エドワード・エルガー (Edward Elgar,1857-1934)作曲の『エニグマ変奏曲』 (Enigma Variations)作品36について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
非常に人気の高い曲ですが、特に第9曲『ニムロッド』が有名です。アンコールなどで単独で演奏されることもあります。
解説
エルガーのエニグマ変奏曲について解説します。
作曲と初演
1898年~1899年に作曲されました。実はまだエルガーが若い時の作品で出世作です。初演は1899年6月19日にロンドンのセント・ジェームズ・ホールでハンス・リヒターの指揮により行われました。初演は大成功をおさめ、エルガーの名は世界から注目されるようになりました。
エルガーは1857年生まれなので40歳位です。これがエルガーの書いた最初の本格的な管弦楽曲です。でも、40歳だと遅咲きといえるでしょうね。
ニムロッドがアンコールで良く演奏されるなど、人気が高いのですが、全曲聴いても全く飽きることがない名曲で、遅咲きなエルガーですが、既にベテラン作曲家の領域に居ることが分かります。
2つのエニグマ(謎)
『エニグマ変奏曲』のエニグマは「謎」という意味です。第2次世界大戦でナチス・ドイツが使用した暗号もエニグマ暗号機として有名ですが、1899年に作曲したので全く無関係です。
この曲は2つのエニグマ(謎)から構成されています。
一つは有名な話ですが、この作品の各変奏には人物のイニシャルが書かれていて、その人物を旋律で表現したものである、ということです。14の変奏がそれぞれ誰を表すか?は大体わかっています。どのようにして友人を選んだのか、は不明です。ただ音楽関係の友人が多いようです。
もう一つは現在でも謎解きが出来ていません。というか、もう不可能かも知れません。
すべての変奏の基盤となっている、もう1つの聞き取ることのできない主題が存在する
とエルガー自身が語っていますが、聴き取れないなら、永遠に謎のままです。ただ、これは有名なメロディであり、その変奏が全体を通して使われている、ということです。
その謎については説明しまい。その「陰の声」については想像できないようにしておこう。
という訳で、エルガーはあえて謎のままにしています。
エニグマ変奏曲という愛称
有名なニムロッドは批評家のアウグスト・イェーガーという人物を描いたものです。彼はエルガーの親しい友人でした。この変奏曲に描かれた人物は、エルガーの友人たちです。
エニグマ(謎)変奏曲というのは愛称で、実はイェーガーがスコアに「エニグマ」と書き込んだため広まったものです。エルガーは「エニグマ」という言葉を使っていますが、曲の正式名は『独創主題による変奏曲』といいます。スコアに「エニグマ」と書くことを、最終的にはエルガー本人も認めて出版されます。
しかし、人間、謎と言われれば、謎解きしたくなってくるのが本性ですね。第2の謎はエルガー本人も特に隠していたわけではなく、第13変奏を除き、謎は解けてしまいました。他の変奏はイニシャルが変奏につけられているため、謎解きも答え合わせも出来ます。しかし、第13変奏は(..*)なので、候補はいるけれど本当にそうなのか分からないのです。第1の謎は候補はありますが、確認のしようがありません。
謎があっても無くても、この変奏曲が素晴らしい作品であることには変わりありませんけど。
第1変奏:”C.A.E.”
エルガーの妻、キャロライン・アリス・エルガーを描いています。
第2変奏:”H.D.S-P.”
ピアニストのヒュー・デイヴィッド・ステュアート=パウエルを描いています。
第3変奏:”R.B.T.”
リチャード・バクスター・タウンゼンドというアマチュアのパントマイマーを描いています。
第4変奏:”W.M.B.”
ウィリアム・ミース・ベイカーです。音楽関係ではなく、地主で学者でした。
第5変奏:”R.P.A.”
ピアニストのリチャード・P・アーノルドを描いています。
第6変奏:”Ysobel”
ヴィオラの愛弟子イザベル・フィットン(Isabel Fitton)に付けた愛称です。そのためヴィオラが活躍します。
第7変奏:”Troyte”
建築家アーサー・トロイト・グリフィスです。ピアノを習いましたが、なかなか上達しませんでした。
第8変奏:”W.N.”
ウィニフレッド・ノーベリーです。「家族の誰よりも音楽とのつながりが深かった。」とあります。
第9変奏:”Nimrod”
「ニムロッド」はエルガーが批評家アウグスト・イェーガーにつけたあだ名です。「ニムロッド」の音楽は素晴らしく規模も大きな変奏です。エルガーはその考えは無かったのですが、イギリスにおいて葬送、追悼の場面に使用される音楽となりました。戦没者追悼記念式典で戦没者を追悼するために王立軍楽隊により演奏されます。
第10変奏:”Dorabella”
ドーラ・ペニーという女の子で、第4変奏で登場したウィリアム・ベイカーの義理の姪です。
第11変奏:”G.R.S.”
ヘレフォード大聖堂のオルガニスト、ジョージ・ロバートソン・シンクレアです。音楽には彼の飼い犬のブルドッグが描かれています。
第12変奏:”B.G.N.”
ベイジル・G・ネヴィンソンは有名なチェリストです。
第13変奏:「ロマンツァ」 “* * *”
イニシャルがないため特定できていませんが、「ロマンツァ」なので女性で、メンデスゾーンの序曲『静かな海と楽しい航海』が引用されてることから、オーストラリアに向かったレディ・メアリー・ライゴンか、エルガーのかつての婚約者でニュージーランドに旅立ったヘレン・ウィーヴァーなどが挙げられています。
非常にさみしい音楽なのです。もしかして船が難破したのか、単純に遠い所に行ってしまってさみしいのか、でも何かもっと深いものを感じます。
第14変奏:「終曲」 “E.D.U.”
終曲で音楽はフィナーレとなりますが、この変奏にも人物が割り当てられています。エドワード・エルガー自身です。
おすすめの名盤レビュー
それでは、エルガー作曲エニグマ変奏曲の名盤をレビューしていきましょう。
ボールト=ロンドン交響楽団 (1970年)
円熟したボールトのセッション録音です。ボールトは音楽の流れを止めるような大きなルバートはかけず、自然な演奏です。イギリス的なノーブルな演奏で定番と言っていい名盤です。
変奏が始まると、ボールトのエニグマ変奏曲に対する理解や演奏経験の深さを感じさせます。適切なテンポ取り、各変奏の特徴を味わい深く演奏していきます。録音も良く、残響は少し多めで格調高い響きです。テンポは総じて速めで、余計にテンポを揺らすことは無く、基本インテンポです。ロンドン交響楽団はイギリス的な味わいのある弦ですが、いざという時はかなりダイナミックです。
第9変奏は、他の演奏に比べると極端に遅くはしていません。この絶妙なテンポ感が素晴らしい所です。遅くするだけならどんな指揮者でも出来ますから。味わい深さと、イギリス的なノーブルさが両立させた絶妙さでボールトらしい演奏です。イギリス的な弦の響きを保ったまま盛り上がります。
最終変奏もダイナミックに盛り上がりますが、ボールトらしいイギリス的なノーブルさは最後まで健在です。盛り上がってもイギリス的な弦の響きはそのままです。残響があるので、スピード感があり、とてもすっきりしたサウンドです。
ボールト=BBC交響楽団 (1971年)
こちらは1971年のBBC交響楽団とのライヴ録音です。円熟が目立った1970年のロンドン交響楽団盤に比べ、溌剌さのある演奏です。残響もまあまああり聴き易いです。BBC交響楽団の響きは、ロンドン交響楽団ほどイギリス風ではないですが、録音のせいかも知れません。
前半はかなりのテンポで進んでいきます。ニムロッドは適度なテンポで、ロンドン響との演奏よりもいいです。少し速めのテンポとルバートの少なさで粘りもなくBBC響の弦が心地よく響きます。残響も良い方向に出ています。第12変奏以降はさらに味わい深さが出てきます。最後の第14変奏は、遅めのテンポでじわじわと盛り上げていきます。最後はダイナミックですが、ロンドン響には敵いませんね。
いずれにせよ、ニムロッドがとても良い演奏で、このページのニムロッドの中では一番いい演奏だと思います。
シノポリ=フィルハーモニア管弦楽団
シノーポリとフィルハーモニア管弦楽団の録音です。フィルハーモニア管弦楽団はイギリスのオーケストラですが、イタリア人シノーポリと相性が良く、若いころに多くの名盤を残しています。1987年デジタル録音ですが、この演奏に相応しい高音質です。
冒頭は静かで優美に主題を提示します。シノポリはテンポはキビキビしていますが、滑らかな歌いまわしも見事です。第2変奏は速めのテンポで点描のように演奏していきます。アンサンブルのクオリティは高いです。第4変奏ではフィルハーモニア管弦楽団の響きが心地よく、改めてイギリスのオケであることを認識させられます。第5変奏は少し憂鬱な表現が奥ゆかしく、テンポも上手くコントロールして曲の雰囲気を上手く描いています。第7変奏はテンポが速く、ティンパニのリズムが爽快です。金管もとても上手く、しっかりまとまっています。
有名な第9変奏は遅めのテンポで始まり、じっくり美しく演奏されています。やがて滑らかな旋律を維持したまま美し音色で盛り上がっていきます。
第11変奏はシノポリらしい快速の名演です。アンサンブルのクオリティが高く、エルガーのオーケストレーションが冴えわたっています。第12変奏~第13変奏ロマンツァは感情表現が上手く、じっくりと演奏されています。
第14変奏フィナーレは、小気味良く盛り上がり、フィルハーモニア管の金管の上手さが素晴らしいです。ラストは白熱して盛り上がり、爽快に曲を締めくくります。
巨匠の名盤が多く曲ですが、シノポリ=フィルハーモニア管の演奏には古い演奏では聴けないモダンなサウンドがあり、聴いていて実に爽快な名盤です。
モントゥー=ロンドン交響楽団 (1960年)
モントゥーとロンドン交響楽団の名盤です。少し録音は古いですが、ステレオ録音で、今聴いても鮮烈な名演です。デッカの安定した録音で、音質も十分良いです。全体的にメリハリが強く、各曲の特徴を良く表現しています。ロンドン交響楽団も自国のエルガーの作品とあって、気合が感じられます。モントゥー晩年の録音で円熟していますが、テンポは速めで爽快さのある演奏です。
主題提示は明快で軽妙です。爽やかさがある演奏です。盛り上がってくるとロンドン響は熱気を帯びて白熱しています。変奏に入ると基本的には速めのテンポです。第1変奏も活発でメリハリがあります。第2変奏は速いテンポでシャープです。ロンドン響の気合いを感じます。第3変奏は小気味良く、金管はダイナミックに盛り上がります。第6変奏の鋭さとダイナミックさは凄いですね。弦のシャープさ、金管の咆哮は素晴らしいです。第7変奏は穏やかですが新鮮さがあります。
第9変奏ニムロッドは遅いテンポでじっくり味わい深く盛り上がります。イギリスの指揮者と違い、モントゥーの表現は常に爽やかさと透明感があります。第13変奏は透明感のある響きで深みのある表現です。フィナーレは最初から速いテンポで白熱しています。表情豊かな演奏でモントゥーの曲に対する共感を感じます。スリリングに盛り上がって最高に白熱して曲を閉じます。
モントゥーとロンドン響の録音の中でも特に素晴らしい名盤ですね。『エニグマ変奏曲』の面白さを十二分に体現した演奏で、始めて聴く人にもお薦めです。始めてでも飽きずにこの曲の面白さを理解できると思います。
ショルティ=シカゴ交響楽団
ショルティはシカゴ響と『エニグマ変奏曲』を録音しました。力強く完璧なアンサンブル、熱気のある盛り上がりで『エニグマ変奏曲』に対する思い入れを感じます。
主題提示から強い熱気があります。第2変奏はエルガー夫人を描いているはずですが、シカゴ響の演奏だと少しユニークですね。楽譜通りに演奏するとこうなるのだと思います。溌剌としていますが、イギリスのオケの演奏と比べるとちょっとダイナミックすぎる感じもしますね。また細かいアンサンブルが良く聴こえてきます。録音が良いからだと思います。
ニムロッドはとても紳士的に始まります。粘らずインテンポで盛り上がります。シカゴ響の弦はイギリス的ではないですが、スケールの大きく透明感の高い響きで、この曲に相応しいです。第11変奏は凄く速いテンポでシカゴ響の凄さが聴けます。終曲の盛り上がりはさすがです。イギリスのオケよりもイギリスの栄光を感じるような音楽です。
全体的にアンサンブルのクオリティの高さは、他の演奏にはないレヴェルです。技術的には間違いなく非常にトップレヴェルの演奏だと思います。
バーンスタイン=BBC交響楽団
バーンスタインは晩年になるにつれ、円熟してテンポが遅くなっていきました。1988年のバーンスタイン最晩年のこのCDは非常に遅いテンポでゆったりじっくり味わい深く演奏しています。ただ速いテンポの変奏は速いテンポで演奏していて、全てが遅い訳ではありません。
最初の主題提示から物凄く遅いテンポで、この段階で感動する位です。変奏が始まると速いテンポになり、軽快に変奏を進めていきます。第7変奏はパーカッションを軽快に鳴らしてとても速いテンポで演奏しています。
第9変奏ニムロッドはやはりとても遅いです。一音一音いつくしむ様にじっくり味わい深く、時間を忘れたかのように歌いこんでいきます。ここでのバーンスタインの歌わせ方のニュアンスは文字では書けないものがあります。これは本当に聴いてみてください。第13変奏も非常に遅く味わい深いです。音が薄く、さみしさを感じる曲ですが、感動的な演奏です。
その後、ダイナミックにスケール大きく、爽やかさと共に盛り上がっていきます。イギリス風の演奏ではありませんが、こんなに感動的な演奏はありません。
ノーマン・デル・マー=ロイヤル・フィル
ノーマン・デル・マーはロイヤル・フィルのホルン奏者から指揮者に転向した人で、ユニークな演奏スタイルからイギリス国内のみならずマニアに人気があります。このCDなら、教会で演奏した威風堂々第1番のパイプオルガンが凄いです。
『エニグマ変奏曲』はテンポは速めで、切れ味の良さがある演奏です。ただロイヤルフィルの色彩的な響きと、残響の長い教会で録音しているため、まろやかになっている気がします。ただ録音は良く、教会の長い残響のせいでオケの演奏がぼやけることは、ほとんどありません。長い残響の中でシャープさを残したまま録音されています。またオケも長い残響でアンサンブルが崩れることはありません。
主題提示のあと、前半の変奏はキレの良い演奏でどんどん進んでいきます。第7変奏は非常にダイナミックです。アンサンブルはピッタリなのですが、残響が長いのでまろやかというか、独特の響きになっています。ニムロッドは速めのテンポで3分台です。盛り上がってくると色彩的なロイヤル・フィルの弦が、教会のまろやかな大音響に響いて壮麗です。あまりイギリス的な渋さは無いですが、ダイナミックで爽快な演奏です。第13変奏は教会で演奏しているからか、さみしさというより、もっと独特のシリアスな雰囲気があります。第14変奏はシャープでスリリングに盛り上がります。
全体的にはキレの良い演奏で、教会で演奏している宗教的な要素が加わっているように思います。エニグマ変奏曲は沢山のCDが出ていますが、もっともユニークな演奏の一つだと思います。
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楽譜・スコア
エルガー作曲のエニグマ変奏曲の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュア・スコア
電子スコア
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