン響はかなり筋肉質で、金管が目立ちますね。モントゥーでも素朴な演奏とは言っていられない感じです。もちろん、モントゥーはシカゴ交響楽団やボストン交響楽団とも名演を残していますから、ロンドン交響楽団の響きにも対応できると思いますけれど。
モントゥーの元でロンドン交響楽団は、譜面通りの演奏をしています。よく聴くと弦楽器の音色はなかなか渋いです。一方、ダイナミックな所は容赦なくダイナミックに演奏してきます。弦もシャープですし、金管もバリバリ演奏してきます。
うーむ、そうですね。やはりウィーンフィルとは大分違うというのが結論かも知れません。レヴェルは高いですが、曲がブラームスだと相手が悪いですね。モントゥーはインテンポで指揮しています。それが一番この曲の良さを活かす方法だと思います。
読売日本交響楽団には、ドイツのオケのように積み重ねられた歴史というものはありません。案外ロシア系指揮者が多かったりして、対応力はあるのですが、NHK交響楽団のように「こう演奏すべし」、という伝統はあまり感じられません。アルブレヒトは、読響のかなり細部まで演奏スタイルを作ってきたと思いますが、それは必ずしもドイツのオケと同じ伝統のスタイルではありません。
この「ハイバリ」は、本当に譜面通りでストレートです。そこが逆に面白いです。普通、ドイツのオケならテンポを落として味わい深く演奏する所を、インテンポで通してしまいます。そしてシャープな音もなければ、余分に感情を入れて歌い上げる個所もありません。ある意味平板です。なので、そこで見えにくかった対位法的な音の動きが聴こえてきたりします。聴き比べてみると、テンポの速さがよく分かります。味わい深くはないのですが、意外と面白い演奏で、聴いていて飽きません。最後のシャコンヌなんて、聴いていてとてもスッキリします。
こういう演奏もありだと思いますし、逆に貴重かも知れません。
クナッパーツブッシュ=シュトゥットガルト放送交響楽団
クナッパーツブッシュとシュトゥットガルト放送交響楽団の録音です。クナッパーツブッシュの演奏は、いつも通り超遅いテンポです。このディスクですが、クナッパーツブッシュの演奏と思えない位、録音が良いです。いつもこんな録音だったらいいのですけどね。
さて第1変奏は、さらに遅くなります。変奏曲になるギリギリの遅さを攻めているのでしょうか、笑。第2変奏は、そこまで遅くはないですね。この演奏の響きには他の演奏にない格調の高さがあります。
第3変奏あたりから、段々と味わいが出てきて、第4変奏はかなりいい雰囲気です。その後、速いテンポの変奏が続くのですが、クナッパーツブッシュは速く演奏しようとするオケを引き留めています。やはり普段から一緒に演奏しているミュンヘンフィルやウィーンフィルでないと急には対応できないのでしょうね。
最後のシャコンヌは、クナッパーツブッシュのほうがオケのテンポに合わせているようにも聴こえます。まあ十分遅いテンポですけれど。テンポが遅いので、非常にスケール大きく終わります。
全体としては、遅いテンポの変奏ではとても味わいがあるということです。そして速いテンポの変奏は、オケとの息が合いませんね。この遅さですから、客演だと仕方ない気がします。
オールソップ=ロンドン・フィル
オールソップは意外に遅いテンポで主題提示をしています。録音の音質が良く、細かいところまで良く聴こえますが、かなり細かいアーティキュレーションをつけているようです。
第1変奏などすごく丁寧で、ロンドンフィルも少し戸惑いが見える気がします。続く第2変奏はシャープでオケもリズミカルに弾いています。リズミカルな曲は普通に上手く行っています。
丁寧さがかなりあって、アンサンブルも細かくまとめています。弦楽器のサウンドなどかなり綺麗です。この丁寧さはどうも表面を磨くものであって、あまり感動的な音楽を作ろうとはしていないようですね。
透明感のある響きで、普段のロンドン・フィルではないみたいです。そういえば、オールソップはナクソスで武満徹のディスクを録音していました。そういう色彩感覚に優れた指揮者かも知れませんね。
そういう風にみると、面白い面もある演奏だと思います。
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楽譜
ブラームスの『ハイドンの主題による変奏曲』のスコア・楽譜を紹介します。
電子書籍(スコア)
ミニチュア・スコア
オイレンブルクスコア ブラームス ハイドンの主題による変奏曲(「聖アントニーのコラール」による変奏曲)作品56a (オレインブルク・スコア)
解説:デリック・クック
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