セルゲイ・プロコフィエフ (Sergeevich Prokofiev,1891-1953)作曲のヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 Op.19 (Violin concerto No.1 D-Dur)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番は、最初は少し理解が難しいかも知れません。シゲティの言葉通り、ファンタジーと野性味が入り混じったプロコフィエフ独自の世界があります。ロシア人のオイストラフやフランス人のシゲティも名盤を残していますが、日本人の庄司さやかも得意としています。これらお薦めの名盤をレビューします。
解説
プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番について解説します。
作曲の経緯
セルゲイ・プロコフィエフ (Sergeevich Prokofiev, 1891~1953)のヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 Op.19は、プロコフィエフがペテルブルグ音楽院を卒業して間もない1915年にコンチェルティーノとして構想され、次第にコンチェルトへと発展し、1917年に完成しました。
しかし、その時のロシアはちょうどロシア革命の最中でした。プロコフィエフはロシア革命を避けて、日本を経由してアメリカへ亡命します。そのため初演は遅れました。
初演は賛否両論
初演は1923年10月18日にフランス、パリにて、マルセル・ダウアーのヴァイオリン独奏と指揮セルゲイ・クーゼヴィツキー、パリ・オペラ座管弦楽団により、行われました。
しかし、初演は成功とまでは言えず「人工的」「メンデルスゾーン主義」などの批判を浴びてしまいます。ただ、高く評価した人も多く、ストラヴィンスキーはプロコフィエフの作品に対して概して好意的では無いのですが、このヴァイオリン協奏曲第1番は高く評価しています。また、カロル・シマノフスキとルービンシュタインは感極まって初演後に楽屋を訪ねました。
その後、1924年に楽譜を見たヨゼフ・シゲティは
「おとぎ話的な純真さと大胆な野性味が入り混じっている」
とヴァイオリン協奏曲第1番に魅せられ、各地で積極的に演奏し、この曲を広めました。プロコフィエフはシゲティを「私の協奏曲の最高の理解者」と呼んでいます。その甲斐もあってか、ヴァイオリン協奏曲第2番と同様、人気の高いヴァイオリン協奏曲になっています。
曲の構成
ヴァイオリン協奏曲第1番は、スケルツォを中間楽章とした緩-急-緩の形式です。演奏時間は22分程度と短めの協奏曲ですが、たくさんの遊び心が詰まっています。
第1楽章:アンダンティーノ (自由なソナタ形式)
第2楽章:スケルツォ、ヴィヴァーチッッシモ (ロンド形式)
第3楽章:モデラート – アンダンテ (自由な変奏曲)
独奏ヴァイオリン
フルート×2(ピッコロ1持替)、オーボエ×2、クラリネット×2、ファゴット×2
ホルン×4、トランペット×2、チューバ
ティンパニ、小太鼓、タンブリン、ハープ
弦五部
おすすめの名盤レビュー
それでは、プロコフィエフ作曲ヴァイオリン協奏曲第1番の名盤をレビューしていきましょう。
譜面通りでヴィルトゥオーゾのテクニックだけでさらっと弾きこなすタイプの演奏だと、この曲の良さは分かりません。多彩な表現と言っても、あまりロマンティックな表現をしすぎると遊び心やシニカルな表現が伝わってきません。この曲に向いているヴァイオリニストが演奏すると、非常に多彩で面白い曲であることが分かります。
Vn:リサ・バティアシュヴィリ,セガン=ヨーロッパ室内管
リサ・バティアシュヴィリはロシアのグルジア出身のヴァイオリニストです。しなやかで情熱的な演奏をするヴァイオリニストです。グルジア人らしい民族性を持っていますし、音色にもそれは出ていますね。テクニックも素晴らしく、難しい曲をいとも簡単に弾きこなしています。ダイナミックにバリバリ弾くスタイルではなく、基本的にしなやかで、力みはありません。
第1楽章は力みのない自然な音色で、ファンタジー溢れる世界を作り出していきます。段々と鋭い弾き方で盛り上げていきます。技術も凄いです。第2楽章はスピード感があり、鋭い音色でスリリングです。ユニークな個所はかなり思い切った表現ですが、品格があります。オケもとても上手くこの曲らしい色彩感を持って小気味良く演奏しています。第3楽章はしなやかに始まりますが、バティアシュヴィリの長い音は弓が速い、というかスリリングさがあります。オケの伴奏の上でヴァイオリンが響き渡ります。
プロコフィエフはグルジア方面の出身ではないので地元ともいえないですが、バティアシュヴィリはかなりプロコフィエフと相性が良いようです。落ち着いてじっくり聴ける味のある名盤だと思います。
Vn:庄司紗矢香,テミルカーノフ=サンクト・ペテルブルグ・フィル
ヴァイオリンソロの庄司さやかは天性のプロコフィエフ弾きです。プロコフィエフの多彩な表現を自然体で、いとも簡単に弾きこなしています。庄司さやかはロシア楽壇の最高峰といえるテミルカーノフ=サンクト・ペテルブルグ管弦楽団との関係をずっと保っています。名だたるヴァイオリニストを差し置いて、特にプロコフィエフでテミルカーノフに認められる、というのはその演奏は本物だということです。上にNHK交響楽団とのYouTubeも貼りましたが、CDの方が圧倒的に高音質です。
第1楽章から庄司さやかの自然体で、それで居てインスピレーション豊富な演奏に驚かされます。高音域の艶やかさ、特にフラジオのキレの良さはこの録音で無いと聴けない物です。ちなみに音が汚い、という評もありますが、わざとです。これが庄司さやかのプロコの面白みですね。これを一流のロシアのオケをバックにして思い切り弾ける、というのは凄いです。サンクト・ペテルブルク・フィルも色彩的でインスピレーション豊富です。共演実績の豊富さもあってか、オケの方もブリリアントに自由自在な表現しています。
第2楽章はヴァイオリン・ソロは技術的にも素晴らしい所を聴かせてくれます。テミルカーノフも絶妙なテンポで上手く伴奏を付けています。インスピレーション溢れるヴァイオリンに、サンクト・ペテルブルク・フィルの上手い木管が合わせています。プロコフィエフのオーケストレーションも細部まで聴くことが出来ます。第3楽章はファンタジー溢れる演奏で、高音域の伸びの良さは印象的です。フォルテまで思い切って盛り上がり、そうかと思えば、高音域で妖(あや)しくメロディを奏でたり、そして、オケの方も色彩感のある伴奏で、ヴァイオリンと一緒に情熱的に盛り上がったりと、様々な表現でこの組み合わせででしか聴けない名演です。
情熱的になったり、力を抜いて軽やかに弾いてみたり、ファンタジーを感じる弾き方をしてみたり、ヴォキャブラリーの多さでは他のヴァイオリニストの追随を許しません。その長所が一番でているのが、このプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番です。
Vn:シュタインバッハー, ペトレンコ=ロシア・ナショナル管弦楽団
ヴァイオリンソロがアラベラ・美歩・シュタインバッハー、ペトレンコとロシア・ナショナル管弦楽団の伴奏です。シュタインバッハーはロシア系の音楽が得意ですね。バックをペトレンコが務めているなかなか豪華な組み合わせです。
第1楽章はシュタインバッハーのヴァイオリンはしなやかで色彩感があり、技術も安定しています。情熱的ですが、もっと思い切った表現があってもいいかも知れません。ペトレンコは緻密で知的な演奏で他では聴けないようなインスピレーションがあります。第2楽章は軽快で速めのテンポ取りで、表情豊かに弾いていきます。思い切ったユニークな弾き方で、伴奏もユーモアのあるものになっています。技巧的な個所も緻密に弾きこなしています。第3楽章は色彩感のある音色で、少し甘美な世界観を作っていきます。盛り上がりの後、ヴァイオリンとオケで共に不思議な世界を作り上げていきます。
シュタインバッハーのプロコフィエフへの適性が高いことと、ペトレンコの個性もかなり入っている名盤と思います。
Vn:オイストラフ、マタチッチ=ロンドン交響楽団
オイストラフはプロコフィエフの協奏曲の演奏に理想的なヴァイオリニストです。プロコフィエフは譜面通りに直線的に弾くヴァイオリニストが多いのですが、ある種のしなやかさが要求されると思います。オイストラフはそれを持っているヴァイオリニストです。
このCDも昔は定番だったのですが、1954年モノラル録音と大分古くなってしまいました。とはいえ、オイストラフのヴァイオリンを聴く価値は十分あります。伴奏はマタチッチ=ロンドン交響楽団で、悪くないのですが一流とまでは行きません。ロシア的な風味のある演奏をするには、いい組み合わせです。
Vn:ヴァンゲーロフ、ロストロポーヴィチ=ロンドン交響楽団
ヴァイオリン独奏のヴァンゲーロフは、テクニックに優れたヴィルトゥオーゾ系のヴァイオリニストです。しかし、このプロコフィエフでは表現の語彙(ごい)も多いことを証明してくれました。しなやかさは無いので、出だしはカチッと始まります。技術志向で表現的に物足りないとか、肝心な部分を素通りしてしまう、といったことはなく、とても充実した演奏です。
Vn:ピーチ、マチェラル=ベルリンドイツ交響楽団
フランチスカ・ピーチは東ドイツ生まれのヴァイオリニストです。大体、デビューしたてではなく、中堅くらいのヴァイオリニストです。2017年録音と新しいので、音質は非常に良いですね。
表情豊かなヴァイオリンで始まります。ロシア人ではありませんが、ロシア的なストレートで情熱的で力強いヴァイオリンです。技術も安定していて、しなやかさもあるので、聴いていて充実感があります。オーケストラもドイツのオケらしい安定した伴奏をつけています。
ヨゼフ・シゲティはプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番を世界に広めた立役者です。シゲティの演奏や功績はプロコフィエフ自身も認めているところです。また、同じプロコフィエフでもヴァイオリン協奏曲第2番は録音していません。余程、第1番に愛着があったのでしょう。
ヨゼフ・シゲティはもともと技術力の高いヴァイオリニストではありませんでした。そして年齢とともに技術はさらに衰えていき、現在聴ける演奏は晩年のものですので、正直上手いとは言えません。しかし、ずっとヴァイオリン協奏曲第1番を演奏し続けてきたわけで、その解釈は素晴らしいものがあります。前述しましたが、プロコフィエフ自身も認めたくらいの演奏なのです。
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楽譜・スコア
プロコフィエフ作曲のヴァイオリン協奏曲第1番の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
大判スコア
ヴァイオリン楽譜(ピアノ伴奏付)
プロコフィエフ: バイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 Op.19/シゲティ編/ブージー & ホークス社/ピアノ伴奏付ソロ楽譜
5.0/5.0レビュー数:2個