
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Franz Joseph Haydn, 1732~1809)が作曲したオラトリオ『四季』(Die Jahreszeiten) Hob.XXI-3は、間違いなくハイドンの最高傑作であり、超名曲の部類に入ります。CD2枚組になる位の大曲ですし、最初は途中で飽きることもありますけれど、この曲の面白さを知ればハマることは確実です。
最初の「春」の合唱からして、晩年の円熟したハイドンの音楽の素晴らしさに引き込まれます。また、これまで作曲した交響曲からのパロディがいくつかあり、一番分かりやすいのが、「春」の交響曲第94番「驚愕」のパロディです。分かってくるとかなり楽しいオラトリオです。
このページではオラトリオ『四季』について、名盤をレビューして聞き比べしたいと思います。
『四季』の解説
オラトリオ『四季』について解説します。
ハイドンの最後の仕事
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)は1795年に最後の交響曲第104番『ロンドン』を作曲しました。そして104曲の交響曲を作曲した後、交響曲の作曲をしなくなりました。
その後、ハイドンはヘンデルに倣ってオラトリオの大作を2つ作曲しています。一つ目は『天地創造』(1798年)で、曲名もあって非常に有名な作品です。そして、2曲目がこの『四季』(1800年)です。神々の天地創造を書いたハイドンは、人間界の素朴なオラトリオ『四季』を作曲し、それで作曲家を引退することにしました。
実際には、その後数曲作曲していますが、晩年はかなり衰え、大作を作曲することはなく、自作の整理や改訂を行っていました。
台本制作はスヴィーテン男爵
台本は「天地創造」も担当したゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン男爵が作成しました。
スヴィーテン男爵は、非常な音楽愛好家で、ハイドン以外の作曲家とも交流し、貢献しています。
特にバロック音楽への造詣が深く、モーツァルトの理解者でもありました。モーツァルトにヘンデルのメサイアの編曲を依頼したのはスヴィーテン男爵です。
またスヴィーテン男爵はベートーヴェンのパトロンでもあり、ベートーヴェンの交響曲第1番を献呈されています。そしてベートーヴェンにヘンデルやバッハの存在を教えたのは彼なのです。ベートーヴェンは交響曲第9番「合唱」で交響曲に合唱を取り入れるにあたって、ヘンデルやバッハの対位法を使っています。ということは、スヴィーテン男爵がいなければベートーヴェンの第9は無かったかも知れませんね。
さてスヴィーテン男爵は、イギリスの詩人トムソンの長詩「四季」を元に台本を作成しました。しかし台本の出来は良いとは言えませんでした。それに加えてスヴィーテン男爵が曲に対してまで意見を言ってきたことが原因で、仲たがいしてしまいます。
この台本に音楽をつけるのはなかなか大変なことであり、苦労しながらも、ハイドンは時間を掛けて作曲を進め完成させます。緊張が続いたため、この仕事が終わったとき、ハイドンはめっきり弱っていました。
初演
初演はハイドンの指揮で1801年ウィーンで行われました。
聴衆の評価は様々で、必ずしも賞賛ばかりではなかったようです。『天地創造』を上に挙げる人もいれば、同等の曲と位置付けた人もいたとのことです。貴族を含めた聴衆たちは、『天地創造』を超える曲を期待していたのかも知れませんね。『四季』と『天地創造』を比較するのはあまり有意義なことではないと思います。どちらも名曲ですから。私は『四季』のほうが名曲だと思います。
貴族から訊かれたハイドンの答えは「『天地創造』のほうが上位である」ということでした。理由は『天地創造』は神の物語であり、『四季』は、シオンは登場するけれど、基本的に人間の物語だから、ということでした。
ハイドン自身はこれらの聴衆の反応を見て、初演は成功だと考えていたようで、「比肩できないほどの成功」と書いています。
パロディ
オラトリオ『四季』では、過去のハイドンの作品や他の作曲家の作品がパロディとして用いられています。一番、分かりやすいのは「春」の第4曲アリアで、交響曲第94番「驚愕」から採られたパロディです。巧妙に作品と一体化しています。
他には、「春」の第6曲にモーツァルトのレクイエムの主題が引用されています。(もっともこの頃のレクイエムは他の作曲家でも同じ主題を使っているので、モーツァルトからの引用とも限りませんが。)
「冬」にモーツァルトの交響曲第40番からのパロディがあると言われています。これは少し分かりにくいですけど。他にもきっとあるのでしょうけど、私の知っているのはこの程度です。
『四季』の名盤レビュー
オラトリオ『四季』を選ぶには、まず、3種類のスタイルから選ぶ必要がありますね。古楽器演奏、ピリオド奏法、モダンオケの3種類です。最近の演奏では、古楽器演奏かピリオド奏法が多いです。
時代的には古楽器とモダン楽器のちょうど切り替え時期なのですが、モダンオケの演奏だとスケールが大きな演奏になりがちです。特に古い録音はその傾向が強いですね。モダンオケの古いCDの中には凄い演奏もあるのですが、あまりハイドンらしいスタイルではないですね。もっとも「冬」をシリアスに演奏するならモダンオケのほうが名盤が多いかも知れません。
まずは編成の大きめの古楽器オケか、ピリオド奏法が狙い目と思います。
ノリントン=ヨーロッパ室内管弦楽団
ロジャー・ノリントンとヨーロッパ室内管弦楽団の録音です。ノリントンはハイドンのスペシャリストですが、それは生まれつきハイドンと相性が良く、生まれ持ってのハイドン指揮者だと思います。
このノリントン=ヨーロッパ室内管弦楽団のディスクでは、ノリントンは特別な演出はしていません。逆にヴィブラートを取り去ったので、軽快で透き通った響きになりました。音質も非常によく、歌手たちも素晴らしいパフォーマンスです。
「春」の第2曲の合唱など、逆に感動的です。とても自然でヨーロッパの風景が目に浮かぶようだし、自然に対する崇敬すら感じます。これは曲の力だと思うのです。この曲だけ聴いてもこのCDの良さは十分感じ取れる位です。
「秋」の演奏も素晴らしいです。テンポは特別速くはなくインテンポで少し余裕があります。作為的なことはほぼやっていないのですが、それでも楽しいのです。「冬」も同様に良いです。やはり曲の力が強いので、何もする必要がないのでしょうね。
最初に買うCDとして、一番いいですね。この名盤がもっと広まるように、一番最初に挙げておきます。
ヘレヴェッヘ=シャンゼリゼ管弦楽団
ヘレヴェッヘとシャンゼリゼ管弦楽団の録音です。ヘレヴェッヘは円熟味のある演奏で、密度の濃い演奏を繰り広げています。古楽器では一番おすすめできるCDだと思います。
古楽器演奏の中でも比較的編成が大きいので、ハイドンに向いているようです。表現はどちらかというとロマンティックで情熱的です。全体的に安定したクオリティで録音も良いです。印象的なのは「秋」で最後の第31曲「葡萄酒よ!万歳!」で、繰り返される主題が凄い盛り上がりを見せます。ここはハイドンが作曲に苦労した部分といわれています。歌詞が「ハイサッサ、ホイサッサ…」とあまりに品が無いので困ったようです。でもこういう曲に仕上げてくるのは凄いですね。
ヤーコプス=フライブルグ・バロック・オーケストラ
ルネ・ヤーコプスとフライブルグ・バロック・オーケストラの録音です。モダンオケの人はルネ・ヤーコプスについてよく知らない人もいるかも知れません。歌手の出身ですが、近年は指揮者として活躍していて、バロックのオペラやオラトリオを中心に多くの録音をしています。バロック界では知らない人はいない位、実力のある指揮者です。またフライブルグ・バロック・オーケストラは、ドイツの三大バロックオケの一つです。
古楽器の『四季』はアーノンクールやヘレヴェッヘが出ていて、かなりの激戦区になってきました。バロックにはバロック奏法がありますが、それだけだとどのCDも似たり寄ったりになってしまいます。それ以外に何か工夫がないと面白くない、ということになりますね。
ヤーコプスは古いバロック・オペラに精通していて、ハイドンは少し時代が新しすぎるかもしれません。でも、このコンビはレヴェルが高いので、普通に聴いていて何の不満もない充実した名演になっています。「春」などは特別な演出はないですが、普通に楽しめます。「秋」では、猟銃を表すドラムが、本物の猟銃の音になっています。あとはトロンボーンが少しグリッサンドを使って面白く演奏しています。本物の猟銃の音を使うのはいいアイデアですね。
充実した聴きごたえのある名盤です。
アーノンクール=ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
アーノンクールの勝手知ったる古楽器オーケストラのウィーン・コンツェルトゥス・ムジクスと共演したCDです。
一時はモダンオケとの共演が多かったアーノンクールですが、やはりウィーン・コンツェルトゥス・ムジクスとの演奏はクオリティが高いです。
アーノンクールは非常に美しい表現をしています。古楽器オケなのでクールになりすぎることもありません。テンポを自由に揺らし、メッサデヴォーチェをかなり効かせたりして、ノリントンに比べるとちょっと人為的な感じがするときもあります。
でも、聴きどころはしっかり演奏しています。このCDで十分『四季』の良さは伝わると思います。あとは好みの問題ですね。アーノンクールの場合、いつも好みの問題になりますが、ベートーヴェンより前のハイドンあたりの音楽はただ譜面通りにやっても、面白くないので、演奏者側で色々工夫していく所だと思います。
ガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツの録音です。ガーディナーのCDは古楽器オケですが、ノリントンに似たところがあります。ガーディナーはテンポが速めで筋肉質なところがありますが、それ以外は、この曲の力に任せていて、自然な演奏です。ただ、ノリントンよりも古いこともあって、録音が最近のCDに比べると少し落ちますね。
『四季』で良く出てくる舞曲で盛り上がる所は、ガーディナーは結構ダイナミックに盛り上がります。もっともヘレヴェッヘもダイナミックなのでやっぱりヘレヴェッヘを聴けば大体OKかも知れませんけれど。
全体的に、とても良い演奏ですが、パイオニア的位置づけなのだと思います。ノリントンやヘレヴェッヘら、追随してきた演奏家たちはガーディナーのおかげで名演奏が出来ている所も沢山あると思います。
ケーゲルとライプツィヒ放送交響楽団の録音です。ケーゲルがこの素朴なオラトリオを演奏するなんて、何かあるのでしょうかね?長生きしたハイドンの最後の名曲ですし、深みもあるので、名曲好きなケーゲルが取り上げるのは当然かもしれません。
いつものケーゲルの独特のサウンドで、ハイドンらしからぬ、しかしなかなか良い演奏が繰り広げられていきます。もっと録音が良ければ、と思わずにはいられません。
ケーゲルの演奏の底辺にある、ある種の重さはハイドンでも健在で、少しロマン派的で泥臭い演奏だと思います。かなりシリアスに感情を入れていて、曲に共感している様子が伺えます。
聴いてみて合う人はいると思うので、面白そうだと思ったらチャレンジしてみてください。ちなみに私は名盤だと思います。
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DVD、Blu-Ray
アーノンクールとウィーン・フィルの録音です。ウィーン・コンツェルトゥス・ムジクスとの名演から、ついにウィーン・フィルとのライヴ録音がリリースされました。2013年ザルツブルク音楽祭ライヴです。
楽譜・スコア
ハイドン作曲の四季の楽譜・スコアを挙げていきます。