ジャック・オッフェンバック (Jacques Offenbach, 1819~1880)のオペレッタ『天国と地獄』(Operetta “Orphee aux Enfers”)について解説と名盤のレビューをしていきます。序曲が非常に有名で人気があります。
『天国と地獄』序曲は初版にはなく、1874年のゲテ劇場上演に際して作曲されました。
近年、リヨン歌劇場の上演から人気が出てきて、よく上演されるようになってきました。オペレッタで観ても全く飽きることなく、オッフェンバックらしいキャッチナーメロディやフランス国歌の引用などが、次々と出てきてとても楽しめます。リヨン歌劇場のDVDを昔買ったので、そのレビューもしたいと思います。
解説
まず簡単にオッフェンバックの説明をしてみます。
オペレッタの創始者
オッフェンバックは、オペレッタの創始者と言われています。もともとシリアスなオペラ・セリアと、コミカルなオペラ・ブッファは昔からありました。オッフェンバックはさらにコミカルで庶民的なオペレッタという分野を生み出しました。
オペレッタはフランス国内のみならず、ウィーンにも進出します。ウィーンではフランツ・フォン・スッペ (Franz von Suppe, 1819~1895) がいて、オッフェンバックの影響も受けてウィンナ・オペレッタを作曲するようになります。
オッフェンバックの「美しきエレーヌ」に対抗して、スッペは「美しきガラテア」を作曲した話は有名です。
ウィンナ・オペレッタはさらに発展して、レハールが「メリー・ウィドウ」を作曲して大人気を博します。
またオペレッタの流れはアメリカに渡り、ミュージカルとなります。そして今でもミュージカルの新作が上演されているのです。
『天国と地獄』とは
オペラは1600年ごろギリシャ神話の台本を用いて始まりました。音楽のルネッサンスだった訳です。その最もメジャーな神話が『オルフェウス』で、最初期のオペラの台本にも使われています。
最初のオペラはヤコボ・ペーリの『ダフネ』です。
次に1600年にペーリは歌劇『エウリディーチェ』を作曲し上演します。
クラウディオ・モンテヴェルディの歌劇『オルフェウス』(1607年)は最初の芸術的名作と言われており、現在でも上演される位です。
クリストフ・ヴィリバルト・グルックは有名な歌劇『オルフェオとエウリディーチェ』を1762年に作曲しています。
いずれもギリシャ神話の『オルフェウス』に基づいたオペラで、それだけ人気のあったオペラを代表するような題材です。
蛇に噛まれて死んだ妻エウリディーチェを連れ戻すために、夫のオルフェウスが地獄へ行く物語です。地獄の支配者の許しを得て、地獄を出るまで妻を見てはいけない、という条件で、オルフェウスはエウリディーチェを現世に連れ戻しますが、途中で我慢できなくなりついにエウリディーチェを見てしまいます。すると、雷が落ちて、2人は永遠に引き裂かれるという物語です。
日本神話にもイザナギとイザナミの神話がありますが、良く似た物語として有名です。ただ地獄でイザナミを見てしまったイザナギに怒ったイザナミは地獄の雷神を含む地獄の軍隊1500人をつれてイザナギを追ってくる、ということで違いはありますけど。
話が逸れましたが、オペラの最初期の作品から使われ続けた『オルフェウス』の神話を、徹底的に風刺したのが、オッフェンバックの『天国と地獄』です。
『天国と地獄』の場合は、夫は不倫しているので、別に妻を迎えに行きたいということは無いのですが、「世間」という登場人物が出てきて、妻を地獄に迎えにいくように仕向けます。妻のほうはといえば、地獄で不倫を楽しんでいるのでした。
オペレッタの構成
オペレッタ『天国と地獄』は全2幕で構成されています。
(1858年のブッフ・パリジャン座での初演版)
・序曲
第1幕
第1場:テーバイの町はずれ、ユリディスの死
・私のこと(世論)
・シャンドン:夢見る女は
・喧嘩の二重唱(ユリディス、オルフェ)
・愛の女神よ、ご慈悲を
・バレエ:羊飼いの踊り
・アリステ(本性)の歌
・フィナーレ
第2場:白雲たなびくオリュンポスの山上の天国
・間奏曲と眠りの合唱
・キュピドンとヴェニュスのクプレ
・夢と時のディヴェルティスマン
・神々の目覚めとディアヌのクプレ
・メルキューレのロンド・サルタレッロ:雲の車で空を行く
・プリュトンと復讐の女神の登場
・プリュトンの散文のアリア:疑われているらしい
・革命歌の合唱:立ち上がれ、全ての神々よ
・変身のロンド:夫に化けて美女を誘惑
フィナーレ
・奴が来やがった
・ジュピテールに栄光あれ
■第2幕
第3場:地獄の王プリュトンのハーレムの一室
・間奏曲
・後悔のクプレ:プリュトンはなぜこんな悲しみを?
・ボイオティア王子のクプレ
・キッスのクプレ:隠れ家の奥のネズミを
・SSSSS(ハエ)の2重唱:肩に何か触ったかしら
・ハエの踊り(ギャロップ)
・間奏曲
第4場:地獄の大広間
・地獄の合唱:葡萄酒 万歳!(合唱)
・美しいバッカスの巫女さん
・バッカス賛歌
・メヌエット、地獄のギャロップと合唱
・スリムになった私を見ろ
・メヌエット
・地獄のギャロップ(フレンチ・カンカン, なんて奇抜な舞踏会だろう)
・今よ、逃げましょ
・緊迫してきた
・嫌な奴には違いないが
・フィナーレ:後ろを振り向かず
初演の成功と改訂
初版の初演は1858年のブッフ・パリジャン座で行われました。初版は2幕4場の構成で、上演は大きな成功を博しました。1860年代には世界的に上演されるようになりました。
1874年に、2,000人規模のゲテ・リリック座での上演のために改訂が施され、第2版が作られました。4幕12場にまで拡大され、グランド・オペラ並みの規模となりました。しかし、その規模のため、第2版はほとんど上演されなくなってしまいました。
本解説でもミンコフスキ盤も採用している初版に基づいています。
『天国と地獄』序曲とは
オペレッタ『天国と地獄』には序曲がありますが、1858年のブッフ・パリジャン座での初演版は、有名な『天国と地獄』序曲ではありません。有名な方の『天国と地獄』序曲は1874年の第2版上演に際して新たに作曲されました。
オペレッタのDVD,Blu-Ray,他
今回は、オペラの映像からレビューしていきます。オッフェンバックのオペレッタ『天国と地獄』全2幕の映像をレビューしていきます。
ミンコフスキ=リヨン・オペラ座
リヨン歌劇場は、最先端の面白い演出で特徴のあるフランスのオペラ座です。そこに異色の指揮者ミンコフスキが乗り込んで上演したのが、この『天国と地獄』です。数あるリヨン歌劇場の映像の中でも特に素晴らしい上演です。随所で最盛期のナタリー・デセイの超絶な歌唱を聴くことが出来ます。
途中、天国では平和な暮らしに飽きたギリシャ神話の神様たちが、デモを起こします。そこにフランス国歌「ラ・マイエルセーズ」を使ったりして、とても楽しいです。この辺り、どこまでが演出で、どこまでがオリジナルか分かりませんけれど。
そして神様たちは、地獄に興味を持って、みんなで地獄に向かいます。ピクニックみたいな雰囲気です。地獄に行くと、全能の神ゼウスがエウリディーチェに言い寄っています。エウリディーチェもまんざらでは無さそうです。
一応、オルフェウスの筋書き通り、旦那のオルフェは地獄に妻のエウリディーチェを迎えに来ますが、ゼウスが雷を起こして、驚いてエウリディーチェを見てしまいます。そして最後はカンカン踊りです。
演出も面白いですし、演奏もミンコフスキの指揮で、小気味良いものです。最後のカンカン踊りに至っては、凄いテンポで大盛り上がりです。こんなに面白いオペレッタは見たことがありません。
新品の入手は難しそうですが、中古でも見る価値がある上演です。
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全曲版CD
ミンコフスキ=リヨン・オペラ座
既に紹介したオペラ上演から制作されたCDです。ミンコフスキの演奏はとても素晴らしく、演奏だけでも十分楽しめます。また、歌手はハイレヴェルで特にナタリー・デセイの最盛期ということで、凄い歌唱力です。
おすすめの名盤レビュー (序曲)
オッフェンバック『天国と地獄』序曲の名盤をレビューしていきます。『天国と地獄』序曲はオペレッタ本編から魅力的なメロディを集めて作曲されていますが、次々に親しみやすく有名なメロディが出てくるので、あっという間に聴き終わってしまいますね。
カラヤン=ベルリン・フィル
カラヤンとベルリンフィルの録音です。劇場で聴いているようなスケールの大きな演奏になっています。1980年代の録音でカラヤン晩年の円熟が感じられます。ただオッフェンバックの序曲などを集めたCDは少ないので、その点で素晴らしいCDです。落ち着いた大人しめの演奏です。
カラヤンとベルリン・フィルですから、スコアの読みも深く、本当にクオリティが高いです。冒頭はダイナミックですが、ドイツ的な重厚感はあまり感じられず、フランス的とも言えませんが、庶民的に見られがちなオッフェンバックの音楽に潜む芸術性の高さがよく分かります。音質も良いのでクラリネットのソロなど、木管のソロは哀愁が良く出ていて楽しめます。ヴァイオリンのソロは歌心が感じられ、艶やかで味わい深いです。カンカンは標準的なテンポですが劇場で聴いているような臨場感が感じられ、盛り上がって曲を締めます。
オッフェンバックの序曲を集めたCDはとても貴重ですね。カップリングの「船歌」はとても良い演奏です。
ダレル・アン=リール国立管弦楽団
リール国立管弦楽団は、フランスの地方オケです。ベルギーとの国境付近の町です。新しい録音で、音質はとても良いです。ダレル・アンは軽妙なリズムを刻み、リール国立管弦楽団の良さを引き出しています。
フランスの地方オケですが個々の奏者のレヴェルが高く、またこれだけフランスの香りを残しているオケも少ないですね。カンカンまで行く前にその雰囲気に魅了されてしまいます。ソロの演奏が特に素晴らしく、他の演奏と異なり、フランス的な個性を持っています。特にクラリネットのソロは聴き物です。ヴァイオリン・ソロもレヴェルが高いです。カンカンも軽快なテンポで楽しめる演奏です。
やはりオッフェンバックはフランスのオケの演奏がいいと思いました。他の曲も自然で軽妙な演奏で、初めて聴く曲でも非常に楽しめます。
バーンスタイン=ニューヨーク・フィル
バーンスタインが若いころにニューヨーク・フィルハーモニックと録音した一連の名盤の一つです。小気味良い演奏が集まっています。録音は1967年ですがしっかりした音質で良いと思います。
『天国と地獄』は、まさにこの曲のイメージ通りの演奏で、テンポは速めで聴いていて爽快で、楽しく聴くことが出来ます。バーンスタインの指揮はリズム感も良くテンポ取りも王道です。冒頭から速めで爽やかさがあります。もちろんフランス風の演奏とは行きませんが、ニューヨーク・フィルハーモニックのソロのレヴェルは高いです。オーボエのソロは印象的です。チェロのソロは味わい深く、コクがあります。中間の突然のトゥッティは迫力があります。ヴァイオリン・ソロは技巧的に聴かせてくれます。オッフェンバックのメロディの良さを味あわせてくれます。カンカンも速いですし、オケにパワーがあってダイナミックなので聴いていて本当に気分爽快です。ラストはさらにアッチェランドしてスリリングに曲を締めます。
アンセルメ=スイスロマンド管弦楽団
アンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団の演奏です。良い演奏であっても、やはり録音状態に良しあしがあります。『天国と地獄』は、ちょっと古さを感じさせます。1960年代なので、そこまで悪いとも言えませんけれど、音がこもり気味ですね。LPで聴くのにちょうど良い音質だと思います。
この時代はアンセルメ自身の円熟もあって、フランス的なエスプリがあり、オッフェンバックの雰囲気が良く出ています。テンポは意外と遅めですが、オペレッタの序曲であっても誠実にしっかり演奏しています。スイス・ロマンド管はこの録音ではフランスのオケのように熱しやすい演奏をしています。またヴァイオリンのソロが艶やかで素晴らしく、特筆するレヴェルです。まさにフランス序曲集の王道ですね。
アンセルメのオッフェンバックは、この『天国と地獄』と『美しきエレーヌ』の2曲です。他の選曲も貴重で、今ではCDで入手しにくいエロルドの歌劇『ザンパ』序曲やトマの歌劇『ミニョン』序曲も収録されています。
ヴァイル=ウィーン交響楽団
ヴァイルとウィーン交響楽団の演奏は、とても素晴らしいです。ブルーノ・ヴァイルはいつもはテンポが速すぎて、どうかなと思っているのですが、『天国と地獄』序曲は何故か他の演奏が遅すぎるので、ヴァイルの演奏を聴いてホッとした感じです。ウィーン交響楽団は一流オケで、オペレッタの雰囲気をよく醸し出しています。恐らく普段より小編成で軽妙な響きになっています。比較的新しい録音で音質も良いです。
冒頭からオペレッタの雰囲気が出ていて、イメージ通りの『天国と地獄』序曲の演奏です。響きが柔らかいのが特徴です。テンポが速めでアクセントもシャープで楽しく聴けます。録音に透明感があり、随所に美しい響きが聴かれます。ウィーン響ですが、なかなか響きに色彩感が感じられます。オッフェンバックのメロディの美しさも良く表現され、ヴァイオリン・ソロはポルタメントまで使って雰囲気を盛り上げています。カンカンはテンポが速くて楽しいです。
ミンコフスキ盤は圧倒的に良すぎて敵わない感じですが、オペレッタ本編には、この管弦楽序曲は入っていません。それを考えると、一番いいのはこのヴァイル盤です。オッフェンバックの序曲が沢山入っていますし、お薦めの名盤です。
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楽譜
オッフェンバックの『天国と地獄』の譜面・スコアをご紹介します。