アントン・ブルックナー (Anton Bruckner,1824-1896)作曲の交響曲第3番『ワーグナー』について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。最後に楽譜・スコアも挙げてあります。
解説
ブルックナーの交響曲第3番『ワーグナー』について解説します。
ワーグナーの影響を受けた交響曲
ブルックナー交響曲第3番の原典版には、壮大なワーグナーの引用が入っています。主にオペラ「タンホイザー」を聴いてブルックナーはワグネリアン(熱烈なワーグナーファン)になりました。しかし、それ以前のオペラも引用されているようで、例えば「リエンツィ」の引用もあるようです。
交響曲第3番はリヒャルト・ワーグナーに献呈されました。現在のような著作権はまだありませんが、ブルックナーは交響曲第2番と第3番の両方を持参して、いずれを献呈するかワーグナーに選んでもらっています。交響曲第3番がワーグナーの作品を引用していることをワーグナー自身が気に入り、交響曲第3番の献呈を受け入れたようです。この交響曲は「ワーグナー」という愛称で呼ばれるようになりました。
どの辺りがワーグナーからの引用?
筆者はスコアを比べて、どこが何の引用か?など調べたことはないですし、歌劇『タンホイザー』は飽きないのでたまに観ますが、歌劇『リエンツィ』は全曲版を聴いたことが無いので、全部は把握していません。
第1楽章は初校が長いことが知られていますが、歌劇『ワルキューレ』の壮大な「眠りの動機」が引用されています。
第2楽章は第1主題変奏に歌劇『タンホイザー』の「巡礼主題」が引用されています。またコーダにワルキューレの眠りの動機が使用されています。
他にも歌劇『トリスタンとイゾルデ』や歌劇『リエンツィ』からの引用もあるようです。
また改訂により、引用を削除したとありますが、どうやら全部の引用を削除したわけでは無いようですね。そういう風に聞いたことがあるという程度で、すみませんが詳しくは分かりません。
原典版と2つの改訂版
ブルックナーの交響曲は、まず原典版を作曲者自身が改訂する場合が多いです。何故なら「演奏不可能」などとしてオーケストラから拒否され、初演が出来なくなってしまったからです。当時としては、非常に演奏時間が長かったですし、ブルックナーの評価も高いわけでは無かったので、ロマン派的なブラームスなどは歓迎されましたが、基本的にベートーヴェンあたりの様式をそのまま継承しているブルックナーは退屈に思われていたようです。
確かに実際演奏してみると、特に弦楽器は退屈かも知れません。ブルックナーを演奏したのは2回ですが、ページをめくってもめくっても、同じようで半音だけ違う音型が延々と並んでいるのですから。演奏不可能というより、演奏したくない、と思ったとしても気持ちは分かりますね。
その後、ワグネリアンが多くなり、特にワーグナーを得意とする指揮者によって、退屈と思われた箇所が改竄(かいざん)されていきます。そして、楽譜は無数のヴァージョンに分かれていきました。一番最近まで改竄版を使っていたのはワーグナーを得意とするクナッパーツブッシュです。演奏は素晴らしいので、改竄されていても、細かいことを考えなければ十分楽しめますけれど。
そのうち音楽学者の間に、今度は逆に原典版を復活しようという動きが出てきました。しかし、調べてみるとブルックナー自身が改訂しているわけですから、ある意味、原典版はいくつもあったのです。その中から、比較的完成度の高いものを選択し、細かい所を整理したうえで原典版を作成しました。
しかし、原典版を作成したのは複数の音楽学者でした。ハースとノヴァークが代表です。交響曲第3番はエーサーの版も使われています。上記のような経緯ですので、いずれが正しいとも言いにくく、指揮者の好みで版を選んでいる場合が多いですし、ハースとノヴァークを混合した版を作成して使ったりもしています。
ハース版は打楽器の数が少なく硬派ですが、ノヴァーク版はシンバルなどが入っています。いずれも、それぞれの研究結果です。ましてやクナッパーツブッシュの気まぐれな改竄版とは違います。基本的には、ハース版もノヴァーク版もほぼ同じといっていいかも知れません。この2つの版をベースにしているなら、そんなに変なものではないですね。
演奏する意味がある1873年初稿
ブルックナーの1873年初稿は、インバルのディスクによって注目を浴びました。インバルは他の番号も原典版で録音していますが、一番面白いのは交響曲第3番です。他の番号は大抵改訂後のほうが良くなっているのですが、交響曲第3番はワーグナーの引用もあり、他にも多くのチャレンジをしているのです。
そこで、インバル以降の指揮者は、全バージョンを録音したロジェストヴェンスキーを除き、3番以外はハース版やノヴァーク版を使っています。大体、交響曲第4番のあのロマンティックな名曲である第3楽章を、原典版に入れ替えて演奏したいとは思いませんよね。
ベートーヴェンでいえば、まさに交響曲第3番「英雄」の位置づけで、交響曲第3番でブルックナーのスタイルを確立しようとしています。成功していないところも多くありますが、チャレンジングな部分が多く、いくつかは改訂されても残っています。例えば、教会のような残響を実際楽譜に記した第4楽章などは良い例だと思います。
ただ、交響曲第3番はまだ若いころの作品ですので、チャレンジングな部分をカットすると、その分、つまらない普通のシンフォニーになってしまう傾向もありますね。各所に見られるオスティナート(繰り返し)の回数も原典版ではしつこいくらいやっていますが、改訂版では回数が大分減らされています。またワーグナーを意識したと思われる斬新(?)な不協和音や和声進行も普通の和音に戻されています。
筆者が思うに、失敗も含めてブルックナー交響曲第3番です。チャレンジがあるからこそ面白いんです。なので、本サイトでは原典版用のページを作りました。
おすすめの名盤レビュー
交響曲第3番の原典版のディスクは意外と沢山あります。一番素晴らしいのはインバル=フランクフルト放送交響楽団だと思います。
インバルとフランクフルト放送交響楽団の録音です。全体的に安定した客観的なテンポどりで、じっくり聴かせてくれますし、原典版を演奏するという熱意が根底にあることも分かります。そして、改訂版との違いを強調しているように聴こえます。
改訂版との違いはワーグナーの引用だけではありません。例えば、第3楽章のゴシック建築のような細かい装飾的音型をこれだけしっかり演奏しているのはインバル以外には聴いたことがありません。これはフランクフルト放送交響楽団のハイレベルな技術力、アンサンブル能力のおかげだと思います。
全集は他の番号も全部原典版、というか最初に作曲されたバージョンです。第4番は改訂時に第3楽章を丸ごと作り変えて、あのドイツの深い森を髣髴(ほうふつ)とさせる名曲が誕生しましたが、もちろんそれは入っていません。第8番も大きな改訂があったことが分かります。演奏レベルも高いので、ブルックナーファンであれば全集を聴いてみることをお薦めします。改訂の功罪がよく分かります。
ノリントン=シュトゥットガルト放送交響楽団
ノリントン=シュトゥットガルト放送交響楽団の録音は、インバルのように「原典版を演奏してやろう」と意気込んだ演奏ではありません。非常にナチュラルに原典版を演奏しています。
ノリントンなので、いつものノンヴィブラート奏法ですが、ブルックナーに関して言えばノンヴィブラートのほうが合っているようで、それも新しい発見ですね。
ロンドン・クラシカルプレイヤーズとのディスクは、この記事を書いている際に発見したので、未聴です。引用元のワーグナーとブルックナー3番の組み合わせは面白そうですし、ノリントンもロンドン・クラシカルプレイヤーズとの演奏のほうが尖っている場合が多いので、近いうちに聴いてみたいと
ケント・ナガノはオペラハウスで修行してきた指揮者で、レパートリーは広いですがワーグナーも得意としています。「パルジファル」のDVDも出していますね。そんなワーグナーが得意な指揮者は、ブルックナー交響曲第3番をどう演奏するか、です。テンポは少し速めですが、緩急があって、聴きどころはしっかり演奏しています。
この演奏を聴いていると、「初稿版」を聴いているのを忘れて、普通の交響曲を聴いているかのような自然な感じがします。演奏者にあまり気負いがないことと、オペラ風の演奏なのかも知れませんね。インバルなどで、あれ?と思えたところも、説得力をもって当たり前に聴こえます。
女流指揮者のシモーネ・ヤングもブルックナー交響曲全集を作るときに原典版を使っています。もはや原典版だから特殊である、という考え方は感じられないですね。演奏内容は普通でクオリティが高いです。少しテンポが速めに感じられるかも知れません。スケールが大きいということもなく、どちらかというとしなやかで、ある意味譜面通りで余計なことはしていません。それは曲自身が語り始めることに繋がりますし、ブルックナーの演奏では大事な要素ですね。
交響曲第3番でワーグナーのオペラを引用する箇所は特別であり、わざわざソナタ形式等を崩して入れ込んであるわけなので、そこは強調してもいいと思うのです。そこだけスケールを大きくして演奏するとか。そういうところも当たり前に演奏しているので「原典版を聴いている」という感じが薄いんですよね。
ちなみに3番以外の原典版は、曲にわざとらしさはなく、例えば第4番の第1稿はブルックナーの好きなようにサラッと書き上げたものであって、そのあとに聴衆や演奏者を考えて改訂を始めるのです。そういう場合は、シモーネ・ヤングのような自然体の演奏はしっくり来ますね。
ティントナー=ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
ティントナーは、いわゆるブルックナー指揮者で、非常に遅いテンポでふくよかな演奏を聴かせてくれます。朝比奈隆よりも遅いかも知れません。
オーケストラはロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団です。ネーメ・ヤルヴィでおなじみのオーケストラです。特別に実力派という訳ではありませんが、それなりの演奏ができるオケです。
インバルやノリントンは特にブルックナー指揮者ではないですし、ケント・ナガノもブルックナーというよりはワーグナーのほうが得意です。物足りないということであればティントナーはお薦めです。他のブルックナー指揮者に比べるとテンポが遅すぎて、冗長な感じもしなくはないです。交響曲第3番だと、まだブルックナーのスタイルを確立しきっていないため、ブルックナー指揮者でなくてもそれなりに聴けるような気もします。
ロジェストヴェンスキーは、ブルックナーの原典版のすべてのバージョンを録音しています。第3番のみならず、全集を作っています。量が多いからか2つのボックスになっています。すごいですね。
交響曲第3番は、1873年版、1876年版(第2楽章のみ)、1877年版、1889年版と、4種類のバージョンが収録されています。
演奏は意外にきちんとしていて、ちょっと荒っぽい所もありますが、ちゃんとブルックナーに聴こえます。ただ、第3楽章が妙に遅いテンポになっています。また、このオケの特徴ですが、音程は悪いですね。でも、いろいろなバージョンを聴き比べるには面白い全集だと思います。
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楽譜・スコア
ブルックナー作曲の交響曲第3番『ワーグナー』の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
シャルク版は改竄(かいざん)版に近いものだと思っていましたが、スコアが発売されていたのですね。