ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー (Peter Ilyich Tchaikovsky,1840-1893)作曲の交響曲第2番 『小ロシア(ウクライナ)』ハ短調 Op.17 (Symphony No.2 “Little Russia (Ukraine)” C-moll)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。またワンストップで楽譜・スコアも紹介します。
解説
チャイコフスキーの交響曲第2番 『小ロシア』について解説します。
小ロシアとは?
この交響曲の愛称である『小ロシア』とはウクライナのことです。元々、ロシア人はウクライナ付近にあったルーシ公国などを中心に農業を営んでいました。しかし、すぐ近くにトルコ系遊牧民がおり、穀物の収穫の季節になると、略奪しに来たりしました。
その最たるものが、モンゴル帝国による侵略で、ルーシ公国はモンゴルに敗北し、ロシア人たちはモンゴルの支配下に入ったり、どんどん北に移動していきます。モンゴル軍は、ペテルブルク付近のノヴゴロドという町を侵略しようとしましたが、何らかの理由で引き返しています。しかし、中心だった小ロシアは完全にモンゴルに奪われ、逃げた人々は北の寒い土地で暮らしていくことになります。
そんなわけで、ロシアのルーツは今のウクライナにあり、民謡なども多く残っています。モンゴル系の人々も入ってきたため混血し、その民謡もあります。
作曲と初演
チャイコフスキーの交響曲第2番『小ロシア』は1872年に作曲されました。3つのウクライナ民謡を使用した民族主義的な交響曲です。夏の休暇で、1872年の6月~11月にウクライナのカメンカに妹を訪ねた際に作曲されました。
初演は、1873年2月7日にモスクワで行われました。民族的で親しみやすい交響曲であることから、初演後すぐに評価され、音楽評論家ニコライ・カシュキンから「小ロシア」という愛称をもらいました。しかし、チャイコフスキーはすぐに改訂に取り掛かり、第2稿を書きます。第2稿の初演は1881年2月12日にペテルブルクで行われました。
民族主義的な交響曲第2番は、バラキレフら、ロシア5人組からも支持されました。確かにボロディンの交響曲第2番を想起させる交響曲です。一方、作曲技巧はまだボロディンほど洗練されていないかも知れません。
曲の構成
交響曲第2番『小ロシア』は、序奏付きソナタ形式から始まる、典型的な4楽章形式の交響曲です。緩徐楽章である第2楽章が行進曲ベースであることが特徴です。ウクライナ民謡が3つ引用されています。ボロディンの交響曲のように終始リズミカルです。
第1楽章:アンダンテ・ソステヌート – アレグロ・ヴィーヴォ
序奏付きソナタ形式です。長めの序奏を持ち、主部はアレグロとなります。
ホルンがウクライナ民謡「母なるヴォルガの畔で」を奏でます。
第2楽章:アンダンティーノ・マルツィアーレ、クヮジ・モデラート
三部形式です。歌劇『ウンディーネ』の結婚行進曲として作曲された曲を使用しています。中間部にウクライナ民謡「回れ私の糸車」が引用されています。
第3楽章:スケルツォ:アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
三部形式、ダ・カーポ形式のスケルツォです。舞曲のオスティナート(執拗な繰り返し)が効果的に使われ、曲をスリリングに盛り上げます。
第4楽章:フィナーレ:モデラート・アッサイ – アレグロ・ヴィーヴォ
ロンド・ソナタ形式です。有名なメロディが出てきます。ダイナミックで民族的な音楽です。第1主題はウクライナ民謡「鶴」の引用です。第2主題はフルート、弦により演奏されます。
おすすめの名盤レビュー
それでは、チャイコフスキー作曲交響曲第2番 『小ロシア』の名盤をレビューしていきましょう。
ネーメ・ヤルヴィ=エーテボリ交響楽団
ネーメ・ヤルヴィとエーテボリ交響楽団の録音です。民族的なロシア物を演奏するのに相応しい組み合わせです。録音は2004年で非常に良いと思います。
第1楽章の冒頭のホルンからレヴェルが高く、味があって素晴らしい響きです。チャイコフスキーというよりボロディンを思い出してしまいます。ウクライナ民謡がとても効果的に演奏されていて、そこも味わい深い所です。単にダイナミックなだけでなく、繊細さがある所も良いですね。主部に入るとテンポアップして弦の響きが良く、気分爽快です。軽快に演奏していきます。第2楽章は速めの軽やかなテンポで小気味良く、マーチそのものです。残響が適切で、色々な楽器の音色が上手くブレンドされ、色彩感があります。
第3楽章は速めのテンポで、とてもリズミカルです。ロシア的というか中央アジア的なリズムをスリリングに演奏していて、舞曲のコケティッシュな面白さを良く再現しています。第4楽章はパーカッションをスケール大きく鳴らしてダイナミックに始まります。主部のテンポは少し速めで、スリリングです。盛り上がってくるとさらにアッチェランドし、金管を思い切り鳴らしています。第2主題は一転して、味わい深い演奏です。民族音楽的なアーティキュレーションがあって、さすがネーメ・ヤルヴィです。間延びするような個所は一つもなく、スリリングで適切なテンポ取りが良いですね。終盤に向かってスケール大きく盛り上がっていきます。長い盛り上がりも緊張感を持って最後まで楽しませてくれます。
このディスクは第2番『ウクライナ』が主役で、チャイコフスキーの知られざる管弦楽曲が収録された貴重なディスクです。
パーヴォ・ヤルヴィ=チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
バーンスタイン=ニューヨーク・フィル (1967年)
バーンスタインとニューヨーク・フィルのチャイコフスキー交響曲全集に入っている録音です。まだ若く活気があるバーンスタインが軽快で熱気のある演奏を繰り広げています。録音は1967年としては安定しており、不満は特に感じません。この時期の録音でたまにある雑な所が無いのもいいですね。
第1楽章は、序章から熱気があり、速めのテンポでダイナミックに盛り上がっていきます。このクレッシェンドはスリリングです。アレグロに入ると速めのテンポでさわやかさと熱気があります。途中さらにアッチェランドしたりととてもスリリングです。ニューヨーク・フィルも民族的な響きを紡ぎだしています。第2楽章は行進曲としても速めのテンポです。軽快な行進曲で、さまざまな主題が次々と出てきて色彩感もあります。
第3楽章も速めのテンポで軽妙です。ニューヨーク・フィルも軽妙さがあり、リズミカルな演奏です。熱気があるので、クールではありません。その熱気は民族的な音楽に良くマッチしていています。オスティナートで盛り上がりとてもスリリングです。中間部は同じくらいのテンポで小気味良い演奏です。第4楽章は速いテンポでダイナミックです。ニューヨーク・フィルの音色は暖かみがあり、スリリングで熱気がありますが、軽快さもあるため、キツくはなったり、過度にダイナミック過ぎたりはしません。軽快で爽快な楽しめる演奏です。
アバド=シカゴ交響楽団
アバドとシカゴ交響楽団の演奏です。『幻想交響曲』などでクオリティの高い録音を残している相性の良いコンビです。この比較的マイナーなチャイコフスキーの交響曲第2番も同様で、密度が高く完成度が高い演奏です。ただクールさもあってウクライナらしさは、そこまで無いかも知れません。
第1楽章は冒頭からダイナミックです。シカゴ交響楽団を軽々と鳴らせる指揮者はそんなに多くはありませんが、アバドはシカゴ響を自在に操っています。アレグロに入るとアバドらしく速めのテンポでリズミカルでスリリングです。色々な主題が現れますが、リズムを失うことなく、オスティナートの効果が高く、躍動感も凄いです。そしてシカゴ響のパワフルな演奏で盛り上がっていきます。第2楽章は速いテンポで行進曲になっています。リズミカルで、次々に現れる主題をそれぞれ特徴を活かして演奏しています。歌う所は艶やかなカンタービレ、スケールが増す個所はダイナミックに、リズミカルな主題は明るくリズミカルに、多彩で華麗な表現はバレエ音楽のようです。
第3楽章スケルツォは速いテンポで軽快な名演です。オスティナートでダイナミックになりますが、リズムがしっかりしていてスリリングです。特に民族的な響きでは無いですが、リズムは自然と民謡風になっています。中間部はバレエ音楽のような色彩に溢れています。第4楽章はシカゴ響のダイナミックなサウンドが全開です。テンポは速めで軽快です。ダイナミックな主題は圧倒的なシカゴ響の重厚な響きで爽快です。情緒のある第2主題ではテンポを少し落として穏やかさを出しています。しかし、この楽章はやはりシカゴ響の迫力が凄いです。
多くの人が第2番『小ロシア』に期待するウクライナの民族性よりは、バレエ音楽につながる色彩感の方を強く感じます。そして随所に現れるシカゴ響の圧倒的な迫力が凄い演奏です。
カラヤン=ベルリン・フィル
カラヤンとベルリン・フィルの演奏です。カラヤンは4番以降は何度も録音していますが、1番~3番は全集という形で録音しました。第2番は民族的な主題を良く活かしていますが、第4番以降の交響曲と同様、情熱的でダイナミックな演奏です。
第1楽章の冒頭の打ち込みからダイナミックで、ウクライナ民謡の主題はスケールが大きくクレッシェンドしていきます。アレグロに入ると熱気を感じる演奏です。ドラマティックに盛り上がります。ベルリン・フィルはクオリティの高いアンサンブルを繰り広げています。第2楽章アンダンティーノは少し速めのテンポで演奏しています。色々な表現で民謡風の旋律が出てきますが、艶やかにロマンティックに演奏され、かつ民謡風の味わいも結構あります。
第3楽章スケルツォは少し速めのテンポでリズミカルです。ロシア民謡風のリズムを、ベルリン・フィルはリズミカルにかつ重厚に演奏していて、なかなか味わいがあります。中間部もシャープなリズムで楽しげです。第4楽章は有名なメロディをとてもダイナミックに演奏しています。テンポは中庸ですが、シャープなリズムで金管のレヴェルも高く、非常に楽しめます。もちろん、第4番以降のような過剰なダイナミックさは無く、素朴さも感じられる演奏です。
カラヤン盤は上手く曲の面白さを再現していてクオリティも高く、スタンダードと呼んでいい名盤だと思います。
マゼール=ウィーン・フィル
マゼールとウィーン・フィルの演奏です。意外性があって面白い演奏です。民族的な風味もちゃんとありますし、このコンビとしても名演の一つだと思います。
第1楽章の冒頭から凄くダイナミックです。序奏の段階でテンポは速めですが、ウィーン・フィルはスラヴ的な響きも出せるオケです。木管やホルンの主題は味があります。主部に入るとかなりのスピード感です。鋭くスリリングな演奏で、意外にもこの曲の良さを上手く引き出しているのはマゼールらしいです。ウィーン・フィルは粗野なほどダイナミックですが、スラヴ的な響きで民族的な味があります。第2楽章は完全に行進曲で、キビキビと演奏しています。このテンポが正解のようで、非常に自然な音楽になっています。マゼールの指揮により、この演奏できちんと緩徐楽章の役割を果たしています。
第3楽章スケルツォは、速いテンポでリズミカルかつスリリングです。オスティナートを有効に使って、どんどん盛り上がっていきます。第4楽章はダイナミックでシャープさのある演奏です。ウィーン・フィルの金管が思い切り鳴らしていて爽快です。木管が主題を奏するバレエ音楽のような表現から、ボロディンのような粗野な表現まで、ウィーン・フィルは躊躇なく演奏しています。穏やかな主題も速いテンポのまま上手く演奏しています。後半はリズムの面白さが全開でスリリングです。再現部で一旦落ち着いますが、ラストに向かってどんどん盛り上がっていきます。銅鑼も派手に鳴らして、本当に粗野でウィーン・フィルとは思えない位です。40年後にゲルギエフと共演して相性の良さを見せているウィーン・フィルなので、元々そういう面があるんでしょうね。
少し意外性のある演奏ですが、ウィーン・フィルも当たり前のように演奏していて、不自然さは不思議なほどありません。機微に富んだボロディンの交響曲などを考えれば、こういう演奏を元々想定していたのかも知れないですね。若いマゼールの才能を感じますし、とても面白く、民族性もあって親しみやすい名盤です。
スヴェトラーノフ=ソヴィエト国立管弦楽団
スヴェトラーノフとソヴィエト国立管弦楽団の演奏です。ソヴィエトのメロディアの録音で、多少録音の品質は落ちますが、この演奏は他のオケやソヴィエト崩壊後では聴けない独特の魅力を持っています。
第1楽章は冒頭のホルンがヴィブラートを掛けて、とてもロシア風に民謡を奏でます。微妙な影があり、このホルンのソロだけでこの曲の世界に引き込まれる位の魅力があります。主部のアレグロに入ると速いテンポになります。低音が効いていて迫力があり、ロシアの土の香が強いです。トランペットやトロンボーンもソヴィエト時代の粗野なダイナミックさです。急に色彩感が増し、ロマンティックな響きになったりもします。第2楽章は遅めの行進曲で、落ち着いた雰囲気です。少し影のある世界観は、この演奏の特徴ですね。とてもロシア的です。中盤、盛り上がってくるとスケールが大きくなり、弦のレガートのかかった歌いまわしが印象的です。
第3楽章スケルツォは速めのテンポでダイナミックです。ダイナミックで粗野に躍動感のあるリズムを刻むのでとてもスリリングです。中間部は軽妙で色彩的です。第4楽章は速めのテンポでダイナミックです。民族的な響き全開で粗野に演奏され、ティンパニやシンバルの強打やが印象的です。有名な第1主題は野性的なダイナミックです。第2主題は急にロマンティックになり、バレエ音楽のようです。展開部は対照的な主題が複雑に絡み合うので、とても面白いです。金管や弦のロングトーンのアクセントは思い切り野性的で、大魔王でも現れたかと思ってしまいます。
もう少し録音が良ければ、と思いますが、1967年と微妙に古い録音でもあるので仕方が無いですね。
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楽譜・スコア
チャイコフスキー作曲の交響曲第2番 『小ロシア』の楽譜・スコアを挙げていきます。
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