アラム・ハチャトゥリアン (Aram Khachaturian,1903-1978)作曲のヴァイオリン協奏曲 ニ短調 (Violin Concerto d-moll)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
解説
ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲 ニ短調について解説します。
ハチャトゥリアンの出世作
ハチャトゥリアンといえば、ソヴィエトを代表する作曲家の一人です。特に出身がグルジア(ジョージア)であるので、他のモスクワやペテルブルグ出身の作曲家に比べ、中央アジアの舞曲などを使ったバレエ音楽などで有名になりました。
「ガイーヌ」「スパルタクス」が有名です。特に「スパルタクス」はバレエの演目として定着しています。
情熱的でかっこいい
ハチャトゥリアンの特徴は親しみやすいメロディと情熱的でかっこいい音楽です。ガイーヌなどを聴いてみればすぐ分かりますが、どの曲もすぐにメロディを覚えてしまえるようなキャッチーなメロディです。
ストレートに言えば、このヴァイオリン協奏曲もとてもかっこいいんです。そして情熱的で第3楽章などはチャイコフスキーを思い出すような音楽で、難曲です。
オイストラフが初演
初演はソヴィエトの名バイオリニストであるダヴィッド・オイストラフが演奏しました。曲もオイストラフに献呈されています。
お薦めの名盤レビュー
ハチャトリアンのヴァイオリン協奏曲のおすすめの名盤をレビューしていきます。
Vn:コーガン,モントゥー=ボストン交響楽団
コーガンはこの曲をとてもかっこよく演奏しています。オイストラフに比べて硬派なヴァイオリニストで、硬質でストレートな演奏はこのヴァイオリン協奏曲にぴったりです。録音は1958年にしては綺麗な音質です。ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲を、ここまできちんと演奏しているのはやはりコーガンだと思います。シャープで硬派でクールな演奏で、単なる民族的なヴァイオリン協奏曲では無く、普遍的な深みを持った作品として取り組んでいます。
第1楽章からストレートに演奏しています。第2楽章はロシア的なクールさがあり、非常に美しさのある演奏です。主題によっては思い切り民族的に弾いています。第3楽章もかなり速いテンポで、きっちり演奏しきっています。伴奏はロシアのオケのような響きです。ソロが官能的に出てくる部分の音色は凄いです。どういう奏法なんでしょうかね。細かいパッセージまでシャープに演奏しきっています。でもテクニックよりも、表現や音色のほうが主体です。
オイストラフかコーガンか、それは好みの問題だと思いますが、筆者はコーガンの音色が好きなので、コーガン派ですね。この名盤が1000円しないなんて、凄い時代になったものです。
Vn:パールマン,メータ=イスラエルフィル
パールマンのCDは定番のディスクです。パールマンはロシア人ではありませんが、完璧な技術でこのコンチェルトを演奏しきっています。パールマンも伴奏のオケも情熱的に民族的なメロディを弾いています。録音も1983年のデジタル録音で、しっかりした録音です。
パールマンで聴いていると、まるで簡単なコンチェルトのように聴こえますが、そんなに簡単なものではありません。もちろんCDを出しているようなソリストが弾けないような曲ではありません。それにしても、あまりにも完璧に音を外さず、安定した演奏をしているので凄いです。第3楽章は聴き物です。速いテンポで余裕で弾いていて、パールマンのテクニックの凄さを思い知らされます。
ロシア的とは言えませんが、情熱的でもあり、スリリングさもあり、力強さもあります。オイストラフやコーガンとはまた違った魅力のあるCDです。
Vn美歩・シュタインバッハー,オラモ=バーミンガム市響
アラベラ・美歩・シュタインバッハーのヴァイオリン・ソロに、オラモとバーミンガム市交響楽団の伴奏と、完全な西ヨーロッパの演奏家のディスクです。録音が非常によく、超絶技巧でも特別ダイナミックでもありませんが、色彩的な響きがあり、楽しめるCDになっています。
第1楽章は、テンポは少しだけ遅めにとって丁寧にまとめられていて、何故かグルジアの雰囲気が良く出ているのです。アラベラ・美歩・シュタインバッハーは日本人の血が流れている訳でハチャトゥリアンに対する共感が深いのかも知れません。特に、レガートで歌う所は情感に満ちていて、何度聴いても飽きません。伴奏は、機能的でリズム感も素晴らしいです。また、透明感があり、色彩的な響きは、中央アジアへのエキゾチズムに繋がっていると思います。第2楽章は特にテンポを遅めにして、とても味わい深い演奏になっています。ソロも繊細で情感豊かに歌い、伴奏も時に民族的な響きが聴こえてきます。第3楽章は速めのテンポですが粗い演奏ではないです。ヴァイオリンは情熱的です。リズムの中に出てくる歌の所を大事にしているようで、少しテンポを落として、しなやかな歌いまわすのが印象的です。後半は、盛り上がってくると、軽妙で素晴らしいテクニックを披露しています。伴奏は強烈なリズムを刻みますが、ヴァイオリンは最後までしなやかさを失わずに演奏しきります。
そんなわけで、私が聴いた範囲では、女流ヴァイオリニストで一番いいのは、このディスクです。
Vn:オイストラフ,ハチャトリアン=フィルハーモニア管 (1954年)
初演したオイストラフと自作自演の伴奏の組み合わせです。
オイストラフは非常にダイナミックで恰幅の大きな音楽を作り上げています。またロシア的な民族的な情緒あふれるメロディを上手く弾いていて、さすが初演者です。伴奏のハチャトゥリアン=フィルハーモニア管弦楽団もキレがあり、ロシア的な情緒も上手く表現しています。この曲は決して簡単な曲では無いのですが、オイストラフはさすがに技術的には余裕がある位で、凄いですね。
この曲の定番として相応しい名盤です。オイストラフで一番信頼できるCDはEMIのこのCDです。他にモスクワ放送交響楽団をハチャトリアンが指揮したものもあり、凄い迫力の伴奏です。上にYouTubeを貼ってあります。オイストラフの演奏はあまり変わりませんが、このCDの方が音質的にも良く信頼できます。
Vnフィッシャー,クライツベルク=ロシア・ナショナル管弦楽団
ハチャトゥリアンのバイオリン協奏曲は、男性ヴァイオリニストの演奏も素晴らしいですが、女性ヴァイオリニストのほうが合うような気がします。ハチャトゥリアンはバレエ音楽などでも明らかなように女性的な魅力を表現するのが得意な作曲家だと思います。
このディスクはユリア・フィッシャーのソロは素晴らしく、線が細めで感情的な表現が良いです。ユリア・フィッシャーはドイツ人なので、世の中にはもっと激しい演奏をするソリストはいると思います。でも十分ハチャトゥリアンらしい情熱があり、テクニック的にも余裕があります。
第1楽章の後半、ユリア・フィッシャーのカデンツァは情熱的でとても素晴らしいです。このカデンツァは、よく使用されるオイストラフ版ではなく、作曲者の版を使用しています。第2楽章は、ロシア的な土の香りたっぷりの伴奏から始まります。ロシア・ナショナル管はそれほど土の香りがするイメージが無かったので、少し驚きです。ヴァイオリン・ソロはその雰囲気に乗って、自然に弾いていきます。第3楽章は速めのテンポで情熱的な演奏です。しっかりしたリズムのオスティナートの上で、情熱的に歌います。ユリア・フィッシャーはロシア的な演奏をしようと思っているわけではないと思いますが、第3楽章をこのテンポで演奏すれば、情熱的になります。
ユリア・フィッシャーはテクニックは言うまでもありませんが、表現も素晴らしいく魅力的とうか魅惑的というか、女性的な魅力にもあふれていると思います。
Vn:リッチ,フィストラーリ=ボストン交響楽団
ルッジェーロ・リッチのヴァイオリンに、フィストラーリ=ロンドン・フィルの伴奏です。1956年録音ですが、とても聴きやすく、音質は良いです。このCDの場合、ピアノ協奏曲、自作自演の交響曲第2番『鐘』が入っていて、バレエ以外の曲目をカヴァーしたい時に、選曲の良いCDです。
ヴァイオリン協奏曲の演奏は、ロシア人が入っていないこともあり、またルッジェーロ・リッチがオイストラフ、コーガン、パールマンに比べるとテクニック的に少し弱い感じがします。しかし、当然きちんと弾けていて、この曲の面白さは十分伝えてくれると思います。音色が色彩的で、ハチャトゥリアンと相性が良いヴァイオリニストだと思います。特に第2楽章はロシア勢とはまた違った表現で楽しめます。第3楽章もテンポは少し遅めですがリズム感も良く、色彩感があって楽しめます。
Vnキム・ユンニ, ワーズワース=ロイヤル・フィル
キム・ユンヒは良く知らないヴァイオリニストですが、済州島出身の韓国のヴァイオリニストです。結構ディスクもリリースしているようですね。2011年には韓国の「最優秀ヤングアーティスト賞」を受賞とあるので、まだ若いデヴューしたばかりという感じでしょうか。また済州島出身だとモンゴル系の血が入っているかも知れませんね。
伴奏はワーズワースとロイヤルフィルで、ふくよかな響きと色彩感があります。録音は2013年と新しく音質も非常に良いです。
第1楽章は、アジア系ヴァイオリニストらしく、情熱的で熱気あふれる演奏です。リズム感にも優れています。一方で、割と新味には欠けるというかスタンダードな演奏という気もします。ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲に求めていたものがあれば、このディスクはかなりのレヴェルで満たしてくれると思います。
第2楽章は大分遅いテンポですが、伴奏の段階から、極端なレガートが目立ちます。ここは好みが分かれそうです。中間付近のテンポ取りは個性的です。後半の深くえぐりこむような表現は独特ですが、なかなか良いと思います。
第3楽章は速いテンポで華やかなオケから始まります。スタンダードな演奏スタイルですが、キム・ヨンヒの情熱的な演奏はこの曲によく合っていると思います。テクニック的にも楽々と弾いています。
第1楽章、第3楽章は、スタンダードで楽しめる演奏です。第2楽章の特に前半はあまり理解できませんでした。それと若いからか、技術的に少し正確さに欠ける所もあり、セッション録音ですし★4つにしてみました。
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楽譜・スコア
ハチャトゥリアン作曲のヴァイオリン協奏曲の楽譜を挙げていきます。
スコア ハチャトゥリャン ヴァイオリン協奏曲 (Zen‐on score)
解説:大輪 公壱
5.0/5.0レビュー数:1個