ドミートリイ・ショスタコーヴィチ (Dmitri Shostakovich,1906-1975)作曲の交響曲 第4番 ハ短調 op.43 (Symphony no.4 c-moll op.43)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。ワンストップでスコアと楽譜まで紹介します。
ショスタコーヴィチ交響曲第4番は、交響曲第7番、第8番と並ぶ傑作で、ショスタコーヴィチ好きなら、あるいはショスタコーヴィチを良く知りたいなら外せない交響曲です。
解説
ショスタコーヴィチの交響曲第4番について解説します。
チャレンジングな交響曲
1935年9月~1936年5月に作曲されました。交響曲第1番~第3番までの試行錯誤も含めて、チャレンジングな交響曲であり、ショスタコーヴィチの作風を確立した作品と言えます。
またマーラーの作品を研究し、特に交響曲第3番と第7番の影響を強く受けていますが、『巨人』や『大地の歌』の引用が見られます。交響曲第4番の複雑な構成や楽器編成の大きさはマーラーの影響と言えそうですね。スネヤの打ち込みなどパーカッションの使い方もマーラー譲りかも知れません。
またフーガ(フガート)など対位法を多用していることもこの交響曲の特徴です。これはマーラーの第9番もその要素がありますが、当時台頭してきた新古典主義の影響もあるかも知れません。このような新古典主義からの影響は後半の交響曲群でも良く見られます。まだ第2次世界大戦前で冷戦の時代ではなく、西ヨーロッパやアメリカの音楽家との交流もまだまだありました。若いショスタコーヴィチが当時の世界最新の技法をチャレンジングに取り入れた交響曲と言えます。
ショスタコーヴィチ自身が
自分の書いた最高傑作、交響曲第8番よりももっと良い出来
という言葉を残しているほどの傑作です。
交響曲第5番『革命』以降では比較的しっかりしたソナタ形式ベースの交響曲に戻っています。交響曲第7番『レニングラード』以降では、またマーラーのような複雑さが戻ってきます。試行錯誤やチャレンジングな所はありますが、この曲によってショスタコーヴィチの交響曲の様式が大分確立したと言えるのではないでしょうか。
プラウダ批判
作曲直後の1936年にオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』およびバレエ『明るい小川』が、ソヴィエト共産党機関紙『プラウダ』で批判されました。「プラウダ批判」と呼ばれています。当時はソヴィエトでも最も厳しいスターリン体制下であり、ソヴィエト当局の批判に下手に反抗すれば、ショスタコーヴィチ自身に身の危険が及ぶかもしれない、という、厳しい状況に置かれていました。ショスタコーヴィチは政治的にソヴィエト当局に反抗しようとした訳ではありませんが、自由に作曲することに対する批判は受け入れませんでした。
とはいえ当時のソヴィエトの社会主義体制では、芸術家と言えどもソヴィエト当局の意向を無視することは出来ません。ソヴィエトの民衆にも理解できるような分かり易く、ソヴィエト共産党の理想に沿った音楽が求められたのです。例えば、プロコフィエフはソヴィエト帰国後は比較的分かり易い交響曲を作曲するようになりました。交響曲第7番『青春』など、ソヴィエトの機関に対して作曲された曲です。その前の交響曲第6番は難解とされ、ソヴィエト当局から批判の対象になっていました。またスターリンと同郷のハチャトゥリアンは、民族的で分かり易い音楽を作曲し、バレエ『ガイーヌ』ではコルホーズの生活を描いています。
スターリンの死後、フルチショフ体制になると、少し体制が緩み、表現の自由がある程度認められるようになりますが、それでもショスタコーヴィチの交響曲はムラヴィンスキーが初演を拒否するなど、尖った作品が多かったと言えます。
初演
作曲後の1936年12月に初演が決まり、初演のリハーサルまで行われましたが、オーケストラが演奏を拒否し、結局初演は行われませんでした。交響曲第4番はベートーヴェンで言えば『英雄』にあたる超名曲ですが、難解であったため初演されていたら、さらなるソヴィエト当局からの批判にさらされていたかも知れません。そういう意味では結果的にラッキーと言えたかも知れませんね。
その後、ショスタコーヴィチは比較的分かり易い交響曲第5番『革命』を作曲し、名誉回復となります。
スターリンの死後、1961年12月30日にキリル・コンドラシンの指揮により、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、モスクワ音楽院大ホールにて初演が行われました。なお同時期の交響曲第13番『バビ・ヤール』も同じコンドラシンとモスクワ・フィルにより1962年に行われています。
曲の構成
楽器編成はショスタコーヴィチの交響曲の中で最も大きいものとなっています。一応3楽章構成で、中心にスケルツォを置いた対称的な配置は、マーラーの交響曲を想起させます。各楽章は複雑な構成で第1楽章はソナタ形式ですが、間に多くのモチーフが挿入されています。第3楽章は変奏曲ですが、ラストに長いコーダがあり、実質的にフィナーレを伴っているように聴こえます。
第1楽章:アレグロ・ポコ・モデラート~プレスト
ソナタ形式です。木管と鍵盤の主題から始まりますが、第3主題まであるなど、ショスタコーヴィチの交響曲の中では複雑です。また。展開部にプレストが置かれ、突然弦が激しい主題を演奏し、フガートとなって盛り上がります。この構成は第5番『革命』のマーチや第7番『レニングラード』のボレロ風の部分に近いですが、とても激しい主題であり、交響曲第4番の中でもっとも印象的な部分です。
第2楽章:モデラート・コン・モート
スケルツォ楽章です。全曲の中心にスケルツォを置き、しかもレントラー風とマーラーの影響を受けています。
第3楽章:ラルゴ~アレグロ
序奏付きの自由な変奏曲です。変奏曲、といってもこれといった変奏主題が無く、その代わりにモーツァルトの歌劇『魔笛』やビゼーの歌劇『カルメン』の主題が引用されているなど、様々な主題を使っています。主部の後、長いコーダとなります。
おすすめの名盤レビュー
それでは、ショスタコーヴィチ作曲交響曲第4番の名盤をレビューしていきましょう。
ネルソンス=ボストン交響楽団
ネルソンスとボストン交響楽団の演奏です。ロシアに近いエストニア出身のネルソンスは迫力のある切れ味お良い指揮で、ボストン交響楽団はショスタコーヴィチのオーケストレーションを緻密に再現しています。オケのレヴェルの高さもあって、交響曲第4番の聴き所をハイレヴェルで演奏しきった名盤です。新しい録音で音質も良く、色彩感も感じられます。
第1楽章はボストン響の色彩的な音色でショスタコーヴィチのオーケストレーションの深さを感じます。新しい録音で初めて日の目を見たような音響が聴こえますね。テンポは速めでキレが良く、ボストン響もシャープでリズミカルで、ショスタコーヴィチへの相性の良さを感じさせます。盛り上がってくると強靭な金管が炸裂して、物凄いカオスな音響に圧倒されます。一方、リズムの取り方が軽く、ネルソンスも余分なルバートなど掛けずに直截的に表現していくこともロシア人の演奏を思わせる所です。展開部の弦のフーガも凄いスピード感で圧倒されます。これだけ白熱してアンサンブルはとても緻密で透明度の高い響きを保っているのは凄いことですね。
第2楽章はロシア的なシャープなリズムの中に、ボストン響の木管群の色彩的なソロが楽しめます。この色彩感はこれまでの演奏ではあまり表に出てこなかったので、とても新鮮です。
第3楽章は少し遅めのテンポでじっくり一歩一歩踏みしめるように、オスティナートを演奏していきます。コンドラシンと時代が違うので、リアリティとまでは行きませんが、曲に対する深い理解と共感を感じます。盛り上がってくるとボストン響とは思えない位、金管の咆哮します。弦の色彩感のある響きも深みに繋がっています。中盤以降はシャープにテンポアップし、ダイナミックに盛り上がります。終盤は色彩感を通り越して妖艶といえる響きまで到達し、この曲の奥深さを感じます。
この曲を何度も聴いた方でも、新鮮に聴ける名盤と思います。高音質で今まで聴こえなかった低音域などが良く聴こえて新しい発見が沢山あるディスクです。
スラトキン=セントルイス交響楽団
スラトキンと手兵セントルイス交響楽団の名盤です。
インバル=東京都交響楽団
インバルと東京都交響楽団の録音です。インバルの緻密でキレの良い音楽と、都響の技術的なレヴェル向上もあって、スコアを一点の曇りもなく完璧に再現しています。海外のトップレヴェルのディスクにも比肩する出来です。録音は東京文化会館とは思えない素晴らしい音質です。
第1楽章はシャープな演奏で始まり、それがこの演奏の特徴です。インバルはウィーン交響楽団と全集を作っていますが、ふわっとした音色でした。シャープで現代的な響きを持つ都響は、よりショスタコーヴィチにあった響きで、スコアをストレートに再現しています。技術的にも素晴らしく、例の弦の激しいフーガも完璧に凄い速さで演奏しきっていて、凄い迫力です。これ以上、特別な表現を付けなくてもショスタコーヴィチの本質に迫っているというストイックさがあります。ヴァイオリン・ソロや金管のレヴェルの高さも特筆ですね。
第3楽章は速めのテンポでキレが良いです。木管のソロのレヴェルが高く、聴いていて楽しめます。またテンポが速くリズム感が良いせいもあって、曲の構造がよく分かります。色々な要素が入り込んでいて、複雑さのあるこの楽章を理解するのに良い演奏と思います。
インバルと都響のショスタコーヴィチは高音質でレヴェルの高い録音が多く、日本のオケとは思えない迫力のある演奏に驚かされます。このコンビの録音の中でも特に素晴らしい名盤です。
ヤンソンス=バイエルン放送交響楽団
ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団の録音です。ヤンソンスらしくダイナミックさだけでなく、細かいテクスチャまでしっかり演奏した名盤です。2004年の録音で高音質です。
第1楽章は力強く始まります。ヤンソンスの場合、ロシア的なシャープさもありますが、精緻さも同居していて、特にバイエルン放送響とは相性が良いようで、高機能なオケからダイナミックな中にも実に繊細なテクスチャを聴かせてくれます。第4番はそれが特に上手く行っている名盤です。曲に対する理解も深く、とても深い共感を感じます。展開部の弦の激しい主題はバイエルン放送響の重厚な弦がダイナミックで、しかも精緻なアンサンブルです。パーカッションも思い切り鳴らしてロシア的な迫力です。
第3楽章は彫りの深い表現で、味わい深く聴かせてくれます。ブリリアントな管楽器の表現など聴き物ですね。テンポアップする箇所も思い切りよく、キレが良いです。この楽章の密度の高さは特筆すべきですね。単にテンポが速めなだけではなく、表現の多彩さやメリハリが素晴らしいです。後半はスリリングにダイナミックに盛り上がります。
全体的に素晴らしいですが、特に第3楽章は情報量が多くて、曲を良く理解できる名盤と思います。
ハイティンク=シカゴ交響楽団 (2008年)
ハイティンクとシカゴ交響楽団の録音です。ハイティンクは過去に全集も録音しており、ショスタコーヴィチへの理解度の高い指揮者です。それに重厚な迫力を持つシカゴ響のクオリティの高いサウンドで特に素晴らしいショスタコーヴィチ演奏の一つです。例えばバーンスタインとシカゴ響の第7番『レニングラード』も凄い演奏ですが、それに匹敵するものがあります。録音は2008年と新しく高音質です。
第1楽章はハイティンクの懐の深い指揮のもと、シカゴ響は自然でスケールの大きなサウンドで実力を発揮しています。最初の主題から弦や金管が厚みのある響きでダイナミックです。ハイティンクはロシアの演奏家のように荒々しい演奏スタイルでは無く、各部分をクオリティ高く丁寧にまとめています。昔から頻繁に演奏してきたレパートリーだけに完成度が高いです。展開部の迫力は圧倒的で半端では無いです。第2楽章は木管のソロのクオリティの高さが印象的です。
第3楽章は落ち着いたテンポで、スケールの大きな演奏を繰り広げています。リズムを失わず、じっくりとスケールの大きなオスティナートの音楽を聴いていくことが出来ます。後半はそのままスケール大きく盛り上がり、シカゴ響の凄い底力を感じさせます。
入手困難のようですが、アマゾンミュージックにもあります。高音質なのでアマゾンミュージックHDで聴くのがお薦めです。
コンドラシン⁼モスクワ・フィル (1962年)
コンドラシンとモスクワ・フィルの初演の一年後の1962年の録音です。初演者らしい超名演です。音質は概ね良好で、各楽器の音をしっかり捉えています。コンドラシンとモスクワ・フィルの全集の中でもトップを争う名演です。
これを聴かないとこの曲は語れない、という位の名盤です。出来れば全集で持っておきたい所ですが、どこにも売っていないですね。中古で見つけたら即入手でいいと思います。
コンドラシン⁼シュターツカペレ・ドレスデン (1963年)
コンドラシンとシュターツカペレ・ドレスデンのライヴ録音です。モスクワ・フィルとの演奏よりも入手しやすい名盤でしたが、現在はCDの入手は難しそうですね。アマゾン・ミュージックで聴くことが出来ます。演奏のクオリティはモスクワ・フィルが上ですが、シュターツカペレ・ドレスデンもいぶし銀の響きで、重厚で素晴らしい演奏を繰り広げています。
演奏の映像(DVD)
セガン=ロッテルダム・フィル
ヤニック・ネゼ=セガンとロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の演奏です。ドキュメンタリー付きで日本語字幕もあります。第4番はオーケストレーションに優れた曲ですので、映像で観ても面白いと思います。最近の映像で、演奏のクオリティも高いです。
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楽譜・スコア
ショスタコーヴィチ作曲の交響曲第4番の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
スコア
電子スコア
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