フランツ・ヨーゼフ・ハイドン (Franz Joseph Haydn, 1732~1809)の交響曲第94番 ト長調『驚愕』について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
解説
ハイドン作曲の交響曲第94番『驚愕』について解説します。
1回目のロンドン演奏旅行
ハイドンは、イギリスのロンドンに演奏旅行に行くことになりました。2回ロンドン旅行に行っていますが、第1回ロンドン旅行では交響曲第93番~第98番を作曲し、ザロモン・コンサートで演奏しました。このための交響曲群をザロモン・セット(またはロンドン・セット、ロンドン交響曲)と呼びます。
ロンドン旅行は2回行ったため、ザロモン・セットは2つあります。交響曲第94番『驚愕』は第1回ロンドン旅行のために作曲されました。
『驚愕』の本当の目的とは?
『驚愕』の名前の由来は、第2楽章でいきなりティンパニが大音量で強打するためです。『驚愕』以外にも『びっくり交響曲』などと呼ばれたりもします。
それにしても、最初のロンドン演奏旅行なのに、ロンドンの聴衆も演奏中に寝てしまうことを知っていたのですかね。もっとも、交響曲第92番『オックスフォード』付近の一連の交響曲は、イギリスのオックスフォード大学の名誉博士号授与のためにイギリスに渡り、演奏会を行っています。
ハイドン本人と話をし、伝記を書いたグリージンガーによれば、寝ている聴衆を起こすためではなく、ただ何か新しい方法で聴衆を驚かせたかったのだそうです。
初演の反響
第1回ロンドン旅行で第6回ザロモン・コンサート、1792年3月23日に初演されました。
晩年にハイドン本人に聞いたアルベルト・クリストフ・ディースによれば、やっぱり寝ている聴衆をびっくりさせようとしたようです。
当日はハイドンが指揮を行いましたが、オーケストラにささやくような小さな音量で演奏させ、16小節目で全オーケストラと、特にティンパニ奏者には思い切り強く打ち込むように指示していました。そして初演の時には、寝ていた聴衆は飛び起き、中には失神した女性もいたとか。どこまでが本当か分かりませんが、そういう逸話が伝わっています。
ところで、『驚愕』の第2楽章の「強打」は最終稿になって付けられたそうです。もしかすると、第6回のコンサートまでに寝ている聴衆が多かったので、書き足したのかも知れませんね。
市民への交響曲へ
第1回のザロモン・セットはそれなりにウィットに富んでいて名曲も多いですが、第92番『オックスフォード』の延長のような真面目でスタイルの良い交響曲が多いと思います。
しかし、大胆なユーモアのある『驚愕』は大きな反響を呼びました。やはり貴族よりも市民が多かったため、それに合わせた交響曲が必要だったのです。そのためもあってか第2回のザロモン・セットでは『軍隊』『時計』『太鼓連打』のような、分かり易い交響曲が増え、コンサートのポスターの宣伝に使われました。
おすすめの名盤レビュー
ハイドンの交響曲第94番『驚愕』について、おすすめの名盤をレビューしていきます。
『驚愕』のレビューですが、第2楽章のみならず、他の楽章もなかなか名曲ですので、全体を見て、感想を書いていきたいと思います。
実際聴いてみると『驚愕』は元々名曲なのと、色々な趣向を凝らした演奏が多く、レヴェルの高い争いで、★6つばかりになりそうです。水準を上げたので、★5つでも凄い演奏があります。
ミンコフスキ=ルーブル宮廷楽隊
割と新しいアルバムで、録音の音質が非常に良いです。ルーブル宮廷楽隊は古楽器オケであり、木の響きが素晴らしいウィーンのコンツェルトハウスでの録音です。
アーノンクールのような透明感はありませんが、古楽器オケの場合、少しくすんだ音色が魅力です。
第1楽章は、ミンコフスキはリズミカルに演奏を進めていきます。ハイドンの面白く楽しい所を引き出すのが得意な指揮者です。とはいえ短調の所の表現はもっとやってもいいかも知れませんね。
第2楽章は速めのテンポで進めていきます。そしてppは音が聴こえなくなるくらい小さくしています。その後、面白いことになっていて、お客さんの笑い声も録音されています。何が起こったのか、はネタバレになるので止めておきます。その後も、やはりリズミカルに進んでいきます。もともと上品な音楽だと思いますが、ミンコフスキは面白さを前面に出しています。
第3楽章は速いテンポで舞曲のようです。(舞曲ですけれど)第4楽章は速いテンポで、ハイドンが仕込んだユーモアもよく分かる演奏です。
ハイドンで、これだけ小気味良く演奏しているのはミンコフスキ盤の特徴ですね。面白さがダイレクトに伝わってくる演奏です。その代わり、ユーモアに偏りすぎている面もあるので、ミンコフスキ盤でハイドンの面白みが分かったら、アーノンクール盤などで品格や短調部分の表現など、深く聴いてみるといいと思います。
カラヤンは実はハイドンを得意としています。ただ、ブリュッヘンやアーノンクール、ノリントンに比べてしまうと、分が悪いかも知れませんけど。それでもパリセットでも名盤を残しているので、本物だと思います。
第1楽章は、かなり格調の高い演奏をしていて、スコアを読みこんだ上で、小技は使わず、絶対音楽的なしっかりしたソナタ形式の構造を構築しています。ベルリン・フィルも結構厚い音を出していますが、こういう真摯な音楽作りもハイドンの一面だと思います。
第2楽章は、意外に速めのテンポで進み、ティンパニ強打の所は少しエコーが付いているかも知れません。その後は、やはりスコアに忠実なしっかりした演奏が繰り広げられます。ダイナミックですが、悪い演奏ではないです。木管のソロも素晴らしいです。
第3楽章は遅めで時代を感じますね。スコアには忠実ですけど、当時の演奏様式もあると思うので、スケールが大きすぎる気がします。第4楽章は速めのテンポで重厚さはありますが、颯爽としていて良い演奏です。聴いていてユーモアも表現していますし、結構楽しめます。
この演奏は、しかし、格調が高すぎて分かりにくい所もある気がするので、ブリュッヘン盤やミンコフスキ盤を聴いて面白さに目覚めてから聴くと良さが分かります。
第1楽章の前奏はゆっくりめのテンポで、味わい深く、主部に入るとテンポアップして快適なテンポになります。短調の部分もいい雰囲気で、品格や深みが出ています。
第2楽章は、特別なことはしていませんが、古楽器のティンパニは元々、音が鋭いので、結構びっくりしますね。その後の木管などの響きが非常に美しいです。やはり、ハイドンは適切なタイミングで起こしてくれたんですね。
第3楽章は速いテンポで楽しめます。第4楽章は、頻繁に変わる曲の表情を上手く描き出していて、ただ楽しいだけではなく充実した内容のある演奏になっていて、聴きごたえがあります。
しっかりした端正な演奏で、アーノンクールやミンコフスキへのレールをきっちり引いていますね。
アーノンクール=アムステルダム・コンセルトヘボウ管
第1楽章の軽妙さがモダンオケとは思えない演奏です。ヴィヴラートが全くなく、メッサデヴォーチェなど、他の方法で表現している意欲的な演奏です、第104番『ロンドン』は超名演です。もちろん、この『驚愕』も名演で、アーノンクールの表現からはこの曲の隅々まで知り尽くして演奏している様子が伝わってきます。
第2楽章は、早めのテンポなので、ティンパニの強打はそこまで強調されていません。それよりも、薄めのオーケストラの透明感のある音楽が素晴らしいです。本当に透き通っています。
第4楽章は適度にテンポが速く、スリリングであるとともに、細かい表現もしています。
ところで、上記のCDの購入を考えてらっしゃる場合は、『驚愕』『時計』が一枚になったCDよりは、ロンドンセットで購入されることをお薦めします。『時計』の第4楽章が今一つなのと、特に第104番『ロンドン』が素晴らしい演奏だからです。
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楽譜
ハイドンの交響曲第94番『驚愕』の楽譜・スコアを挙げていきます。