このページではベラ・バルトーク (Bela Bartok, 1881~1945) 作曲の『弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽』(Music for Strings, Percussion and Celesta) について解説と、お薦めの名盤をレビューしていきたいと思います。最後にスコアもご紹介します。
バルトークといえば、『管弦楽のための協奏曲』や『ルーマニア俗謡舞曲』に人気が集中しています。この名作、『弦・打楽器・チェレスタのための音楽』は、むしろ嫌われているかも?何といっても、生真面目に演奏したCDを聴いて、グロテスクな響きを聴いているうちに、気分が悪くなってしまう人が多いのでしょう…
でも、演奏を選べば結構楽しめる要素もある曲です。管理人も好きな曲です。ですので、あえてこの名作を取り上げてみたいと思います。
「弦チェレ」の解説
バルトーク作曲の『弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽』を解説していきます。
聴きにくい音楽?
『弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽』は曲名も、長くて覚えにくいのですが、曲の内容もあまり明るい曲とはいえず、有名な割にはあまりよく聴いていない人も多いのではないでしょうか?
「管弦楽のための協奏曲」があれだけ聴きやすいのにこの差はなんなのでしょう?実際は面白いし、超名曲の部類に入る作品です。ちなみに、「弦・打楽器・チェレスタのための音楽」はマニアの間では『弦チェレ』と略して呼ばれることが多いですね。
作曲の経緯
1936年、パウル・ザッハーが設立したバーゼル室内管弦楽団の創立10周年のために委嘱された作品です。
この頃のバルトークは既に55歳でベテラン作曲家として充実した作品を生み出していました。急進的な作風は後退し、新古典主義の特徴が前面に出てきています。また、
バーゼル室内管弦楽団は小編成であるため、編成に自由が利きます。でも管楽器がないというのは10周年記念としてはどうだろう?と思いますけれど。その代わりにピアノとチェレスタが入っています。
[弦楽器]
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ハープ
[打楽器]
木琴、スネア付きドラム、スネア無しドラム、シンバル、タムタム、バスドラム、ティンパニ、チェレスタ、ピアノ
(Wikipediaより)
チェレスタは打楽器なのですが、あえて曲名にも入っています。それだけチェレスタの存在は重要ということです。
また、弦楽セクションが2群に分かれて対抗配置されていることも特徴的です。楽器の配置による響きの面白さも考えられた作品です。
初演は1937年1月21日にスイスのバーゼルにて、パウル・ザッハー指揮のバーゼル室内管弦楽団により行われました。3カ月前から練習するという気合いの入れようでした。
一見難解で受け入れがたそうな曲ですが、演奏のレヴェルの高さもあってか、初演はなんと成功し、第4楽章がアンコールで演奏されたほどでした。この曲を受け入れる素地が既にあったのですね。
実は新古典主義
『弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽』は、とっつきにくい、あの曲想の割に、実は新古典主義でバロック音楽、特にバッハの影響を色濃く受けているのです。しかし、それに難しい理論(?)を加えています。
例えば、第1楽章は「フーガ」ですが、増音程を多く使い、非常に緊張感のある音楽になっています。だんだんスケールを増していき緊張感もピークに達します。
ここでは小節数に「フィボナッチ数列」を使っているんだそうです。8、13、21、34、55、…という数列で、、まあ早い話がよく分かりません、笑。ただ、段々加速度的に増えていく数列みたいです。
「フィボナッチ数列」なんて、かっこいい数学を持ち出して、何か音楽的に意味があるのか良く分かりませんが、段々スケールが大きくなっていく音楽に合うのかも知れません。確かに終盤に向かってフーガのストレッタのように緊迫感を増していきます。
何の根拠もなく、段々スケールアップしていくより、バルトークらしいやり方だと思います。
曲の構成
楽章ごとに説明していきたいと思います。
第1楽章
この第1楽章は難しめのアナリーゼの本でもよく出てくるので、しっかり作ってあるのでしょう。曲想だけでなく、曲の作りも厳しいものを感じさせます。まあ、私が聴くときは、フーガとして聴いているだけなのですが。。
第2楽章
リズミカルで打楽器が色彩を追加していて楽しく聴けます。ライナーは小気味良いし、ドラティは透明で非常に色彩的に聴こえます。この曲ってなんだか、アニメのBGMで逃げるシーンなどでよく使われている気がしますね。「銀河鉄道999」「うる星やつら」など。(古い?)
第3楽章
ちょっと不吉な「夜の歌」です。夜の歌というと、モーツァルトのナハトムジークのような少し色彩的な音楽を思い出しますが、この曲はあくまで厳しいです。というか、あまり夜聴きたい曲では無いですね、汗。
第4楽章
民族的で聴きやすいでしょうか。まあでもこの曲の中では、少し情熱的なものを感じるので聴きやすいですが、やはり、ちょっと厳しい音楽ですね。
Wikipediaにはコレッリやヘンデルが得意としたコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)を思わせる形式とあります。新古典主義(羊の皮をかぶった狼)の一種だろうと思いますが、コンチェルト・グロッソには聴こえませんでした。ソロは確かにあるのですが。対位法的といわれれば、それはあるので、やっぱりバッハを連想しますね。
忍び寄る戦争の影と民族主義
バルトークはこの曲で何を言いたかったのでしょうか?作曲した1936年ごろはちょうど第2次世界大戦の直前です。そういう時代の風潮があったのかも知れません。また強い民族主義を感じますね。
おすすめの名盤レビュー
『弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽』のおすすめの名盤をレビューしていきます。
ハンガリーの指揮者フリッツ・ライナーの超名演奏です。厳しい曲調を理解し再現しつつも、暗くなることはなく、逆に激しくなる方向に向いています。また、民族音楽的要素が強調され、強い愛国心が感じられる演奏で、ライナー=シカゴ交響楽団の一番の名演奏だと思います。
やはりこの曲は、ただ譜面通りに演奏すると、不協和音が多すぎて、どうしても気味が悪い、という印象になりがちなんです。しかし、ライナー=シカゴ交響楽団は全く違う方向にまとめ上げていて、むしろ胸が熱くなります。
時代背景を考えても、この演奏は正しい方向性なのではないかと思っています。
小澤征爾=サイトウキネン・オーケストラ
小澤征爾の最新盤であるサイトウキネン・オーケストラとの演奏です。この演奏の良さは、しっかりした演奏なのに聴きやすいということです。小澤征爾は実は20世紀の音楽のスペシャリストです。多くの作曲家とも親交があります。小澤の得意な作曲家を挙げれば、プロコフィエフ、プーランク、オネゲル、ヤナーチェク、ストラヴィンスキーとそれこそ枚挙に暇(いとま)がありません。他の指揮者とは違う演奏を繰り広げていて、気付かなかった魅力に気づくことが多いです。その中でもバルトークはデビュー当時から取り組んできた定番のレパートリーです。「オケコン」など、人気曲も多いのでコンサートもディスクリリースの機会も多かったです。
ベテランとなった小澤征爾は、ソロも優秀で技術的にも優れ、音楽的にも同じ方向のオーケストラであるサイトウキネン・オーケストラを自在に操って、「弦チェレ」の良さをごく自然に、当たり前のように引き出しています。
それにバルトークはサイトウキネン・オーケストラの響きに合っていますね。厳しい音楽で、グロテスクな音楽という印象が強いですが、このコンビの演奏は極めて人間的な味のある演奏です。ライナーのようなストレートな演奏ではありませんが、それでもこれだけ深みがあり、グロテスクさが少なく共感できる演奏が出来るんだな、と感心しきりです。
カラヤン=ベルリン・フィル
カラヤンとベルリン・フィルの録音です。カラヤンは若いころ、「弦チェレ」を何度も録音しています。古いものはフィルハーモニア管弦楽団とベルリン・フィルとも2回以上録音しています。古い演奏のほうが評判が良いようです。このCDはベルリン・フィルと初めて録音したものです。録音が古いため、ノイズもあって小さい音が聴きにくいかも知れません。
第1楽章から重厚感が他の演奏と全く違います。低音が凄く効いています。第2楽章はとてもテンポが速いです。何か他の演奏には無い独特のインスピレーションを感じます。ちょっと爆演ぎみかも知れませんね。
第3楽章、第4楽章とも力強く、重厚な響きで素晴らしい演奏です。しかもグロテスクさはほとんど感じられません。カラヤン以外ではこういった演奏はできないでしょうね。
パーヴォ・ヤルヴィ=NHK交響楽団
パーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団の録音です。NHK交響楽団は、実はバルトークの厳しい音楽づくりにとても合った響きを持っています。録音の良さもあり、バルトークの音楽が手に取るように分かります。
第1楽章はかなり弱音から始まり、曲が進んでも簡単にクレッシェンドしていくことはありません。不気味さはあまりなく、N響の弦の音色に魅了されます。盛り上がってくるとかなりの熱気を内在していることが分かります。低音域もしっかり録音されていて、スケールの大きなピークを築きます。第2楽章は速めのテンポでリズミカルです。透き通った響きで、NHK交響楽団とは思えないようなクオリティです。
第3楽章は熱気があり、なぜか不気味さはあまりありません。むしろN響の弦の響きが味わい深いです。後半になり、盛り上がる個所はかなりダイナミックで白熱していて圧倒されます。第4楽章は速めのテンポでリズムの激しさも感じられます。少し奥ゆかしい所もあります。ハンガリーの舞曲もN響としては、小気味良いリズミカルな演奏です。パーヴォ・ヤルヴィもストレートに盛り上げるよりは、知的な部分もあります。弦が朗々と歌う所は、N響の弦のコクのある響きがとても良いです。ラストの盛り上がりはかなりの熱気を秘めていて、ダイナミックです。
N響はもともと筋肉質なサウンドを持っているため「弦チェレ」にはとても合っており、聴いた後の充実感も大きいです。ちょっと地味な選曲で、オケコンが入っていないので、売れるのかなぁと思ってしまいますが、N響のコクのある弦の音色が良く収録されており、良さがわかる人には嬉しい選曲です。
アーノンクール=ヨーロッパ室内管弦楽団
アーノンクールがバルトークに取り組むのは少し意外な感じがしますが、「弦チェレ」は新古典派の曲なので、アーノンクールの古楽の知識が役に立つ部分も多いのかも知れません。
ここでのアーノンクールは、奇をてらわず明晰で、少し速めのテンポでリズミカルに演奏しています。これはヨーロッパ室内管弦楽団の技量と2001年という新しい録音によって活かされています。
非常に響きの美しい透明感のある演奏です。
こんな感じで、古楽器系の指揮者が、モダン・オケで新古典主義の曲を演奏するのは、良いことと思います。古典主義と新古典主義は全然違うものですけれど、センスは共通点があると思います。
ギーレン=バーデン・バーデン&フライブルクSWR響
ギーレンの演奏は、普通にインテンポですが、録音の良さもあり、この曲の響きの美しさを最大限に引き出しています。まったくケレン味もありませんし、グロテスクさもあまり感じないです。
ギーレンは現代音楽のスペシャリストでもあるので、バルトークの「弦チェレ」は基本のレパートリーなんでしょうね。録音も2度目ということです。
デュトワ=モントリオール交響楽団
デュトワとアメリカ大陸のモントリオール交響楽団だからか、リズミカルな個所はとても上手く演奏しています。残響の多い会場での良好な録音で、期待通りのサウンドを出してきます。といっても最近録音されたP.ヤルヴィ=N響などには、音質ではさすがにもう敵わない感じです。
民族的なところはありませんし、深刻さもありません。テンポも標準的か少し速いといった所で、聴きやすい名盤です。ドラティ盤に変わる定番の地位は抑えていると思います。
第2楽章はリズミカルで楽しく聴けます。第3楽章は色彩的でそれほどグロテスクではないです。
技術的な部分は本当に素晴らしいです。
ドラティ=デトロイト交響楽団
ドラティはハンガリー出身ですが、非常にまじめな指揮者で、楽譜をよく読みこんでそれを再現するのが得意でした。コープランドなど明るい曲ではとても上手くいっています。
しかし、バルトークで、しかもこの曲でそれをやるとどうなるのか?気味の悪い不協和音の嵐ですね、汗。特に第1楽章と第3楽章はキツいです。このディスクを頑張って聴くべきでしょうか?
筆者的にはまずライナー盤を聴いて曲のイメージを作ってから、ドラティ盤を聴くことをお薦めします。音響はドラティのほうが良いので、不協和音の中に潜む美しさを見つけることができると思うのです。
最初から速めのテンポで軽快に進んでいきます。グロテスクさはほとんど感じられませんが、その代わりにハンガリーの民族的な響きがあります。録音は新しくて良いですが、弱音をしっかり捕らえられていないように思います。
技術的には言うことないですが、意外とスキが多いです。まあハンガリーのオケの特徴と言えばそれまでですけど…第1楽章は、少しぼんやりした感じで進んでいきます。第2楽章は意外に遅めですかね。途中からテンポダウンします。
一番面白いのは第3楽章です。他の演奏では聴けない表現の仕方が聴けます。それとやはり響きのふくよかさは、ハンガリーらしさと言えます。第4楽章もリズム感と熱気があって素晴らしい演奏です。こんなにシャープに盛り上がる弦チェレは聴いたことがないです。
第3楽章から良くなったので、オケのエンジンがかかっていなかったのでしょうか。こういうバルトークも一つの在り方なのかもしれませんね。
歴史的名盤レビュー
「弦チェレ」で音質的にちょっと今聴くと古さを感じる名盤もあります。そんな歴史的名盤をレビューしていきます。
フリッチャイ=RIAS管弦楽団
ハンガリーの名指揮者フリッチャイが残した名盤です。当時のRIAS管弦楽団(ベルリン・ドイツ交響楽団)がちょっと弱いかなということと、古めの録音なので響きの透明感が無く、弱音で聴きにくい部分がある所が弱点です。しかし、この熱気は只者ではありません。ライナーまでは行かないかも知れませんが、とても民族的で情熱的に盛り上がる演奏です。
第1楽章は緊張感を持って盛り上がり白熱していきます。録音のせいもあって細かい所は聴きとりにくいですが、熱気があります。第2楽章はリズミカルで色彩的です。チェレスタなどは色彩感があり、この楽章はあまり音質に不満はありません。重厚なRIAS管の弦が激しい音楽を聴かせています。
第3楽章は不穏な感じを良く表現しています。低音がもう少しはっきり入っていれば、かなり重厚になって印象は大分変わったかも知れません。しかし、色彩的に盛り上がる個所などの迫力は凄いです。第4楽章は速いテンポでハンガリー的な雰囲気が出ています。リズムの取り方が民族舞踊らしいです。中盤の弦は、凄い迫力です。終盤は情熱的に盛り上がり、スリリングに曲を締めます。
ライナーの名盤を髣髴(ほうふつ)とさせますが、シカゴ交響楽団と比べると、さすがにRIAS管弦楽団はちょっと弱いのと、録音状態がもう少し良ければ、と思います。RIAS管弦楽団はフリッチャイの手兵で現ベルリン・ドイツ交響楽団です。ハンガリー的な土の香りを感じます。
マリナー=シュトゥットガルト放送交響楽団
ネヴィル・マリナーがドイツのオケを振った珍しい録音です。でも、とても合っていると思います。
シュトゥットガルト放送交響楽団のひんやりとした重厚な音色はバルトークらしいものです。マリナーの指揮は、深刻になりすぎず、色彩感やユニークな所を強調していて、あまりグロテスクさはありません。
まあ、あんまりグロテスクになるとそれで終わってしまう曲なので、マリナーのように、多彩な響きを探る演奏は好感が持てます。第3楽章など、グロテスクさの代わりに美しいVnソロを発見したり、色彩的でパレットに沢山の色があるようです。テンポもかなり動かして色々な表現をしています。
ただ、放っておくとオケのほうが勝手にグロテスクな方向に行ってしまうので、そこが少し面白いですね。
結果として面白いバランスの名盤になっていると思います。
CD,MP3をさらに探す
「弦チェレ」の楽譜
バルトークの弦チェレの楽譜・スコアをご紹介していきます。