ヨハネス・ブラームス (Johannes Brahms,1833-1897)作曲の交響曲 第4番 ホ短調 Op.98 (Symphony no.4 e-moll Op.98)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。最後に楽譜・スコアも挙げてあります。
お薦めコンサート情報
🎵クリストフ・エッシェンバッハ、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
ヴァイオリン:五嶋みどり
ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
ブラームス:交響曲 第4番 ホ短調 Op.98
2023年5月14日(日) 【開演】15:00 愛知県芸術劇場コンサートホール
解説
ブラームスの交響曲 第4番 ホ短調 Op.98について解説します。
ブラームスのたどり着いた境地
ブラームス交響曲第4番は、ブラームスが1884年~1885年に作曲した最後の交響曲です。ベートーヴェンを目指したブラームスでしたが、行きついたゴールは大分違う所になりました。
しかし、円熟した傑作であり、ブラームス自身も
「自作で一番好きな曲」
「最高傑作」
と述べています。
バロック時代技法など、工夫に富んだ交響曲
ブラームスは交響曲第4番で、これまでブラームスが蒐集(しゅうしゅう)してきた古い楽譜の様式を交響曲に応用することになりました。新古典主義とよく言いますが、ブラームスはバッハ以前のバロック時代の音楽も研究していました。古典主義以前の技法を交響曲に応用したといえます。
まず、第1楽章はいきなりアウフタクトの第1主題から始まります。このアウフタクトで交響曲を開始するというのは、あまり使われない技法です。というのはアンサンブルが難しいからです。カルロス・クライバーの指揮を見ていると、よくあれで入れるなぁと感心しますね。普通はアウフタクトの主題を使いたければ、ハイドンのように前奏を入れたり、モーツァルトのように伴奏を先に始めれば良いのです。Wikipediaによれば、モーツァルト交響曲第40番以来かも知れません。これはブラームス本人も認識していて、ちょっとした前奏を入れるかどうかで迷ったようですが、結局いれませんでした。ブラームスがこだわったということですね。確かに、それによって第1楽章の出だしは、この交響曲の大きな特徴となり、繊細さにつながっています。
ソナタ形式ですが、提示部の繰り返しがありません。提示部の2回目に入ったと見せかけて、実は展開部だった、というフェイクなのです。ハイドンの交響曲なら探せばあってもおかしくないですが、よく分かりません。ハイドンらしい感じがするテクニックですね。そして最後はアーメン終止(サブ・ドミナント→トニックの進行、別名プラガル終止)という教会音楽のような終止で終わります。
第2楽章はホルンが「ミ」の音から始まる音階である「フリギア旋法」を使用しています。「フリギア旋法」は教会旋法の一つですが、よく民謡などで耳にする「ドリア旋法」などに比べると、特殊といっていい音階です。なにせドとレの間が半音なのです。他の弦楽器等はe-mollで演奏しますが、ホルンだけはフリギア旋法を使っていて、独特の効果を出しています。
第3楽章はスケルツォ楽章となっています。しかし、非常に力強くスケールの大きな楽章です。これは第4楽章がシャコンヌなので、それとの対比のためです。ただちょっと派手すぎるんじゃないか?と。第4楽章のシャコンヌはそこまでインパクトがある音楽ではないので、第3楽章がここまで派手だと交響曲全体のバランスが崩れるのでは?というのが管理人の感想です。(なんて偉そうな…)
第4楽章は「シャコンヌ」
また、第4楽章がシャコンヌ(≒パッサカリア)になっています。シャコンヌはバロック時代に使用された形式です。バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番のパッサカリアは有名ですね。あんな感じで同じメロディを少しずつ変奏しながら繰り返します。
ブラームスは既にシャコンヌを「ハイドンの主題による変奏曲」の終曲で使用したことがありました。しかしシャコンヌはバロック時代には独奏ソナタの終楽章によく使用されましたが、交響曲の終楽章に使われるほどダイナミックな形式ではありません。それをあえて、ロマン派の交響曲に使ったわけです。それが交響曲第4番の感情表現は豊かながら、どこか静謐(せいひつ)さのある音楽になっていると思います。また、シャコンヌの主題はピカルディ終止で終わっています。ピカルディ終止とは短調の楽曲で最後だけ長三和音で終わる終止です。バロック時代の前半より前では短三和音では終止感が少ないということで、終止を長三和音にすることが当たり前に行われていました。
このようにバロックの様式を多く取り入れていますし、他にも難解な技法を多く使っています。それでも初演は1885年にブラームス自身の指揮によるマイニンゲン宮廷管弦楽団によって行われ、大成功でした。
新古典主義の本格的な始まり
この曲が初演されたころ、世の中は新古典主義の萌芽が出始めていました。例えばブラームス交響曲第4番と同じ時期に作曲されたグリーグの弦楽合奏の組曲「ホルベアの時代より」は、劇作家ホルベアの生きたバロック時代の音楽を模倣しており、ロマン派的な曲想ですが、ガヴォットなどバロック時代の舞曲が取り入れられたり、ソロ、伴奏の形態などを見るとまるでバロック時代の合奏協奏曲です。
源流を辿ればメンデルスゾーンによるバッハの「マタイ受難曲」復活上演や交響曲第3番「スコットランド」などになりますが、楽譜の蒐集や研究などでブラームスが果たした役割は非常に大きかったといえます。
その後、新古典主義は一つの大きな流れになっていきます。
例えばレスピーギの「リュートのための組曲」、ファリャやプーランクによるチェンバロ協奏曲が分かりやすい例です。ストラヴィンスキーはバレエ「プルチネルラ」から始まり、「交響曲ハ調」、「3楽章の交響曲」など、現代的な音楽にも新古典主義を取り入れています。バルトークの「弦チェレ」、バルトークやショスタコーヴィチによる無伴奏バイオリン・ソナタなどもそうで、12音技法をあまり用いなかった近代~現代作曲家に大きな影響を与えています。
おすすめの名盤レビュー
ブラームス交響曲第4番の名盤をレビューしていきます。
カルロス・クライバー=ウィーン・フィル (1980年)
カルロス・クライバーとウィーン・フィルの絶対的名盤です。これを聴くとそれで満足して終わってしまいそうです。でも、ご安心ください。ブラ4は奥が深くて名盤が沢山ありますから。
カルロス・クライバーとウィーン・フィルはブラームス交響曲第4番には理想的な組み合わせです。オーストリア的な軽妙さもありますし、最初のアウフタクトでふわっとウィーンフィルが入った時点で「凄い」と思ってしまいます。
全体的にテンポを動かすことは多く、ロマン派的で色々な表現をしています。第1楽章は出だしのアウフタクトが絶妙です。その後も繊細さを保ちつつ、情熱的にスリリングに盛り上がっていきます。第2楽章はオーストリア的な風情があり自然美が素晴らしく、弦のモチーフも味わい深いです。
第3楽章はかなりダイナミックで白熱しています。第4楽章のパッサカリアは結構テンポを変えています。基本的にナチュラルなのであまり気にはならないですね。パッサカリアを軽妙にセンス良くスリリングに盛り上げていき、ラストはダイナミックに曲を締めます。
ブラ4の定番として、今後もずっと君臨し続ける超名盤です。初心者にもお薦めです。
ザンデルリンク=ドレスデン・シュターツカペレ (1972年)
オーソドックスで正統派の演奏です。ザンデルリンクのブラームスはどれも名演ですが、その中でもブラ4は特に素晴らしい名盤です。ドレスデン・シュターツカペレも東欧時代の渋くて、本当にいぶし銀といえるサウンドです。変にテンポを変えたりしていないし、奇をてらったことはいません。逆にアクセントを弱めて渋い演奏にしようとか、そういう作為も感じません。録音は1972年ドレスデン・ルカ協会ですが音質は上々です。
第1楽章はいぶし銀の響きで始まります。結構厚みのある響きで重厚です。それで居ながら自然なロマンティックさを表現していて、とても奥ゆかしく味わい深いです。
第2楽章は落ち着いていて深みがあり、この演奏の白眉です。こんなに落ち着いたホルンの響きは他では聴けないですし、とても渋くて味わい深く、自然美も堪能できます。渋いいぶし銀の弦の主題もとても味わい深く、他では聴けない深みのある響きです。第3楽章もしっかり強奏していますが、必要以上にうるさくなく、重厚な響きです。
第4楽章はこれ以上ない位、自然なテンポで演奏しています。パッサカリアという繰り返しつつ変奏していく音楽を上手く演奏しています。後半になるにしたがって盛り上がってきますが、それで演奏が感情的になることはなく、スケールが増していくような感じです。ラストはダイナミックに盛り上がり曲を締めます。
曲の性向が素直に出ているので、アマチュア・オーケストラに入っている人なら、スコアを見ながら参考音源にするのにとても良いと思います。
シューリヒト=バイエルン放送交響楽団 (1961年)
シューリヒトは軽妙な演奏をする指揮者ですが、それでいてブルックナーが得意だったりします。ブラームスも非常に素晴らしく、特にブラ4は自然体の名演で、歴史的名盤ではなく今聴いても十分聴きごたえがあります。録音は古めですが、聴きやすい音質です。
第1楽章は速めのテンポで軽妙な演奏です。力強さのあるバイエルン放送響から軽妙なリズムを引き出しています。切なくなるような感情表現で、悲哀を帯びて盛り上がります。とても味わい深いです。
第2楽章も淡い悲哀に満ちた名演です。ホルンは柔らかく響きます。弦は味わい深いですが重厚にはならず、オーストリア的な自然美が素晴らしいです。シューリヒトはドイツの指揮者なのですが、オーストリア的の田園風景を思わせるような味わいがあります。第3楽章は速めのテンポでリズミカルかつダイナミックです。中間部の自然美を感じさせる明るい雰囲気も素晴らしいです。
第4楽章はインテンポで始まります。やはりパッサカリアはこの位のテンポが一番良いですね。ブラームスなので、テンポの遅い演奏が多いですが、シューリヒトはテンポが速くても上手く感情表現してきます。後半は激しい感情が溢れだし、シャープでスリリングに白熱していきます。
速めのテンポの演奏ですが、この位速めでも十分ロマン派的な表現は出来ています。特に淡い悲哀が良いですね。そしてやはりブラ4はシューリヒトに合っていて、曲の良さが自然に引き出されています。自然体でブラ4の本質に迫った名盤です。
ジュリーニ=ウィーン・フィル (1989年)
ジュリーニとウィーン・フィルの録音です。遅いテンポでじっくり演奏され、感傷的と言える位、繊細な表現です。ライヴですが音質は非常に良いです。
第1楽章の冒頭はしなやかで感傷的です。この辺りは好みだと思いますが、ジュリーニはあくまで繊細かつ丁寧に遅めのテンポで曲を進めていきます。盛り上がってくるとスケールが大きくなります。
第2楽章も遅いテンポでじっくり味わい深い演奏です。ホルンの長い響きが印象的です。線が細く繊細でしなやかに自然美を表現しています。弦のモチーフはじっくりゆっくりと味わい深く聴かせてくれます。第3楽章も遅めでダイナミックさも抑えめです。
第4楽章はパッサカリアとしては遅めのテンポですが、深みのある表現です。テンポが遅めでリズムやシャープさはあまり無いのですが、スケールが大きく悲劇的な表現が素晴らしいです。後半は曲が進むにつれテンポが遅くなり、繊細で悲劇的な結末を迎えます。
感傷的だったり、かなり悲劇的な所は、ジュリーニでしか聴けないものです。オーストリアのウィーン・フィルとの組み合わせも理想的です。
ヴァント=北ドイツ放送交響楽団 (1990年)
ヴァントと北ドイツ放送交響楽団の録音です。ヴァントは元々音楽的に妥協を許さないタイプの指揮者ですが、円熟して余裕も出てきて情感に溢れた演奏を繰り広げています。同時に曲を高いクオリティで再現していて、かなりの名盤だと思います。手兵の北ドイツ交響楽団の重厚なサウンドが素晴らしく、感情的にもメリハリが強い演奏が繰り広げられます。ところどころ悲痛な感情が表現されていたり、穏やかなところもあったりします。新しめの録音で音質も非常に良くライヴとは思えません。
第1楽章は透明感のある情感に溢れた演奏で始まります。高弦は艶やかです。後半の追い込みは素晴らしいです。第2楽章は遅いテンポで味わい深いです。ホルンは落ち着いたしなやかさのある響きです。弦のモチーフはいぶし銀で、テンポを絶妙に揺らして重厚で味わい深い表現です。第3楽章は余計に盛り上がり過ぎず渋い感じです。テンポも遅めですね。
第4楽章はパッサカリアの様式が良く反映されていて基本的にインテンポです。表現は多彩で、やはり重厚でいぶし銀の北ドイツ放送響の弦の響きが印象的です。フルートの部分も美しいです。段々感情が強まって白熱し、終盤は少し厳しさを持って追い込んでいきます。この楽章は本当に充実した満足度の高い名演です。
ヴァントはもう既に堂に入っている感じで、感情表現も完成されていて何の迷いもなく確信をもって指揮しています。それに北ドイツ放送交響楽団は完璧な演奏で応えていますね。本当に凄い演奏です。
アルブレヒト=読売日本交響楽団
アルブレヒトが着任してから、数年で読売日本交響楽団は大きな進化を見せ、驚きました。アルブレヒトもヨーロッパの歴史あるオーケストラとの演奏とは違うものを読響に求めました。読響は当時ロシア系の指揮者が良く客演していましたからドイツ系の曲の演奏に読響独自のスタイルというのはあまりありませんでした。そこへアルブレヒトがやってきて、あたかも白紙のカンバスに絵を描くように読響を指揮したのです。
このCDはライヴ録音ですが、管楽器が音を外すこともないし、もちろん技術的に問題となる個所はありません。そしてヨーロッパの楽団では当たり前に表現してしまうことを、読響は日本のオケなのでやらないのです。そのためブラ4の素の姿が出ています。逆にいえばドイツをはじめヨーロッパのオケはブラームスの演奏スタイルを独自に確立してしまっているんですね。
第1楽章から第3楽章までは何もいうことはなくて、余計な色は出さないで、しかも聴かせるところは厚みのある音を出してしっかり聴かせてくれます。第3楽章がうるさくないところは管理人好みですね。第4楽章のパッサカリアはとてもパッサカリアらしい演奏です。特に前半は透明感があって管楽器のソロも素晴らしいですが、もうちょっと大きな盛り上がりがあっても良かったんじゃないか?という気はします。「何も足さない、何も引かない」という某ウィスキーメーカーの宣伝を思い出しますね。
本CDは「ハイドン変奏曲」も含めて、アルブレヒト=読売日本交響楽団のベスト・ディスクなのでは?と思います。
パーヴォ・ヤルヴィ=ドイツ・カンマーフィル
- 名盤
- 高音質
おすすめ度:
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー
録音:2017年12月18-21日,ヴィースバーデン,クアハウス,ステレオ(DSD)
ブラームス:交響曲第3番&第4番
4.4/5.0レビュー数:9個
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演奏の映像(DVD,Blu-Ray,他)
カルロス・クライバー=バイエルン放送交響楽団 (1996年)
カルロス・クライバーはバイエルン放送交響楽団とのDVDもあります。
このDVDはクライバーの最盛期を過ぎたころかも知れません。それでも優雅な指揮ぶりは健在です。得意のブラームス4番の指揮ぶりが見られるというのはとても貴重ですし、そのしなやかな指揮ぶり自体が見ごたえがあります。演奏自体もウィーン・フィルとの正規録音と互角な素晴らしさです。
カップリングのモーツァルト交響曲33番も非常な名演で、それが映像で観られることも貴重ですね。
ブロムシュテット=ウィーン・フィル
94歳になる円熟したブロムシュテットとウィーン・フィルによる演奏の映像です。
楽譜・スコア
ブラームス交響曲第4番の楽譜を紹介します。