
『利口な女狐の物語』(1921年~1923年)は、レオシュ・ヤナーチェク (Leos Janacek, 1854~1928) の7作目のオペラです。またターリヒらにより、組曲が作られています。親しみやすい音楽で、あまり知名度は無いかも知れませんが名曲です。本ページでは、解説のあと、お薦めの名盤をレビューしていきます。
解説
レオス・ヤナーチェクの『利口な女狐の物語』を解説します。
オペラ作家ヤナーチェク
『利口な女狐の物語』は1924年にチェコのブルーノで初演されました。その後、1925年にプラハでも上演されています。
ヤナーチェクは全9作のオペラを書いたオペラ作曲家ですが、その第7作目で、このオペラを書いたときには既にヤナーチェクの晩年に近くなっていました。ヤナーチェクのオペラはなかなか認められなかったのですが、本作のころにはやっとチェコ国内で評価が上がってきたのです。国際的な評価を得るのは、戦後のことです。
ヤナーチェクのオペラは第3作の「イエヌーファ」以降、すべて傑作であると言われています。今、比較的有名なのは、第3作「イエヌーファ」、第6作「カーチャ・カノーヴァ」、第7作「利口な女狐の物語」、第8作「マクロープス事件」、最終作「死者の家から」あたりですね。
第6作「カーチャ・カノーヴァ」以降は、台本もヤナーチェク自身が書いています。いずれもクオリティの高いドラマなのですが、モラヴィアの自然を描いた本作を除き、少し親しみ易いとまでは行きません。サスペンス風のストーリーが多いかな、と思います。
オリジナル第3幕の追加と輪廻転生
主人公の女狐の名前は「ピストロウシュカ」で、意味を直訳すれば「鋭い耳 (早耳)」です。日本でのイメージと同じで、キツネは頭がよくて人を出し抜くような存在なのですね。主人公の女狐「ピストロウシュカ」は、森番ら人間たちをからかい、オスのキツネと結婚します。
原作「早耳の女狐の冒険」は、第2幕の女狐の結婚で終わっています。しかし、ヤナーチェクは自身で第3幕の台本を書き足しました。
女狐の夫婦は子供を産み、育てます。しかし主人公の女狐「ピストロウシュカ」らキツネの一家は森番に捕まり、「ピストロウシュカ」は夫と子供を守って死んでしまいます。その後、「ピストロウシュカ」に瓜二つの子供のキツネが現れます。
そんな感じで自然信仰的なストーリーとなっており、キリスト教よりも仏教の輪廻転生に近い考え方を感じますね。ヤナーチェク自身が仏教を知っていたかはよく分かりませんが、「輪廻転生」の思想を自然から学んだようです。そして、それをわざわざ第3幕を書き足してストーリーに追加したのです。
またヤナーチェクは自分の葬儀の時に第3幕第3場が演奏されることを望んだということです。
組曲への編曲
『利口な女狐の物語』は親しみやすく、素晴らしい音楽です。オペラだと2時間程度かかるため、これを組曲にして20分程度にして演奏するのは、とても良いことだと思います。
しかし、ヤナーチェク本人は組曲は残しませんでした。現在ある組曲は主に指揮者が編曲したものです。ターリヒ(スメタナーチェク)版、イーレク版、マッケラス版の3人がそれぞれ、組曲に編曲しているため、3種類の組曲があることになります。多くの演奏では、ターリヒ(スメタナーチェク)編曲版を使っているようです。
お薦め名盤レビュー
主に組曲『利口な女狐の物語』について、お薦めできる名盤をレビューしていきます。
マッケラス=ウィーン・フィル
マッケラスとウィーン・フィルの録音です。組曲の編曲はターリヒ版です。マッケラスは、各パートの役割を明確にして、整理された演奏を繰り広げています。特別、民族的に演奏しようという意識はなさそうですね。オペラの情景が見えてきそうな、ある意味分かりやすく楽しめる演奏です。
ターリヒはチェコフィルの3代目指揮者でチェコフィルのレヴェルを一気に国際レベルに引き上げた指揮者です。
タラス・ブーリバのページで情熱的な名演として紹介しましたが、同じディスクです。組曲「利口な女狐の物語」は、強い祖国への哀愁を感じさせる名演奏です。チェコの自然が音楽となったこの組曲は、もともと哀愁を感じさせますが、それにとても共感している演奏です。
モノラル録音で、ダイナミクスが入り切っていなくても、こんなに感動させられる演奏は他にないですね。
日本でも活躍している指揮者ヤコブ・フルシャと、ヤナーチェクのご当地のオーケストラであるブルーノ・フィルハーモニーの演奏です。そして、実はフルシャもブルーノ出身なのです。ですから、特別な演奏ということになるでしょうね。
ヤコブ・フルシャは東京都交響楽団の首席客演指揮者を務めた後、チェコに近いバンベルグ交響楽団の首席指揮者になりました。日本でも素晴らしい演奏を聴かせてくれる指揮者でしたが、さらに出世したようですね。
このディスクでは、モラヴィアの豊かな響きを思い切り聴かせてくれます。組曲「利口な女狐の物語」は、こういう民族的な雰囲気を出すのにとても良い曲です。モラヴィアには日本ほど険しくない森が多く、キツネも沢山います。自然が豊富なあたりは日本人もとても共感します。安らぐ音楽ですが、モラヴィアのほうは日本ほど厳しい自然ではありませんけれどね。
ブルーノ・フィルはレヴェルがあまり高くない演奏もCD化されていますが、聴いた感じではこの演奏はブルーノ・フィルでもトップを争うレヴェルです。併録のタラス・ブーリバも含めて名演奏です。
セレブリエールとブルーノ・フィルの録音です。スメタナーチェク&ターリヒ編曲版での演奏です。
指揮者のホセ・セレブリエールは南米のウルグアイ出身です。非常にヤナーチェクに共感を持って演奏しています。1938年生まれのベテラン指揮者です。
ブルーノ・フィルは、この録音時点(1996年)で、かなり実力のあるオーケストラですね。ただ録音はきれいに取れてはいますが、少しダイナミックレンジが狭い感じで、フォルテが弱いです。
ターリヒと同じバージョンの組曲で、なるほど感動的なポイントを抜き出して組曲にしてあることが分かります。なかなかスケールが大きい演奏です。しなやかな演奏でとても味わい深いです。
なお、シンフォニエッタなど他の曲はさらに名演です。
ビエロフラーヴェクとチェコ・フィルの録音です。ビエロフラーヴェクは、若いころよくNHK交響楽団に客演に来ました。その後、大成してチェコフィルの音楽監督となり、円熟した演奏を多数残しています。
ビエロフラーヴェクの演奏スタイルはヤナーチェクによく合うため、シンフォニエッタなどはかなりの名演奏です。編曲はターリヒ版を使用しています。
ノット=バンベルグ交響楽団
- 名盤
おすすめ度:
指揮:ジョナサン・ノット、バンベルグ交響楽団
Janacek – Sinfonietta; Taras Bulba
4.0/5.0レビュー数:1個
Janacek, The Cunning Little Vixen Suite:(MP3|アマゾンUnlimited)
4.0/5.0レビュー数:1個
ジョナサン・ノットはイギリスの指揮者です。2012年から東京交響楽団の首席指揮者を務めているので、日本でもおなじみですね。ジョナサン・ノットはバンベルグ交響楽団を指揮して、様々な曲を録音しています。目立つところではブルックナー交響曲第3番の原典版を録音していました。
一方、バンベルグ交響楽団はドイツの田舎のほうにあるオーケストラなのですが、素晴らしく味わいのある響きで、昔、ヨッフムと来日して素晴らしい演奏をしています。また、ホルスト・シュタインも指揮者に就任していたことがあり、ホルスト・シュタインとの来日時のモーツァルトのジュピターは名演奏でした。(発売されていないので、R.シュトラウスのアルプス交響曲をどうぞ)
そんな感じで、知る人ぞ知るドイツの中でも最もドイツらしいオケの一つです。一方で、チェコのすぐ隣だったりします。ビールのおいしい地域です。ふくよかなサウンドはチェコ音楽も得意そうですね。
編曲はターリヒ版を使っています。
実際、聴いてみると、バンベルグ交響楽団のレヴェルの高さを感じる演奏です。チェコやモラヴィアのオーケストラほどふくよかではありませんが、特に管楽器の上手さには舌を巻きます。伝統的なスタイルの演奏では聴こえてこなかった音が聴こえたりして楽しめます。あるいは、少し編曲してあるのかも知れませんけれど。
マッケラス=ウィーン・フィル (全曲版CD)
- 名盤
- 定番
指揮:マッケラス(サー・チャールズ)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ヤナーチェク:歌劇「利口な女狐の物語」
4.5/5.0レビュー数:3個
Cunning Little Vixen
レビュー数:18個の評価
オペラ「利口な女狐の物語」の名盤
オペラ『利口な女狐の物語』は、動物が主人公の物語でヨーロッパの方では、子供と観に行くようです。そのため、ヤナーチェクのオペラの中でも上演回数が多めです。
小澤征爾は実はヤナーチェクを非常に得意としています。「シンフォニエッタ」のページでも紹介しましたが、まるでチェコ人のような演奏でした。
サイトウキネン・フェスティバルでは、大分年齢も違いますけど、やはり小澤征爾のヤナーチェクは素晴らしいです。ウィーン国立歌劇場でもヤナーチェクのオペラ「イェヌーファ」は非常に評価が高かったです。
2008年のサイトウキネン・フェスティバルでは、サイトウキネン・オーケストラがピットに入り、海外から有名な歌手を連れてきて世界に通用するレヴェルの上演を行いました。その時の映像です。
分かりやすいオペラですので、オペラを観たことが無い方にもお薦めです。着ぐるみが沢山出てきますが、決してクオリティの低いオペラ作品ではありません。むしろ、円熟したヤナーチェク晩年の名作の一つなのです。
マッケラスはヤナーチェクを研究し、チェコだけでなく世界に広めた指揮者です。このパリ・シャトレ座での上演は、サイトウキネン・オーケストラの舞台が出るまでは、唯一の上質な映像でした。
ヤナーチェクのオペラは、どちらかというとサスペンスのような題材が多いのですが、このオペラはモラヴィアの自然を主題としていて、動物が沢山でてきます。そしてチェコでは、子供を連れてオペラ「利口な女狐の物語」を観に行くのが伝統らしいです。
そんな国民的なオペラを世界に通用するクオリティで上演したのがこのディスクです。