
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ (Dmitri Shostakovich,1906-1975)作曲のピアノ協奏曲第1番 ハ短調 Op.35 (Piano concerto No.1 c-Moll)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
解説
ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番について解説します。
ピアノ協奏曲第1番は、またの名を、「ピアノ、トランペットと弦楽合奏のための協奏曲 ハ短調 Op.35」ともいいます。つまり、一般的にはピアノ協奏曲と見做されていますが、実際にはトランペット1本がソロパートに入り、2つのソロパートがある協奏曲なのです。
合奏協奏曲なのか?
ショスタコーヴィチは当初トランペット協奏曲を書きたいと考えていました。バロック時代には多くのトランペット協奏曲が作曲されていて、テレマンのトランペット協奏曲やトレッリのトランペット協奏曲は有名です。ヘンリー・パーセルもトランペット協奏曲を書いています。それ以前の時代には協奏曲自体がありませんでしたが、トランペットの作品は存在しました。
ショスタコーヴィチは新古典主義的な所もあり、分かりやすい作品としては『24の前奏曲とフーガ』は現代最高峰のピアノ曲として名高いです。これはバッハの『平均律クラヴィーア曲集』の現代版です。12音全ての長調短調の作品を合わせて24曲になります。平均律クラヴィーア曲集はベートーヴェン以降の多くの作曲家が鍵盤を使ったポリフォニー音楽の手本として勉強する曲ですが、同様にショスタコーヴィチもバロック音楽を知らないわけではありません。
ショスタコーヴィチもバロック時代のことを考えていて、合奏協奏曲のようにトランペットとピアノの2パートをソロとした作品を思いつきます。最初はチェンバロの代りにピアノを入れたということで、当初は通奏低音のチェンバロのことを考えたのかも知れません。しかし聴いてみると通奏低音とは全く異なり、完全なソロパートです。作曲しているうちにピアノの比重が高くなり、ピアノ協奏曲と呼ばれるようになったのでした。
聴いてみれば分かりますが、ソロが2パートあること以外はバロックの様式に近い部分は無いように思われます。ピアノが主体で、ピアノが弾いているときは、トランペットは合いの手を入れます。トランペットソロもありますが、対位法的に両者が絡み合うことはあまり無いです。むしろトランペットが気分よく吹いているのを、ピアノが邪魔したりします。
対位法自体は使われていますけど、ピアノ独奏と弦楽アンサンブルの絡みで多く使用されているようです。
作曲と初演の成功
1933年3月6日~7月20日に作曲されました。トランペットはレニングラード・フィルハーモニーのアレクサンドル・シュミュトを想定して作曲しました。ピアノはショスタコーヴィチ自身が演奏するつもりで作曲しています。
初演はショスタコーヴィチ自身のピアノソロ、アレクサンドル・シュミュトのトランペット・ソロ、フリッツ・シュティードリーの指揮とレニングラード・フィルハーモニーの演奏で行われました。初演は大成功し、ショスタコーヴィチの出世作になりました。今でも協奏曲としてはヴァイオリン協奏曲に次ぐ人気作です。
パロディ
ショスタコーヴィチの曲は、パロディが巧妙に使われています。その後の交響曲で考えても、バルトークの管弦楽のための協奏曲に、自作が引用されたので、交響曲第7番『レニングラード』で引用し返しています。一番分かりやすいのは交響曲第15番で、ウィリアム・テル、ワーグナー、その他、昔の自作の引用で重要な主題を作っていて、その巧妙なパロディには舌を巻きます。
このピアノ協奏曲もパロディが多く、自作の引用が多くある他、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ『熱情』のパロディが有名です。しかし、もっと沢山あり、知らない曲ばかりなので気づきにくいですけれど、パロディのオンパレードです。
このピアノ協奏曲の最後のギャロップのユニークな主題は、ベートーヴェンの『失われた小銭への怒り』(『ロンド・ア・カプリッチョ』ト長調 作品129の俗称)という作品の引用です。初耳ですけど、笑える俗称ですね。ハイドンのピアノ・ソナタからの引用、オーストリア民謡『愛しいアウグスティン』、イギリス民謡『泣きじゃくるジェニー』などが引用、あるいはパロディとして使われています。
一応4楽章で構成されています。全ての楽章は連続して演奏されます。ところが3楽章構成という見方もあります。モデラートは時間的に短いため、第4楽章の序奏的な位置づけと見ると、3楽章構成になります。とはいえ、見方によって楽章が変わるというのは、ロマン派以降の協奏曲では滅多にないことですね。
第1楽章:アレグロ・モデラート
しっかりしたソナタ形式の曲で、ピアノとトランペットがちゃんと絡む楽章です。
第2楽章:レント
前半はピアノ独奏と弦の伴奏で、後半は弱音器を付けたトランペットが少しシリアスに演奏します。
第3楽章:モデラート
ピアノソロが技巧的なパッセージを弾き、その後、弦楽器が入ります。演奏時間は1分15秒で楽章というには短く、移行部というには独立した印象です。
第4楽章:アレグロ・コン・ブリオ
ピアノ独奏とトランペット独奏が、別々に現れます。途中、トランペットソロにピアノ独奏が雑音(クラスターみたいな)で割り込んだりします。最後のギャロップでピアノとトランペットが一緒に演奏しますが、なんだか皮肉っぽい変わった主題ですね。
おすすめの名盤レビュー
それでは、ショスタコーヴィチ作曲ピアノ協奏曲第1番の名盤をレビューしていきましょう。
ゲルギエフとマツーエフが得意曲にしていて、来日したときに当日曲目変更で、ピアノ協奏曲第1番が追加されたりしました。その日のプログラムはショスタコーヴィチの交響曲第1番、ピアノ協奏曲第1番、休憩後に交響曲第10番とかいう、長い演奏会でした。
Pf:マツーエフ,Tp:タルケヴィ,ホーネック=カンマーオーケストラ・ウィーン=ベルリン
マツーエフのピアノ協奏曲第1番は、既に3枚目です。このディスクが一番新しく演奏も優れています。カンマーオーケストラ・ウィーン=ベルリンは、ウィーンフィルとベルリンフィルの奏者が集まって結成した室内オーケストラとのことです。トランペットのガボール・タルケヴィも上手いです。カンマーオーケストラ・ウィーン=ベルリンは、まるでロシアのオケのようにシャープな響きで、技術的にも非常に上手いです。ただし、ロシアの民族的な響きはないですね。録音も非常によく、ピアノやトランペットのソロ、弦のアンサンブルなど手に取るように聴こえてきます。細かい曲の特徴を、全く遠慮することなくストレートに出していて、この曲を理解するにはとてもいい演奏です。
第1楽章はシャープで鮮烈なピアノの響きが凄いです。トランペットも上手いですし、オケもシャープで、この曲の内容を表現しきっているといってもいいと思います。第2楽章は打って変わってシリアスです。ピアノの音色に透明感があります。弦は深みもあり、弱音器を付けたトランペットが伴奏と一体化して段々姿を現します。第3楽章はマツーエフのピアノが鮮烈です。第4楽章は、遅めのテンポで、色々な表現が出てきますが、ピアノとトランペットのシニカルでコミカルな掛け合いが前面に出ていて楽しめます。最後のギャロップも楽しく聴けます。聴いた後の充実感も素晴らしいですが、その後のシュニトケが始まり、さらに鮮やかな演奏なので、聴き入ってしまいます。
トランペットが上手く、ピアノと互角の聴きごたえある演奏をしています。カップリングのシュニトケも鮮烈な演奏です。マツーエフの実力を十二分に発揮したCDで、カップリングも含めて凄いハイレヴェルなCDがリリースされたな、と感心します。
Pf:マツーエフ,テミルカーノフ=サンクトペテルブルク・フィル
マツーエフのピアノ独奏と初演を行ったレニングラードフィルが名称変更したオケがサンクトペテルブルク・フィルです。このピアノ協奏曲第1番はまさにゆかりのある曲目です。テミルカーノフは、個性的な所もありますが、ロシア的な響きを引き出すことにも長けていて、ここでは少し丸みのある響きですが、ロシア的な弦の響きを聴くことが出来ます。
第1楽章からパワーだけではなく、しなやかさもあり、ピアノ、トランペット、オケの響きがきれいにブレンドされています。弦楽の響きは本当にロシア的な芳醇な味があります。ホールの残響もあってか、シャープな演奏ですが、響きが少し丸くなっていて、低音域が充実しています。第2楽章の冒頭はこのロシア的な響きが非常に良い雰囲気を作り上げています。ピアノは割と滑らかで、伴奏にあった深みのある音楽づくりです。凄くシリアスでもないし、平穏という訳でもなく、言葉にしにくい雰囲気になっていき、そこにミュートを付けたトランペットが入ってきます。トランペットソロは艶やかで音色が素晴らしいです。第3楽章はピアノの音色が少し丸みを帯びていて、オケの格調ある弦の響きと良く合います。第4楽章は速いテンポで始まります。ピアノはその音色のまま超絶技巧です。トランペットのソロも入ってスリリングです。少しコミカルになってくるとさらにテンポアップ!ピアノが入ると凄い技術です。トランペットのソロも本当に上手く、テンポが速い箇所はオケもシャープでスリリングです。
同じマツーエフでも指揮者やオケが変わると、大分スタイルを変えてきますね。テミルカーノフはスコアの読みが深いうえに格調の高い演奏をする指揮者で、マツーエフとテミルカーノフの個性が合わさるととても面白いです。カップリングのチャイコフスキーの協奏曲も素晴らしい演奏です。他では絶対に聴けない名盤です。
Pf:アルゲリッチ,フェルバー=ハイルブロン・ヴュルテンベルク室内管
アルゲリッチとショスタコーヴィチの組み合わせは初めて聴くのですが、実際聴いてみると結構面白い演奏です。プロコフィエフやラヴェルも得意ですし、アルゲリッチは近代音楽と相性が良いですね。
第1楽章はアルゲリッチは色彩的なタッチで深い音色を出したり、流れるようなパッセージを弾いてみたりと、自由自在に弾いています。伴奏も軽快な音色で、アルゲリッチの演奏に相応しいです。そこにトランペットが入ってきます。伴奏にはショスタコーヴィチらしいシリアスな響きも要所に入っていますが、アルゲリッチはあくまで、しなやかさと色彩を保ったまま、自由に演奏しています。第2楽章はしなやかな表現で鮮やかすぎず演奏していきます。伴奏も入り段々とシリアスさを増していきます。ミュートしたトランペットはなかなか艶やかな響きを出しています。第3楽章は幻想的なピアノで始まります。第4楽章は結構テンポが速くスリリングです。ピアノは凄いテクニックを魅せてくれますが流麗で色彩感を保っています。後半に入るとさらに速くなり白熱してきます。トランペット・ソロを邪魔するピアノも色彩感があって音楽的です。テンポはどんどん速くなり、ピアノも凄い超絶技巧のはずですが、アルゲリッチが弾くと当たり前に聴こえますね。でも、色々な工夫をしてコミカルな中でも音楽的に弾いています。トランペットも上手いですが、ピアノの上手さが目立ちます。
マツーエフはダイナミックで華麗な表現が多かったですが、アルゲリッチはしなやかさや色彩を失いません。第2楽章などは味わい深さも感じられます。シリアスな所もありますが、暗くなることはないですね。シリアスになることを避けている訳ではなく、表現のボキャブラリーが多いので、もっと色々な感情表現をしています。
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楽譜・スコア
ショスタコーヴィチ作曲のピアノ協奏曲第1番の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
ピアノ譜
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