ベンジャミン・ブリテン (Edward Britten,1913-1976)の歌劇『ピーター・グライムズ』(Peter Grimes)から採られた『4つの海の間奏曲』(4 Sea Interludes)と『パッサカリア』(Passacaglia)について解説と、おすすめの名盤をレビューしていきます。
解説
『4つの海の間奏曲』と『パッサカリア』について、解説します。
ベンジャミン・ブリテンは近代/現代のイギリスを代表する作曲家です。比較的有名な「4つの海の間奏曲」作品33aはブリテンの出世作であるオペラ『ピーター・グライムズ』を元に、ブリテン本人の編曲によって出来た曲です。
イギリスの作曲家ですし海の作品ということで、題名を見て何かロマンティックな曲を想像します。実際8割方予想通りのイギリスの少し寒そうな海を描いた曲に聴こえます。漁師のオペラというと、ヘミングウェイの小説「老人と海」みたいなものを想起しますし、そのイメージで聴いても十分曲と合います。この組曲を聴く分にはオペラの知識はなくてもいいかも知れません。でも実際、どんなオペラの曲なのでしょうか?
オペラ『ピーター・グライムズ』
元のオペラ『ピーター・グライムズ』がどんな作品であるか、少しご紹介します。ちょっと長くなりますが、オペラの超あらすじを書いてみます。
漁師グライムズは、漁の最中に助手が死んだことについて裁判を受けます。
村人たちは、既にグライムズが有罪に違いないと決めつけます。エレンと元船長ボルストロードだけはグライムズを慰めます。グライムズは仕事場でも、酒場でも村人から疎まれます。
様々な事件が起こってグライムズが事件の犯人であるかのような状況になっていきます。新しく雇った助手ジョンは、首に殴られた跡があり、エレンがグライムズに問いただすと、グライムズはエレンを殴ってしまいます。
エレンがこのことを村人たちに知らせると、群衆と化した村人たちがグライムズの丸太小屋に迫ります。グライムズは助手ジョンを崖伝いに船に逃がそうとしますが、滑落して死んでしまいます。
その後、漂着した上着をみたエレンは、それがジョンのために縫ってやったものであることに気づきます。また助手を殺した、と村人たちは群衆となり、グライムズを探します。
グライムズは錯乱状態で海の上にいましたが、気づかれないように海岸に戻ってきました。グライムズを見つけたボルストロードは、「けじめ」として船と自らを海に沈めるように諭します。
グライムズは沖合で船と共に海に沈みます。その時、村人たちはエレンとボルストロードも加わって何気ない一日の営みを歌っていました。
まるで神の見えざる手があるかのように、グライムズは追い込まれていきます。しかし、あるのは状況証拠だけですし、2度目の助手の死はグライムズは善意で船に逃げさせようとしたことが原因です。
ちなみに時代背景もあってか元の題材からブリテンは大分変えたようです。
物事が立て続けに裏目に出てしまうことは、たまにあることですが、群集心理はイメージで犯人を決めつけ攻撃します。そして、エレンですらそれに逆らえないということですね。これがドイツでなくイギリスで書かれたのです。初演は1945年6月でヨーロッパでは第2次世界大戦が終わった直後ですが、太平洋戦争はまだ終わっていないですけどね。
ブリテンは、その後も計16ものオペラを書いていて、実はオペラ作曲家なのです。「ねじの回転」は有名でしょうか。
間奏曲を管弦楽曲化
さてオペラ「ピーター・グライムズ」から採った組曲「4つの海の間奏曲」「パッサカリア」は、現在オーケストラのレパートリーとして度々演奏されます。レナード・バーンスタインの最後の演奏会のプログラムでもありました。
管弦楽のみでなく、日本では吹奏楽でも人気のある曲目です。比較的簡単にブリテンの曲を演奏することが出来ます。
組曲「4つの海の間奏曲」作品33aは以下の4曲から成り立っています。また「パッサカリア」作品33bも間奏曲として使われています。
■組曲「4つの海の間奏曲」
第1曲:夜明け (Dawn)
第1幕の前に演奏される間奏曲
第2曲:日曜の朝 (Sunday Morning)
第2幕への間奏曲
ホルンは教会の鐘を模したものです。
ソプラノの独唱が入ることもあります。
第3曲:月光 (Moonlight)
第3幕への間奏曲(ノクターン)
ノクターンは「夜想曲」とも言います。
第4曲:嵐 (Storm)
第1幕の第1場と第2場をつなぐ間奏曲
オペラを一度見ておくと大分印象が変わる曲ですね。
■パッサカリア
第2幕の第1場と第2場をつなぐ間奏曲
パッサカリアはシャコンヌとも呼ばれ、バロック時代には
よく使われた形式です。
低音の主題を繰り返し、そのうえで旋律が変奏していき
ます。このパッサカリアでは39回変奏しています。
「4つの海の間奏曲」「パッサカリア」の名盤
組曲「4つの海の間奏曲」と「パッサカリア」のおすすめの名盤をレビューしていきます。
組曲「4つの海の間奏曲」と「パッサカリア」は一応別の曲です。どちらかしか入っていないケースもあります。
オーマンディは職人的指揮者なので、「4つの海の間奏曲」「パッサカリア」のいずれも、不協和音や不吉な響きが出てきてもそのまま演奏しています。なので、少しグロテスクなところがありますが、オペラの筋書きを知っている人にとっては、良い演奏であることがわかると思います。
オペラ「ピーター・グライムズ」は少し意外な筋書きでした。でも、ショスタコーヴィチの「死者の歌」と一緒に収録するって、大胆な選曲ですね。
「パッサカリア」はさらに名演です。ちょっと鳥肌が立つくらいです。
録音がちょっと古いかも知れませんが、曲の本質をついているという意味では名盤であり、定番といっていいと思います。
バーンスタイン=ニューヨーク・フィルハーモニック
バーンスタインとニューヨーク・フィルの録音です。組曲「4つの海の間奏曲」と「パッサカリア」の両方が入っていて、ブリテンの管弦楽曲集としてちょうど良い選曲です。
ネゼ=セガンとグラン・モントリオール・メトロポリタン管の録音です。なかなか良い演奏です。「海」に関する曲が3種類入っているのですが、ドビュッシーの「海」も上手いですし。組曲「4つの海の間奏曲」も非常に透明感のあるサウンドと新しい録音で気分よく聴けます。
バーンスタインが病をおして指揮したという、最後の演奏会のライヴ録音が残っています。「海の間奏曲」に相応しい透明感のある演奏です。アンサンブルが少し崩れ気味なところがありますが、鐘の音など胸を打たれますし、バーンスタインの力強い指揮ぶりが伝わってくるような演奏です。
特に「嵐」は本質を突いた演奏で、異様な和音を使っていますが、それが分かるように、最後の部分をわざと遅く演奏していて、なるほど凄い響きなんだなと感心します。
歌劇「ピーター・グライムズ」
歌劇『ピーター・グライムズ』は意外に多くのオペラハウスで上演されています。
あらすじでオペラの紹介をしましたが、オペラを観るなら日本語字幕のあるものを選ぶことが良いですね。
純朴な村民たちが、群衆となって、ピーター・グライムズに向かって叫ぶ様子は、戦争直後などはかなりインパクトあっただろうと思います。集団心理というか、冤罪はこうしてつくられる、という今でも通用するテーマです。
異様な不協和音を使って、普通の村民たちが、異様な群衆と化していく様子を表現していて、これを観ると組曲「4つの海の間奏曲」がなぜそこでこんな不協和音を使っているのか分かるし、聴き方も変わるかも知れません。
CD,MP3をさらに探す
楽譜・スコア
ブリテン作曲の4つの海の間奏曲,パッサカリアの楽譜・スコアを挙げていきます。