フランシス・プーランク (Francis Poulenc, 1899~1963) は1929年にチェンバロ協奏曲を作曲しました。このチェンバロ協奏曲は『田園のコンセール』(Concert champetre)と名付けられ、プーランクの作品の中でも人気があり、親しまれている作品となりました。このページでは解説と、お薦めしたい名盤のレビューをしたいと思います。
18世紀フランスのバロック音楽をイメージして作曲されています。私が聴くとバロック音楽よりも、エジプト、あるいはインカ帝国のイメージなのですが(もっともエジプト、インカの音楽は知りませんけど…)、インスピレーション豊富で面白い曲であることは確かです。
解説
プーランクのチェンバロ協奏曲『田園のコンセール』について説明します。
チェンバロ協奏曲の作曲
フランシス・プーランク(1899~1963)がチェンバロ協奏曲の作曲を思いついたのは、1923年にファリャの音楽人形劇『ペドロ親方の人形芝居』の上演を観たからです。ここでプーランクは見慣れないチェンバロという楽器を発見し、その時の女性チェンバロ奏者ヴァンダ・ランドフスカに、この楽器のための協奏曲を書くことを約束しました。
チェンバロをまじめに研究
ランドフスカが使用していたチェンバロは、プレイエル社製のモダンチェンバロで、ピアノのフレームにチェンバロの弦を張った大型の楽器です。モダン・チェンバロは、昔のチェンバロとは大分違い、フレームは鉄製ですし、弦を引っ掻く爪は皮で出来ていました。昔のチェンバロでは珍しい16フィート弦が装備されていました。ファリャがチェンバロ協奏曲を書いていますが、これは懐古主義的な曲で、聴きやすいですが飽きやすいです。ファリャはモダン・チェンバロを使っていましたが、あまり使いこなせて居なかったのかも知れません。
一方、このころのプーランクはストラヴィンスキーの影響を受けていて、変拍子のある複雑な曲を書いています。また編成も小さくなく、木管楽器、金管楽器が多く使われています。昔のチェンバロだとかなり大型が楽器でも音量が釣り合わないと思います。
プーランクは、かなり詳細にチェンバロについて調べてから、この曲を書いています。1927年、プレイエル社のチェンバロについて検討を加えた結果、当初の予定通りチェンバロを使い続けることを、考えなおし始めたようです。プレイエル社のチェンバロではプーランクが作曲したい曲はできないだろうと、考えたようです。そして、完成した協奏曲は「クラヴザン(またはピアノ)のための」と書いています。(グラヴザンはフランス語でチェンバロのこと)プーランクは、プレイエル社のチェンバロでは出せない音域を使っています。また強弱もプレイエル社のチェンバロでは不可能なものでした。そしてプーランク自身は、この曲を弾くときピアノを使ったそうです。
プーランクはあくまで18世紀の音楽を想定していたので、プレイエル社のチェンバロではその点の表現できない、と判断した可能性があります。といってもプーランクの時代に18世紀のチェンバロを聴くことはできません。18世紀らしい曲を目指しているのに、その音が分からないのです。
初演
初演は1929年5月3日に、ランドフスカのチェンバロ、モントゥーの指揮で行われました。この時の演奏は、プレイエル社のチェンバロを使っているため、プーランクの譜面通りには演奏できず、音域を移動したり、ダイナミクスを変更しなければなりませんでした。
『田園のコンセール』とは
表題について、
この作品は、ディドロとルソーのいう意味において”田園的”なのです
とプーランクは言っています。ディドロとルソーは18世紀フランスで活躍した思想家で、ルソーは音楽家でもありました。彼らはしばしば自然賛美をしましたが、自然界にこそ、理性的・科学的な法則が息づいている、という考えに基づいていました。つまり、この曲を聴きながら田園風景を思い描くのは少し違う、ということみたいです。
恐らくはこの曲は「パストラル」である、と言いたいのだと思います。パストラルはバロック期のオペラ、その後の交響曲やバレエ音楽などに大きな影響を与えています。例えばベートーヴェンの『田園』などは、その意味でのパストラルです。
クラシック・チェンバロの復権とプーランクのチェンバロ協奏曲
チェンバロは18世紀ごろまで使われていましたが、その後、急速にピアノに取って代わられました。その時にチェンバロ制作の技術までかなり失われてしまったのです。
18世紀のチェンバロ、いわゆるクラシック・チェンバロは音色は繊細で良いのです。非常にシンプルな寄稿ながら、鍵盤のタッチで音色を変えることが出来ます。音量もある程度は変えられます。伊達に300年間使われていたわけでは無いのですね。ただ絶対的に音量が小さいのです。音量を変えるには段階的にキーボードを動かして、弾く弦の数を変える方法です。しかし3つの弦すべて使ってもモダンオーケストラの音量には追いつきません。またオーケストラの高いピッチに合わせると、少し無理が出てくる楽器もあります。
プーランクのチェンバロ協奏曲はかなり管楽器の数が多く、実演で見た際にもひな壇に多くの金管楽器が乗っていました。これだけボリュームのある伴奏だとクラシック・チェンバロだと力不足です。しかしバロック楽器全盛の今の時代にあって、今度はモダンチェンバロは既に時代遅れの代物となり、今ではほとんど使われません。私が東京交響楽団で聴いたプーランクのチェンバロ協奏曲でも、クラシック・チェンバロが使われていました。ただチェンバロの音は、伴奏よりも明らかに小さく、ちょっと耳を澄まして聴いた記憶があります。
録音の場合は、音量の調整を行っているかも知れませんね。ここで紹介する演奏では、チェンバロの音は良く聴こえます。プーランクが構想していた18世紀のチェンバロを使った協奏曲は、今では可能になりました。ただ、このチェンバロ協奏曲がクラシック・チェンバロでの演奏で理想の響きに近づいたか、は分かりませんね。
おすすめCD、名盤レビュー
『田園のコンセール』のお薦めの名盤をレビューしていきます。
ピノック、小澤=ボストン交響楽団
古楽のスペシャリストであるとトレヴァー・ピノックと小澤征爾=ボストン交響楽団の組み合わせです。ボストン交響楽団はミュンシュが指揮者だったので、フランス系の音楽にも強いです。小澤征爾は、実はプーランクが得意な指揮者で、録音も結構多いです。この曲はストラヴィンスキーばりの複雑なリズムを持っているため、小澤征爾のバトンテクニックがとても生きています。さらにチェンバロを弾いているのが古楽のトレヴァー・ピノックという異色の組み合わせです。
小澤征爾の指揮はインスピレーションに満ちていて、凄く気合いも入っています。録音もよく、メリハリのついた演奏で、ピノックのチェンバロも素晴らしいです。このプーランクはフランスのエスプリは無いと思いますが、面白さという意味ではずば抜けた名盤です。ストラヴィンスキーの影響を受けた、近代的で知的な音楽であり、複雑な曲をよく整理したうえで気合いも入った演奏です。ピノックとのやり取りもスリリングです。
テンポは速めです。この曲の録音はフランス人音楽家が多い中で、このCDは技術的に優れたメンバーであるため、他の演奏とは一線を画しています。第1楽章は特に素晴らしくシャープなテンポ感で、中盤で盛り上げています。気合いが入り過ぎて声が入っているような?唯一、第2楽章は今一つで、シチリアーナが湿っぽい感じです。第3楽章はまたシャープな演奏で楽しめます。いずれにせよ、沢山リリースされているこの曲の中で特に聴くに値する名盤です。
でも結局、私にはインカ帝国の音楽に聴こえるのでした、笑。チェンバロの復活が始まったばかりの時期ですからね。ギリシア的な響きを求めていたのかも知れません。ストラヴィンスキーも『エディプス王』などで近い響きの音楽を書いています。
プレートルはフランスのエスプリを持った名指揮者です。あまり表立って活躍していない時期が多かったのですが、パリオペラ座管弦楽団との来日公演は刺激的でした。プレートルは、プーランクからも信頼を得ており、プーランクのいくつかの作品を初演しています。ただの変人指揮者ではないのです!チェンバロはベルギー人のエメ・ヴァン・ド・ヴィールです。
この1960年代の古い録音で、音質が良いわけではありません。でもやはり聴き比べてみるとプレートルは格段に凄いです。最初の10小節でもうプレートル節にハマってしまいます。このチェンバロ協奏曲のテンポ設定は、プレートルでなければ出来ないものだと思います。小澤盤よりずっと遅いのですが、独特の味があるんですよね。これこそ、まさにプーランク、フランスのエスプリを表現した演奏です。
この時期のプーランクの作風にもあっていて、何というかインカ帝国の響きですね。デルヴォーだとインカ帝国の響きはしないのです。(多分、プーランクは、インカ帝国でなくて、ギリシャ風を狙っているんだろ思いますけど。)インスピレーションもかなり感じられますし、随所の響きがプーランクらしいのです。バランスの問題でしょうか。
だた録音があまり良くないことは書いておきます。チェンバロの音が綺麗にはいっているのと、オケの色彩感が十分感じられるので、必要十分な音質だとは思いますが、小澤盤と比べると大分落ちます。
他の曲も名演ばかり。シンフォニエッタは特に素晴らしいです。プーランクを聴くなら是非入手しておくべきCDだと思います。
シルビア・マルケス・チュリリャ, ビルヒニア・マルティネス=ムルシア地方交響楽団
シルビア・マルケス・チュリリャのチェンバロ独奏とマルティネス=ムルシア地方交響楽団の録音です。最近リリースされたのか、マイナー曲なのに在庫が多くてうれしい限りです。また録音も新しく音質が非常に良く、とても臨場感があります。ファリャのチェンバロ協奏曲とのカップリングですが、プーランクの方がかなり難易度が高いと思います。
第1楽章は遅めのテンポで始まりますが、チェンバロのチュリリャは技巧的にはまあまあですが、チェンバロの音色をじっくり聴かせてくれます。オケは編成も大きく、フルオケだと思います。プーランクは金管も遠慮なく入れてくるので、実演で聴くとクラシカル・チェンバロだと埋もれてしまいます。この録音はバランスが良いうえにチェンバロの指先の細やかな表現を聴くことが出来ます。後からバランスを調整したのかも知れませんが、とてもナチュラルです。小澤盤だとインスピレーションに溢れていますが、かなりテンポが速めでチェンバロの細かい所まではなかなか録音できていないです。この演奏はチェンバロが主役です。ムルシア地方交響楽団はスペインの地方オケなのでどうかな、と思っていましたが、しっかりしたアンサンブルで、この曲の面白さを十分味わえます。ホルンの咆哮など奇麗な音色ですが、十分パワフルです。
第2楽章はシチリアーナなので、もう少しテンポは速めの方が自然で良いかな、と感じます。ただ十分味わい深く、聴いていくとこのテンポもアリなんだな、と思います。プーランクの時代はまだ古楽器奏法も無かったですし。チェンバロが伴奏に消される瞬間はなく、オーボエソロの伴奏をしている時でも同じくらいの音量ですね。第3楽章は少し速めのテンポ設定です。チュリリャは速いテンポで技巧を駆使するよりは、チェンバロの特性を活かして楽器と対話しながら演奏している、と思います。チェンバロは楽器によって特性が大分違うし、ピアノのように弦を叩くのでなく「はじく」ので、こういう丁寧な演奏も良いと思います。後半になるとテンポを上げてきて、スリリングさが出てきます。
こういう落ち着いて音色を楽しむ演奏もアリだと思います。指揮のマルティネスはなかなかインスピレーションに溢れた指揮ぶりです。
この新古典主義の曲にも、とうとう古楽器の波が押し寄せてきました。このコンビは古楽器オケでの演奏になります。プーランクはまさか古楽器オケで『田園のコンセール』が演奏されるとは思っていなかった、と思います。ただ、古楽器のほうが、音量的にバランスがいいかも知れませんね。でも新古典主義の音楽で、ストラヴィンスキーの影響を受けたこの作品を古楽器オケで演奏するのは簡単ではないと思います。
聴いてみると、まず非常に音質が良いです。チェンバロとオケの音量のバランスがちょうどよいです。古楽器だからといって、特別なことは無さそうです。ただ、古楽器オケだからクラシカル・チェンバロと合わせてもバランスが良いのだと思います。
速めのテンポで進みますが、ピノック=小澤盤ほど速くはありません。あくまでクールに理知的に曲の良さを伝えてくれます。また、クラシック・チェンバロだからか、インカ帝国みたいな響きはしないです。バロック、という感じでもないですけど、自然なチェンバロの音がします。第2曲も自然なシチリアーナで楽しめます。こういう昔ながらの舞曲の個所は得意です。第3曲も聴かせ所はちゃんと聴かせてくれるので、満足感が高いですね。
小澤盤やプレートル盤とは違い、特別なインスピレーションは感じませんが、知的な演奏になっています。特に良い音質で聴きたい方にはお薦めです。
プレヴィン盤は、オルガン奏者のプレストンがチェンバロも弾いています。1978年録音のこのディスクはとても素晴らしい演奏です。フランスらしさよりもシンフォニックな演奏です。
チェンバロとオーケストラのバランスはとても良いです。チェンバロの音色までちゃんと分かります。第1曲はメリハリがあって、基本的に同じ方向性ですね。こちらがオリジナルですけれど。第2曲もシチリアーナのリズムの流れが良く、田園風景が浮かんで来そうな演奏です。第3曲もリズミカルで良いです。プレヴィンは芸が細かいと思います。
かなり名盤だと思うのですが、いままであまり目立たなかったのは残念ですね。という訳で、このページで紹介することにしました。
ヴィール、デルヴォー=パリ音楽院管弦楽団
- 名盤
- 定番
おすすめ度:
チェンバロ:エメ・ヴァン・ド・ヴィール、指揮:ピエール・デルヴォー、パリ音楽院管弦楽団
Poulenc: Concertos Aubade
4.7/5.0レビュー数:21個
Francis Poulenc: Concertos, Aubade, Les Biches:MP3ダウンロード
4.7/5.0レビュー数:21個
チェンバロはベルギー人のエメ・ヴァン・ド・ヴィールです。指揮は、ピエール・デルヴォー、オケはパリ音楽院と、プーランクを演奏するには理想的なメンバーです。
このCDの特徴はチェンバロが良く聴こえることです。チェンバロの色彩感まできちんと聴こえるCDというのは、意外に少ないです。バランスの問題がありますから。チェンバロがリードして、伴奏もしっかり付けています。リマスタリングのおかげか、音質で不満を覚えることはありません。第1楽章の複雑な個所も小澤盤ほど分析的ではないですが、フランス的なエスプリを感じる、少しアバウトな演奏で、聴かせどころはきちんと押さえています。テンポは中庸ですね。メリハリはチェンバロはしっかりついていますが、伴奏のほうは上手くいっている所とそうでもないところがあります。まあ、パリ音楽院管なので、こんなものでしょう。
チェンバロとオケのバランスが良く、テンポも適切なので、万人にお薦めできる定番の演奏といえると思います。
マギー・コール、ヒコックス=シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア
ヒコックスのプーランクはなかなかダイナミックで面白いです。テンポ取りは小澤盤に似て少し速めです。イギリスのオケなので、上手いしダイナミックですが、フランス風のエスプリというのは無く、色彩感も少ないです。
シャープで繊細さのある小澤盤に対し、かなりダイナミックすぎて、ちょっと品に欠けるような気はします。そこが面白いとも言えます。あとは好みの問題のように思います。第2楽章も意外に湿っぽくて、何か小澤盤を意識しているような気すらしますね。悪くないのですが、何か新しい発見があるとさらに良いのですけど。
チェンバロとオケのバランスも良いです。むしろオケが大きすぎますけど。この時期のプーランクはこれでいいと思うんです。
パスカル・ロジェ、デュトワ=フランス国立管弦楽団
- 高音質
おすすめ度:
チェンバロ:パスカル・ロジェ、指揮:デュトワ(シャルル)、フランス国立管弦楽団
プーランク:管弦楽作品集
4.3/5.0レビュー数:2個
プーランク:管弦楽作品集:MP3ダウンロード
4.6/5.0レビュー数:5個
パスカル・ロジェはかなりの熱演ですが、オーケストラ側がちょっと弱いですね。デュトワ=フランス国立管弦楽団は、普段より色彩的な演奏になっています。しかし、この時期のプーランクでしたら、もう少しシャープさがあってもいいかも知れません。
バランス的に少し戸惑いがあるのかも知れません。確かにオケが強奏すると、チェンバロが消えてしまうというバランスになっていて、チェンバロが乗って弾いていても、その勢いでオケが入るとソロを消してしまいます。第2曲はなかなかの演奏です。第3曲はチェンバロとオケが交互に出てくるため、伴奏も弱めながら、しっかり演奏しています。
この曲に関して、こればっかりは仕方がないので、録音の時は音量の調整などしたほうがいいように思います。カップリングのシンフォニエッタなどは、名演で楽しめます。