ホセ・セレブリエール(Jose Serebrier 1938-)指揮、ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団の演奏による、ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)の管弦楽曲集。2枚のCDをセットにした再発売盤で、その収録曲は以下の通り。
【CD1】 1995年録音
1) シンフォニエッタ
2) ラシュスコ舞曲
3) 狂詩曲「タラス・ブーリバ」
【CD2】 1996年録音
4) 組曲「利口な女狐の物語」(ターリヒ(Vaclav Talich 1883-1961)編/スメターチェク(Vaclav Smetacek 1906-1986)改訂)
5) 序曲「嫉妬」
6) 歌劇「死者の家から」前奏曲
7) 交響的組曲「マクロプロス事件」(セレブリエール編)
さて、私はヤナーチェクという作曲家の作品が好きで、様々なジャンルの作品を愛好しているのだけれど、「ヤナーチェクの音楽を聴いてみたい」という方に、まずどの録音を勧めるべきだろうか、と考えることがある。しかし、今回この2枚組の録音を聴いて、「これこそヤナーチェク入門に相応しい」と感じた。
もちろん、人によって好みがある。合唱が好きなら「グラゴル・ミサ」、室内楽が好きなら弦楽四重奏曲、あるいは、歌劇なら「利口な女狐の物語」も素敵だ。ただ、ヤナーチェクの音楽にある独特の語法に親しむにあたり、ヨーロッパの王道的な輝かしいオーケストラの響きを足場にすることは、手法としていちばん相応しい気がするし、しかも、このセレブリエールの録音、素晴らしいオーケストラのサウンドを十全に操って、ヤナーチェク特有の要素についても、十分に表現しつくした、見事な内容のものなのである。しかも録音も優秀。
ブルノは、ヤナーチェクが育った作曲者ゆかりの町である。だから、というのは単純に過ぎるかもしれないけれど、当演奏におけるオーケストラの自然で、しかも情感に溢れるサウンドは、聴いたとたんに、人を惹きこむような魅力に満ちている。輝かしく力強い。その一方で、過度な発色がなく、落ち着いた滋味があって、色合いに深みが感じられる。ヤナーチェクが描いた、どこか不思議で、童話的と形容したい音楽世界を表現するのに、理想的な音響で満たされている。
セレブリエールの共感あふれる指揮ぶりも素晴らしい。この指揮者の録音、たびたび聴いているけど、何を振っても立派。もっともっと評価されるべきだろう。シンフォニエッタでは民俗的なリズムの処理が鮮やかで臨場感に溢れているし、ラシュスコ舞曲の熱血的躍動もさすが。序曲「嫉妬」や交響的組曲「マクロプロス事件」第1部の圧倒的な迫力も比類ない。ちなみに交響的組曲「マクロプロス事件」では、第1幕から第3幕の音楽を、それぞれ一つの楽章に割り当てるように編曲しているが、この編曲もとても良くできたもの。最近の録音では、ペーター・ブレイナー(Peter Breiner 1957-)も、様々なヤナーチェクの歌劇を管弦楽組曲に編曲して録音しており、編曲の聞き比べも面白いだろう。それにしても、ヤナーチェクの歌劇に溢れる美しいメロディと土俗的な迫力は、管弦楽曲に編曲してみたいという動機付けに、十分すぎるもの。このような編曲で楽しんで、次は原曲である歌劇の音源に触れるというのも、ヤナーチェクの世界を楽しみやすくするアプローチになると思う。
そして、当盤の録音の素晴らしさ、生々しく、立体的な距離感が良く再現されていて、音響そのものも楽しめるものとなっている。もちろん、ヤナーチェクの音楽を良く知る人にも、存分に楽しめるアルバムだ。