
ジョルジュ・ビゼーの歌劇「カルメン」は、あらゆるオペラ(歌劇)の中でもダントツの親しみやすさを持った作品です。このページでは解説の後、お薦めの名盤をレビューしていきます。また、スコアやヴォーカルスコアまでワンストップで紹介します。
組曲でなく全曲を聴いても第1幕、第2幕などは、どこかで聴いたことがある曲のオンパレードで飽きることがありません。ビゼーのメロディ・メーカーとしての才能は凄いです。
「カルメン」の解説
ビゼーの『カルメン』について解説します。
あらすじ(ストーリー)と聴きどころ
台本は闘牛と闘牛場で繰り広げられる恋愛のもつれでしょうか。主人公ドン・ホセのダメ男ぶりが目立ちますね。
しかし、カルメンの魅力を上手く表現していて「ハバネラ」「セギディーリャ」などはとても素晴らしい音楽です。第2幕では闘牛士が登場して「闘牛士の歌」、酒場を盛り上げます。第3幕ではジプシーの生活や占い師などを描いています。最後はドン・ホセがカルメンを刺して終わるので悲劇なのですが、暗い感じやややこしい恋愛関係などは表現されておらず、すっきり楽しめる舞台になっています。
カルメンのみならず、ドン・ホセの婚約者ミカエラの「ミカエラのアリア」なども名曲です。
『カルメン』聴くなら、オペラか組曲か?
歌劇『カルメン』はオペラなので、オペラとして観劇する方法と、組曲や抜粋版を入手して音楽として楽しむことの両方ができます。
一般的にオペラというと長くて親近感が沸かないような気がする人もいるかも知れませんが、『カルメン』は初心者で音楽にしか興味がなくても楽しく観劇できると思います。さきほどの「セギディーリャ」もカルメンとドン・ホセの動きが見えなければ、楽しみは半減です。CDよりは一度は映像を見ておいたほうがいいです。
そんな訳で、筆者はオペラを見てみることをお薦めします。特にカルロス・クライバー=ウィーン国立歌劇場の上演は、演奏も凄いので引き込まれると思います。また、全曲盤CDではマリア・カラスがカルメンを歌ったディスクがあり非常な名盤です。指揮はプレートルで生き生きとしていて、フランスのエスプリを感じます。これらを中心に人気曲だからか名盤が目白押しです。
組曲は第1組曲と第2組曲があります。第1組曲が多くリリースされていますが、短いため物足りないですね。2つの組曲が入っているディスクか、ハイライトである程度の曲数があるディスクがお薦めです。全曲盤に比べると決定盤に欠ける所ですが、カラヤン盤、マルケヴィッチ盤、バーンスタイン盤などが定番の名演です。プレートル盤もあり楽しめる演奏です。組曲や抜粋の場合、フランスやスペインの地方オケが陽光溢れるラテン的な名演を繰り広げており、これらのディスクも見逃せません。
CDでも組曲やハイライト(抜粋)と比べて、全曲盤のほうが名盤が多いです。「ハバネラ」などはカルメンの歌が無いと雰囲気が出ないですしね。
おすすめの名盤レビュー
『カルメン』のおすすめの名盤をレビューしていきます。全曲版(映像あり)、全曲版(CD)、組曲版、抜粋など、色々ありますのでご注意ください。
セガン=メトロポリタン歌劇場
最近の2010年舞台で評価が高いディスクです。特にガランチャのカルメン役が素晴らしいです。メトロポリタン歌劇場のDVDは映像も音質も非常に良いです。
そしてガランチャのカルメンはまさにハマリ役です。圧倒的な歌唱力で、ロマの娘であるカルメンの自由奔放で退廃的な魅力を十二分に表現しきっています。歌唱も演技も素晴らしいです。
2010年度(第48回)『レコード・アカデミー賞』特別部門,ビデオ・ディスクビデオ・ディスク「舞台&劇作品」受賞作品です。
カルロス・クライバー=ウィーン国立歌劇場(オペラ)
歌劇『カルメン』のもっとも素晴らしく、かつ親しみやすい舞台は、カルロス・クライバー=ウィーン国立歌劇場です。
カルロス・クライバーらしく速いテンポで前奏曲が始まり、第1幕に入るとスペインの雰囲気たっぷりの音楽になります。こういう音楽の流れもオペラで観てこそ楽しめるというものです。カルメン役のオブラスツォワは、素晴らしい演技と歌唱力ですね。他のキャストも歌唱もビジュアルもイメージ通りです。またミカエラ役のイソベル・ブキャナンがビジュアル的にも非常にハマり役で、本当に心温まる素晴らしい歌唱です。
トラディショナルでモダン化・抽象化されていない衣装や舞台装置も見物です。第2幕の闘牛士の登場部分もフラメンコが登場したりして、闘牛の雰囲気を盛り上げています。
オペラのディスクは多々あれど、ここまで楽しく見ごたえある上演は、なかなかありません。
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全曲盤(CD)レビュー
カルメンの全曲盤は、マリア・カラスの名盤など、注目すべきディスクが多いです。
プレートル=パリオペラ座(カルメン役:マリア・カラス)
カルメンをマリア・カラスが演じる「カルメン」全曲です。映像が無いのが残念ですが、カラスをはじめ適役のキャストが集まった貴重な名盤です。
指揮はフランスの名指揮者プレートルです。プレートルらしい絶妙なテンポの動かし方は聴きどころの一つですね。演奏はパリオペラ座管弦楽団で、フランスらしいというか、ちょっと荒い演奏ところもある演奏ですかね。
主役のマリア・カラスの安定した歌唱と表現力には圧倒されます。カルメンらしい娼婦の役を演じ切りながらも、きちんと品格が保たれています。これは生まれつきの声の質だと思います。
あとは録音がやはり少し古いので、出来ればリマスタリングされた良いディスクを購入することをお薦めします。
ショルティ=ロンドン・フィル、他 (全曲版)
ショルティの『カルメン』はテンポが特別速いということは無く、しっかりした土台の上に構築された音楽になっており、とても聴きごたえがあります。演奏のロンドン・フィルもスケールが大きく力強い演奏を繰り広げています。
前奏曲はショルティらしくダイナミックです。カルメン役のタチアナ・トロヤノス(メゾソプラノ)は声量もしっかりしており、ドン・ホセ役のプラシド・ドミンゴとの相性もばっちりで、妖艶な表現で、魅了してくれます。キリ・テ・カナワはミカエラ役で、美声を聴かせてくれますが、この豪華な歌手陣の中では一人の歌手ですね。
全体的にスケールが大きくクオリティが高い充実した『カルメン』です。歌手陣の豪華さもあって、様々な場面をじっくり聴かせてくれます。
組曲、抜粋(CD)レビュー
カルメンは全曲盤でも飽きませんが、組曲は有名な曲ばかりです。人気作品ですので沢山の名盤があります。
カラヤン=ベルリンフィル (1970年)(組曲)
カラヤン=ベルリンフィルの1970年の録音です。この後、1980年代にも再録音しています。引き締まったダイナミックさは1970年盤が上で、管楽器のソリスト陣の豪華さも聴き物です。特にフルートのゴールウェイなどですね。この時期にはフィルハーモニア管弦楽団やウィーン・フィルとの録音もあり、カラヤンの『カルメン』『アルルの女』の演奏はピークだと思います。
『カルメン』は前奏曲、間奏曲のみ収録であるため、『アルルの女』のほうが聴きどころが多いと思いますが、カルメンの組曲もクオリティの高い演奏で定番と言えると思います。
ゴンザレス=バルセロナ交響楽団 (組曲)
ゴンザレスとバルセロナ交響楽団の演奏です。スペインの地中海沿岸にあるバルセロナのオケの演奏で、音楽的にも闘牛という文化を考えても、本場と言ってよいと思います。イギリスやドイツ系の重厚な響きはありませんが、しなやかでアンサンブルのクオリティは高いです。新しい録音で音質も良く、透明感と色彩感があります。色彩感、といってもスペインのオケの色彩は言葉で表現できませんが、フランスとは大分違うものがあります。
地中海沿いのラテン系の明るさと、スペインらしい独特のリズム感を聴くことが出来ます。バルセロナ交響楽団はなかなか味のある音色を紡ぎだしていて、他の演奏では聴けない色彩的な表現が多いです。また近年のスペインのオケのアンサンブル力の充実ぶりは素晴らしいです。
ジプシーであるカルメンの妖艶さも本場スペイン風です。歌唱はありませんが、管楽器など細かいニュアンスを上手く表現しています。前奏曲は溌剌とした名演です。リズムの取り方がフランスのオケと違い、とても繊細でボキャブラリーが豊富です。「ハバネラ」も歌唱のない演奏としてはしっかりした演奏で、スペイン風のリズムがあります。「ノクターン」はホルンが上手く、色彩的で夜の雰囲気が良く出ています。「闘牛士の踊り」はリズム感が素晴らしく、ラストに向けて熱狂的に盛り上がります。
カップリングの『アルルの女』組曲も、素晴らしい演奏です。
バーンスタイン=ニューヨーク・フィル (抜粋)
バーンスタインとニューヨーク・フィルの昔からの名盤です。『カルメン』は第1組曲、第2組曲が全て収録されていて聴きごたえがあります。録音はしっかりしており今でも十分楽しめます。
第1幕への前奏曲は、意外に遅いテンポでしっかりしたステップを踏むように演奏しています。この微妙なリズム感はバーンスタインにしか出来ない絶妙さです。
「セキディーリャ」はフルートの切ない表現やオーボエの歌いまわしや、リズムの変化も絶妙でオペラを聴いているようです。「ハバネラ」も素晴らしい演奏で、歌唱が入らない演奏としては一番の名演です。その後のリズムも軽妙でしっかりハバネラになっています。
ノクターンは自然さがあり、ホルンも弦のソロもコクがあります。「闘牛士の歌」は良いテンポ設定とトランペットソロの誇り高い表現が見事です。「闘牛士の踊り」は軽快なリズムでスリリングに盛り上がり、ラストは凄い速さで熱狂的です。
落ち着いた自然な語り口、秘めた情熱、絶妙なテンポの揺らし方で、今聴いても十分魅力的な名盤です。
デュトワ=モントリオール交響楽団 (組曲)
デュトワ=モントリオール交響楽団のディスクは、安定したレベルの高さで万人にお薦めできる名盤ですね。中には少し迫力不足な曲もありますが、有名な「前奏曲」は速いテンポで颯爽としているし、特に「第3幕への間奏曲」など、管楽器が活躍する曲はとても素晴らしい演奏です。どんな曲でも音が濁ることはなく、透明感があり、録音の音質も素晴らしいです。
クライバー、プレートル、マルケヴィッチと蒼々たる個性的な指揮者たちが来ると、デュトワは普通過ぎてつまらないという声も聞こえてきそうですが、きちんとまとめ上げた上に音質も良い定番といえる名盤です。
プレートル=バンベルグ交響楽団 (抜粋)
プレートルとバンベルグ交響楽団のライヴ録音です。マリア・カラスと全曲録音したプレートルですが、いろいろなオケの指揮台に上がっています。これは1986年のコンサートの録音です。プレートルが振るとフランスのオケでなくてもフランスのエスプリを感じるラテン系で明るい演奏になります。前奏曲は凄い速いテンポですが、中間部では少しテンポを落とすなど、盛り上がっても実は理性的なんですよね。
ドイツの東側でバンベルク交響楽団はチェコとの国境に近い田舎のオーケストラです。しかし、昔からドイツ的な演奏をする名門オケで、ヨッフムやホルスト・シュタインらとドイツ系の曲で名演を残しています。あまりダイナミックさが無いので、一流とまではいきませんけれど、ローカル色が濃くてやわらかい響きのオケです。
プレートルの指揮はテンポがかなり変化しますし、メリハリのついた表現を要求されます。バンベルク交響楽団は、美しい響きはそのままに、時にシャープに、スリリングに演奏しています。聴いていてとても楽しい演奏です。当時のライヴ録音としては綺麗にとれています。
マルケヴィッチ=ラムルー管弦楽団 (組曲)
マルケヴィッチと手兵ラムルー管弦楽団の録音です。シャープな切れ味、強弱をつけ方の妙、マルケヴィッチはこの曲を得意としていました。コンセール・ラムルー管弦楽団も黄金時代で、一流のフランスのオーケストラに引けを取らない上手さと安定感です。『カルメン』で第1組曲、第2組曲がきちんと入っている所も好感が持てます。今でも選曲と演奏の質を考えるとトップに来るのではないかと思います。
第1幕への前奏曲は、堂々としたテンポでシャープでダイナミックな演奏を繰り広げています。弦のシャープな爽快感が『カルメン』らしい名演です。アラゴネーゼもリズミカルで適度に情熱や悲壮感があってとても雰囲気が出ています。
間奏曲は遅めのテンポでフルートや木管のアンサンブルが味わい深いです。激しいだけではなく、南フランス、あるいはスペインの情緒を感じます。ノクターンでは当時のレヴェルの高いコンセール・ラムルーのホルン・ソロが聴けます。ヴァイオリンのソロも渋い音色で、味わい深いアンサンブルです。最後の「闘牛士の踊り」はシャープなリズムで情熱的に勢いを増して盛り上がります。トランペットのソロも上手いです。最後は熱狂的に白熱します。
全体的にシャープなダイナミックさだけではなく、スペイン的な激しい情熱を感じる名盤です。カップリングの『アルルの女』も同様にシャープでリズミカルで、名演として昔から知られています。
ロンバール=ボルドー・アキテーヌ国立管 (抜粋)
フランスの地方オケは古いサウンドを残している楽団が多いです。この演奏はボルドー・アキテーヌ国立管弦楽団です。ボルドーといえばワインですね。かなり田舎のほうです。地図で見ると以下です。スペインに近いですが、北側なんですね。
またオペラ座もあり、ボルドー・アキテーヌ管は、そこのピットに入るオーケストラでもあります。
組曲版もありますが、抜粋の演奏が素晴らしかったので、そちらを紹介します。前奏曲は、溌剌としたリズムで始まります。思ったより実力の高いオケです。オペラの全曲からの抜粋のようです。一時CDがいくつか出ていたようで、全曲盤もあったようですが軒並み廃盤ですね。
カルメン役は結構太い声です。カルメンというと自由に生きる女ということだから、こんなイメージでしょうか。テンポ設定が速めで情熱的で溌剌(はつらつ)としています。カルロス・クライバーも素晴らしいですが、それとは違ったフランス的でラテン系の名盤です。
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楽譜
ビゼーの『カルメン』の楽譜・スコアを挙げていきます。