アントニン・ドヴォルザーク (Antonin Dvorak,1841-1904)作曲の交響曲第8番『イギリス』ト長調 作品88 (Dvorak Symphony No.8 G-major Op.88)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
ロマン派の有名な交響曲の中で長調の交響曲というのは珍しいです。有名で親しみやすく、また演奏も比較的しやすいことから、アマチュア・オーケストラでも定番の交響曲です。
解説
ドヴォルザークの交響曲第8番『イギリス』について解説します。
ボヘミアの自然の中で
ボヘミアはチェコの西側半分で、自然が豊かで風光明媚な名所が多いです。混沌とした首都プラハもボヘミア地方に入ります。東側半分はモラヴィアです。
ドヴォルザークは1884年夏にプラハの南西50kmの場所にある町ブラジブラムに近いヴィソカー村に別荘を建て、大好きな鳩を飼いながら作曲に励みました。ヴィソカー村には現在ドヴォルザーク記念館がありますが、この建物です。結構、豪華ですね。義理の妹の夫であるヴァーツラフ・コウニツ伯のネオ・ルネサンス様式のシャトーだった建物を改築して家としたとのことです。ドヴォルザークの死後も「ヴィラ・ルサルカ」と呼ばれました。ルサルカはドヴォルザーク唯一のオペラです。
ドヴォルジャークの交響曲第8番は、1889年にヴィソカー村の別荘で作曲されました。この曲にはヴィソカー村の田園情緒や豊かな自然が描き出されています。また、この曲には、ボヘミアの歴史も描かれています。チェコ的な音楽であることもこの交響曲の特徴です。
ボヘミアといえば筆者も行ったことがありますが、モルダウ川の上流にあるチェスキー・クルムロフが素晴らしいですね。お城や旧市街も良いですし、そこに至るまでの自然はまさに古き良きボヘミアです。モルダウ川の水の透明度も高く清々しいです。話はずれますが、チェスキークルムロフには大き目のCD店があり、観光を楽しみつつも地元のオケのCDを物色したり、店員にお薦めのCDを教えてもらったりして楽しめました。
ドヴォルザークの交響曲の完成形
技法的にも第8番でドヴォルザークの交響曲の最終形を既に確立したといえます。自由で大胆な構成でありながら、同時に調和を持っており、一点の無駄もありません。交響曲第7番からさらに完成度が増し、交響曲第8番は非常にバランスが良く、コンパクトに聴こえます。
ドヴォルザークは交響曲第8番を完成させた翌年、プラハ大学から名誉哲学博士号を贈られています。さらにプラハ音楽院に教授として迎えられています。音楽的にも成熟した時期に入り、それにふさわしい周囲からの賞賛も得た時期だったわけです。
初演と出版
初演は1890年2月2日、ドヴォルザーク自身の指揮とチェコ・フィルの前身であるプラハ国民劇場管弦楽団により行われました。
なお、愛称としてよく使われている「イギリス」は、この曲を出版したのがイギリスの出版社であったからです。曲の内容とは一切関係ありません。曲の内容で標題あるいは愛称をつけるなら『田園』という名前がふさわしい曲です。
楽曲構成
4楽章形式のスタンダードな交響曲です。
第1楽章:アレグロ・コンブリオ
序奏付きのソナタ形式です。チェロにより冒頭に演奏される主題は有名です。メロディメーカのドヴォルザークらしく、沢山の親しみやすいメロディやモチーフに満ちています。この序奏部のチェロの主題は、再現部の前にも演奏されます。再現部で序奏も一緒に再現してしまうという、なかなか大胆な構成ですが、非常に自然に聴こえます。とても充実感のある楽章です。
第2楽章:アダージョ
三部形式の緩徐楽章です。ボヘミアの自然美を歌い上げるような木管のソロやアンサンブルが続きます。また、ヴァイオリン・ソロも印象的です。中間部では「チェコの過ぎし日の栄光と壮烈な戦い」が回想されます。
第3楽章:アレグレット・グラツィオーソ
スケルツォ形式ですが、むしろワルツかレントラーに近い音楽となっています。中間部の主題はドヴォルザークのオペラ『頑固者たち』の『娘は若く男は年寄り』というアリアに使われた民謡風の旋律が引用されています。
第4楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
変奏形式です。有名なトランペットのファンファーレで始まります。主題がチェロによって示され、変奏が行われます。チェコ舞曲風の第5変奏は、ソナタ形式の第2主題の役割も果たします。したがって、展開部の短いソナタ形式と見ることもできます。最後にトランペットのファンファーレが再現され、コーダで終わります。
フルート×2(ピッコロ持替)、オーボエ×2(コールアングレ持替)、
クラリネット×2、ファゴット×2
ホルン×4、トランペット×2、トロンボーン×3、チューバ
ティンパニ
弦5部
おすすめの名盤レビュー
それではドヴォルザーク作曲交響曲第8番『イギリス』の名盤をレビューしていきましょう。よく演奏される曲目ですので、沢山のディスクがリリースされており、レヴェルの高い演奏が多いです。
ノイマン=チェコ・フィル (1972年)
ヴァーツラフ・ノイマンは、チェコの自然の表現がとても上手いです。この演奏も聴いていて、とても充実感があります。テンポは速めですが、キツい所はなく、チェコフィルの響きを上手く活かしています。この録音は1972年スタジオ録音ですが、あまり音質が良いとはいえません。それでもノイマンが第8番を得意としていることは良く伝わってきます。
第1楽章は速めのテンポでしっかりした演奏です。少し金管楽器のヴィブラートが気になりますが、この頃のチェコフィルは金管でもこんなにヴィブラートを掛けていたんですね。第2楽章は非常に味わい深い名演です。段々と共感が深くなっていく音楽です。クーベリックのように外国から見たチェコとはまた違ったナチュラルなチェコの自然への感情が聴き取れます。そしてそのままどんどん深みが増していき、とても味わい深くなります。
第3楽章は民族的なレントラーが自然なリズムで演奏されています。特別な演出は感じないですね。トリオもとてもナチュラルに演奏されています。第4楽章は速めのインテンポできっちりと演奏しています。トランペットも上手いです。録音の音質が良ければなお良かったと思いますけど、この曲の本質の一面を上手く音にしていると思います。
カラヤン=ウィーン・フィル (1985年)
カラヤンとウィーン・フィルの名盤です。カラヤンはウィーン・フィルから美しく磨かれた響きを引き出すことが出来る指揮者です。晩年のデジタル録音で高音質です。
第1楽章はとても自然で美しい艶のある音色のチェロから始まります。晩年のカラヤンの格調高いレガートで、メロディがとても自然で流麗に響きます。晩年とはいえ、まだまだカラヤンは力強い場面もダイナミックにドライヴしてきます。短調の部分などはかなり力強いです。品格を感じる巨匠らしい表現です。
第2楽章もウィーン・フィルの目の覚めるような弦の音色から始まります。そして淡い色彩に変わっていきます。カラヤンとウィーンフィルにしか出来ない響きと雰囲気作りです。神々しさすら感じます。晩年になってもこれだけ美しい音色を出してくるわけですから、カラヤンの耳の凄さはほとんど衰えを知らないようです。第3楽章は速めのテンポでスタイリッシュなレントラーです。チェコの隣国、オーストリア出身のカラヤンは農民のレントラーを昇華させたような雰囲気で、品格を持って演奏しています。随所に現れるポルタメントも印象的です。第4楽章はトランペットのファンファーレから始まりますが、録音が良いこともアリ、とても透明感があります。弦楽器は厚めの音でチェコを感じさせます。テンポの切り替えもキビキビしていて、円熟しても技術が衰えなかったカラヤンらしいです。速めのテンポでリズミカルでスタイリッシュに演奏していきます。後半は、残響豊富でウィーンフィルの色々な味のある響きが楽しめます。時に非常に神々しい響きです。最後は、ビシッとしたアンサンブルで締めくくります。
このカラヤン=ウィーン・フィル盤は素晴らしい演奏ですが、自然賛美的な神々しさを感じる部分も多く、ベートーヴェンの第6番『田園』のようなパストラルの世界を感じますね。
クーベリック=ベルリン・フィル
クーベリックとベルリン・フィルの全集からです。少し古い録音ですが、その溢れんばかりの情熱で今でも最高の演奏の一つです。ドヴォルザークを聴くなら、この全集は必須ですね。
第1楽章から情熱的に速めのテンポで飛ばしまくっていて、チェコの自然とそれに対する憧れがとても強く感じられ感動的です。ベルリン・フィルの木管ソロの上手さもあってチェコの自然が良く表現されています。曲をよく知り尽くし、テンポは自在に変化させています。
第2楽章は弦のアウフタクトから始まる情熱的な主題が印象的です。もともと情熱的ですが、クーベリックの場合、とてもリアリティがあって素晴らしいです。木管のアンサンブルが非常に味わい深いです。長調に変わりトランペットが出た後のゲネラルパウゼも効果的に演奏しています。第3楽章はレントラー風ですが、ここでも高弦は艶やかながら、かなり情熱的です。
第4楽章はベルリン・フィルのトランペットが上手いです。テンポは速めで畳み込むようにアッチェランドしていきます。最後はさらにテンポが速くなりダイナミックに盛り上がります。
この演奏は民族舞曲の演奏が上手いうえ、非常に情熱的で何度聴いても引き込まれてしまいます。
ビエロフラーヴェク=チェコ・フィル (2013年)
巨匠ビエロフラーヴェク晩年の手兵チェコ・フィルとの名盤です。新しい録音でとても音質が良く、チェコ・フィルのレヴェルアップもあり、充実した名演となっています。
第1楽章はチェコフィルの弦の響きが美しく、生き生きしています。ハッとするような自然美を感じさせる演奏です。テンポは速めでリズミカルで楽しめます。同時になかなか繊細さのある表現で細部まで良く練られています。
第2楽章はしなやかさのある表現で、木管のソロは淡い哀愁を帯びています。透明感のある自然な響きの中、チェコの自然美を繊細に表現しています。中間部は感情的な高まりと悲壮感があり、弦セクションの響きもコクがあり味わい深いです。第3楽章は適度にリズム感があり、ボヘミアの舞曲の雰囲気を活かした演奏です。ビエロフラーヴェクは自然なテンポで、チェコ・フィルは歌謡的な主題を良く歌い上げています。
第4楽章は冒頭のトランペットのレヴェルが高く、リズミカルでキレの良い演奏です。アンサンブルにしても細部がしっかりしていて、自然さの中にもクオリティが高いです。しっかりした厚みのある弦の響きで盛り上がります。弱音の部分もしなやかさと艶やかさがあり、自然体の演奏です。終盤の弦はとても味わいがあります。
全体的にバランスが良く自然美に満ちていて、強奏部分はキレが良くダイナミックです。細部までしっかりまとめられており、ビエロフラーヴェクとチェコ・フィルの長い関係の総決算と言える名盤です。
小澤征爾=ウィーン・フィル
小澤征爾とウィーン・フィルは、特にドヴォルザークを得意としているとか、特別なものは無い気がします。その客観性がこのディスクの良いところです。小澤征爾はウィーン・フィルから民族的な響きを引き出すことを避け、その代わり透明感のある響きを引き出しています。曲に対する深い共感の代りに、スコアをじっくり読み込んで、丁寧に演奏しています。
そのため他のチェコ系の演奏家では出来ないような、すっきりした音楽を作り出しています。小澤征爾の特徴の一つでもありますが、水彩画のような透明感のあるサウンドで、ドヴォルザークの自然観を尊重しながらも、そこに溺れない演奏となっています。
アマオケでドボ8は良く演奏されるのですが、この小澤=ウィーンフィル盤は、良い意味で多くの人がこの曲に対して持っている先入観に気づかせてくれます。参考演奏としてもクオリティの高い名盤です。
小林研一郎=ハンガリー放送交響楽団
小林研一郎がハンガリー放送交響楽団を振った演奏です。とても濃厚で力強い共感を感じる名演です。ハンガリー放送交響楽団は、ハンガリーのオケとしてはアンサンブルのクオリティの高い演奏を繰り広げています。
第1楽章は遅めのテンポでじっくり演奏しています。スケールの大きさもありますね。ボヘミアのなだらかで豊かな自然を表現しているかのようです。深い共感と熱気を秘めていて、盛り上がってくると遅いテンポのままダイナミックになっていきます。コバケンの唸り声が聴こえます。第2楽章はさらに深く共感に満ちた演奏で、遅いテンポのまま、濃厚で深みを増していきます。ここまでストレートに熱気のある演奏は他では聴けない位です。展開部では共感がグイグイ深みを増していきます。再現部では力を抜き、自然な味わいになっていきます。
第3楽章は、かなり遅めのテンポでじっくり歌っています。オケもコバケンの演奏に共感して上手く歌いまわしています。第4楽章はダイナミックにスケール大きく盛り上がっていきます。変奏が進むにつれ、情感に溢れた共感が感じられ、味わい深くなっていきます。ラストはダイナミックに盛り上がって曲を締めます。
ハンガリーのオケというと、熱しやすく、冷めやすく、特に管楽器は自由に演奏しがちなイメージがありますが、小林研一郎はクオリティの高いアンサンブルを繰り広げて、しっかりした演奏です。
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楽譜
ドヴォルザーク作曲の交響曲第8番『イギリス』の楽譜・スコアを挙げていきます。