牧神の午後への前奏曲 (ドビュッシー)

クロード・ドビュッシー (Claude Debussy,1862-1918)作曲の牧神の午後への前奏曲 (prelude l’apres-midi d’un faune)について、解説おすすめの名盤レビューをしていきます。最後に楽譜・スコアも挙げてあります。

『牧神の午後への前奏曲』は、マラルメの詩の印象から作曲された曲で、フルートのソロから始まる色彩的で官能的な雰囲気を持つ、10分程度の曲です。フランスのみならず、世界中の演奏家がこの曲を録音していて、名盤も沢山ありますので、レビューしていきたいと思います。

解説

『牧神の午後への前奏曲』について解説します。

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マラルメの詩からインスピレーションを得る

ドビュッシーが詩人ステファノ・マラルメ (1842~1898)『牧神の午後』に感銘を受けて作曲された作品です。ステファノ・マラルメは、19世紀フランス象徴派を代表する詩人です。

牧神(パン)は上半身が人間、下半身が獣という、ギリシャ神話に登場する半獣神です。

マラルメは、ドビュッシーと同時代の詩人ですが、社交家であり、モネ、ルノアール、ドガなどの印象派の画家たちやドビュッシーら作曲家ほか、当時の有名な芸術家が彼のサロンに集まりました。

前奏曲、といってもこの後にオペラやバレエの音楽が続くわけではなく、あくまで演奏会用の前奏曲です。

フルート・ソロの名曲

曲はフルート・ソロの中低音域で始まります。ちなみに牧神(パン)のパンフルートという楽器があるのですが、これは初期のパイプオルガンともいわれ、複数の管が並んだ楽器でした。それもあってフルートがメロディを演奏するのでしょう。

パンフルート

マラルメの詩は「牧神が昼寝のまどろみの中で官能的な夢想に耽る」という内容で、ドビュッシーは、気だるい昼下がりのまどろみを音楽で表現しています。

そして弦楽器がまどろみから少しリアルに演奏したり、揺れ動いて最後はまたまどろみの中に消えていきます。

後にバレエ化

ロシアバレエ団によってバレエ化されました。振付はあのニジンスキーです。ニジンスキーの振付の中では分かりやすく、背景の絵画も素晴らしいので、バレエ好きな人は舞台を見ておくべきです。ただ、上品ではない、というか問題作でもあるので、それは頭において観たほうがいいかも知れませんね。

バレエ版 (ニジンスキー振付)

おすすめの名盤レビュー

『牧神の午後への前奏曲』のおすすめの名盤をレビューしていきます。

カラヤン=ベルリン・フィル (1964年)

クールな世界観と表情豊かなフルート・ソロ
  • 名盤
  • 定番
  • 透明感
  • 芳醇

超おすすめ:

指揮ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1964年3月 (ステレオ/アナログ/セッション)

カラヤンの演奏は特にドイツ的ということはなく、かといってフランス的というわけでもなく、独特の艶のあるドビュッシーとなっています。これは凄腕のソリスト揃いのベルリンフィルのおかげでもあると思います。

クールなフルート・ソロから始まり、ホルンに受け継がれますが、ソロは表情豊かで本当に上手いです。バックの低弦も深みのある響きで、独特の音響空間を作り上げています。ただ表面的に響きが美しい、というだけではなく、深みが感じられ、味わいも自然に出てきています。弦セクションも艶やかでボリュームある響きで、圧倒されます。後半は官能性も出てきて、フランスのオケとは違った色彩や表情があり、カラヤン=ベルリンフィルにしか出せない響きで、独特の世界観を作り上げています

全てのパートが非常に表情豊かな演奏を繰り広げていて、本当に凄い演奏です。文句のつけようがない名演です。

デュトワ=モントリオール交響楽団

暖かみのある色彩感、ソロとアンサンブルの上手さは絶品
  • 名盤
  • 定番
  • 色彩的
  • 高音質

おすすめ度:

フルートティモシー・ハッチンズ
指揮シャルル・デュトワ
演奏モントリオール交響楽団

1988-1989年,モントリオール,聖ユスターシュ教会 (ステレオ/デジタル/セッション)

デュトワ=モントリオール交響楽団の演奏は、フランス風ですが透明度が高く、地元フランスのオーケストラではこういう演奏はしないので、どちらかというと、スイス風か、フランス風のアメリカ系のオーケストラのサウンドだと思います。ただ、ベルリン・フィルなどと明らかに違って、弦はフランス風の滑らかなボーイングをしています。曖昧さを上手く表現していて、そこにモントリオール響特有のクールな感触があります。

冒頭はフルート・ソロは上手く、技術的には感心するしかないです。楽器が増えるに従って、色彩感が出てきます。このコンビの演奏としては、クールさは控えめで、弦もふくよかでボリュームのある響きで良いです。心地よい響きの揺れがあり、柔らかさと色彩感を保ったまま、段々とデクレッシェンドしていきます。官能的な雰囲気がもっと出せたら、さらに良いです。

綺麗にまとまっていてレヴェルの高い演奏です。デュトワは職人的で、あまり個性を表現する指揮者ではないので、フランス人の演奏も色々聴いてみるといいんじゃないか、と思います。

クリヴィヌ=ルクセンブルグ・フィル

ルクセンブルグ・フィルの深い響きと精緻なテクスチャ
  • 名盤
  • 定番
  • 端正
  • 透明感
  • 高音質

超おすすめ:

指揮エマニュエル・クリヴィヌ
演奏ルクセンブルグ・フィルハーモニー

2009年9月,2010年9月,ルクセンブルク・フィルハーモニー(ステレオ/デジタル/セッション)

クリヴィヌとルクセンブルク・フィルの新しい録音です。フランスの名指揮者クリヴィヌリヨン国立管弦楽団を指揮してドビュッシーも多く録音していますが、この録音はオケのレヴェルも高く、音質も非常によく、クリヴィヌの個性が上手く音楽に現れています。全体的に、フランスのオケと違い、ルクセンブルク・フィルは深みと透明感のある響きで、深い森にある湖のようです。響きは線が細めですが、ルクセンブルクという土地柄か、とても味わいがあって、それだけでも十分聴き飽きない演奏です。それを細かい所まで録音できていて、各楽器の呼吸まで伝わってきそうな、リアルな高音質です。

フルートのソロは小さい音量で始まり、徐々に楽器が増えていくとルクセンブルク・フィル独特の深い森を思わせる響きの世界になります。フルート・ソロの細かい息遣いまで克明に録音されていて、適度な残響もあります。クリヴィヌは絶妙なテンポ感でアゴーギク(テンポの揺れ)をコントロールしています。弦はクールさのある響きで、盛り上がってくるとかなりボリュームもあります。クリヴィヌ独特のアーティキュレーションで、とても精緻な演奏になっています。

単語が難しいと思った方は、森の多いルクセンブルク公国へ行ってみたい、という人ならきっとこの演奏は気に入ると思います。カップリングは『夜想曲』『神聖な踊りと世俗の踊り』『狂詩曲(クラリネット・ソロ)』です。知名度が低いかも知れませんが良い作品ばかりで、ヒーリング音楽にいいんじゃないか、と思ってしまいます。

アバド=ベルリン・フィル

曖昧さの少ない斬新なドビュッシー
  • 名盤
  • 定番
  • 透明感
  • 円熟
  • 高音質

おすすめ度:

フルートエマニュエル・パユ
指揮クラウディオ・アバド
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1999年9月 (ステレオ/デジタル/セッション)

普通の演奏では、フルートがフワッと入り、曖昧模糊とした音響になりがちです。アバド=ベルリン・フィルは、これまでのフランス的な演奏に一石投じていると思います。アバドは、歌劇『ペレアスとメリザンド』も劇場で上演したりして、ドビュッシーを得意としています。

残響が多い会場での録音なので、気づきにくいかも知れませんけど、割とハッキリと、折り目正しく演奏しています。弦楽器もそれぞれの奏者のボーイングが聴こえてくるようです。ブレーズ=クリーヴランド管のようにフランス以外のオケでフランス風の奏法を取り入れるとかえって不自然になることもあります。アバドはフランス風ではなく、ドビュッシーの別の面を見てスコアを緻密に再現し、名演奏を成し遂げました。

アバド盤は少し好みが分かれるかも知れませんが、透明感のある響きが心地よく、パユのフルートソロの表現力も含めて、名盤の一つであることは間違いないですね。

ラトル=ベルリン・フィル

適度なクールさと繊細さ、ソロの上手さと高音質
  • 名盤
  • 定番
  • 透明感
  • 高音質

おすすめ度:

フルートエマニュエル・パユ
指揮サイモン・ラトル
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2004年9月(ステレオ/デジタル/セッション)

ラトル=ベルリンフィルですが、ベルリンフィルに関してカラヤンアバドなどの歴代指揮者が、この曲を得意としていたので、新しい録音であるラトルは有利です。

非常に音質が良く、透明度が高いです。木管楽器の響きが素晴らしいです。残響もそれなりにあるのに各楽器のソロはきちんと聴こえてきます。中間では弦楽器も大胆に鳴らしていますが、弦のサウンドも素晴らしく、録音の解像度も高いです。ラトルのストーリー作りも分かりやすく、自然さがあります。

特にフランス風の演奏ではありませんが、ソロが素晴らしいことと、録音が良く透明感が高いので、それを十分補って余りあります。

ハイティンク=ロイヤル・コンセルトヘボウ管

コンセルトヘボウ管の独特の色彩感を最大限活かした名盤
  • 名盤
  • 定番
  • 透明感
  • 色彩感
  • 芳醇

超おすすめ:

指揮ベルナルド・ハイティンク
演奏ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

1976年12月20,21日,アムステルダム,コンセルトヘボウ (ステレオ/アナログ/セッション)

ハイティンクとロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏です。コンセルトヘボウ管は独特の色彩感があって、透明感と言ってもいいかも知れませんが、その透明な響きの中に色彩があります。ハイティンクは普段はクールな音を引き出していますが、牧神ではオケから暖かみのある響きを引き出し、しかも最初から官能的な響きです。

冒頭のフルート・ソロから色彩感があり、しかも官能的で表面だけではない美しさがあります。録音会場のコンセルトヘボウも素晴らしいホールなので、その響きの良さを上手く活かしているかも知れません。弦のサポートは少しひんやりした響きで、その上でフルートや木管が色彩的にソロを吹く、といった風情です。弦は表に出てくると、これも透明感のある色彩的な響きで包まれます。一度盛り上がった後のヴァイオリン・ソロなど、絶妙な表現です。最初から最後まで、色彩のある透明感につつまれ、聴いていて居心地が良いです。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管は、伊達に世界の三大オケに入っているわけではないですね。本当に実力を発揮するとソロもアンサンブルも世界最高レヴェルです。ちなみにオランダのオケが透明感と色彩感を同時に持っているのは、コンセルトヘボウ管だけではなく、他のオランダ放送フィルなどもそうですね。

F.ジョルダン=パリ国立歌劇場管弦楽団

フランスのオケらしい暖かみのある響き
  • 名盤
  • 透明感
  • フランスの香り
  • 高音質

超おすすめ:

フルートフレデリック・シャトー
指揮フィリップ・ジョルダン
演奏パリ国立歌劇場管弦楽団

2012年5月,パリ,オペラ・バスティーユ (ステレオ/デジタル/セッション)

パリ国立歌劇場管弦楽団は、本当のフランスのエスプリを伝えている数少ないオーケストラです。単純な響きの透明感などでは、例えばカナダのモントリオール交響楽団などに負けますが、フランスの音楽にはもう少しユニークな要素があるのです。しかしパリ管弦楽団などドイツ系の指揮者がシェフになることも増え、そういった要素を残したオーケストラは少なくなりました。

プレートル=フランス国立管弦楽団

色彩感溢れるブリリアントな超名演
  • 名盤
  • 定番
  • 色彩感
  • 芳醇
  • 高音質

超おすすめ:

指揮ジョルジュ・プレートル
演奏フランス国立管弦楽団

1987年 (ステレオ/デジタル/セッション)

ジョルジュ・プレートルとフランス国立管弦楽団の録音です。プレートルはフランスの指揮者で、若いころはプーランクの作品の初演をした巨匠です。1988年のプレートルとの来日での大胆な演奏を覚えている方もいると思います。

この牧神もフランスのエスプリを感じる演奏で、暖かみのある本当のフランス的な響きは健在です。フルートソロは柔らかい表現で表情豊かです。他の楽器のソロもいいですね。それぞれの楽器が昔ながらのフランスの音を持っているため、線が細いと感じることも多少ありますが、劇場の実力派のオケなので技術レヴェルは高いです。後半は響きの厚みも増し、官能的な表現も加わり、表現の多彩さに感心します。

プレートルはフランスの指揮者で、若いころはプーランクの作品の初演をした巨匠です。

ブレーズ=クリーヴランド管弦楽団

  • 名盤
  • 定番
  • 高音質

おすすめ度:

指揮ピエール・ブレーズ
演奏クリーヴランド管弦楽団

1991年3月 (ステレオ/デジタル/セッション)

ブレーズはドビュッシーの音楽を理解しきって、円熟した音楽づくりをしています。クリーブランド管弦楽団については、ちょっと響きに広がりが欠けるかも知れないです。それは緻なアンサンブルはクリーブランド管の特徴です。ただ線が細くて官能的な雰囲気や、まどろみの陰影を表現するには、綺麗すぎるかも知れません。

冒頭から暖かみのある柔らかい響きに包まれます。フルート・ソロは端正で極端な表情はつけず、上手いと同時に奥ゆかしさもあります。他の管楽器のソロも出てきてとても色彩的な響きのアンサンブルになります。弦は先述の通り、線が細いですが、艶やかで情熱的に入ってきます

ブレーズは弦のボーイングをフランス風にして、弓を返すときのアクセントがマイルドになっています。なので表面的にはフランス風で、しかもフランスのオケより上手いのですが、すぐに慣れるものでは無く、少し人工的になっています。そこがこの演奏の評価の分かれ目ですね。

ブレーズには旧盤があり、演奏はフィルハーモニア管弦楽団です。若いころのブレーズはシャープで大胆な響きを好み、「春の祭典」の名演もあります。こちらのほうが評価が高いのですが、「牧神の午後の前奏曲」に関して言えば、繊細な曲なので、どちらが良いか難しいところですね。

カップリングは管弦楽のための映像です。こちらはハイレヴェルな機能性を活かした文句のない名演です。

バレンボイム=パリ管弦楽団

異色の組み合わせによる新しい世界観
  • 名盤
  • 自然美
  • 色彩感

おすすめ度:

指揮ダニエル・バレンボイム
演奏パリ管弦楽団

1978年,パリ,共済組合会館ホール (ステレオ/デジタル/セッション)

バレンボイムと当時の手兵パリ管弦楽団の演奏です。バレンボイムフランスのエスプリを持っていたパリ管弦楽団は、もともと異色の組み合わせです。ただ、こういうストーリーのある曲の場合、ワーグナーが得意なバレンボイムとの組み合わせは面白いです。ドビュッシーは結構ワーグナーの影響を受けていますからね。

冒頭遅いテンポで始まります。パストラル風ですが深い森を思わせる雰囲気です。フルート・ソロはゆっくり出ますが、時に小気味良く、味わい深い表現を聴かせてくれます。独特の暖かみのある色彩感があり、中間付近の弦楽器が盛り上がることろなどは、パリ国立歌劇場の舞台を思い出すような鮮やかな演奏です。官能的な雰囲気も良く出ています。

このコンビには、やはり独特の世界観がありますね。

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楽譜・スコア

ドビュッシー作曲の牧神の午後への前奏曲の楽譜・スコアを挙げていきます。

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