チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は有名で人気がありますし、アマチュア・オーケストラでもプロのソリストを迎えて良く演奏されます。ただ難度が非常に高く、プロと言ってもソリストを選ぶのが大変な位です。
お薦めコンサート
解説
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲 ニ長調を解説します。
作曲の経緯
チャイコフスキーは結婚しましたが、よほど相性が悪かったようで、わずか20日で失敗となってしまいました。その精神的痛手を癒すために、スイス旅行に行きます。
1878年3月、旅行先で弟子のヴァイオリン奏者ヨーゼフ・コテックがチャイコフスキーを訪ね、彼の携えてきた楽譜の中からラロの「スペイン交響曲」に興味を持ちます。チャイコフスキーは、フォン・メック未亡人に宛てて
レオ・ドリーヴやビゼーと同じく、彼は深遠さを追い求めずに、辛抱強く月並みさを避けて新しい形式を探求しています。そしてドイツ人のように確立された伝統を守るのではなく、”音楽的な美しさ”の方に関心を持っています。
と手紙で報告しています。これがチャイコフスキーがヴァイオリン協奏曲を書く直接のきっかけだったと言われています。
チャイコフスキーは1974年にヴァイオリン協奏曲を作曲します。チャイコフスキーは沢山のインスピレーションを得ます。
炎のような霊感を得た
とフォン・メック夫人に報告しています。11日後には草稿が出来上がりますが、草稿を見直して中間楽章のアンダンテを書き直すことに決めます。チャイコフスキーはわずか一日で新しいアンダンテを書きあげました。古いほうのアンダンテ楽章は『なつかしい土地の思い出』作品42の第1曲「瞑想曲」として出版されています。
献呈と初演
チャイコフスキーは弟子のコデックの果たした大きな役割を認めていましたが、献呈はもっと高名なヴァイオリニストにしています。
まずチャイコフスキーはペテルブルグ音楽院の教授で名ヴァイオリニストのレオポルド・アウアーに依頼しますが、「演奏不可能」と断られてしまいます。この曲はライプツィヒ音楽院で教授を務めていたアドルフ・ブロツキーによって献呈されることになりました。
初演は、1881年12月4日、ウィーンにて、ブロツキーのヴァイオリンとハンス・リヒターの指揮で行われました。
初演は不評でした。中でもウィーンの批評家エドヴァルド・ハンスリックの
悪臭を放つ音楽
批評家エドヴァルド・ハンスリック
という言葉にはチャイコフスキーも大きなショックを受けます。ドイツのブラームスなどの曲に比べれば、憂鬱な感情を吐き出したようなチャイコフスキーの協奏曲はそういう風に聴こえたのかも知れません。もっとも、ハンスリックはブルックナー批判でも有名なので、単に口が悪すぎたのかも知れませんけど。ブロツキーがヨーロッパ各地で取り上げたことで、このヴァイオリン協奏曲は徐々に認知されていきました。
アウアー版
レオポルド・アウアーもこの曲の一部を簡略化し、カットを施したうえで各地で繰り返し演奏し広めました。この版は一応チャイコフスキーの許可を得ているということで、「アウアー版」と呼ばれています。アウアーの弟子であるヤッシャ・ハイフェッツが好んで演奏しました。
しかし、チャイコフスキーのオリジナル版を演奏する奏者もいました。またチャイコフスキー・コンクールではオリジナル版で演奏することになっているため、現在演奏されるものはオリジナル版がベースです。ただし、ほとんどのヴァイオリニストはソロパートで部分的にアウアー版を取り入れています。
3楽章構成です。非常にロマンティックな曲で、全曲にあまりに感傷的な音楽が続くため、最初は聴衆も受け入れにくかったのでしょうね。
■第1楽章:アレグロ・モデラートーモデラート・アッサイ
ソナタ形式です。第1ヴァイオリンの序奏で始まります。主部に入ってもチャイコフスキーらしいロマンティックなメロディが続きます。再現部の前に、カデンツァが置かれています。
■第2楽章:カンツォネッタ、アンダンテ
管楽器による導入部に続いて憂いのある主題が奏されます。切れ目なしで第3楽章に入ります。
■第3楽章:フィナーレ,アレグロ・ヴィヴァチッシモ
躍動的な序奏に続いて、ロンド主題が現れます。ロシア舞曲風の部分が挿入されています。最後は舞曲風に激しく盛り上がります。
おすすめの名盤レビュー
チャイコフスキー作曲のヴァイオリン協奏曲のお薦めCDをレビューしていきます。
近年、リリースされるアルバムが多く、女流ヴァイオリニストの演奏が多いですね。いずれも技術的には十分でそこは比較の対象ではなく、表現が気に入るかどうかがポイントだと思います。結構、表現に力を入れている演奏が多いですし、個性をアピールしている演奏も多いです。
バティアシュヴィリ,バレンボイム=シュターツカペレ・ベルリン
バティアシュヴィリの独奏にバレンボイムが伴奏をつけた演奏です。最近の録音で音質は透明感があって良いです。
第1楽章はバティアシュヴィリは表現に繊細さがあり、しなやかな所から切れ味鋭く、盛り上がってきます。鋭く情熱を秘めた音色も魅力です。伴奏のバレンボイムは遅めのテンポでバティアシュヴィリの様子を見ながら、かなりダイナミックな伴奏をつけています。第2楽章はとても繊細です。ポルタメントもかなり控えめです。この表現は日本人にも受け入れられやすそうですね。第3楽章は伴奏陣のダイナミックな主題から始まります。かなり速めのテンポですが、鋭さのある表現で気分爽快に弾いていきます。ラストは凄いテクニックも披露しています。
多くの女流ヴァイオリニストがひしめく中で、バティアシュヴィリは表現に深みがあり個性の光る存在だと思います。なおカップリングのシベリウスは近年稀にみる名演です。
Vn:ムター,カラヤン=ウィーン・フィル
ムターがまだ25歳の時の演奏で、晩年のカラヤンとの共演はこれが最後でした。現在はしなやかさと豊富なボキャブラリーで表現力のあるムターですが、カラヤンと活動していた時代は男声顔負けのダイナミックなヴァイオリンで、まるで油絵を見ているかのような、独特の味のある演奏をしていました。もちろん、これはカラヤンの影響も強いと思います。ムターはカラヤンが発掘して育てた逸材ですから。
カラヤンは最晩年のスタイルで、ウィーン・フィルを相手に遅いテンポでダイナミックでスケールの大きな伴奏をつけています。ムターはこのカラヤンのイメージにぴったりなダイナミックで艶やかな演奏で、両者の息はぴったりです。カラヤンとムターの最後の名演奏であり、演奏スタイルは完成の域に達しています。充実感のある演奏です。ムターはカラヤンとの共演では、厚みのある音色で、円熟したカラヤンの伴奏に合わせつつも、情熱的で熱気のこもった演奏を繰り広げています。ライヴですが、技術的な乱れは全くなく、フラジオも非常に素晴らしい音色です。第3楽章はかなり盛り上がって曲を締めます。熱狂というといいすぎですが、ライヴならではの熱気に包まれ、カラヤンの懐の深い伴奏の元、かなり自由に弾いているように聴こえます。あるいは最後の共演となることを予感していたのかも知れませんね。
五嶋みどり,アバド=ベルリン・フィル
アバド=ベルリンフィルの好サポートの元、五嶋みどりは、テクニック的にも表現的にも素晴らしい演奏を繰り広げています。
五嶋みどりの繊細でスピーディな表現は、アバドと相性がいいようです。冒頭はアバド=ベルリンフィルは少し速めのテンポで出てきます。先ほど繊細と書きましたが、五嶋みどりはベルリンフィルをバックにしても、音量の不足を感じさせません。ダイナミックに弾いています。伴奏はイタリア人のアバドと国際的な奏者が集まっているベルリンフィルです。もっともチャイコフスキーもスイスで作曲した訳ですから、寒さはこの協奏曲には入っていないのかも知れませんけれど。
五嶋みどりの情熱的な感情表現は非常に素晴らしいです。これだけ激しく感情を表現しても音色は全く艶やかさを失わないところも凄いです。録音は1990年代のライヴということで最新の録音に比べると落ちますが、ライヴ録音としては状態が良いと思います。
Vn:ムローヴァ,小澤=ボストン交響楽団
ムローヴァはロシア出身のヴァイオリニストで、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はお国モノです。また伴奏の小澤征爾もチャイコフスキーは得意な曲目です。ムローヴァの演奏はまずベースとなる技術が半端じゃなく凄いです。全曲にわたって、大抵の演奏では一か所くらいは不安定になったりするものですが、このCDでは不安定になるような瞬間は一切ないのですから。その上にロシア的な少しクールな情緒を入れています。
第1楽章から技術的に安定した演奏です。ムローヴァのヴァイオリンの音色は張りがあり情熱的です。高く安定したテクニックに裏付けられた様式美がベースにあり、感情表現しすぎてルバートしすぎたり、リズムが不正確になることもなく、それでいて特に感情表現が不足している、ことは無い気がします。伴奏の小澤=ボストン響は水彩画のような伴奏をつけています。ダイナミックでスケールが大きくなる時もありますが、粘ったりはしません。カデンツァは力強い演奏を聴かせてくれます。第2楽章は優美なヴァイオリンで、ボストン響の木管とのアンサンブルでは情緒も聴かせてくれます。
第3楽章は最初から凄いスピードです。ムローヴァは余裕を持って凄い超絶技巧を弾いていきます。技巧の完璧さではこのページでトップと思います。オケとのアンサンブルもとても正確です。最後のフィナーレではこれでもか!とアッチェランドしますが、ムローヴァの演奏は全く崩れません。驚くべき超絶技巧です。ロマンティックな表現もしていますが、決して過剰にならず、高い品格を保っています。
ムローヴァの演奏はクールと思われがちですが、管理人はずっと前に購入して何年も聴いてきましたが特にクールとは感じません。これに慣れると他の演奏が技術的に心もとなく感じる位です。思い切り感情表現をしている演奏が多い中で、チャイコフスキーのコンチェルトが持っているプロポーションの良さをしっかり再現していると思います。そのプロポーションを保ったまま適度な情熱を感じる演奏ですね。
ムローヴァはその後、バロック弓を使ったバッハの無伴奏をリリースしたりしていますが、ひんやりとした音色で様式美を大事にするヴァイオリニストと思います。
Vn:フラング,イェンセン=デンマーク国立放送響 (2011年)
ヴィルデ・フラングはノルウェーの女流ヴァイオリニストです。このチャイコフスキーのコンチェルトは凄い演奏です。伴奏はイェンセンとデンマーク国立放送交響楽団です。録音は2011年で良いです。
第1楽章は感情表現がとても素晴らしいです。しなやかで感情的な部分ではしっかり感情を入れていています。伴奏も彼女の演奏に合わせて情熱的に盛り上がります。第2楽章もエレガントで美しい演奏です。ヴォキャブラリーの豊富さを感じる演奏です。また伴奏のソロも上手いです。デンマーク国立放送交響楽団はこんなに上手かったのですね。最近レヴェルアップしてきたのでしょうか。第3楽章は速いテンポで凄い超絶技巧です。まさにスーパーテクニックでこの速さでよくこんなに安定した演奏ができるものだ、と心底感心してしまいます。ラストは圧倒的です。
Vn:ムター,プレヴィン=ウィーン・フィル (2003年)
ムターは、この時の夫であるプレヴィンとウィーン・フィルの伴奏で、チャイコンに臨みました。カラヤンとのCDがあるとはいえ、これはかなり昔の話です。ムターはどんどん進化していて、艶やかな音色のヴァイオリンですが、色々な表情を引き出していて、こんな表現も出来るのだな、と感心してしまいます。また、テクニックはずば抜けています。非常に高音質でムターの艶やかな音色、繊細な表現、超絶技巧がとても楽しめます。
テンポを上手く動かして、深みのある表現をしてきています。と思えば、時に急にテンポが速くなり、シャープな表現をすることもあります。またプレヴィンも深みが出てきたころですね。伴奏のクオリティも高いです。ムターは線の細い表現をすることもあり、昔の油絵のような表現から大分変ってきたようです。ヴィブラートも途中で力を抜いたりして哀愁のある独特の表現をしています。この辺りの表現力はヴォキャブラリーも多くて素晴らしいですね。
第3楽章はかなりのスピードでスリリングな超絶技巧を楽しめます表現はロマンティックですが、繊細さがあり、押しつけがましい所が無いので、自然に聴けます。普段、聴くにもいい演奏だと思います。
テクニックが凄いのはもう当然で、ムターの多彩な表現力に舌を巻く名盤でです。
Vn:ヤンセン,ハーディング=マーラー・チェンバー・オーケストラ (2008年)
ヤンセンはやはり凄い演奏技術を持ったヴァイオリニストだということを再認識させられます。今回のCDではハーディングとの共演になっています。ハーディングは遅めのテンポで伴奏をつけていますが、ヤンセンは自由自在に弾いています。どうも、ソロと伴奏で少しズレが感じられなくもないですね。でも、演奏が進むにつれてオケのほうも合わせてきます。ヤンセンはテンポの変化も大きく、かなり即興的に弾くタイプなんですかね。
シャープで力強い音色で、女性的な情熱のようなものも感じます。テクニックの完璧さはさらに高まり、しなやかな表現も上手いですし、表現のヴォキャブラリーが増えているように感じます。第2楽章など、特によく感じられます。第3楽章は本当に自由自在で、かなり速いテンポですがテクニックを持て余しているんじゃないかと思う位、素晴らしいです。
Vn:諏訪内晶子,キタエンコ=モスクワ・フィル
諏訪内晶子のチャイコフスキー国際コンクール直後のライヴです。凄いエネルギーに圧倒される名演です。当時18歳とのことです。バックのキタエンコ=モスクワ・フィルもロシア的な伴奏をつけていて、情熱的な音楽を支えています。1990年の録音で良い音質です。
諏訪内晶子のヴァイオリンは、今よりストレートな表現で音色もクールで艶やかです。しなやかで流れるようなレガートは既にありますが、この頃はまだそれ程目立たない感じですね。その代わりすごくフレッシュさがあります。テクニックと演奏の勢いが凄いので、あっという間に聴き終えてしまいます。特に第3楽章のテクニックは凄いものがあり、速いテンポでシャープで力強い演奏で本当に圧倒されます。コンクール向けに特訓したのでしょうけれど、ムローヴァ並みのテクニックと思います。表現もただストレートなだけではなく、曲調に合わせた艶やかでナチュラルな表現で、第2楽章なども物足りないことはありません。むしろ、凄い情熱に感動させられる名演です。
諏訪内晶子の凄さを知りたい人や情熱的で熱い演奏を聴きたい人には、絶対外せない名盤です。この曲を始めて聴く人も、これを聴けばこの曲の面白さに目覚めると思いますよ。
Vn:チョン・キョンファ,デュトワ=モントリオール交響楽団
チョン・キョンファのヴァイオリン独奏とデュトワ=モントリオール響の伴奏です。チョン・キョンファは情熱的で繊細な感情表現で、伴奏がデュトワ=モントリオール響というのも豪華な組み合わせです。チョン・キョンファは若い頃に素晴らしい録音を残していますが、この2回目の録音はさらに表現力に磨きがかかっています。
第1楽章は冒頭のデュトワ=モントリオール響の響きが芳醇です。チョン・キョンファはシャープで感情的なヴァイオリンで入ってきます。この音色はチョン・キョンファにしか出せないものですね。鋭い感情表現と安定した超絶技巧で日本人にも馴染みやすい演奏です。伴奏はスケールが大きく、透明感があります。カデンツァは超絶技巧と激しくメリハリのある感情表現で極めた演奏と思います。
第2楽章は感傷的な演奏で、艶やかなヴァイオリンの音色で情感に満ちた表現です。ポルタメントを上手く使って繊細な感情表現です。伴奏も繊細で木管のソロなど、ヴァイオリン独奏に良く合っています。味わい深い演奏です。
第3楽章は速いテンポで情熱的な演奏です。ヴァイオリンは激しくスリリングです。テンポのメリハリもあり、欧米の奏者に比べると感情表現と超絶技巧を上手く融合させて、超絶技巧な個所でも常に情感が伴っています。技巧も素晴らしく細かいパッセージを完璧に弾きこなしていきます。最後の盛り上がりもとてもスリリングで凄いです。
強い感情表現でチャイコフスキーのコンチェルトと、とても良く合っていると思います。チョン・キョンファの激しい情熱を感じる名盤です。初めて聴く人にもお薦めのディスクです。
Vn:神尾真由子、ザンデルリンク=ハレ管弦楽団
第13回国際チャイコフスキー・コンクール優勝した神尾真由子の演奏です。バックはトーマス・ザンデルリンク、ハレ管弦楽団でドイツ的ないぶし銀の響きです。神尾真由子は芯があって張りがある響きで、伴奏のドイツ的な響きと良く合っています。2010年の録音で音質は良いです。
第1楽章はドイツ的で渋いオケで始まります。神尾真由子はクールで力強い響きで入ってきます。感情表現も秀逸ですが、クールで張りのあるヴァイオリンの音色が印象的です。ムローヴァに華やかさを加えたような感じです。感情を必要以上に前面に出し過ぎない所が良く、曲そのものの良さが出ています。
第2楽章はハレ管の木管やホルンの素朴で上手いです。ヴァイオリンは静かに情熱を湛えて入ってきます。情熱を湛えていますが、あくまで響きはクールでロマンティックすぎな所があるチャイコンには丁度良いです。感情表現はとても繊細です。第3楽章は切れ味良くダイナミックです。神尾真由子らしいキレの良さと超絶技巧でスリリングです。オケの伴奏も小気味良くシャープで良く合っています。最後は速いテンポの超絶技巧で曲を締めます。
Vn:バイバ・スクリデ,ネルソンズ=バーミンガム市響
バイバ・スクリデはなかなか太い響きを出して、男声顔負けのダイナミックで骨格のしっかりした演奏をしています。伴奏のネルソンス=バーミンガム市交響楽団です。
第1楽章は速めのテンポでしっかりしたダイナミックさのある演奏です。またテクニックも素晴らしいですし、彼女特有のうねるようなレガートも健在です。第2楽章は打って変わって遅いテンポでじっくり味わい深い演奏です。この彫りの深さはバイバ・スクリデならではだと思います。第3楽章は速いテンポで超絶技巧を魅せつけてくれます。
ヒラリー・ハーン,ペトレンコ=リヴァプール・フィル
ヒラリー・ハーンは、いつもよりゆっくり目のテンポで、知的かつしなやかに歌っています。伴奏はペトレンコとロイヤル・リヴァプール・フィルで、しっかりした伴奏をつけています。個人的には、多くのヴァイオリニストが感情を沢山いれすぎなこのコンチェルトで、シャープでクールな演奏を期待していたのですが、落ち着いたテンポでしなやかな表現です。
ヒラリー・ハーンの高度な技巧はいつも通りで要所では素晴らしいテクニックを聴かせてくれます。クールで客観性がある演奏です。しなやかさはありますが、感情表現を強くしているわけではなく、逆に普段よりも冷静な演奏と言えるかもしれません。過剰に華やかになることを避けているように聴こえますね。
ロマンティックな演奏を聴いてきた人は、これを聴いてみると新しい発見があるかも知れません。
Vn:庄司紗矢香,チョン・ミュンフン=フランス国立放送フィル
庄司紗矢香がデビューしたての頃に録音したチャイコフスキーです。当時から、庄司紗矢香は、テクニックやリズム感など日本人離れしていて、非常に期待されていました。今は、上のYouTubeにあるようにロシア楽壇の最高峰であるテミルカーノフ=サンクト・ペテルブルグ・フィルとの共演を続けて、表現力に深みが増してきているので、テミルカーノフ=サンクト・ペテルブルグ・フィルと再録音してくれれば、とてもいいですね。
この演奏はデビューして数年程度の若いころのCDです。チャイコフスキーは既に素晴らしいテクニックを駆使して十分聴きごたえのある演奏をしています。今に比べると当時はパガニーニのコンクールで優勝したこともあってか、パガニーニのようなポルタメントを良く使って艶やかで華やかな音色を出しています。それにしてもテクニックの上手さは折り紙付きですね。
しかし、その後、プロコフィエフへの適性に気づいたり、テミルカーノフから気に入られたりして、最近テミルカーノフとプロコフィエフの協奏曲のCDなど、いくつかリリースしています。多分チャイコフスキーも時期が来ればテミルカーノフと再録音するんじゃないか、と思います。今後もとても期待できる日本人ヴァイオリニストです。
Vn:チェボタリョーワ,トカチェンコ=ロシア交響楽団
コパチンスカヤ,クルレンティス=ムジカエテルナ
コバチンスカヤのヴァイオリンにクルレンティス=ムジカエテルナの伴奏です。これまでの常識を大きく覆す演奏です。全く別の曲を聴いているかのようです。なので名演かどうかは、なんとも言えませんが、新しい発見があることは間違いないですね。
伴奏は速めのテンポで小気味良く演奏され、持ち前のリズム感が発揮されています。ヴァイオリンはかなりテンポが速めで、長いレガートは無く、小気味良いフレーズとなっています。ロマンティックなイメージのあるこの協奏曲のイメージを一新する演奏です。急に速くなったり、テンポ取りは自由自在です。ヴァイオリンも急にテンポアップして超絶技巧を見せつけたりしてユニークです。第2楽章はゆったりしたテンポですが、テヌートは使わずヴィブラートも使わず、フレージングも短めです。第3楽章は物凄く速いテンポです。ヴァイオリンの表現は自由です。しかし、速いテンポで超絶技巧を見せ付けます。
過剰にロマンティックにならないのはいい所です。この曲は元々ロマンティックすぎると思いますし。新しい演奏スタイルのヒントとして、まず既成概念を壊した感じでしょうか。面白く聴ける演奏です。カップリングの『結婚』は凄い名演です。クルレンツィスとストラヴィンスキーの愛称は鉄板ですね。
川久保賜紀,下野竜也=新日本フィル
川久保賜紀は、チャイコフスキーではかなり力強い芯のある音で弾いています。オーケストラもスケールの大きな伴奏で応じています。録音はなかなか良いと思います。
表現のほうは、まだ磨きをかける余地があるようにも感じますけれど、技術は素晴らしいです。艶のある音色なのでロマンティックなところにはとても良く合います。第1楽章は鋭い演奏が必要なところは、少し迷いがあるような気がします。技術的な話では無くて、曲をどうまとめるか、の話ですけれど。スケール大きくまとめるなら、それに徹したほうがいい気がしました。第2楽章はロマンティックに演奏していて良い演奏でした。第3楽章でテンポアップしても技術的には何の問題もなく、特に迷いも感じられず、楽しんで聴けます。テンポが遅くなると結構太い音も出せるので、ダイナミックに演奏しています。テンポの速い所でも技術的にはとても安定しています。
歴史的名盤
Vn:シェリング,ミュンシュ=ボストン交響楽団
シェリングは3つの録音を残しています。これはステレオ初期の頃の演奏で、シェリングのテクニックの凄さを実感できる名盤です。ストレートで情熱的な演奏で、ミュンシュとボストン交響楽団の伴奏も同様にキレのある情熱的なものです。録音はステレオ初期、という感じですが、シェリングの黄金時代の演奏で、演奏内容は折り紙付きです。
第1楽章はミュンシュらしいキレの良いオケで始まります。速めのテンポで進み、シェリングも速めのテンポで軽々と演奏しています。ストレートに力強く推進していき、技巧も本当に素晴らしいので引き込まれます。表現は過剰になりすぎることは無いですが、クールでは無くロマンティックで情熱的です。第2楽章は流麗な歌謡的な表現が印象的です。
第3楽章はミュンシュとボストン響の激しい演奏で始まります。やはりテンポが速いです。シェリングは情熱的で力強く、速いテンポでも全く崩れることは無く超絶技巧を聴かせてくれます。テンポの遅い個所ではロマンティックで艶やかな表現でメリハリのある演奏です。ラストは速いテンポで圧巻の超絶技巧です。
シェリングの良さを堪能させてくれる録音です。シェリングとミュンシュの相性も抜群です。技術的にはムローヴァ盤並みの凄さですね。伴奏が同じボストン響ですね。
オイストラフ,オーマンディ=フィラデルフィア管
オイストラフは20世紀中盤のロシアを代表する巨匠です。伴奏のフィラデルフィア管弦楽団は、アメリカのオーケストラの中ではラフマニノフの自作自演の伴奏を務めたりと、ロシアと関係の深いオーケストラです。オイストラフのチャイコンの伴奏をするのに良いオケの一つと言えます。
この演奏は、録音状態が良く、オイストラフのヴァイオリンの音色が意外に繊細だったり、美しい響きだということがよく分かります。オイストラフはチャイコフスキーの感情が沢山入ったコンチェルトに対して自然体で演奏しています。もちろん感情表現も入っていますが、控えめです。いつものようにふくよかな音色でマイペースで弾いていきます。第3楽章は速いテンポです。オイストラフは余裕で自由に溌剌と弾いています。テクニックは完璧で、1959年の演奏とは思えません。
オイストラフは、技術的にはロシア式のヴァイオリン奏法で、後のムローヴァ(ロシア出身)の完璧な名演を思い起こさせます。
ハイフェッツ,ライナー=シカゴ交響楽団
ハイフェッツはテクニックでは当時敵うヴァイオリニストは居ない位、凄かったらしいです。ただ、思い切り音をすっ飛ばしたりするときもあったとか。そのハイフェッツのテクニックを堪能できるのがこのCDです。
ライナー=シカゴ響の伴奏が、かなりダイナミックに始まります。このコンビの場合、ヴァイオリン協奏曲だからと言って、遠慮して演奏することは無さそうです。実際、かなりハイレヴェルな伴奏だと思います。ハイフェッツはテクニックは素晴らしく、難しいこの協奏曲をいとも簡単に弾いています。ハイフェッツのようなヴィルトォーゾ系のヴァイオリニストは表現力が足りないと言われがちですが、それはどうなのか、実際聴いてみてください。チャイコンの場合、曲がもともとロマンティックすぎるので、変に感情的な表現を持ち込むと逆に品格が落ちてしまうこともあるんです。トータルとして悪い演奏では無いのですが、どうもハイフェッツのレガートが如何にもヴィルトォーゾという感じです。近年のムターやヤンセンと比べるとテクニック的にも十分追いついていますし、表現があっけらかんとしすぎて物足りない、というのが正直な感想です。
またアウアー版を使っているからか、第1楽章の途中で譜面を変えて弾いている個所があるようです。(他にも何か所かあるようです。)
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楽譜
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の楽譜・スコアを紹介します。
ミニチュア・スコア
zen-on score チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35
レビュー数:3個
残り4点
電子楽譜
大型スコア
ヴァイオリン譜面
チャイコフスキー: バイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35/ヘンレ社/原典版/ピアノ伴奏付ソロ楽譜
レビュー数:1個
残り17点
ムター&カラヤン&ウィーン・フィルによるチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲の演奏(ライヴ録音)は、何回聴いても飽きないです。演奏終了後の拍手(聴衆)の大きさが
それを物語っているのではないでしょうか。