ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky, 1840~1893)が作曲した交響曲第6番 ロ短調 作品74『悲愴』の解説、おすすめの名盤レビューを行っていきます。
お薦めコンサート
🎵ペトレンコ(指揮)/ロイヤル・フィル、ピアノ:辻井伸行
■5/27(土) 愛知県芸術劇場 コンサートホール
グリエール:スラヴの主題による序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番 (ピアノ 辻井伸行)
チャイコフスキー:交響曲 第6番《悲愴》
■5/28(日) 所沢市民文化センター ミューズ アークホール
グリエール:スラヴの主題による序曲
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 (ピアノ 辻井伸行)
チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》
🎵ラハフ・シャニ指揮 ロッテルダム・フィル 藤田真央(p)
■2023/6/26(月) 19:00開演 東京芸術劇場 コンサートホール
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op. 30 (ピアノ:藤田真央)
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 Op.74
説
チャイコフスキー作曲の交響曲第6番『悲愴』の解説をしていきます。
交響曲第6番『悲愴』は、交響曲第4番から始まるチャイコフスキーの三大交響曲の最後を飾る交響曲であり、第4番から始まった「運命」をモチーフとした交響曲の最後を飾る曲でもあります。
作曲と初演
1893年8月に作曲されました。そして、初演は1893年10月28日にサンクトペテルブルクで、チャイコフスキー自身の指揮により行われました。その後、数年で世界中のオーケストラで演奏されるようになります。
悲愴に秘められたもの
『悲愴』はチャイコフスキーの音楽による遺言でもあります。チャイコフスキーは初演からたったの9日で亡くなりました。この悲愴響交響曲は、最後の作品であったわけです。『悲愴』は前2作とちがい、チャイコフスキーが口にしなかった内容があると言われています。現世への諦めと服従といった悲劇的でネガティブな内容を含んでいることは確かです。しかし、同時にあの世への希望でもあった可能性があるのです。
日本人は仏教の輪廻転生という概念ですが、キリスト教は死後の世界があります。天国に行くか、地獄にいくか、とにかく死んだ後にも世界があると考えているわけです。この交響曲が本当は何を表現しているのか、チャイコフスキー自身しか分かりません。親しい友人や弟のモデストでさえも分かりません。
内容を聴いていくと、中間の2楽章、第3楽章は明るく力強い音楽になっています。これはチャイコフスキーが死の床で作曲を進めている間に回想した人生の成功のシーンであるかも知れません。しかし、これらは第4楽章の強烈でネガティヴな感情表現で上書きされて終わります。
『悲愴』という副題
『悲愴』というタイトルはチャイコフスキーがいくつかの候補の中から選んだもののようです。(日本語翻訳では)似たような言葉に『悲劇的』というものもあります。『悲愴』の語源はパトスだそうです。
“Pathos”(パトス)であり “Passion”(受難曲)も同ギリシャ語に由来するものなので、ニュアンスとしては関連性がある
Wikipediaより
なので、『悲愴』は感情的なものを伴っていて、キリスト教の宗教的な意味合いへの関連もある言葉なんですね。
曲の構成
交響曲第6番『悲愴』は4楽章構成ですが、各楽章は自由に書かれています。有名な特に第4楽章は難しいのですが、第1楽章の前半でpが続くので、第2、第3楽章を中心としたシンメトリックな構造とも言えます。
■第1楽章:
序奏付きソナタ形式です。前半の静かなところは提示部でpppppp(ピアノ6つ!)から急にffになる個所が展開部の始まりです。
■第2楽章:Allegro con grazia
複合3部形式です。5/4拍子という変則的な拍子であり、ワルツに聴こえます。実際にスラヴ系に良くみられる拍子でワルツでです。
一般的な交響曲でいえば、緩徐楽章にあたるのでしょうか。微妙な所ですね。
■第3楽章:
スケルツォと行進曲です。ただのスケルツォでは無く、第4楽章に先んじて華やかに大きく盛り上がります。演奏によってはフィナーレに聴こえる時もある位です。『悲愴』の構成上重要な楽章で、盛り上げすぎると曲全体のバランスが崩れますね。
■第4楽章:
ソナタ形式的な構成を持つ複合三部形式です。テンポは遅いですが、構造はシンプルです。ユニゾンと対位法的な所が目立ちます。新古典主義のようにも聴こえますが、昔の音楽にもこういう形式は思いつきません。もしかすると、バロックの前のルネサンスの讃美歌(カトリックですが)なら少し近いものもあるかも知れません。
チャイコフスキーは音楽理論が専門だったらしく、対位法には詳しい知識をもっていました。2度のイタリア旅行ではカトリックの讃美歌やパレストリーナの譜面も勉強した、とどこかに書いてあったような…
おすすめの名盤レビュー
チャイコフスキー交響曲第6番『悲愴』のおすすめの名盤をレビューしていきます。
カラヤン=ベルリン・フィル (1960年)
1970年代にチャイコフスキー全集を録音していますが、この演奏がカラヤン=ベルリン・フィルのもっとも素晴らしい名盤として誉れ高いです。アンサンブルのクオリティは素晴らしく、金管も入ってトゥッティになっても音が濁りません。そしてスケールのあるサウンドに圧倒されます。
第1楽章は静かに始まりますが、弱音もしっかり捉えていて録音の質の高さを感じます。テンポは少し速めで結構メリハリがあります。弦の響きも透明感が高く、アンサンブルのクオリティの高さを感じます。ffは物凄いスケールの大きな響きです。その後はベルリンフィルに圧倒されっぱなしです。第2楽章はスケールが大きく、テンポを遅めにしてスローモーションのような感じです。第3楽章は速めのテンポで安定しています。盛り上がりがあれば、ベルリンフィルの圧倒的な響きを聴けます。後半はフィナーレ並みに盛り上がりますが、続く第4楽章がさらに凄いのでバランスは取れていますね。
第4楽章は感情を出した演奏です。小澤盤ほど派手ではなく、レガートを効かせてロマンティックに表現しています。同時にクールな重厚で壮麗さがあり凄い迫力です。凄いスケールで人間以上のものを感じます。最後の弱音器をつけながらもダイナミックな響きを出してくる所など、ムラヴィンスキーを思い出します。カラヤンは第4楽章に何を込めたのでしょうね?感情的なものはもちろんですが、やはり人間を超越した神の存在を感じてしまいます。
ペトレンコ=ベルリン・フィル
ペトレンコはロシアの指揮者なので、チャイコフスキーは得意です。新しい録音のため、解像度がよく細かい所まで良く聴こえます。
第1楽章は平静に始まります。急にフォルテになる個所は凄い迫力です。ベルリンフィルですから、金管楽器も爆裂しています。曲への共感も深いですね。それでもどこかクールなのがペトレンコです。ベルリンフィルはラトルの時代は先進的で面白い演奏も沢山ありましたが、ペトレンコはそこに感情的なものを強く植え付けていると思います。第2楽章はあまり派手にならずに、ロシア的といえるような寒さも感じるような演奏です。この楽章は聴いているとバレエのような派手な世界を思い出してしまうのですが、ペトレンコは抑制的に演奏しています。
第4楽章は感傷的ですが、ベルリンフィルの弦セクションの美音が素晴らしいです。弱音を上手く使い、なめらかなベルリン・フィルの弦楽器を活かして、天国的な演奏をしています。ムラヴィンスキーから続くレニングラード・フィルの響きに似ている気もします。
ペトレンコは録音に関してあまり積極的ではないと言われています。もちろん、ベルリンフィルの会員になれば映像付きでいくらでも見られますけれど、確かにCDは少ないですね。でもこのレヴェルで録音できているので、今後は積極的に録音してほしですね。
ムラヴィンスキー=レニングラード・フィル (1960年)
ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの録音です。チャイコフスキーの三大交響曲を聴くにあたって1960年録音です。古いので録音は悪いですが、凄いリアリティのある名盤です。
第1楽章は静かに始まりますが、レニングラードフィルは普通に演奏しても何か緊張感があります。ff以降は圧倒的な爆演で、このダイナミクスの落差は今のオケでもなかなか聴けないものです。その後もどんどん爆発的に盛り上がります。第2楽章のワルツは色彩的で上手いですね。ムラヴィンスキーは厳しい音楽作りが目立ちますが、バレエ指揮者ほどではないけれど、意外に色彩的でリズミカルな部分も得意です。『くるみ割り人形』も得意曲でしたし。第3楽章の行進曲はショスタコーヴィチを得意とするムラヴィンスキーにとっては、とても得意な楽章です。スネヤは無いですが速めのテンポでショスタコーヴィチばりの軽快で鋭いリズムを打ち込んでいて、聴いているほうも気分爽快です。
第4楽章は一転して弦楽器の美しい響きから始まります。弦はクールでロシア的な重厚さがあります。1960年録音なので、おそらく実際はもっとずっと綺麗に響いていたことでしょうね。天国的な演奏です。ムラヴィンスキーは(聴衆でなく)常に神に対して演奏していると言っていましたが納得できます。天が落ちてきて神と対話しているかのようなダイナミックさです。そしてコラールに入り、静かに消えていきます。
全体で見ると、リズム感の良さが目立ちます。しかし割とスタンダードで良い演奏です。普通の演奏の範疇(はんちゅう)から出ないようにしているように聴こえます。『悲愴』というと、力みがちな演奏が多いだけに逆に貴重だと思います。
第1楽章は前半からゲルギエフの持ち味のリズム感で自然に演奏させています。急にフォルテになると速めのテンポで熱気を持って盛り上がります。速めのテンポとセンス良いリズム感がポイントですね。ウィーンフィルの弦の音色がなぜかロシア的に聴こえ、味わいがあります。第2楽章はバレエのリズムのようにしっかりしたリズムの上で演奏しています。第3楽章は適度なテンポで非常にリズミカルです。ここで盛り上がり過ぎないのがポイントでしょうか。第4楽章は力強い演奏で、他の多くの演奏とは違いが感じられます。ロマンティックというより強い情熱が感じられる演奏です。最後の響きもさすがゲルギエフ、ウィーンフィルで濃い音色を聴かせてくれます。
ヴァント=北ドイツ放送交響楽団 (1991年)
全体的にヴァントらしく緻密で重厚な演奏ですが、やはりチャイコフスキーなので結構感情も入っています。テンポは速めで、メリハリが強いです。急にffになる個所も激しい演奏です。第2楽章はワルツとしては硬い感じがします。第3楽章は迫力があります。とはいえ、あまり華やかさはありませんけれど。最後はかなり盛り上がります。
聴き物はやはり第4楽章ですね。重厚で透明感のある響きで、最初の一音で大聖堂にトリップさせられてしまいます。アンサンブルは緻密でスケールが大きく、後半の盛り上がりは壮絶です。
ヴァントがチャイコフスキーを得意としていた、とは少し意外ですが、確かに完成度が高い名演です。普段聴きには重厚で厳しすぎるかも知れません。でも、この位、緻密にやってくれると第4楽章の面白みも聴こえてきます。『悲愴』を良く聴いている人には是非ともお薦めしたいCDです。
小澤征爾=サイトウキネン・オーケストラ
小澤征爾の得意曲です。何か他の演奏と比較すると大分違っていて、人間的な感情表現が上手いです。日本人的なウェットな所も少し感じます。少なくとも神の音楽と感じる部分はありません。
第1楽章は高音質で弦や管の音色を聴くことが出来ます。テンポは速めで軽快です。ff以降はテンポは速くし過ぎず、ダイナミックでクオリティの高い演奏を展開していきます。人間的な情緒を良く表現しています。
第2楽章はバレエの色彩感があります。音質が良いので色彩感が良く伝わってきます。繊細なアゴーギクも素晴らしいです。第3楽章は速いテンポで飛ばしています。走る直前のギリギリのテンポでスリリングです。後半はかなりダイナミックに盛り上がります。
第4楽章はとても情緒的な演奏です。このページではそういうCDは無かったので、ある意味新鮮ですけど。冒頭から感情の洪水のように噴出してきます。小澤征爾は昔からこのスタイルで数えきれないほど演奏している訳で、完成度はとても高いです。感情的に燃え上がり、コラールは名残惜しむようにして消えていきます。
キリスト教の概念がないのが、この演奏の最大の特徴かも知れません。死生観は仏教中心の日本とヨーロッパでは大分違いますからね。
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小澤征爾=ベルリン・フィル(2008年)
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楽譜
チャイコフスキー交響曲第6番『悲愴』の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
大型スコア
チャイコフスキー: 交響曲集 第4番~第6番/ドーヴァー社/大型スコア
レビュー数:1個
すみません。
ロシアはキリスト教というよりも、ロシア正教ですね。