
ジャック・オッフェンバック (Jacques Offenbach, 1819~1880)のオペレッタ『天国と地獄』(Operetta “Orphee aux Enfers”)について解説と名盤のレビューをしていきます。序曲が非常に有名で人気があります。
この『天国と地獄』序曲はオペレッタの序曲ではありません。オペレッタの素材から作曲した管弦楽曲です。
近年、リヨン歌劇場の上演から人気が出てきて、よく上演されるようになってきました。オペレッタで観ても全く飽きることなく、オッフェンバックらしいキャッチナーメロディやフランス国歌の引用などが、次々と出てきてとても楽しめます。リヨン歌劇場のDVDを昔買ったので、そのレビューもしたいと思います。
解説
まず簡単にオッフェンバックの説明をしてみます。
オペレッタの創始者
オッフェンバックは、オペレッタの創始者と言われています。もともとシリアスなオペラ・セリアと、コミカルなオペラ・ブッファは昔からありました。オッフェンバックはさらにコミカルで庶民的なオペレッタという分野を生み出しました。
オペレッタはフランス国内のみならず、ウィーンにも進出します。ウィーンではフランツ・フォン・スッペ (Franz von Suppe, 1819~1895) がいて、オッフェンバックの影響も受けてウィンナ・オペレッタを作曲するようになります。
オッフェンバックの「美しきエレーヌ」に対抗して、スッペは「美しきガラテア」を作曲した話は有名です。
ウィンナ・オペレッタはさらに発展して、レハールが「メリー・ウィドウ」を作曲して大人気を博します。
またオペレッタの流れはアメリカに渡り、ミュージカルとなります。そして今でもミュージカルの新作が上演されているのです。
『天国と地獄』とは
オペラは1600年ごろギリシャ神話の台本を用いて始まりました。音楽のルネッサンスだった訳です。その最もメジャーな神話が『オルフェウス』で、最初のオペラの台本にも使われています。また、モンテヴェルディの歌劇『オルフェウス』は最初の芸術的名作と言われています。
死んだ妻エウリディーチェを連れ戻すために、夫のオルフェウスが地獄へ行く物語です。地獄の支配者の許しを得て、地獄を出るまで妻を見てはいけない、という条件で、オルフェウスはエウリディーチェを現世に連れ戻しますが、途中で我慢できなくなりついにエウリディーチェを見てしまいます。すると、雷が落ちて、2人は永遠に引き裂かれるという物語です。
日本神話にもイザナギとイザナミの神話がありますが、似た物語として有名です。ただ地獄でイザナミを見てしまったイザナギに怒ったイザナミは地獄の雷神を含む地獄の軍隊1500人をつれてイザナギを追ってくる、ということで違いはありますけど。
全世界の神話は実は入り混じっているかも知れないし、同じ話が分岐して各地にあるのかも知れません。
話が逸れましたが、オペラの最初の作品にも使われた『オルフェウス』の神話を、徹底的に風刺したのが、オッフェンバックの『天国と地獄』です。
『天国と地獄』の場合は、夫は不倫しているので、別に妻を迎えに行きたいということは無いのですが、「世間」という登場人物が出てきて、妻を地獄に迎えにいくように仕向けます。妻のほうはといえば、地獄で不倫を楽しんでいるのでした。
オペラDVD
今回は、オペラの映像からレビューしていきます。オッフェンバックのオペレッタ『天国と地獄』全2幕の映像をレビューしていきます。
ミンコフスキ=リヨン・オペラ座
リヨン歌劇場は、最先端の面白い演出で特徴のあるフランスのオペラ座です。そこにロシアの異色の指揮者ミンコフスキが乗り込んで上演したのが、この『天国と地獄』です。数あるリヨン歌劇場の映像の中でも特に素晴らしい上演です。随所で最盛期のナタリー・デセイの超絶な歌唱を聴くことが出来ます。
途中、天国では平和な暮らしに飽きたギリシャ神話の神様たちが、デモを起こします。そこに「ラ・マイエルセーズ」を使ったりして、とても楽しいです。この辺り、どこまでが演出で、どこまでがオリジナルか分かりませんけれど。
そして神様たちは、地獄に興味を持って、みんなで地獄に向かいます。ピクニックみたいな雰囲気です。地獄に行くと、全能の神ゼウスがエウリディーチェに言い寄っています。エウリディーチェもまんざらでは無さそうです。
一応、オルフェウスの筋書き通り、旦那のオルフェは地獄に妻のエウリディーチェを迎えに来ますが、ゼウスが雷を起こして、驚いてエウリディーチェを見てしまいます。そして最後はカンカン踊りです。
演出も面白いですし、演奏もミンコフスキの指揮で、小気味良いものです。最後のカンカン踊りに至っては、凄いテンポで大盛り上がりです。こんなに面白いオペレッタは見たことがありません。
ザルツブルグ音楽祭2019
ザルツブルク音楽祭2019
演出:バリー・コスキー
指揮:エンリケ・マッツォーラ
ウィーン・フィルハーモニー
収録:2019年
字幕:英日韓
全曲版CD
ミンコフスキ=リヨン・オペラ座
既に紹介したオペラ上演から制作されたCDです。ミンコフスキの演奏はとても素晴らしく、演奏だけでも十分楽しめます。また、歌手はハイレヴェルで特にナタリー・デセイの最盛期ということで、凄い歌唱力です。どうも演奏会序曲に迫力のある演奏が少ないので、代わりにこのCDを聴くほうが楽しいと思います。
おすすめの名盤レビュー (序曲)
オッフェンバック『天国と地獄』序曲の名盤をレビューしていきます。『天国と地獄』序曲はオペレッタ本編から魅力的なメロディを集めて作曲されていますが、次々に親しみやすく有名なメロディが出てくるので、あっという間に聴き終わってしまいますね。
バーンスタイン=ニューヨーク・フィル
バーンスタインが若いころにニューヨーク・フィルハーモニックと録音した一連の名盤の一つです。小気味良い演奏が集まっています。録音は1967年ですがしっかりした音質で良いと思います。
『天国と地獄』は、まさにこの曲のイメージ通りの演奏で、テンポは速めで聴いていて爽快で、楽しく聴くことが出来ます。バーンスタインの指揮はリズム感も良くテンポ取りも王道です。冒頭から速めで爽やかさがあります。もちろんフランス風の演奏とは行きませんが、ニューヨーク・フィルハーモニックのソロのレヴェルは高いです。オーボエのソロは印象的です。チェロのソロは味わい深く、コクがあります。中間の突然のトゥッティは迫力があります。ヴァイオリン・ソロは技巧的に聴かせてくれます。オッフェンバックのメロディの良さを味あわせてくれます。カンカンも速いですし、オケにパワーがあってダイナミックなので聴いていて本当に気分爽快です。ラストはさらにアッチェランドしてスリリングに曲を締めます。
カラヤン=ベルリン・フィル
カラヤンとベルリンフィルの録音です。劇場で聴いているようなスケールの大きな演奏になっています。1980年代の録音でカラヤン晩年の円熟が感じられます。ただオッフェンバックの序曲などを集めたCDは少ないので、その点で素晴らしいCDです。落ち着いた大人しめの演奏です。
カラヤンとベルリン・フィルですから、スコアの読みも深く、本当にクオリティが高いです。冒頭はダイナミックですが、ドイツ的な重厚感はあまり感じられず、フランス的とも言えませんが、庶民的に見られがちなオッフェンバックの音楽に潜む芸術性の高さがよく分かります。音質も良いのでクラリネットのソロなど、木管のソロは哀愁が良く出ていて楽しめます。ヴァイオリンのソロは歌心が感じられ、艶やかで味わい深いです。カンカンは標準的なテンポですが劇場で聴いているような臨場感が感じられ、盛り上がって曲を締めます。
オッフェンバックの序曲を集めたCDはとても貴重ですね。カップリングの「船歌」はとても良い演奏です。
アンセルメ=スイスロマンド管弦楽団
アンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団の演奏です。良い演奏であっても、やはり録音状態に良しあしがあります。『天国と地獄』は、ちょっと古さを感じさせます。1960年代なので、そこまで悪いとも言えませんけれど、音がこもり気味ですね。LPで聴くのにちょうど良い音質だと思います。
この時代はアンセルメ自身の円熟もあって、フランス的なエスプリがあり、オッフェンバックの雰囲気が良く出ています。テンポは意外と遅めですが、オペレッタの序曲であっても誠実にしっかり演奏しています。スイス・ロマンド管はこの録音ではフランスのオケのように熱しやすい演奏をしています。またヴァイオリンのソロが艶やかで素晴らしく、特筆するレヴェルです。まさにフランス序曲集の王道ですね。
アンセルメのオッフェンバックは、この『天国と地獄』と『美しきエレーヌ』の2曲です。他の選曲も貴重で、今ではCDで入手しにくいエロルドの歌劇『ザンパ』序曲やトマの歌劇『ミニョン』序曲も収録されています。
ダレル・アン=リール国立管弦楽団
リール国立管弦楽団は、フランスの地方オケです。ベルギーとの国境付近の町です。新しい録音で、音質はとても良いです。ダレル・アンは軽妙なリズムを刻み、リール国立管弦楽団の良さを引き出しています。
フランスの地方オケですが個々の奏者のレヴェルが高く、またこれだけフランスの香りを残しているオケも少ないですね。カンカンまで行く前にその雰囲気に魅了されてしまいます。ソロの演奏が特に素晴らしく、他の演奏と異なり、フランス的な個性を持っています。特にクラリネットのソロは聴き物です。ヴァイオリン・ソロもレヴェルが高いです。カンカンも軽快なテンポで楽しめる演奏です。
やはりオッフェンバックはフランスのオケの演奏がいいと思いました。他の曲も自然で軽妙な演奏で、初めて聴く曲でも非常に楽しめます。
ヴァイル=ウィーン交響楽団
ヴァイルとウィーン交響楽団の演奏は、とても素晴らしいです。ブルーノ・ヴァイルはいつもはテンポが速すぎて、どうかなと思っているのですが、『天国と地獄』序曲は何故か他の演奏が遅すぎるので、ヴァイルの演奏を聴いてホッとした感じです。ウィーン交響楽団は一流オケで、オペレッタの雰囲気をよく醸し出しています。恐らく普段より小編成で軽妙な響きになっています。比較的新しい録音で音質も良いです。
冒頭からオペレッタの雰囲気が出ていて、イメージ通りの『天国と地獄』序曲の演奏です。響きが柔らかいのが特徴です。テンポが速めでアクセントもシャープで楽しく聴けます。録音に透明感があり、随所に美しい響きが聴かれます。ウィーン響ですが、なかなか響きに色彩感が感じられます。オッフェンバックのメロディの美しさも良く表現され、ヴァイオリン・ソロはポルタメントまで使って雰囲気を盛り上げています。カンカンはテンポが速くて楽しいです。
ミンコフスキ盤は圧倒的に良すぎて敵わない感じですが、オペレッタ本編には、この管弦楽序曲は入っていません。それを考えると、一番いいのはこのヴァイル盤です。オッフェンバックの序曲が沢山入っていますし、お薦めの名盤です。
グリフィス=ベルリン・ドイツ交響楽団
『天国と地獄』を一枚のCDに収めた意欲作です。しかも録音は2019年とあります。全曲版の序曲は、一般的な『天国と地獄』序曲とは編曲が違うのですが、最後に一般的なバージョンが入っています。そこでそれを聴いてみました。
ドイツのオケだからか、意外とテンポが遅い演奏です。フランスの香りはあまりしませんが、ソロは素晴らしいです。カンカンは普通のテンポでこの中では速めです。
2019年録音の割には、思ったほどは良くないです。他の録音が軒並み古いので、大分アドヴァンテージはありますけど。
CD,MP3をさらに探す



楽譜
オッフェンバックの『天国と地獄』の譜面・スコアをご紹介します。
ミニチュア・スコア
No.189 オッフェンバック 「天国と地獄」序曲 (Kleine Partitur)
レビュー数:4個
残り5点
ヴォーカルスコア
楽譜をさらに探す

