ヨハン・クリスティアン・バッハ (Johann Christian Bach,1735-1782)作曲のトッカータとフーガ ニ短調 BWV565 (toccata und fuge d-moll BWV565)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。ワンストップでスコアと楽譜、関連書籍まで紹介しています。
解説
バッハのトッカータとフーガについて解説します。
ヨハン・セバスチャン・バッハの作曲による(とされる)オルガン曲です。作風の違いがあり、別の作曲家によるもの、とも言われています。最も可能性が高いのは、ペーター・ケルナー(Johann Peter Kellner, 1705-1772)の作曲ではないか?ということです。
ただドラマティックであること、フーガ主題の前半はブクステフーデのオルガン作品『前奏曲とフーガ ニ短調 BuxWV 140』からの引用ということです。J.S.バッハはブクステフーデに心酔しており、その作風から大きな影響を受けています。
曲は、とてもキャッチーなトッカータと、シンプルで模範的ともいえるフーガから成り立っています。トッカータは器楽曲という意味で、それほど深い意味はありませんが、曲の冒頭に配置される場合が多いです。フーガは対位法を使ったもので、詳しく説明するの長くなるので止めますが、バッハの時代にかなり形式が確立しています。
フーガの形式 (簡易な説明)
フーガは主題の旋律と5度上から応唱(対旋律)が入って2つのメロディが絡みあい転嫁してい行きます。同じ音で応唱が入る場合は「カノン」と呼ぶことが多いですが、カノンにはもっと幅広い意味があります。
主題の数は特に決まっていませんが、2つか3つ、多くて4つ程度です。2つの旋律であっても対位法の規則に従って書かれます。そうしないと、おかしな音程関係になったり、無意味に強調されたり、と色々なことが起こってしまいます。これらは対位法では禁則とされ、古くから経験により、まとめられています。途中に対位法を使用しない嬉遊部がおかれます。フーガと嬉遊部を繰り返して盛り上がります。
最後はストレッタが置かれることが多いです。ストレッタは応唱の出だしを速くすることで緊張感を出していき、場合によってはペダル音でさらに緊張を高め、盛り上がったところで終わります。
フーガと嬉遊部の繰り返しは合奏協奏曲で良く使われるリトルネロ形式に近いものがあり、逆にリトルネロ形式にフーガを当てはめたもの、とも言えます。バッハやヘンデルのフーガは盛り上がって終わるものが多いので、ストレッタは大体ついています。
フーガの歴史
フーガは非常に歴史が長く、少なくともルネサンス時代のポリフォニー音楽と呼ばれる作曲技法を使った声楽曲まで遡ります。カトリック教会の声楽曲を書いたパレストリーナ、ジョスカン・デ・プレが既にフーガという言葉を使っています。ただ、この頃のフーガはバッハのフーガとは全然違い、上に書いた様式はありません。単に、かえるの歌のように模倣(あるいは輪唱)していく曲をフーガと呼んでいます。正直、フーガと呼ぶかカノンと呼ぶか、曖昧で名前の付け方は作曲家次第です。
フーガにも色々ある
上記のフーガの形式はバッハの時代に確立したもので、これらを完全に含んでいるのはバッハや同時代のフーガ曲のみです。そもそも、フーガの形式はバッハやその少し前のフーガを研究することで確立したんです。そのため、フーガと呼ばれる形式があるか否かも曖昧だと思います。
ヘンデルの合奏協奏曲など、フーガの最中に転調して3部形式のような形態になっている場合が多いです。かなり長い転調でリトルネッロ形式の転調とは違います。ギャラント~古典派へ向かう形式の中に、フーガを入れ込んだ形態です。3部形式と書きましたが、同じ主題を使うため、ソナタ形式の展開部に近い印象です。バッハも無伴奏ヴァイオリンのソナタのフーガは転調を伴っています。
さらに前の時代ではヴィヴァルディが弦楽コンチェルトでカノンやフーガ風の曲を書いています。これはコンチェルトのリトルネッロ形式の中にフーガを当てはめたものと考えられます。
おすすめの名盤レビュー
それでは、バッハ作曲トッカータとフーガの名盤をレビューしていきましょう。
パイプオルガンなので、ほとんどはヒストリカル楽器か、その様式を受け継いだ楽器が使われています。チェンバロと異なり、パイプオルガンは教会にずっと設置され続け、ブルックナーやフォーレなど、オルガンを演奏したロマン派、あるいはそれ以降の作曲家も多いです。
またストコフスキー編曲のオーケストラ版も取り上げたいと思います。
ヘルムート・ヴァルヒャ (1956年)
ヘルムート・ヴァルヒャの演奏は、昔からの定番です。シンプルで男性的な演奏です。「トッカータとフーガ」は、それほどケレン味も感じさせず、感情表現も入れず、ストレートに演奏しきっています。クールで男性的であり、大聖堂のオルガンの響きのイメージに相応しいです。装飾が入っていないため、一般的なイメージ通りの演奏だと思います。
カール・リヒター (1964年)
カール・リヒターのパイプオルガン演奏は、ヘルムート・ヴァルヒャと双璧です。また感情も入っていて迫力があります。「トッカータとフーガ」は一般的なイメージ通りで聴き易いです。比較的落ち着いた演奏で、残響も適切です。そのため音の切れ目がしっかり聴こえます。装飾は一切入っておらず、譜面通りのインテンポの演奏です。パイプオルガンの楽器の選択もありますが、このCDではダイナミックさのある楽器ではあるものの、残響も少な目できちんと聴こえるバランスの良い楽器を使っていると思います。
カール・リヒターは真摯な演奏家なのですが、古楽器奏法を中心に聴いている筆者からすると、特に管弦楽の演奏の場合に、ヴィブラートがきつかったり、妙にテヌート気味に演奏していたり、と筆者の趣味に合わない所も多かったのですが、こんなに壮麗でダイナミックな演奏もあまり無いので、そこは良い所と考えていました。
この演奏は壮麗さが少なめです。しかし、逆にそのためにカール・リヒターの本当の良さが聴ける貴重なCDなのではないか?と思います。オルガン演奏はとても自然で味わい深いもので、本当の意味で浸れますし、感動します。
トン・コープマンは元々オルガン奏者です。ただ譜面通りに演奏するというより、演奏に対する集中力は凄いものがあります。そして情熱的でドラマティックさもある演奏になっています。古楽器奏法のスペシャリストの一人なので、装飾が入っています。そこが好みの分かれ目かも知れません。ただ演奏様式、演奏技術、録音の音質などクオリティの高い演奏であることは間違いありません。
ヘルムート・ヴァルヒャに比べても、ダイナミックさ迫力ではコープマンの方が上で、装飾が気にならなくなったら、コープマンのほうが面白いと感じると思います。
塚谷水無子 (1995年)
塚谷水無子は、多岐にわたる活動をしていますが、パイプオルガンに関してはしっかりした研鑽を積んだ演奏者です。デンハーグ王立音楽院修士課程を首席で卒業し、オランダ政府留学生としてリヨン国立高等音楽院にて研修、歴史的オルガン奏法と即興演奏の研鑽を積みました。
『トッカータとフーガ』は、かなり壮大で迫力があります。少し装飾が入ったトッカータですが、それほど気にはなりません。低音域から高音域までしっかり録音されていて、とても高音質です。フーガの方は全く一般的なイメージ通りで、聴いていて不満を感じることは全くありません。
実はヘルムート・ヴァルヒャと同じオルガンを使用しているのですが、教会の残響もきちんと録音しており、やはり録音が新しいこともあって、全く違う楽器のように聴こえます。残響は長めですが、高音質であるため、しっかり綺麗に聴こえます。
他の選曲は有名な曲が多いです。「ミュゼット」をパイプオルガンで演奏するという、ミスマッチが面白いですが、意外に聴けるものですね。『小フーガ』『大フーガ』もいい演奏です。フーガとして曲の完成度が高いこともあり、聴きごたえがあります。幅広い選曲ですけど、本格的な曲は本格的に、ミュゼットのような曲は楽しく聴くことが出来ます。
ストコフスキーはバッハを編曲し、オーケストラで演奏しました。今考えれば、まだまだバッハの知名度が低い時代だったかも知れません。ストコフスキーはバッハのオルガン曲や多数あるカンタータ、オラトリオの大曲の中から、親しみやすい曲を抜粋して編曲しています。そのため、バッハを世の中に広めた功績は大きいです。
演奏は当時の手兵フィラデルフィア管弦楽団との演奏だと、1920年代と、とても古くなります。録音は当時としては良かったと思うのですが、もう100年も前なのです。晩年になるとキレがなくなり、あまり面白い演奏ではありません。その中間に位置するのがこの1959年のステレオ録音でこれが一番名盤です。
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楽譜・スコア
バッハ作曲のトッカータとフーガの楽譜・スコアを挙げていきます。パイプオルガンの曲でページ数も少なく、IMSLPでもOKです。BWV番号で検索してください。良いものが無ければ以下の横長の譜面が本格的なものです。編曲版を探したい場合は「楽譜をさらに探す」ボタンをクリックしてください。
オルガン楽譜
オルガンの楽譜は、ピアノ等でも弾けなくは無いですが、足鍵盤があるため、電子オルガンなどで弾くのが良さそうです。
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