
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven, 1770~1827)作曲のピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 『皇帝』(Konzert für Klavier und Orchester Nr.5 Es-Dur Op.73) の解説と、評判の良い名盤をレビューしていきます。
『皇帝』の主題は非常に有名ですね。ベートーヴェンのピアノ協奏曲はいずれも人気がありますが、第5番『皇帝』は特に人気の高い曲で、オーケストラではプロ・アマ問わず一般的なレパートリーとなっています。
お薦めコンサート
解説
ベートーヴェン作曲のピアノ協奏曲第5番『皇帝』を解説していきます。
作曲とナポレオンのウィーン包囲
交響曲第5番『運命』第6番『田園』を初演した後に作曲を開始したとされています。
しかし、皇帝となったナポレオンがウィーンを包囲し、貴族たちは疎開していきました。ベートーヴェンはウィーンに残り、作曲を進めていますが、初演・出版等の活動はしばらく行えない状況となりました。ベートーヴェンは1809年4月ごろにスケッチを終え、1809年夏ごろは完成させました。
初演と評判
初演は、まず非公式な演奏会がロプコヴィツ侯爵宮殿にて1811年1月13日に行われています。この時のピアノ独奏はルドルフ大公本人です。ルドルフ大公はかなり本格的な音楽好きで、ベートーヴェンのパトロンであるばかりでなく、ベートーヴェンにピアノを習い、作曲もしました。そして『皇帝』が弾けるほどの腕前を持っていたのです。詳しくは「ベートーヴェンとバロック音楽(オルフェ・ライブラリー)」に詳しい記述があり、面白いです。
公開初演は、1811年11月28日にライプツィヒにてゲヴァントハウスの演奏会で行われました。独奏はフリードリヒ・シュナイダーでした。ピアノ協奏曲第4番までは難聴に苦しめられながらもベートーヴェン自身がピアノ独奏を行っていたのですが、難聴は徐々に悪化し『皇帝』の初演では、他のピアニストに依頼することになりました。ウィーン初演は1812年2月12日、ウィーンのケルントナートーア劇場にて、弟子のカール・チェルニーの独奏により行われました。しかし、この名作ピアノ協奏曲は、何故か初演の評判が良くなく、ベートーヴェンの存命中は再演されませんでした。
ベートーヴェンの死後、フランツ・リストが好んで取り上げたことで真価が認められ、広まることになります。
『皇帝』という愛称
なお、愛称の『皇帝』は、ナポレオンとは無関係で、ヨハン・バプティスト・クラーマーという出版などを手掛けていた人物が、ベートーヴェンの死後に、規模の大きなこの曲の印象から名付けたものです。出版社は作品を売らなければなりませんから、愛称を付けたがりますね。
しかし、ベートーヴェンからすれば交響曲第3番『英雄』の時にナポレオンに裏切られ、ピアノ協奏曲第5番の作曲中に皇帝となったナポレオンにウィーンを包囲され、辛酸をなめさせられた訳で『皇帝』という愛称は皮肉な感じがしますね。
楽曲構成
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』は通常のピアノ協奏曲と同様の3楽章構成です。
第1楽章:アレグロ
序奏付きソナタ形式です。序奏はピアノ独奏で行われるなど、革新的です。オーケストラが入り最初の主題が有名です。その後もドイツ的な雰囲気でしっかりした構造の元、曲は進んでいきます。
第2楽章:アダージョ・ウン・ポーコ・モト
3部からなる変奏曲形式です。
第3楽章:アレグロ
ソナタ形式ですが、同じ主題の繰り返しが多くロンド形式の要素も持っています。
お薦めの名盤レビュー
ベートーヴェン作曲のピアノ協奏曲第5番『皇帝』のおすすめの名盤をレビューしていきます。
バックハウス,イッセルシュテット=ウィーン・フィル (1959年)
- 名盤
- 定番
- 真摯
- 重厚
- 伝統的
超おすすめ:
ピアノウィルヘルム・バックハウス
指揮ハンス・シュミット・イッセルシュテット
演奏ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1959年6月27&28日,ウィーン,ゾフィエンザール (ステレオ/アナログ/セッション)
バックハウスはドイツのピアニストで、フランツ・リストやツェルニーの直系の弟子です。イッセルシュテットはかなり硬派なドイツの指揮者です。そこに伴奏がウィーン・フィルですから、水準の高い演奏になることは確実と言っても良い位です。
バックハウスは序奏から真摯で適度にスケールの大きな演奏を繰り広げていきます。そこにイッセルシュテットとウィーンフィルの主題提示が入りますが、まさにベートーヴェン、という雰囲気の硬派な演奏です。少し真面目すぎるんじゃないか、とも思うくらいしっかりした演奏です。バックハウスは第2楽章など、多彩な表現をしていて飽きさせません。伴奏は最後まで硬派な伴奏でイッセルシュテットは良い仕事をしています。もう少し力を抜いても良かったのではないかと思う時もありますけれど。ウィーンフィルはホルンや木管を中心にウィーンフィルらしい響きを出して、とても良い雰囲気です。第3楽章はもう堂に入っている感じで、中庸なテンポで自然なスケール感で演奏しています。ウィーン・フィルの自然な弦セクションの演奏が
バックハウスには沢山の録音が残されていますが、録音も良く、何度聴いても飽きが来ない定番中の定番です。
グリモー,ユロフスキ=シュターツカペレ・ドレスデン
2000年代になって、表現力を大きく増したエレーヌ・グリモーの演奏です。バックはユロフスキで、こちらも斬新な演奏が期待できる組み合わせです。
冒頭のグリモーの序奏の演奏から鮮烈です。ユロフスキとシュターツカペレ・ドレスデンの伴奏は速めのテンポでリズミカルなものです。音色はシュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀のような音色を活かしていて、ドイツ風です。このテンポで演奏すると、とてもスリリングで、今まで聴いてきた『皇帝』とは全く違う印象を受けます。聴いていてとても楽しい演奏ですね。第2楽章は落ち着いていますが、従来のドイツ的な自然なスケールのある演奏というよりは、緊張感はありませんが、凛とした美しさのある演奏です。第3楽章は溌剌とした演奏で、活気にあふれ鮮やかさがあります。
全体的に鮮度抜群で、最初から最後まで楽しめる演奏です。速いテンポで理知的すぎることもなく、自然さは常にあり、ただスケールの大きさよりはメリハリのある溌剌とした名盤です。
アラウ,ハイティンク=ロイヤル・コンセルトヘボウ管
クラウディオ・アラウの『皇帝』は多くのディスクがありますが、これはハイティンクとコンセルトヘボウ管と共演したものです。伴奏の白熱した演奏に触発されてアラウも鮮やかな素晴らしい演奏を繰り広げています。
第1楽章はスケールが大きくしっかりしたタッチのアラウのピアノから始まり、ハイティンクとコンセルトヘボウ管がフレッシュなサウンドで盛り上げます。キレの良い演奏で、アラウのピアノも技術的に完璧で随所で超絶技巧が楽しめます。コンセルトヘボウ管はドイツ的な重みのあるサウンドも併せ持っています。全体的にベートーヴェンらしさを保ったまま、とても鮮やかな演奏になっています。
第2楽章は落ち着きつつも、どこか熱気をはらんだオケの響きが新鮮です。ピアノは繊細な表現でロマンティックに歌っています。ピアノの色彩感ある音色もしっかり録音されています。第3楽章はキレの良いオケの演奏で始まります。ピアノの響きは幻想的であると共にスリリングです。開放感のある演奏で、清々しく聴くことが出来ます。
アラウはC.デイヴィスとも録音しており、こちらはドイツ的な名盤です。このディスクの良さは鮮やかで自由さがある所だと思います。
ミケランジェリ,ジュリーニ=ウィーン交響楽団 (1979年)
ミケランジェリはイタリアのピアニストです。フェルッチョ・ブゾーニ以来の巨匠と言われています。伴奏はウィーン交響楽団ですが、これだけの巨匠の録音ですからウィーン・フィルが良かったですね。指揮は同じイタリアのジュリーニが務めています。
ミケランジェリのピアノは自然体で、イタリア的な明るさを基調にスケールの大きなこの協奏曲をダイナミックに響かせていますが、自然体の演奏です。それでも十分華麗さがあります。ウィーン響の演奏はウィーンフィルより少し音が明るく重厚さがありません。やはりウィーンフィルの方が良かった気もします。第3楽章は明るさを伴いつつ、スケールの大きな演奏です。しなやかさはジュリーニの指揮もあるかも知れません。
それにしてもライヴでこれだけ音を外さないのは凄いです。ミケランジェリは完璧主義だそうですが、確かに技術的に難しいにも関わらず、それを全く感じさせません。
仲道郁代,P.ヤルヴィ=ドイツ・カンマーフィル
革新的なベートーヴェンの交響曲全集を録音したパーヴォ・ヤルヴィとドイツカンマーフィルが、仲道郁代の伴奏を受け持ちベートーヴェンのピアノ協奏曲を録音しました。
ピアノは鮮やかで、優雅さもあるしなやかな演奏です。ダイナミックさもありますが、繊細なしなやかさの方が中心ですね。オケはピリオド奏法で、ベートーヴェン交響曲全集のように、テンポは速めで、しなやかでスッキリしたサウンドです。このコンビは「しなやかさ」という点でとても合っています。モダン楽器のオケですが小編成で音量が小さいので、仲道郁代が普通にしなやかに弾けば丁度良いバランスになります。ただスフォルツァンドなども多いので、そこはしっかり打鍵しています。
普段、クールになりがちな、カンマーフィルですが、仲道郁代の優雅さのあるピアノの伴奏をすることで、クオリティの高さを保ちつつクールさはなく、木管やホルンなどが自然に歌っています。これもこのコンビの良い所です。第2楽章は交響曲第5番『運命』の第2楽章と同様に、P.ヤルヴィとカンマーフィルは静かに、しなやかに始めます。ピアノもそれを引き継いで、しなやかに歌っていきます。ここでも仲道郁代の控えめな優雅さや色彩感が上手く作用して、カンマーフィルから暖かい響きを引き出しています。第3楽章は軽快で標準的なテンポですが、同時にしなやかさと優雅さを失いません。予想を超えて、合うコンビだなぁと思います。仲道郁代はベテランのピアニストでピアノソナタの全曲録音などもありベートーヴェンに対する理解は深いです。ピアノ演奏は、実は昔のピアノフォルテの演奏に近いのかも知れません。
映像もあります。仲道郁代さんが意外に力強くピアノを弾いている姿やP.ヤルヴィとカンマーフィルの透明感のある小編成の演奏がよく分かります。ドキュメンタリーも入っています。
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楽譜
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』の楽譜・スコアを挙げていきます。