マヌエル・デ・ファリャ (Manuel de Falla,1876-1946)作曲のバレエ『三角帽子』 (El sombrero de tres picos/Three-Cornered Hat)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。
特に人気があるのは第2組曲の「粉屋の踊り(ファルーカ)」と「終幕の踊り(ホタ)」です。吹奏楽に編曲され、広く親しまれています。
解説
ファリャの三角帽子について解説します。
スペイン舞曲の探索
バレエ『三角帽子』は、バレエリュスが1919年にロンドンで初演した2幕形式のバレエ作品です。また、第1組曲と第2組曲の2つのオーケストラ組曲が作成されています。
スペインを題材にしたクラシック作品としては、ビゼーの歌劇『カルメン』が有名ですが、バレエ『三角帽子』は振付師のマシーンらが実際にスペイン各地を訪れ、本物のスペイン舞踊を研究しているのです。DVDで見てみると、色々な地方のユニークな振付がありまずが、これらはスペイン舞踊を本格的に研究した上で振付しています。また、衣装や舞台背景はパブロ・ピカソが担当するなど、スペイン人も多く携わっています。
以下がバレエ「三角帽子」の構成になります。カッコ内はスペイン舞曲の種類です。
序奏
第一部
・昼下がり
・粉屋の女房の踊り(ファンダンゴ)
・ぶどう
第二部
・近所の人たちの踊り(セギディリア)
・粉屋の踊り(ファルーカ)
・終幕の踊り(ホタ)
完成までの道のり
バレエ『三角帽子』は完成まで少し複雑な道のりがありました。最初、ファリャと台本作家のシエラは、アラルコンの小説「三角帽子」を元にしたバレエをディアギレフに提案します。振付にはレオニード・マシーンが起用されることになりました。最初はパントマイム「代官と粉屋の女房」として計画され、1917年に作曲も完成します。
その後、バレエリュスのディアギレフの提案により、大編成オーケストラのために書き直し、曲目を追加し、バレエ『三角帽子』として、既に述べたように1919年に完成します。
アラルコンの小説「三角帽子」は、スペインのアンダルシア地方を舞台としたものです。
好色な代官が働き者の粉屋の美人な女房に目をつけ言い寄りますが、からかわれてしまいます。
その夜、粉屋の女房のベッドに潜り込もうとしますが、色々ドタバタと事件があった後、代官は警官や近所の人に袋叩きにされ一件落着
という物語です。(随分、端折りましたが…)
この小説を、日本風にアレンジされたものが、木下順二の戯曲「赤い陣羽織」です。大栗裕がオペラ化し、朝比奈隆=大阪フィルのディスクが発売されています。結構、有名な小説なんですね。
三角帽子―他二篇 (岩波文庫)
レビュー数:3個の評価
中古品¥93 より
吹奏楽で人気
組曲『三角帽子』は日本では吹奏楽のレパートリーとして人気があります。主に組曲から抜粋して演奏されます。
おすすめの名盤レビュー
ファリャ作曲三角帽子の名盤をレビューしていきましょう。
カサド=マーラー・チェンバー・オーケストラ
カサドはスペイン人の指揮者です。リズム感も持って生まれたスペインのリズムで、スペイン舞曲にも詳しい指揮者です。オケはマーラー・チェンバー・オーケストラなので、技術的にも優れています。録音も非常に新しく、新しい時代の『三角帽子』ですね。
序曲は速いテンポで熱気に満ちています。スペイン風ではなく、本物のスペインです。もちろんアンセルメ盤を聴いたこともあると思いますし、それも参考にしている箇所があるように思います。初演者の演奏なので参考にするのは良いことです。特に擬音など、スペインと直接関係しない部分ですね。「昼下がり」は一転、遅めのテンポですが、独特の濃厚な雰囲気に満ちていて、クールな色彩もあります。「粉屋の女房の踊り」は熱気のあるリズムと独特のレガートで官能的な要素もあります。スペイン舞踊は男性も女性も官能的な部分を良く表現していると思います。「ぶどう」の小気味良いリズムも聴き物です。
「粉屋の踊り」は小気味良いホルンで始まります。熱気のあるリズムとオーボエの官能的なレガートで、アンセルメ盤と双璧です。その後の情景は、スペイン的な小気味良いリズムの「運命」のパロディ、ソプラノはヴィブラートが効いていますが、少し濃厚な雰囲気です。テンポが遅くなり夜の情景を描き出します。速いテンポで鳩時計はとても上手い表現です。ファゴットの自由な演奏も面白く、何かしゃべっているような感じです。その後も意外と繊細な表現で高音質もあってリアルに細かなデュナーミクを捉えています。次の大騒ぎの個所はとてもいい表現です。「終幕の踊り」は、テンポが速めで沸騰しそうな激しいリズムです。オケもとても上手く、色彩感も良く出ています。
スペインの演奏家による『三角帽子』は結構あるのですが、特にスペインのオケだとリズムがスペイン流過ぎて、空回りしていることが多かったのですが、このカサドとマーラー・チェンバー・オーケストラの演奏は、本物のスペインのリズムや雰囲気を上手く感じさせてくれる名盤です。
アンセルメ=スイス・ロマンド管弦楽団
アンセルメはバレエ「三角帽子」の初演者です。ファリャ本人や振付のマシーンと議論しながら、初演の舞台を作っていった指揮者なので、この曲について非常に深く理解しています。まるで舞台が目に浮かぶような名演です。ファリャが書いた複雑なリズムが上手く再現されています。乾いた大地と様々な舞曲で、スペインの雰囲気が伝わってきます。録音の残響も丁度良く、カラッとした響きが心地よいです。夜中を知らせる鳩時計の表現一つとっても、「三角帽子」の世界観が伝わってくるようです。
冒頭のティンパニ、トランペット、カスタネットのリズムが始まった瞬間にスペインの世界に連れていかれる強力さです。ベルガンサの歌唱も素晴らしいです。第1部「昼下がり」は、乾燥したスペインの雰囲気満点です。木管の鳥の擬音も素晴らしく、雰囲気を盛り上げます。弦の響きもスペインのオケよりもスペイン的と思わせます。スペインにはスイス・ロマンド管弦楽団に匹敵するオケはありませんからね。「粉屋の女房の踊り」は熱気に満ちたリズムと、スフォルツァンドが響き渡ります。
「粉屋の踊り」は冒頭のホルンと弦のリズムの迫力があり、オーボエのソロはスペインらしい官能的な演奏です。最後のアッチェランドも雰囲気が良く出ています。その後の夜這いのシーンの描写力には舌を巻きます。暑い夜の雰囲気、小気味良い「運命」のパロディ、ベルガンサの神秘的でハリのある歌声、鳩時計の模倣は絶品です。そしてファゴットのコミカルな演奏と、その後の大騒ぎが上手い雰囲気の中、演奏されて行きます。この中にもスペイン的な素材やリズムがありますが、複雑なのでファリャ本人とよく相談しないと分からない部分も多いと思います。最後の「終幕の踊り」は複雑なリズムをしっかりと上手く再現して、スペインらしさを最後まで保ったまま、盛り上がって終わります。複雑なリズムを当たり前のように演奏していて、リズムの交錯がパッチワークのようにハマっていて、ファリャが意図した演奏が初めて再現された部分も多いように感じます。
スペインのオケでも良く演奏されますが、アンセルメを超える演奏はなかなか難しいです。『三角帽子』はスペイン的な素材を多く用いていますが、ファリャは手際よくオーケストレーションしていて、単にスペイン的に演奏すればいいというものでも無さそうです。
小澤征爾=ボストン交響楽団
小澤征爾とボストン交響楽団の演奏は、まだ若い小澤氏の指揮のフレッシュさがあり、リズムが溌剌(はつらつ)としていて、とても良い演奏になっています。メゾソプラノはアンセルメ盤と同じベルガンサが担当しており、スペインの雰囲気を醸し出しています。ボストン交響楽団の弦セクションもスペインらしいエスニックな音色です。リズム感は小澤征爾の指揮なので、折り紙つきの溌剌さです。
本格的なスペインのリズムがあるか?といえば、それはない物ねだり、という気もします。でも、雰囲気は良く出ています。例えば夜のシーンは、テンポを遅めにして雰囲気を出しています。ただ、ちょっと湿気を感じるかなと思います。この辺りがアンセルメ盤との違いになっていますね。
デュトワ=モントリオール交響楽団
デュトワとモントリオール交響楽団は、クオリティの高い演奏を繰り広げています。リズム感がアンセルメとは大分違う感じで、踊れる演奏ではないように思います。スペイン風という感じでもないです。
デュトワはファリャと深く相談しながら音楽づくりをした訳ではないので、スコアを読み込んで再現することでクオリティを上げています。もちろんモントリオール交響楽団はとてもハイレヴェルで、録音の音質も非常に良いです。
良い曲もありますが、バレエの舞台を感じさせるような演奏では無いですね。なおカップリングの『恋は魔術師』は、とても良い演奏です。
バレエ「三角帽子」のDVD
ファリャの『三角帽子』は、珍しくDVDがリリースされています。
パリ・オペラ座バレエ
パリ・オペラ座という、一流のバレエ団の舞台です。まずはピカソの衣装や舞台のモダンさに目が行きます。また、『三角帽子』は、マシーンがスペインに行き、各地の舞踊を調べて振付しているため、スペイン風、というより本物のスペイン舞踊が取り入れられています。粉屋の踊りなど、素晴らしい振付だと思います。代官の面白い踊りも見ものです。こんなクオリティの高い映像があるのは本当に貴重です。
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楽譜・スコア
ファリャ作曲の三角帽子の楽譜・スコアを挙げていきます。
ミニチュアスコア
No.243 ファリャ/バレエ音楽 三角帽子 (Kleine Partitur)
4.5/5.0レビュー数:2個