オットリーノ・レスピーギ (Ottorino Respighi,1879-1936)作曲の交響詩『ローマの祭り』 (Feste romane)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。最後に楽譜・スコアも挙げてあります。
交響詩『ローマの祭り』はオーケストラでもそれなりに上演され、ディスクも多くリリースされています。また、吹奏楽では昔から非常に人気があり、中学、高校生が吹奏楽編曲版を定期演奏会などで演奏していますね。吹奏楽のディスクも多いです。
解説
レスピーギの交響詩『ローマの祭り』について解説します。
オットリーノ・レスピーギが1927年~1928年にかけて作曲されました。ローマの三部作の3曲目です。ローマの三部作の中でもっとも名曲なのですが、編成が大きく、カラヤンのように『ローマの噴水』と『ローマの松』のみしか録音していないCDも多いです。
作曲の経緯
レスピーギは1923年にサンタ・チェチーリア国立アカデミア(Accademia Nazionale di Santa Cecilia)の院長に就任します。サンタ・チェチーリア国立アカデミアはイタリアのローマにあり、ローマ教皇シクストゥス5世によって1585年に設立と非常に長い歴史があります。現存する最古の音楽教育機関です。1585年と言えば音楽のルネサンス時代終盤、バロック期が始まる頃です。
1908年にサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団が設立されているので、レスピーギが在任していた頃には、オーケストラもありました。
イタリアの古代音楽を知るのにこれほど最適な音楽大学は他にありません。そこに保管されていた豊富な資料からインスピレーションを得て作曲されました。
初演
初演は1929年2月21日、ニューヨークのカーネギーホールにて、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮のニューヨーク・フィルによって行われました。
曲の構成
4つの曲から成る交響詩です。ローマのそれぞれの時代の祭りを描いています。演奏時間は約25分です。
各曲には、レスピーギ自身の標題がつけられていますので、引用します。
第1曲:チルチェンセス(Circensus)
チルコ・マッシモに不穏な空気が漂う。だが今日は市民の休日だ。『ネロ皇帝、万歳!』鉄の扉が開かれ、聖歌の歌声と野獣の唸り声が聞こえる。群衆は興奮している。殉職者たちの歌が一つに高まり、やがて騒ぎの中にかき消される。
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チルチェンセスは英語ではサーカスです。古代ローマの祭りでまだキリスト教が迫害されていた時代です。
ローマ帝国の暴君ネロの時代には円形競技場(コロッセオ)で行われた祭りで、迫害されたキリスト教徒が猛獣と戦わされました。
レスピーギの標題のチルコ・マッシモは戦車競技場ですが、皇帝ネロの時代は円形競技場(コロッセオ)で行われていました。
バンダで3本のブッキーナ(主にトランペットで代用)が使用され、熱狂的な雰囲気を高めています。バンダとは舞台以外の場所に配置される楽器のことで、ホールの形状にもよりますが、客席後方の上あたりに配置されることが多いです。昔の劇場ならベランダが使われ、2階席のあるホールでは2階席に配置されます。客席にいるとダイナミックなトランペットが前後から聴こえてきてとても効果的です。
ブッキーナは丸い形をした金管楽器で「大きな巻き貝」の意味です。古代ローマで競技や戦場で吹き鳴らされていた金管楽器で、まだヴァルブやロータリーなどは付いていないシンプルな楽器です。
このイラストの楽器は、ブッキーナによく似た古代ローマのコルヌです。
ナチス・ドイツは神聖ローマ帝国の後継と名乗っていて、ブッキーナ等の楽器を復元していたとのことですが、『ローマの祭り』の演奏で復元楽器が使用されたという記録は残っていないようです。
管理人の想像としては、ブッキーナはトランペットと同じ音域だとすると、昔のナチュラル・トランペットのように管長を2倍にして、おおよそ三度の自然倍音が使えるようにしていたと思います。そうするとアクセントのついた鋭い音色になります。
演奏によってはブッキーナとして円錐形の金管楽器(フリューゲル・ホルン、バリトン、ユーフォニウムなど)を使っていることもあります。ただこれらの楽器は比較的柔らかい音色ですね。
第2曲:五十年祭(Giubileo)
巡礼者たちが祈りながら街道をゆっくりとやってくる。モンテマリオの頂上方待ち焦がれた聖地がついに姿を現す。『ローマだ!ローマだ!』一斉に歓喜の歌が沸き上り、それに応えて教会の鐘が鳴り響く。
Wikipedia
ローマの中世(ロマネスク時代)の祭りです。既にキリスト教が国教となった後です。
ローマ教皇が50年ごとに大赦を行う聖祭で、巡礼者がローマに集まり、聖歌「キリストは生まれ給えり」が始まり、教会の鐘が鳴らされます。この五十年祭は現代でも行われています。
第3曲:十月祭(Ottobrata)
ルネサンス時代の祭りです。ローマ近郊にあるカステリ・ロマーノのぶどうの収穫を祝う祭り(収穫祭)です。
カステッリ・ロマーニの十月祭はブドウの季節。狩りの合図、鐘の音、愛の歌に続き、穏やかな夕暮れのロマンティックなセレナーデが聴こえてくる
Wikipedia
カステリ・ロマーノ(Castelli Romani)とは「ローマの城」という意味で、ローマの南東約25キロ、アルバーニの丘陵地帯にある14の町の総称で、有名なワインの産地でもあります。中世にはローマの裕福な人々が別荘を建て、眺めを楽しみました。
狩りの角笛(ホルン)が響き、夕暮れにロマンティックなセレナーデをマンドリンが奏でます。
第4曲:主顕祭(La Befana)
主顕節前夜のナヴォーナ広場。お祭り騒ぎの中、ラッパの独特なリズムが絶え間なく聴こえる。賑やかな音と共に、時には素朴なモティーフ、時にはサルタレッロの旋律、屋台の手回しオルガンの旋律と売り子の声、酔っぱらいの耳障りな歌、さらには人情味豊かで陽気なストルネッロ『われらローマっ子のお通りだ!』も聞こえてくる。
Wikipedia
主顕祭は、1920年代ごろ、ナヴォーナ広場で行われていた祭り(三聖王の祭、1月6日)です。屋台や露店が並び、狂乱の喧騒、手回しオルガンの音、物売りの声、酔っ払いの歌などが描写され、最後は熱狂的なサルタレロのリズムでクライマックスを築きます。
おすすめの名盤レビュー
それでは、レスピーギ作曲交響詩『ローマの祭り』の名盤をレビューしていきましょう。
ムーティ=フィラデルフィア管弦楽団
ムーティとフィラデルフィア管弦楽団の録音です。デジタル録音でダイナミックさをしっかり録音しています。
第1曲「チェルセンセス」は落ち着いたテンポ取りですが、ムーティらしい力強さとフィラデルフィア管弦楽団の分厚い響きで、イタリアらしさを感じさせます。またイタリアの先輩指揮者で初演者であるトスカニーニのテンポ取りに近いですね。皇帝ネロの暴君ぶりを彷彿とさせるような筋肉質な演奏で、オーラすら感じられます。スケール感では一番凄い演奏ですね。
第2曲「五十年祭」は弦の音色が古代ローマを思わせるような味があり、グロテスクさすら感じさせます。後半はダイナミックに盛り上がりますが、熱気のあるフィラデルフィア管の響きはイタリアのオケのようです。鐘の音も重めで、ローマに旅行した時の町に鳴り響く鐘の音を思い出します。
第3曲「十月祭」は色彩的でフィラデルフィア管から色々な響きを聴けてとても良いです。ホルンソロも素晴らしいです。夜の雰囲気になり、マンドリンが鳴り響きますが、ムーティは力強さが目立ちますね。ヴァイオリンソロのレヴェルが高く、味わい深くなっていきます。第4曲「主顕祭」は活力あふれる音楽で、それぞれの場面を鮮やかに描いています。最後はダイナミックにテンポアップしてスリリングに締めくくります。
フィラデルフィア管は、ムーティの指揮により『ローマの祭り』は、イタリア的な響きを紡ぎだしています。正直言って、上手いイタリアのオケを聴いたことがありませんが、スカラ座でヴェルディなどを聴いているとたまに近い響きを聴ける時がありますね。
小澤征爾とボストン交響楽団の録音です。録音は十分しっかりしたもので、この演奏のスケールの大きさをしっかり録音しています。
第1曲「チェルセンセス」のテンポ取りは素晴らしく、圧倒的な盛り上げはさすが小澤征爾です。この部分は、盛り上げようとして上手く行っていない演奏も多いので、改めて小澤征爾の才能を感じさせます。シャープで激しい表現ですが、ボストン交響楽団は細かい音もきちんと演奏しきっています。アッチェランドの仕方もさすがです。バーンスタイン盤に似ていますが、それより高いクオリティです。
第2曲「五十年祭」は第1曲の熱気が残っている中で神妙に始まりますが、繊細な弦の響きが印象的です。後半はダイナミックで熱狂的に盛り上がります。第3曲「十月祭」はリズミカルで溌剌としています。ホルンのソロも上手いです。マンドリンもロマンティックに入ってきます。この辺りの夜の雰囲気づくりは、線が細くしなやかです。第4曲「主顕祭」は軽快に様々な場面を描いています。ラストも熱狂的な盛り上がりです。
全体的にこの演奏は第1曲「チェルセンセス」が素晴らしいです。自由で大胆なテンポ取りで、ここまでまとまっている演奏は他には無いと思います。ワイルドでスリリングな演奏を聴きたいなら外せないCDです。
デュトワ=モントリオール交響楽団
デュトワとモントリオール交響楽団の録音です。録音は残響が長めで、モントリオール響の色彩的で繊細な響きを高いレヴェルで再現しています。
第1曲「チェルセンセス」は落ち着いたテンポ取りと色彩的な響きで、ハイレヴェルな演奏です。特に金管楽器の音程が良いです。残響が多めでスケールの大きいダイナミックさです。パイプオルガンも存在感があります。
第2曲「五十年祭」では、古代ローマへの憧憬を感じさせるようなファンタジックな響きです。この響きがデュトワ盤の良い所で、じっくり聴いていくと古代ローマにトリップさせてくれます。ダイナミックな所も良いですが、ダイナミックな音楽に挟まれた静かな部分で味わい深い響きを紡ぎだしています。第3曲「十月祭」は鮮やかな響きが良いです。細かい所までしっかり演奏されていて、非常に色彩的です。クラリネットが出てくる付近から、とても味わい深く白昼夢でも見ているかのように古代ローマにトリップさせてくれます。そしてマンドリンの味わい深さは格別です。第4曲「主顕祭」ではクラリネットを合図に現実に引き戻され、鮮やかでユーモアのある音楽になります。
色彩的な演奏は多いですが、デュトワ盤は古代ローマへのファンタジーという面で、他のCDを圧倒しています。この演奏は単にスコアに忠実なだけでは出来ません。デュトワならではの一流の演出ですね。
ロペス=コボス=シンシナティ交響楽団
スペインの巨匠ヘスス・ロペス=コボスとシンシナティ交響楽団の録音です。録音はデジタル録音でシンシナティ響のクオリティ高いアンサンブルを良く録音しています。『ローマの祭り』は若手~中堅の指揮者の録音が多いですが、ヘスス・ロペス=コボスは経験を積んだ巨匠で、スペイン人ですが熱狂的になりすぎず、味わい深さのある名演となっています。
第1曲「チェルセンセス」はシンシナティ響の迫力ある演奏で始まり、トランペットも安定した上手さです。ロペス=コボスは適度にダイナミックでベテランらしい落ち着きと、スケールの大きさがあります。テンポ取りのセンスの良さとアンサンブルの質の高さは特筆ですね。第2曲「五十年祭」はロペス=コボスの奥ゆかしい標準的なテンポ取りで、自然体で落ち着いた佇(たたず)まいで、じっくり味わえます。終盤のホルンも上手いです。
第3曲「十月祭」は少し速めのテンポで凛とした演奏です。後半、静かになるとケレン味のない(わざとらしさ、が無い)演奏ですが、ロペス=コボスの自然なテンポ取りから、コクのある味わい深さが紡ぎだされています。第4曲「主顕祭」は速めのテンポでクオリティの高いアンサンブルで始まります。ロペス=コボスは小技を使わず、熱狂的にもなりすぎずで、シンシナティ響のアンサンブルもクオリティの高さを最後まで保っています。ベテランらしい風格でコクのある演奏になっています。
カップリングの『教会のステンドグラス』もじっくり味わえる名演です。
ロペス=コボスは晩年NHK交響楽団に客演し、同じプログラムでとても味のある名演を残しています。そのうち映像で発売されると良いですね。ローマの祭りは映像で観る面白さがある曲ですが、オケの映像は見当たらないですし。
バーンスタイン=ニューヨーク・フィル
バーンスタインとニューヨーク・フィルの録音です。
第1曲「チェルセンセス」から凄い迫力です。アッチェランドの仕方が半端じゃないですね。トロンボーンがグリッサンドになっています。かなり速いテンポまでアッチェランドしていき、ニューヨークフィルもギリギリという感じです。第2曲「五十年祭」は、なかなか味わいがあって良い演奏です。後半は急にテンポアップします。テンポはもうバーンスタインの感性で自由自在という感じですね。第3曲「十月祭」は名演です。かなり速いテンポですが、リズミカルで聴いていてとても楽しい演奏です。後半は夜の雰囲気が良く出てきて味わい深いです。第4曲「主顕祭」は急にテンポアップし、爽快な演奏です。このテンポの速さはこのページの中で一番です。もっとも急に遅くなるところもありますけど。トロンボーンの酔っ払いぶりも面白いです。最後は盛り上がって終わりますが、テンポ設定の自由さは半端じゃないです。
それにしてもニューヨークフィル相手にこれだけ自由自在にテンポを動かして、ニューヨークフィルもきちんと着いてくるのだから凄いですね。
トスカニーニ=NBC交響楽団
『ローマの祭り』の初演者であるトスカニーニとNBC交響楽団の演奏です。
第1曲「チェルセンセス」から圧倒的な迫力です。ただ意外と落ち着いたテンポ取りで、しっかりした演奏です。トロンボーンの暴力的な演奏にも圧倒されます。第2曲「五十年祭」は、始まりから不穏な緊張感を孕んでいます。後半は物凄い盛り上がり様でホルンも思い切り鳴らし切っていて気分が良いです。鐘も思い切り叩いていますね。
第3曲「十月祭」は、その盛り上がりのまま進んでいきます。グロッケンや弦もかなり思い切り鳴らしていて、くっきりした音楽です。録音のマイクの位置などの問題もあるかも知れませんけど。マンドリンの所はさすがにピアノになって味わい深い音楽になります。ヴァイオリンソロが上手いですね。第4曲「主顕祭」は凄い騒ぎです。トスカニーニはNBC交響楽団をビシビシとリードして、喧騒に溢れた音楽を作り出しています。最後はテンポアップして、半端じゃない熱狂の中で曲を閉じます。
トスカニーニは初演者なので、おそらくリハーサルでレスピーギと意見交換しながら音楽づくりをしたのだと思いますが、どの位、レスピーギの意見が入っているのでしょうね?古いモノラル録音でなければ、圧倒的な名演だったと思います。
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映像のDVD,Blu-Ray,他
「ローマの祭り」はバンダもあり、特殊楽器も多いので、映像で観るとまた違った面白さがあります。普段はここでDVDやblu-Rayを紹介するのですが、意外に見当たらなかったため、YouTubeを貼っておきます。ヘスス・ロペス=コボスとNHK交響楽団の映像で、ロペス=コボス最晩年の名演です。
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楽譜・スコア
レスピーギ作曲の交響詩『ローマの祭り』の楽譜・スコアを挙げていきます。