ホルベルグ組曲(ホルベアの時代から) Op.40 (Suite “Fra Holbergs Tid”)はエドヴァルド・グリーグ(Edvard Grieg)が作曲したバロック時代の様式を取り入れた組曲です。ホルベルグという名はバロック時代に活躍した劇作家ホルベアから採られています。とても人気のある弦楽アンサンブル曲で、近年、お薦めできる名盤が多数リリースされています。解説のあと、いろいろなスタイルのホルベルグ組曲の名盤をご紹介します。
最近は古楽器アンサンブルの隆盛もあって、ホルベルグ組曲の演奏は大分変ってきています。従来は大編成のオーケストラの弦楽セクションが指揮者を置いて演奏するスタイルが多かったのですが、小人数の弦楽アンサンブルが立って演奏するスタイルが中心になりつつあります。そしてその演奏家たちによる名盤が増えました。
解説
「ホルベルク」組曲を解説します。
新古典主義の幕開け
一言で新古典主義と言っても色々ありますが、ブラームスを中心にロマン派の作曲家たちは、古い時代の楽譜を収集して研究します。その動機としてはメンデルスゾーンがバッハのマタイ受難曲を蘇演したことに始まります。これで、バロック時代に豊かなスタイルの音楽があったことがロマン派の作曲家の間に知れ渡ったのです。
エドヴァルド・グリーグ (1843~1907) も、その流れの中でノルウェーの民族音楽とバロック時代の音楽を研究し、最初はピアノ曲として、ホルベルグ組曲(Holberg Suite)作品40(副題「古い様式による組曲」)を1884年に作曲しました。
ホルベアの同時代人だった、フランスのクラヴサン奏者たちの組曲をモデルにさせてもらった
Wikipediaより引用
と、言っています。クラウザンというのはフランス語でチェンバロのことです。
翌年1885年にグリーグ自身により弦楽合奏に編曲されました。ちょうどブラームスがバロックの様式を取り入れた交響曲第4番を作曲した頃です。
バロック時代の合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)をロマン派の弦楽アンサンブルに取り入れたような曲で、ソロが様々なパートに現れます。ただアンサンブルを2つに分けた本来の合奏協奏曲とは違い、各パートのトップがソロを担当します。
第1曲:前奏曲 (Allegro vivace)
ホルベルグ組曲で一番有名な曲です。
第2曲:サラバンド (Andante espressivo)
ゆっくりしたテンポの舞曲です。チェロのソロが入ります。
メロディはバロックというよりグリーグ風で夜想曲のようですね。
第3曲:ガヴォットとミュゼット (Allegretto-Poco piu mosso)
ガヴォットとミュゼットはどちらもフランス宮廷の舞曲です。
ミュゼットは小型のバグパイプです。曲に現れるロングトーンは
バグパイプのドローンの音を模したものです。
第4曲:アリア (Andante religioso)
アリアは一定の形式があるわけではないのですが、この音楽は
バロックというより、ロマン派の曲のようです。
第5曲:リゴドン (Allegro con brio)
テンポの速いリゴドンです。
バロック風でもありますが、ジプシー音楽のように
バイオリンとヴィオラのソロが掛け合います。
フランス宮廷舞曲の様式なども入っています。一方で、サラバンド、アリアなどは、ロマン派の曲に聴こえますね。
なお新古典主義では通常古楽器は使用しません。(プーランクの作品を古楽器オーケストラで演奏するCDもありますけど。) そのためオーケストラの弦楽セクションや室内オーケストラ等で演奏される場合が多いです。
古めの音源だとヴィブラートをバリバリにかけた演奏もあります。ヴィブラートも掛け方次第ですけど、古楽器アンサンブルのように自由に演奏するのが、この曲にはふさわしいですね。
ホルベアって誰?
「ホルベルグ」組曲、あるいは「ホルベアの時代から」のタイトルに出てくるホルベアは、ノルウェーのバロック時代の劇作家です。ルズヴィ・ホルベア (1684~1754)は、「北のモリエール」「デンマーク文学の父」などと言われていました。
このホルベルグ組曲は、ホルベア生誕200年祭でグリーグに作曲を依頼されたものです。
ちなみにモリエール(1622~1673, moliere、jean-baptiste poquelin)はフランスの有名な劇作家ですが、ペンネームで、本名はジャン=バティスト・ポクランです。ピエール・コルネイユ、ジャン・ラシーヌと共に3大作家と言われました。
そのホルベアの生きた時代の様式で作曲したのが、ホルベルグ組曲という訳です。
お薦めの名盤レビュー:小編成アンサンブル
グリーグの『ホルベルグ』組曲のおすすめの名盤をレビューしていきます。
ヤン・ビョーランゲル & 1B1室内管弦楽団
ヤン・ビョーランゲルと1B1室内管弦楽団の録音です。現時点での理想的な演奏ですね。まず、第1曲の表現からエネルギッシュで、目から鱗がおちるような凄い演奏です。YouTubeに上がっている弦楽アンサンブルでもここまでのレヴェルの演奏は見当たらないですね。新しい録音のようで、音質もとても良いです。
第3曲も理想的でフランス舞曲をとてもきれいに演奏しています。バグパイプの雰囲気が良く再現されています。バロックアンサンブルなんじゃないかと思えるくらい良い演奏です。第2曲、第4曲のようなロマンティックな演奏も情熱的で素晴らしいです。
ピアノ版もあります。意外とピアノ版も弦楽合奏版とは別の良い所がありますね。
パーヴォ・ヤルヴィ=エストニア国立管弦楽団
パーヴォ・ヤルヴィとエストニア国立管の『ホルベルグ』組曲は、録音が良いこともありますが、録音会場の残響も適度で、透明感があってスッキリしたクォリティの高い演奏です。音色は北欧風です。
第2曲、第4曲のロマンティックな部分も少し抑え気味で、バロック風なテイストかも知れません。ですが、ボリュームのある個所は弦楽セクションは厚いサウンドで、それなりの大編成だと思います。特に第4曲は味わい深く深みも感じるような名演です。一方、第3曲、第5曲はバロックに慣れた耳でも違和感のないフランス風舞曲になっています。
全体的に北欧風ですが洗練されていて、エストニア国立管弦楽団もレヴェルが高く、透明度の高いアンサンブルを繰り広げています。第2曲や第4曲などはじっくり味わい深く、同時にクオリティが高い名盤です。
ネーメ・ヤルヴィ=エーデポリ交響楽団
ネーメ・ヤルヴィ=エーデポリ交響楽団は北欧の音楽には非常に合った組み合わせです。バルト三国のエストニアという、フィンランドの近くの国の指揮者、オーケストラです。この組み合わせはグリーグ自体がとても良い演奏で、「ペール・ギュント」も素晴らしい演奏でした。
このホルベルグ組曲でも民族的な味のある響きを楽しめます。もっとも、フランス舞曲がノルウェーの民族舞曲のように聴こえるなど、洗練されているとは言えませんけれど、グリーグが作曲した音楽ですから、フランス宮廷が発祥でもノルウェー風な所は元々あるのだと思います。
カラヤン=ベルリン・フィル (1981年)
カラヤンとベルリン・フィルの1980年代の録音です。円熟したカラヤンの抒情性があって味わい深い名演です。録音もグラモフォンのデジタル録音で透明感を感じる良い音質です。
前奏曲はベルリン・フィルらしい、重厚でしっかりしたアンサンブルです。盛り上がってくると弦の厚みがあります。サラバンドはゆっくりなテンポでじっくり味わい深い演奏です。ガヴォットとミュゼットは遅めのテンポでこのバロック風舞曲でも味わい深さがあります。アリアはこの演奏の白眉で奥深く枯れた名演で、本当に味わい深いです。盛り上がるとベルリン・フィルの厚みのある弦の響きが素晴らしいです。リゴドンは軽妙な演奏で、中間部の静かな部分は弦の透明感のある艶やかな響きが味わえます。
カップリングの『フィンランディア』や『トゥオネラの白鳥』も名演で、アルバムとしても聴きごたえがあります。
オルフェウス室内管弦楽団(Orpheus Chamber Orchestra)は技術の上手さとセンスの良さでは、今でもトップに近い位置にいると思います。第1曲はかなりのスピードでフレッシュな演奏です。緩徐楽章は遅めのテンポで味わい深い演奏ですね。やはりグリーグでも定番はオルフェウス室内管弦楽団でしょう。
トロンハイム・ソロイスツ(Trondheim Soloists)は、ノルウェーの古都、トロンハイムの音楽学校と音楽院のメンバーで構成された弦楽アンサンブルで、ちょうど上にあるYouTubeのカメラータ・ノルディカに近い雰囲気です。多くのディスクをリリースしている実績あるアンサンブルです。
ノルウェーということはグリーグの『ホルベルグ』組曲はお国モノです。第1曲はかなりのスピードです。若くてフレッシュなメンバーが多いのかなと思います。第2曲も表現意欲に富んだ演奏で、意外にダイナミックに盛り上がります。第3曲のガヴォット・ミュゼットもちゃんとフランス宮廷風に聴こえる演奏です。
民族的なだけでなく、譜面に対してきちんと演奏したクオリティの高い演奏です。
日下紗矢子がコンサートマスターを務める、ベルリン・コンツェルトハウスのメンバーで結成された室内オーケストラです。録音は2017年とかなり新しく音質的にも期待できるディスクです。ソロは日下紗矢子が務めています。室内オーケストラですが、ドイツの歴史あるコンツェルトハウスを母体としていて、重厚感のある響きを楽しめます。
スウィトナー=ベルリン・シュターツカペレ
スウィトナーと手兵ベルリン・シュターツカペレのCDです。やわらかめのサウンドで素朴さがあります。録音も良く、適度な残響があり聴きやすいです。
第1曲、第5曲のテンポ速めです。一方、緩徐楽章はテンポが遅く、適度にロマンティックです。フォルテでスケールが大きいですが、ダイナミックさを感じるほどではありません。
どちらかというとロマン派的ですが、素朴さのほうが目立ちます。聴いていて癒される名盤です。
CD、MP3をさらに探す
以下のボタンをクリックすると、アマゾンでさらに検索できます。意外と便利ですので、是非やってみてください。
「ホルベルク」組曲の楽譜
『ホルベルグ』組曲の楽譜・スコアを紹介します。良いものが無い場合は、下のボタンでさらに探すことができます。