ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー (Peter Ilyich Tchaikovsky,1840-1893)作曲の『ロココの主題による変奏曲』イ長調 Op.33 (“Variations on rococo theme” A-dur Op.33)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。チャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門の課題曲として採用されており、現在でも演奏機会が多いさ作品です。
解説
チャイコフスキーの『ロココの主題による変奏曲』について解説します。
作曲の経緯
チャイコフスキーの親友であったチェリストのヴィルヘルム・フィッツェンハーゲン(1848年-1890年)のために、1876年12月~1877年1月に作曲されました。そして、この曲はフィッツェンハーゲンに献呈されています。
ロココ風の主題
『ロココの主題による変奏曲』での変奏の主題である「ロココ様式風の主題」は、昔のギャラント様式の曲や古典派の曲から引用したものではなく、チャイコフスキー自身がロココ風の主題を作曲しています。
初演者フィッツェンハーゲンによる改訂
『ロココの主題による変奏曲』の最大の問題は、初演者フィッツェンハーゲンによる改訂です。
フィッツェンハーゲンはチャイコフスキーからチェロパートの変更の許可を得ていましたが、それに留まらず、第8変奏のカット及び変奏の曲順を入れ替えています。
その改訂版により初演が行われました。フィッツェンハーゲンによる大幅な改訂は、良い演奏効果をもたらし、初演は成功しました。そして出版もフィッツェンハーゲンによる改訂版で行われることになりました。
これにはチャイコフスキーも怒り心頭でしたが、結局はフィッツェンハーゲンによる改訂版の出版を渋々認めることになりました。
フィッツェンハーゲンはチャイコフスキーの自筆譜に同じインクで直接書き込みを行ったため、判別が難しい状態でした。またチャイコフスキー自身も、それ以外に『ロココの主題による変奏曲』の楽譜を残していません。そのため1955年になってやっと自筆譜の判別ができるようになり、1956年にスコアが出版されました。原典版のレコーディングもされています。
それまではフィッツェンハーゲン版で演奏されてきましたし、原典版が出版された後も改訂版で演奏されることが多いです。しかし、チャイコフスキーコンクールの課題曲も2002年以降は原典版を使用することになり、原典版の演奏機会もだいぶ増えてきました。
独奏チェロ
フルート×2, オーボエ×2, クラリネット×2, ファゴット×2
ホルン×2
弦五部
おすすめの名盤レビュー
それでは、チャイコフスキー作曲『ロココの主題による変奏曲』の名盤をレビューしていきましょう。この曲は名盤ばかり揃っています。
チェロ:ガベッタ, ラシライネン=ミュンヘン放送管弦楽団
新進気鋭のソル・ガベッタのチェロ独奏とラシライネン⁼ミュンヘン放送管弦楽団の録音です。新しめの録音で、音質はとても良いです。
主題提示はなめらかでロココ調を感じさせる演奏です。ガベッタのチェロはとても自然体で力が抜けています。聴く方も力を抜いて、味わい深く聴くことが出来ます。自由さのある演奏で、変奏ではガベッタがテンポを決めてチェロがオケを引っ張る様な感じです。第3変奏はとてもしなやかで楽しみながら弾いている雰囲気です。チェロの音色はどの音域でも柔らかさがあり、曲に馴染んでいます。第4変奏はチェロの技巧が素晴らしいですが、技術を前面に押し出したような演奏ではなく、曲として楽しめるものです。ミュンヘン放送管の管楽器も自然体で色彩的です。第6変奏の哀愁も良く出ていて、しなやかで繊細な表現が素晴らしいです。
第7変奏は速めのテンポですが、とても軽やかさがあります。スリリングにテンポは上っていきますが、最後まで芳醇さを感じさせる演奏です。
チェロの響きは芳醇で、良いワインでも飲んでいるかのようです。オケはさわやかな響きで自然体です。高音質ですし、とても楽しめる名盤です。
チェロ:ロストロポーヴィチ, カラヤン=ベルリン・フィル
巨匠ロストロポーヴィチとカラヤン=ベルリン・フィルの録音です。音質は1968年にしては十分良好です。
主題提示はベルリン・フィルのスケールの大きな弦の響きで充実感があり、また味わいもある響きです。チェロはなめらかなレガートでコクのある優雅な名演です。変奏に入り、超絶技巧の部分では、安定した演奏を繰り広げ、さすがロストロポーヴィチです。ベルリン・フィルの木管ソロも上手くチェロに付けています。オケの弦セクションが入ると重厚で迫力があり、この時期のベルリン・フィルの音色です。アンサンブルのクオリティの高さも特筆モノです。
優雅な変奏でも、力強さがありチェロのしっかりした音色を聴くことが出来ます。それにベルリン・フィルは上手く絡んでいて、一体感を感じます。フラジオなども技巧をアピールするというよりは、ロストロポーヴィチの表現の中に上手く練りこまれています。技巧の凄さは当たり前という贅沢さがありますね。第6変奏まで来るとフルートやクラとの絡みが素晴らしく、深い哀愁を感じさせます。
第7変奏とコーダは速いテンポでとてもスリリングです。ベルリン・フィルはどんなテンポでもチェロ独奏に奇麗に合わせてきます。オケもスケール大きく盛り上がります。ラストはダイナミックで充実しています。
この録音はロストロポーヴィチとカラヤンという相性の良い巨匠同士の演奏だけあって、とてもレヴェルの高い王道を行く名盤と言えます。迷ったらコレですね。
チェロ:シュタルケル, ドラティ=ロンドン交響楽団
ハンガリーの巨匠シュタルケルのチェロ独奏とハンガリー出身のドラティとロンドン交響楽団の伴奏です。シュタルケルはもちろんチェロの巨匠で技術的にも素晴らしいですが、味わい深い音色が魅力です。録音は1960年代という感じですがシュタルケルの音色を良く捉えて再現してくれます。
主題提示はドラティの落ち着いたテンポで始まります。シュタルケルのチェロは最初からコクのある音色で、レコードで聴くにも良い演奏です。少し速めのテンポで素朴さが感じられます。速い動きの個所ではシュタルケルの安定した演奏技術を聴くことが出来ます。ロンドン響もチェロ独奏に上手く合わせていて、この辺りはドラティの手腕もあるかも知れませんね。
穏やかな所も過剰にロマンティックにならず、格調のある演奏を繰り広げている所はシュタルケルならでは、です。何か解放されたような自由さのある演奏でもあり、言葉で表現するのは難しいですが、シュタルケルの到達した境地を感じさせます。第6変奏あたりでは、チェロの音色のコクが深くなり、渋みのあるシュタルケルらしい演奏になっていきます。
第7変奏では一気にテンポを上げ、とてもスリリングです。ラストはダイナミックに曲を締めくくります。
この音色の渋さはシュタルケル独特の響きなので、他と比べるのは難しいです。他の演奏にはない魅力がある名盤です。
チェロ:クニャーゼフ, オルベリアン=モスクワ室内管弦楽団
アレクサンドル・クニャーゼフのチェロ独奏、オルベリアン=モスクワ室内管弦楽団の伴奏です。ロシア人の演奏家による録音ですね。音質は良く、自然でしっかりとチェロの艶やかな音色が録音されています。
主題提示は室内管弦楽団らしいしなやかさと素朴さが感じられます。チェロは高い技術で軽やかかつ伸びやかに、表情豊かな演奏で、ロココ調らしい音色と表現です。盛り上がってくるとテンポも速くなり、少しスリリングで小気味良く、それでいて雰囲気が良く出ています。チェロの自然体で自由な表現が魅力的です。
ゆったりした所も伴奏はしなやかさがあり、その自然な表現の上で、チェロがロシア的な哀愁を込めて歌っています。木管も色彩感のある響きです。技巧的な個所も軽々と弾きこなし、とても自然体です。ラストの超絶技巧は圧巻でとてもスリリングです。
最初の一枚にも良いですし、フルオケの響きとは違う魅力がある演奏でチェロの技巧と表現力が安定している名盤です。
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演奏の映像(DVD,Blu-Ray,他)
チェロ:ロストロポーヴィチ, ブリテン=イギリス室内管弦楽団
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楽譜・スコア
チャイコフスキー作曲の『ロココの主題による変奏曲』の楽譜・スコアを挙げていきます。
電子スコア
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