エクトル・ベルリオーズ (Hector Berlioz, 1803~1869) の『幻想交響曲』(Symphonie fantastique) 作品14は1930年に初演された作品です。このページでは、幻想交響曲の解説のあと、お薦めの名盤をレビューしていきます。ワンストップでスコア・楽譜も紹介しています。
人気のある交響曲ですので、沢山の名盤がありますので、ご紹介します。アバド、ミュンシュなど、モダン・オーケストラによるものと、ロト、ガーディナーら古楽器オーケストラによるものがあります。古楽器オケではオフィクレイド、セルパンなどの当時の楽器を使っています。
解説
ベルリオーズ作曲の『幻想交響曲』の解説をします。
若い作曲家の女優への恋
ベルリオーズは1927年にシェイクスピア劇団を観ますが、その舞台に出演していたハリエット・スミスソンに熱烈な恋をします。そして恋文を書いたり、面会したいといったり、情熱的な行動に出ます。しかし相手は大女優です。まだ若い作曲家のベルリオーズは相手にされませんでした。
ベルリオーズはその感情を元に幻想交響曲を作曲しました。ある意味、こんな異常な精神状態で書かれた交響曲です。センセーショナルでしたが、当時は好意的に受け入れられ、注目されました。ベルリオーズは一夜にして有名作曲家になりました。1832年に再演も行われ、当事者のハリエット・スミスソンは幻想交響曲を聴きに来ます。そしてベルリオーズとスミスソンは1833年に結婚します。
ベルリオーズとスミスソンはその後も順調に結婚生活を続けますが、有名人同士の結婚にありがちな話ですが、二人の仲は結婚して2年もすると冷え込みはじめ、1843年にスミスソンとの仲たがいが決定的になり、その後、スミスソンが病気で世を去るまで別居生活になってしまいます。ベルリオーズの性格を見るに精神的に病気に近い所があると思われますし、もともと時間の問題だったのかも知れません。ただスミスソンが亡くなるまで別居状態でしたが、離婚はしませんでした。
早すぎたロマン派の大作
ベルリオーズは個人的な強い感情を交響曲に反映させており、非常にロマンティックな交響曲となっています。しかも、ベルリオーズは幻想交響曲の登場人物と同じく、アヘンを吸いながら作曲していたことをほのめかしています。色々な演奏を聴いていると『幻想交響曲』は青春時代を思い出させるようなイメージにも満ちています。多くの演奏家はグロテスクさよりは、青春期によくあるような繊細で鋭いインスピレーションを強調しています。
いずれにせよ、これだけ強烈な感情の入った交響曲ですから、ロマン派交響曲を大きく発展させたことは間違いありません。ベートーヴェンが交響曲第9番を作曲したのは1824年であり、ベルリオーズが幻想交響曲を書き始めたのは1828年ごろであると思われます。ということは、ほぼ同時代なのすね。しかし、ベートーヴェンは初演の3年前に亡くなっており、幻想交響曲は聴けませんでした。
明確な表題付きの交響曲
学校ではベートーヴェンの交響曲第6番『田園』の後を継ぐ曲として、幻想交響曲が教えられますが、これは標題付き交響曲であることと、幻想交響曲の第3楽章「野の風景」がパストラルに近いからだと思います。
幻想交響曲という表題もそうですし、
ある芸術家の生涯からのエピソード
という副題もつけられています。
ある夏の夕べ、田園地帯で、彼は2人の羊飼いが「ランツ・デ・ヴァッシュ」を吹き交わしているのを聞く。
第3楽章の作曲者本人による説明にも上記のような文が出てきて、確かにパストラルの影響を受けている、とは言えますね。まあでも「田園」の後継、とするのは形式的すぎるかなぁ、と思いますけど。自伝によってもベルリオーズがベートーヴェンを尊敬していて、大きな影響を受けたのは間違いないようです。
第4楽章は「断頭台への行進」、第5楽章は「魔女の夜宴の夢」で、鋭いインスピレーションが感じられます。第5楽章は、後にムソルグスキーの「禿山の一夜」(原典版)に影響を与えた情景です。ベルリオーズはムソルグスキーだけでなくロシア音楽全体に強い影響を与えています。
特殊楽器:オフィクレイド、セルパン、他
ベルリオーズは早く生まれ過ぎた天才作曲家です。幻想交響曲はスケールが大きいため低音域も充実させたいところですが、当時は金管楽器のチューバはまだありませんでした。その前身となるのがオフィクレイドやセルパンです。オフィクレイドは1817年にパリの楽器製作家アラリが考案しました。長い管長を持つ金管楽器で、蛇のように少し細目の管が絡み合っています。キーシステムはサックスに近いものになっています。
チューバとは大分音色が違いますし、音量も小さいです。セルパンは管長を長くするためにくねくねとした形になっています。これもマウスピースを使った金管楽器です。
こちらも、今のチューバとは大分音色が違いますね。現在ではコントラファゴットとチューバの組み合わせになります。でもチューバは音量が大きいので、コントラファゴットを消さないように吹かないといけません。
ベルリオーズはこれらの楽器を好きで使ったとはいえないかも知れません。当時は他に選択肢がなかったのです。セルパンは1700年代に使われ始めましたが、オフィクレイドは出来たばかりです。でも結果としてそれらの楽器を使用した譜面を書いたわけで、簡単にはチューバに置き換えられません。なかなか難しいところですね。
おすすめの名盤レビュー
ベルリオーズ作曲の『幻想交響曲』のおすすめの名盤をレビューしていきます。モダン・オーケストラが録音したものが多いです。
作曲時期がベートーヴェンの直後なので、古楽器やピリオド奏法での演奏も大きな意味があり、そのようなCDも多いです。こちらは、次の章でレビューしたいと思います。また、歴史的名盤が多いのも特徴です。例えばミュンシュ=パリ管の演奏などです。これは別の章に分けました。
ロト=レ・シエクル (2019年)
ロト=レ・シエクルですが『幻想交響曲』は2009年の録音からまだ10年ちょっとしか経っていないのに再録音しました。なんと2019年の録音ですね。この新録音で定評あるガーディナー盤よりもさらに当時のオーケストラに忠実な古楽器を使用しています。とはいえベルリオーズは時代を超えた作曲家であったため、当時のオケは理想とはかけ離れたオーケストラであった可能性が高いです。そのあたりをどう解釈するか、というのは難しい問題ですね。
幻想交響曲といえば、オフィクレイドやセルパンが有名ですが、今は他の楽器で代用されています。そのため、低音域は今のオーケストラのほうがはるかに充実しています。必ずしも当時の楽器を使うことがベルリオーズの理想に近づくことと言えるか分かりませんけど、チューバを使わないことによる当時の繊細さのある表現も聴こえてきます。
ハープは、バロックのものを2台ではなく4台使っています。しかも、鐘は2013年に鋳造したものを使用しているとのこと。単に古いだけではなく、その内容にもこだわりが見えます。
前置きが長くなりましたが、演奏は極端さはなく、むしろ端正さを感じるようなしっかりした名演です。古楽器を使用した中音域の充実したトゥッティの響きが印象的です。第4楽章はシャープですが理知的であり、細かい木管の動きまできちんと聴こえてきます。第5楽章はモダンオケの演奏のように強いグロテスクさはなく、繊細さが感じられます。もちろんロトの演奏が真摯であるから、というのもあると思います。しかし、ロトは当時のオケの響きを大事にしつつ、結構テンポを動かしてダイナミックな演奏を繰り広げています。
これだけの演奏ですから、映像を観るとさらに面白そうです。Blue-Rayなども発売して欲しいですね。
ミュンシュ=パリ管弦楽団
ミュンシュとパリ管弦楽団の代表的名盤です。ミュンシュは古き良きフランスの指揮者の一人です。クリュイタンスやプレートルに比べると、直球勝負で熱い演奏をする指揮者です。このCDはLP時代は幻想交響曲の代表的名盤でした。また、ブラームスなどのドイツものも得意で、熱のこもった演奏をしています。
そのミュンシュの名盤の中でも屈指の名盤がこのディスクです。ロマンティックな熱い表現が全曲を貫いています。パリ音楽院管弦楽団が解体して、後継のパリ管弦楽団が発足して間もないころの演奏でもあり、まだフランス的な色彩的な良く残っていますね。
ストレートなので気分よく聴けますし、フランス的な味わいのある部分もあり、技術的にはその後の演奏のほうが上ですが、今聴いても古さは感じさせません。とても気分よく聴ける熱狂的な演奏です。録音もダイナミクスが入り切っていない感じで、あまり良いとは言えませんが、爆演の雰囲気は良く伝わってきますね。幻想交響曲で爽快感、というのも本当はちょっと違うのかも知れませんけれど、よく聴いていると熱気が突き抜けてグロテスクさが出てくる時があり、やはり凄い演奏だと思います。
上手さではミュンシュ=ボストン交響楽団のほうが上なのですが、このパリ管とのオーケストラが沸騰しそうな爆演はやっぱり凄いです。
アバド=シカゴ交響楽団
アバド=シカゴ交響楽団のディスクは、本当に素晴らしい演奏で定番といえます。音質は今でも十分通用するレヴェルです。録音は1980年代のデジタル録音で安定した音質です。
幻想交響曲らしい変化の激しい演奏で、かなり幻想交響曲の本質をついていると思います。第1楽章のクレッシェンドとダイナミックさは若いころのアバドの良い面が出ています。演奏はシカゴ交響楽団なので非常にスケールの大きさもあり、よい組み合わせだな、と思います。第3楽章などはシカゴ交響楽団のドライなサウンドが曲の雰囲気に非常によくあっていて、アバドも遅めのテンポでじっくり演奏しています。第4楽章、第5楽章はアバドは速めのインテンポで力強く、かつスタイリッシュに演奏しています。
全体として上手く整理されていて、完成度が高い演奏です。当時のアバドの演奏としても、ここまで完成度の高い演奏はなかなか無いですね。
小澤征爾とサイトウキネン・オーケストラによるライヴ録音で、このコンビの超名演の一つです。音質もかなり高音質で、ライヴとは思えないほどノイズが少なく、響きは長すぎず短すぎずで、とてもクオリティの高いアンサンブルが聴けます。
第1楽章は静かな中でサイトウキネンのハイレヴェルな弦がとても美しい音色を聴かせてくれます。円熟し始めた小澤征爾のテンポは少し遅めになったものの、アッチェランドがかかるとかなり速くなっていきます。後半は金管が主体となってダイナミックになっていきますが、アンサンブルのクオリティの高さは失わず、オケとしての表現力が増しているので、楽しんで聴くことが出来ます。第2楽章はしっかりした低弦に支えられ、うねる様な高弦の表現力が素晴らしく、近年のサイトウキネンの完成度の高さが感じられます。ワルツですが力が抜けていて、舞曲らしい良い演奏です。木管の色彩感も良いですね。第3楽章はそれほど響きの無い中、荒涼とした雰囲気が良く出ています。木管のソロはいずれもレヴェルが高く、じっくり聴いて味わうことが出来ます。弦も艶やかで一体感があり、余計な響きが入っていないのはベルリオーズが目指した響きだと思います。この演奏の中で第3楽章が一番素晴らしいです。
第4楽章は速めのテンポで進んできます。小澤征爾の気迫にオケはダイナミックな底力を感じさせ、トゥッティではアンサンブルのクオリティが高いまま、トランペットは輝かしく響き渡っています。後半はさらにアッチェランドを掛け、そのまま曲を締めくくります。つづく第5楽章は妖しい雰囲気を醸し出しつつ、アッチェランドしていき速いテンポで盛り上がります。木管のアンサンブルの音色が色彩的です。音質の良さはこの辺りのアンサンブルを良く捉えています。鐘の音も異様さはありながら、奇麗に響いています。後半になると音の密度も増し、盛り上がってきます。ダイナミックな3連符もしっかり合っていて、異様な雰囲気とクオリティの高いダイナミックなアンサンブルが見事にバランスしていてサイトウキネンの演奏の中でも凄いものがあります。
演奏のクオリティと言い録音の良さと言い、円熟した小澤の演奏を聴きたい方にはとてもお薦めな名盤です。
ハイティンク=ウィーン・フィル
ハイティンクは幻想交響曲以外にも、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ドビュッシーなど、近現代で若者に人気のある曲目も沢山録音してきました。このウィーンフィルとの幻想交響曲は今でも世評が高いです。
第1楽章はウィーン・フィルとは思えない色彩感を上手く引き出し、少しドライなテクスチャも感じさせます。弦が急激に盛り上がり、少しドライな感情表現もいいですね。フランス音楽的な色彩感で溢れています。言葉にするのが難しいですが、絶妙な色彩感で聴いていて飽きることはありません。第2楽章もドライさのある色彩感で、華やかな舞踏会と主人公の感情の対比が上手く描かれています。第3楽章は色彩的でウィーン・フィルの美音が堪能できます。まさにパストラルです。
第4楽章は速めのテンポでキレの良い演奏です。テンポの急な変化は無く、丁寧な解釈です。色彩感は相変わらずでリズムと響きを堪能できます。第5楽章はハイティンクらしい丁寧さのある演奏です。良く聴くとグロテスクさも表現しています。ウィーンフィルの管楽器も好調でダイナミックにキレの良い演奏を聴かせてくれます。鐘の音色は独特というか、響きが長く倍音の方が強く聴こえます。色彩に満ちた不思議な世界ですね。テンポ取りは丁寧ですが、響きが素晴らしく、ホールの中を色々な響きが駆け抜けていきます。魔女の饗宴を上手く描いていると思います。
ハイティンクというと真面目なイメージがありますが、しっかりした演奏の中にウィーンフィルの色彩感のある響きがブレンドされ、とても良い演奏になっています。
プレートル=ボストン交響楽団
プレートルとボストン交響楽団との名演です。ボストン響は幻想交響曲は得意ですが、プレートルの激しいテンポの変化にしっかりついていき、プレートルらしい白熱した名演になっています。録音は古めですが、それほど悪くは無く、しっかり聴くことが出来ます。ミュンシュの演奏がちょっと荒すぎ、と感じる人にはプレートル盤は非常にお薦めです。
第1楽章は静かに始まりますが、盛り上がってくるとテンポアップして白熱して行きます。途中のグロテスクさもしっかり表現している所にフランス音楽の大御所であるプレートルの実力を感じます。第2楽章はボストン響の色彩的な響きを活かして幻想的な世界を描き出します。
第4楽章は凄い盛り上がりで、アッチェランドの掛け方が凄いです。ラストに向かっての追い込みも白熱しています。ボストン響の金管やパーカッションも鮮やかな演奏です。第5楽章の盛り上がりも白熱していて、熱しやすいフランス人らしい演奏ですね。クレッシェンドしてくると激しいアッチェランドで切れ味の鋭い演奏を聴かせてくれます。鐘の音色は少し色彩感があります。金管によるコラールも迫力があり、さすがボストン響です。
パリ・オペラ座管との来日演奏と比べてもボストン響の機能性の高さがあり別の良さがあります。いずれにせよ、こんなメリハリのついた白熱した演奏は他に無くプレートル恐るべしです。
マルケヴィッチ=ラムルー管弦楽団
マルケヴィッチと手兵コンセール・ラムルー管弦楽団の名盤です。昔から名盤として知られていますが、初期とはいえステレオ録音で今でも十分楽しめる演奏です。
マルケヴィッチのダイナミックさとシャープなスリリングさと共に、第3楽章のドライな世界観は幻想交響曲らしくて良いと思います。ダイナミックなだけではなく、味わい深さや奥深さも持っている名盤です。
コリン・デイヴィス=アムステルダム・コンセルトヘボウ管
コリン・デイヴィスはベルリオーズのスペシャリストとしてベルリオーズの全作品を録音しています。歌劇「トロイアの人々」は忘れられていましたが復刻上演は注目され、現在ではオペラハウスのレパートリーになっています。ベルリオーズを得意とするコリン・デイヴィスと透明なサウンドを持つアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の幻想交響曲です。コリン・デイヴィスの指揮とコンセルトヘボウの音色が絶妙にマッチした名盤です。
第1楽章から独特の響きでベルリオーズらしい雰囲気を盛り上げています。透明感がありつつもドライさのある響きです。コンセルトヘボウ管の響きは透明感と独特の色彩がありますが、そこにコリン・デイヴィスはドライさを加えています。第2楽章は弦の色彩的な音色が印象的です。第3楽章はドライで広大な響きで始まります。この楽章は演奏者のこの曲に対する考え方が良く出ますね。コンセルトヘボウ管の色彩感はそのままにドライさのある響きで、砂漠にでもいるような雰囲気です。
第4楽章はスケールの大きな演奏です。テンポも標準か少し遅い位で、テンポが急に速くなることもありません。色彩感とダイナミックさもあり、独特の世界観があります。第5楽章はコンセルトヘボウ管の色彩感を活かした演奏で、グロテスクさあり、ダイナミックさあり、色彩感もあり、色々な表情がついていて楽しめます。鐘の音は少しグロテスクさを感じるものがあります。テンポの急な変化は無く、ダイナミックさを増していき、最後は盛り上がって終わります。
このコンセルトヘボウ管との幻想は、少し古さを感じる録音ですが、内容は素晴らしく、コリン・デイヴィスのベルリオーズのイメージを上手く再現していると思います。
クレンペラー=フィルハーモニア管弦楽団
クレンペラーとフィルハーモニア管の録音です。幻想交響曲はクレンペラーの知られざる名盤です。遅いテンポの中にも細かなニュアンスが素晴らしく、フィルハーモニア管の響きも透明感があります。録音は安定した音質で透明感がありダイナミックな演奏を余すところなく捉えています。
第1楽章は落ち着いた語り口で、円熟して枯れた演奏ながら深い所に情熱を秘めています。第2楽章はほぼインテンポで色彩感があり、フルートソロなど優雅さがあります。
第3楽章はこの演奏の白眉で、深みが感じられとても味わいがあります。どこまでも遠くに響き渡るような木管が素晴らしいです。後半は徐々に平穏になっていきます。遠くに雷が響く個所のスケールの大きさはさすがです。
第4楽章はダイナミックで弦も金管も重厚です。荒々しいトロンボーンにグロテスクさも感じられます。第5楽章は重厚な低音がしっかりしていて、その上で木管などが演奏していきます。地の底から湧き上がるようなチューバの主題は迫力があります。盛り上がってもそれ程テンポアップしないので、その分スケールの大きなトゥッティで弦も金管もダイナミックで重厚な迫力があります。
クレンペラーの幻想は、じっくり味わうことができ、深みもあって、とても充実感のある名盤です。
エッシェンバッハ=パリ管弦楽団
エッシェンバッハとパリ管の演奏です。特に感情表現が素晴らしく、エッシェンバッハのシューマン全集を思い出します。エッシェンバッハのベルリオーズ『幻想交響曲』の感情表現は本当に素晴らしいです。こういう演奏はネガティブな表現になりがちで、実際それが正しいのでしょうけど、エッシェンバッハは不健康な表現を使わずに上手く主人公の感情を描くことに成功しています。
第1楽章は情感豊かでネガティブな苦しみに近い感情も入っていますが、基本的に前向きで、繊細ですが美しさもあります。これはパリ管の音色も良い方向に作用しています。第2楽章は軽やかな演奏ですが、これも情感豊かです。第3楽章は情感豊かでエッシェンバッハの感情表現の上手さが良く出ています。パリ管の色彩感も上手く活かして、パストラルの雰囲気を出しています。
第4楽章は速いテンポでスリリングです。特に強い感情が入っている感じでは無く、軽快な演奏で聴きやすいです。第5楽章はテンポの変化が激しく、感情を入れてキレのある演奏を繰り広げています。テンポがどんどん速くなりスリリングです。鐘の音はキリスト教の教会の鐘の音のようです。綺麗に録音されていますね。その後もリズミカルにダイナミックに盛り上がります。直截的な表現はないのですが、グロテスクさも結構入っていると思います。聴いていて物足りないことはありません。
バレンボイム=シカゴ交響楽団
バレンボイムは幻想交響曲を非常にスケール大きく描いています。シカゴ交響楽団のドライなサウンドも非常に合っていて、アバド盤よりもシカゴ交響楽団らしさを活かしていると思います。
とてもバレンボイムらしい特徴が出てている演奏で、全体的にテンポが遅めで、急にテンポアップしてくることもありません。フォルテになるとシカゴ交響楽団のスケールの大きなサウンドを聴くことが出来ます。アバド盤で、すぐテンポアップしてしまうのが好みに合わない人は、バレンボイム盤のほうがいいと思います。
ここまでスケールの大きな演奏は少ないので、好みが合えば非常に気に入ってもらえると思います。なお、バレンボイムはベルリンフィルとも録音しています。
ケーゲル=ドレスデン・フィル
ケーゲルとドレスデンフィルの幻想交響曲です。賛否両論の演奏ですが、根底に流れる不気味さは、幻想交響曲のベルリオーズが見たであろう悪夢を再現しています。
第1楽章は乾いたサウンドで遅いテンポです。平板な響きの中に何か絶望感すら感じさせられます。弦のアッチェランドはそれなりに盛り上がります。非常に遅いテンポとなり、ホルンが白昼夢のような薄い音を出しています。テンポが遅い個所が多いですが、テンポが遅い方が独特の緊張感がでます。第2楽章もテンポが遅く、まるで遠くから華麗な舞踏会を見ているようです。
第3楽章に至っては無の境地と言った感じで、何もない砂漠のようです。段々と感情が入ってきて救いのような平穏な場面になります。色々な要素があって一番聴きごたえがある楽章です。
第4楽章は遅めの一定のテンポで進みます。第5楽章は聴けば聴くほどグロテスクさがあります。ケーゲルはグロテスクさばかりを表現しているわけでは無いですが、噂の鐘の音のグロテスクさは隠せませんね。本当に日本の仏教寺院の鐘のようです。本当の不気味さは行間ににじみ出ているように思います。後半に向かってはダイナミックに盛り上がりますが、金管もティンパニも鋭い音色で頑張っていますが、録音の関係もあってか、ダイナミクスが弱めです。リマスタリングされた出来るだけ音質が良いディスクを選んだほうが良さそうです。
幻想交響曲の古楽器演奏
幻想交響曲は昔から色々な古楽器演奏が試されてきました。ベルリオーズの管弦楽法を極めた曲でもあるので、当時としては最先端の楽器を使っていて面白いです。最近は、ロト=レ・シエクル盤が高音質で注目されます。
ガーディナー=オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
少なくとも古楽器オケの中では、ガーディナー盤が一番上手いです。DVDで映像も一緒に見ることをお薦めします。当時の楽器を見ることが出来てとても参考になります。
古楽器オケだと大体モダンオケに比べて、演奏能力が下がってしまうことが多いのですが、ガーディナー=オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティクは違います。もしかすると部分的にはモダンオケよりも上手いかも知れません。
ノリントン⁼ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ
ノリントン=ロンドン・クラシカル・プレイヤーズは、ガーディナー盤と比べてもシャープで先鋭的です。ここまで刺激的な幻想もなかなかないと思います。最近ノリントンはモダンオケとノンヴィブラート奏法を試していますが、当時のノリントンは先鋭的な指揮をしていました。ガーディナー盤と並んで古楽器を代表する名盤です。
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幻想交響曲のDVD、Blu-Ray
ミュンシュ⁼ボストン交響楽団
ミュンシュとボストン交響楽団の映像も残っています。ミュンシュのエネルギーに溢れた指揮ぶりを観ることが出来る貴重な記録です。モノラルですが、ボストン交響楽団の上手さもよく伝わってきます。
小澤征爾=サイトウキネンオーケストラ
M.T.トーマスとサンフランシスコ交響楽団の映像です。キーピングスコアというタイトルで、前半はドキュメンタリー、後半は全曲演奏です。非常にクオリティの高い映像で、コルネットもよく見えます。
ドキュメンタリーは英語で、幻想交響曲の解説をしています。英語の字幕もついています。リハーサル風景なども含みますが、かなり長いドキュメンタリーで50分程度です。
演奏はさすがマイケル・ティルソン・トーマスで非常に明晰で知的なものです。特に古楽器やピリオド奏法ではありませんが、幻想交響曲をよく知りたい人には非常に役に立ちそうな演奏で、スコアを見ながら要所を繰り返し見るのに適していると思います。
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楽譜・スコア
ベルリオーズ作曲の幻想交響曲の楽譜・スコアを挙げていきます。