
リヒャルト・シュトラウス (Richard Strauss,1864-1949)作曲の交響詩『死と変容』(または『死と浄化』, “Tod und Verklarung”) Op.24 について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。また、スコアと楽譜も紹介します。
つい先日、ブサンソン国際指揮者コンクールで、沖澤のどかさんが優勝しました。その時の課題曲がこの交響詩『死と変容』です。コンクールでも随分シリアスな曲が課題曲になるのですね。
解説
リヒャルト・シュトラウスの『死と変容』について解説します。『死と変容』と翻訳されていますが、『死と浄化』の方が本来の意味に近いです。『死と浄化』のほうがタイトルとしてもいいような気がします。
作曲の経緯
1888年に作曲を開始し、1889年11月18日に完成しました。初演は1890年6月21日にアイゼナハ音楽祭で、シュトラウス自身の指揮により行われました。
作品の内容と表題
R.シュトラウスは20歳ごろには重病を患い、死の危機に直面しました。そして、この時の体験を交響詩『死と変容』に描き込んだのでした。これを作曲した時、驚くべきことにリヒャルト・シュトラウスはまだ25歳でしたが、死に直面したのは事実です。
当初はこの交響詩は、交響詩であるにもかかわらず、表題を持っていませんでした。詩人のアレクサンダー・リッターがこの交響詩に感激します。R.シュトラウスはこの交響詩の内容をリッターに伝え、詩を作ってほしいと依頼しました。出来た詩をWikipediaから引用します。
小さな貧しい部屋の中で、病人は死との戦いに疲れ果て眠っている。柱時計が不気味に時を刻み、死が近いことを予感させる。
病人は子供のとき夢を見るかのように力なくほほえむ。死は容赦なく襲いかかり、病人を揺り起こし、再び恐ろしい戦いが始まる。しかしこの戦いの勝利は決せられず、静寂が来る。
病人は彼の生涯のことを順を追って思い起こす。無邪気な幼い頃の日々。力の鍛錬に終始する少年時代。自己の理想を実現するための闘争。心から憧れた全てのものを彼は死の床にもまた求め続ける。
ついに死は最後の宣告を下し、死の一撃が響き、肉体を引き裂く。しかし死の恐怖は安らぎへと変わり、天界から彼の求めた世界の浄化(変容)が美しい余韻と共に響いて閉じられる。
Wikipediaより
この交響詩の最後の部分は、まさに「浄化」を描いているように思えます。ただ、作曲が先で、詩が後に出来たことを頭に置いておくべきでしょうね。そのようにして、表題として『死と変容』あるいは『死と浄化』が付けられたのでした。
30代に沢山交響詩を作曲するのですが、この作品は特別なものになっています。カラヤンなど70代の晩年になっても名盤を残しています。しかも、メタモルフォーゼンなど、R.シュトラウス晩年の名作とカップリングしています。
構成
多くの交響詩はストーリーを持っています。おおよそアレクサンダー・リッターの詩の通りですが、もう一度、書いてみたいと思います。演奏時間は25分かかるので、ストーリーを頭に入れたほうが聴き易いです。
曲は序奏付きのソナタ形式に近く、調性はハ短調で始まり、ハ長調で終わるというベートーヴェンの『運命』と同じ流れを持っています。しかし、実際のストーリーは『運命』とは逆です。死に対する考え方は、キリスト教的で、死をもって勝利とし、救済される訳です。
冒頭は病気で瀕死の主人公がベッドに横たわる様子を描いています。ティンパニの変拍子は、不安定な鼓動です。
突然、ティンパニの強奏からテンポが速くなり、病気の苦しみとの格闘が始まります。生と死の格闘です。死神のような低弦、しかし、生きようとする主人公の激しい音楽が弦で演奏されます。
しかし、主人公が力尽きようとするときに、幼少の時、青春の記憶などが回想されます。ここでは楽しそうな雰囲気も垣間見えます。しかし、死のテーマが演奏され、病人の死が予期されます。そして金管により浄化のテーマが演奏されます。
穏やかになり序奏の主題が戻ってきますが、まだ死は訪れず、生と死の戦いは続きます。最後はタムタム(銅鑼)の弱音で病人の死が表現されます。浄化のテーマが現れ、主人公が天に召され、変容(浄化)したことを示して曲を閉じます。
この最後の部分はとても美しい音楽でこの曲の一番の聴き所です。
おすすめの名盤レビュー
それでは、リヒャルト・シュトラウス作曲『死と変容』の名盤をレビューしていきましょう。
どれを聴いても、それぞれの良さがある曲です。何しろ25歳の時の曲なので、やはり晩年の傑作を演奏するときに比べ、何かしら工夫が必要です。上手く行けば名演奏です。始めて聴く方には、カラヤン1972年盤、ケンペ盤辺りをお薦めしておきます。その上でカラヤン1982年盤、フルトヴェングラー盤を聴いてみると、この曲の面白さが分かるのでは?と思います。
カラヤン=ベルリン・フィル (1982年)
カラヤン=ベルリンフィルの1980年代の録音です。25歳のR.シュトラウスが作曲した交響詩を晩年のカラヤンが録音しました。50歳近い差がある訳で興味深いです。
冒頭はかなり静かに神妙に始まります。木管が主題を奏でますが、特にフルートの音色が素晴らしいです。ティンパニに強打は強烈です。ベルリンフィルの金管セクションが鋭い音色でシリアスに戦いを描きます。回想シーンでは美しく磨かれた弦が安心感を伴って主題を演奏します。金管やパーカッションに邪魔され、盛り上がっていきます。1972年の演奏に最後の部分の透明感のある美しさはカラヤン=ベルリンフィルにしか出来ない響きだと思います。最後の清浄のテーマが盛り上がり、なかなか感動的な場面です。
全体的にカラヤン=ベルリン・フィルの力強くかつ美しい響きが印象的です。一方で感情的な深みはそこまで表現していないかも知れません。R.シュトラウスの若い時の作品だけに技術的に素晴らしくても、基本スコアを最重要視して演奏するスタイルだと、作品時代の限界というべきか、これ以上の表現は出てこないのかも知れませんね。
同時期の映像も残っています。メタモルフォーゼンとカップリングされています。
カラヤン=ベルリン・フィル (1984年)
カラヤン=ベルリン・フィル (1972年)
カラヤン=ベルリンフィルの1972年の録音です。このコンビの最盛期の録音です。1980年代になると、技術的には少し落ちてくる反面、カラヤンの円熟などもあり、少し違った演奏になってきます。ただ、カラヤンは一つの目標に向かっていくタイプだったため、演奏スタイルが時代によって大きく変わるということはないですね。技術的な完成度は1970年代が一番高く、驚くべきスケールの大きさ、完璧なアンサンブルを聴くことが出来ます。
冒頭は静かに始まり、オーボエのソロが美しいです。ティンパニの一撃は凄くダイナミックで、その後の病との戦いはドラマティックに描かれています。オーケストラ、特に金管の技術は凄いものがあり、圧倒されます。回想シーンに入ると安心感が増し、1980年代の演奏よりもドラマティックであり、感情が入っていると思います。盛り上がってきて、アルプスの山に登っていくかのようなスケール感のある音楽になります。ラストは安息感があり、かつ美しい響きで終わります。
最後の美しさは1980年代の演奏の方がいいですね。中間のドラマティックな表情の変化、技術的な凄さは1970年代の方がいいです。1980年代の演奏はあえてドラマティックさを抑えて、感情を入れずに演奏していると思うので、単純には言えませんけれど。ただ、R.シュトラウスが25歳の時の作品だったので、感情やドラマを演奏者が付け足したほうが自然な演奏になるように思います。その点、メタモルフォーゼンは曲の深みが元々あるのでカラヤンの演奏スタイルで良さが出てきます。
ケンペ=ドレスデン・シュターツカペレ
ケンペとドレスデン・シュターツカペレの演奏です。非常に安価なR.シュトラウスのBoxですが演奏は素晴らしいです。録音は十分良く、演奏の素晴らしさを考えれば、大した問題では無いですね。これだけの名演をこの価格で売ってしまうなんて勿体ないです。知名度の問題ですかね。
冒頭は静かですが抑え込まずに自然な雰囲気です。木管はリラックスして演奏しています。ティンパニが入ると一気にテンポアップして迫力のある音楽になります。ドラマティックで病魔との格闘のシーンが良く描かれています。回想のシーンは病気の主人公に共感した熱い演奏です。この熱い幸福感とそれを阻止する金管の対比が素晴らしく、幸福の絶頂にあるシーンでは白熱する所まで行っています。ラストも自然な幸福感に満ちていて、天に召されるシーンをダイナミックに描いていて凄いです。弦の響きに自然な美しさがあり、幸福な雰囲気の中、曲を終えます。
ケンペは熱しやすく冷めやすい、変化に敏感な演奏で、この交響詩を上手く表現しきっています。ちなみに他の演奏も素晴らしく、ドレスデン・シュターツカペレの響きを活かして小気味良い演奏を繰り広げています。
ブロムシュテット=ドレスデン・シュターツカペレ
ブロムシュテットの演奏は、シリアスになりすぎず、交響詩のストーリーを重視したものです。そして、ここぞという時にはドレスデン・シュターツカペレが美しい響きを紡ぎだします。
病人の部屋から始まりますが、この静寂とティンパニの不規則なリズムを上手く描いています。そしてティンパニの一撃でシーンが変わりますが、思い切り打ち込んで、テンポもどんどん変化していきます。シーンの変わり目がはっきりしていて聴き易いですね。主人公が過去を回想するシーンは、本当に幸福な音楽になります。しかし、病魔に対抗できず死に向かうシーンはとても丁寧に描かれています。
最後の浄化のシーンはドレスデン・シュターツカペレの美しい響きにより、平和のうちに天に召される情景が却ってとても清々しいです。この最後のシーンの描き方は、一言に「美しい響き」と言っても色々な演奏がありますが、この演奏は清々しく、広大で、、言葉で書くには限界ありますが、本当に素晴らしいです。
フルトヴェングラー=ウィーン・フィル (1950年モノラル)
この演奏は1950年録音のモノラルなので、歴史的名盤にしておきました。しかし、モノラルに慣れればフルトヴェングラーはR.シュトラウスが得意な指揮者なので、今でも十二分に楽しめます。というか、曲によってはフルトヴェングラーの凄さに開眼するかも知れません。録音はノイズも多いですが、必要な音は入っています。リマスタリングなどされているとさらにいいと思います。
冒頭は静かな雰囲気で、木管のソロの後ろの金管の響きなど、ただ安息ではなく不気味な雰囲気も既に漂っています。ティンパニの強打の後はグロテスクさが強く表現されています。クレッシェンドでの燃え上がるような盛り上がりは、スタジオ録音とは言え凄いものがあり、この辺りがフルトヴェングラーのR.シュトラウス演奏の特徴だと思います。過去の回想の部分ははっきりした音楽で、純粋な幸福感までは行きませんが、絶妙な感情表現はさすがフルトヴェングラーです。ラストはとても清涼感があり、録音が良ければきっと当時のウィーン・フィルの透明感のある響きを活かした美しい演奏なのだろうと思いますが、想像するしかないですね。最後の盛り上がりは白熱していて圧倒されます。
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楽譜・スコア
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