カール・マリア・フォン・ウェーバー (Carl Maria von Weber,1786-1826)作曲のクラリネット協奏曲 第1番 ヘ短調 Op.73 (clarinet concerto no.1 f-moll Op.73)について、解説とおすすめの名盤レビューをしていきます。ウェーバーが作曲したクラリネット関連の作品の中で、最も有名で人気のある作品です。ワンストップで、スコア・楽譜まで紹介していきます。
解説
ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番について解説します。
ウェーバーのクラリネット作品
カール・マリア・フォン・ウェーバーはクラリネットと管弦楽のために一連の作品を作曲しています。
・クラリネット小協奏曲(コンチェルティーノ)
・クラリネット協奏曲第1番、第2番
・クラリネット五重奏曲
・大協奏的二重奏曲(グランド・デュオ・コンチェルタント)
いずれもミュンヘンの宮廷楽団のクラリネット奏者ハインリヒ・ヨーゼフ・ベールマン(1784-1847)のために作曲されました。
ベールマンが作曲家に与えたインスピレーション
ベールマンは19世紀前半を代表するヴィルトゥオーゾの一人で、流麗で美しい演奏で当時の人々を魅了しました。また、広いダイナミックレンジ(音量の強弱)を持ち、全ての音域での安定した発音ができ、豊かなニュアンスを持っていました。ベールマンの高い技巧は、当時の作曲家にインスピレーションを与え、ウェーバーのみならず、マイヤベーアやメンデルスゾーンも彼のために作品を書いています。
クラリネット協奏曲第1番の作曲の流れ
ウェーバーのクラリネット作品は一時期に一気に作曲されています。最初に書かれた曲はクラリネット小協奏曲 ハ短調 作品26で演奏時間9分程度の小品です。1811年4月2日に作曲され、初演はわずか3日後の1811年4月5日に行われました。この初演にベールマンはほどんど練習しないまま臨みましたが、臨席していたバイエルン国王マクシミリアン1世は感動し、ウェーバーに新たに2つの協奏曲の作曲を依頼します。
国王の依頼にこたえ、まずウェーバーは1811年5月にクラリネット協奏曲第1番を作曲しました。
初演は1811年6月13日にミュンヘンにおいて行われました。
続いてウェーバーは1811年7月にクラリネット協奏曲第2番 変ホ長調 作品74を作曲しています。第2番は第1番に引けを取らない名作ですが、難易度が高すぎる所があり、現在は演奏効果に優れた第1番が良く演奏されます。またクラリネット小協奏曲も人気があります。
楽曲の構成
3楽章構成です。演奏時間は約25分です。密度が濃い曲でモチーフの数も多く25分は短いと感じますね。
ベールマンによる変更があり、これらを含むバージョンが1869年に出版され、一番正統な楽譜とされてきました。しかし近年ウェーバーのオリジナルの楽譜を復元され、このオリジナル版が広く使用されています。
第1楽章:アレグロ
自由なソナタ形式(協奏曲風ソナタ形式)です。オーケストラの数分間の前奏の後に、クラリネットが入ってきます。音階を自在に上下するパッセージが印象的です。提示部の終盤にベールマンによる短いカデンツァ(ベールマン・カデンツ)が残されており、よく演奏されます。
第2楽章:アダージョ・マ・ノン・トロッポ
3部形式の緩徐楽章です。オケの伴奏の上で、クラリネットの息の長いカンタービレが響き渡ります。終盤でホルンや木管とクラリネットの絡みが印象的です。
第3楽章:ロンド、アレグレット
豊富なモチーフを使ったロンド形式で、クラリネットの超絶技巧が存分に楽しめます。有名なモチーフも出てきます。多彩なモチーフは、クラリネットに様々な表現を要求してきます。ラストはダイナミックに終わります。
独奏クラリネット(B♭管)
フルート×2、オーボエ×2、ファゴット×2
ホルン×3、トランペット×2
ティンパニ
弦五部
ベールマンのクラリネット
有名なモーツァルトのクラリネット協奏曲は、クラリネットが登場した頃の作品で、バセット・ホルンを使って演奏されることも多いです。ウェーバーはロマン派初期の作曲家で、この頃にはクラリネットは標準的な2管編成のオーケストラに含まれています。
とはいえ、まだクラリネットはまだ機構が進化を遂げている最中で現代の楽器とは少し異なるようです。ベールマンはグリースリング・ウント・シュロット(Griessling & Schlott)の楽器を使っていました。この楽器は当時の5鍵クラリネットと異なり容易に半音階を吹くことが可能でした。
おすすめの名盤レビュー
それでは、ウェーバー作曲クラリネット協奏曲第1番の名盤をレビューしていきましょう。
クラリネット:フレスト,カントロフ=タピオラ・シンフォニエッタ
注目のクラリネット奏者マルティン・フレストとカントロフ=タピオラ・シンフォニエッタの録音です。2006年録音の高音質で立体的な響きが聴けます。とても幅広く自由な表現で、なるほど、と目から鱗が落ちます。
第1楽章から速いテンポでタピオラ・シンフォニエッタは小編成で、小気味良く曲の変化に合わせて柔軟に演奏していきます。強弱は大きく付いていて表情付けにメリハリがあります。そこに小さな音でフレストが入ってきますが、高音域でもクラリネット特有の音のハリは少なめで、フルートのように息遣いまで感じられる自然な音色です。プレストは多様な表情の主題を、さらに表情豊かに吹いていきます。タピオラ・シンフォニエッタは短調では情熱的です。
第2楽章は自然体で静かな伴奏の上で、クラリネットの有機的なカンタービレが響き渡りわたります。自然の中にいるような清々しい響きです。第3楽章は凄い速さです。多くのモチーフを多彩な表現でテンポの変化、リズムのメリハリも良く、踊れそうなリズム感です。有名なメロディもリズミカルに小気味良く聴かせてくれるのでとても楽しめます。
フレストの驚くべき技術、表現力、伴奏の小気味良さなど、ウェーバーのクラリネット協奏曲でもずば抜けた名盤です。
クラリネット:ホープリッチ,ギ・ファン・ワース=18世紀オーケストラ
エリック・ホープリッチのクラリネット独奏、ギ・ファン・ワースと18世紀オーケストラの録音です。2019年録音の新しく透明感のある良い録音です。ピリオド奏法で、ベールマンのクラリネットの複製を使っています。
第1楽章はメリハリがあって激しい18世紀オケの演奏で始まり、そこに優美なクラリネットが入ってきます。ザビーネ・マイヤーのクラリネットと比べると、ベールマンのクラリネットは高音域が自然な音色ですね。現在のクラリネットとさほど大きくは変わらない気がします。もちろん、キー周りの機構などは現在のものと大分違うのでしょうけれど。18世紀オケは古楽器らしいティンパニの鋭さもあり、力強くまとまった響きでクラリネットをサポートしています。ホープリッチはクラリネットの音色を使い分けで、鋭く演奏してみたり、滑らかに演奏したり、と色々な表現で楽しませてくれます。
第2楽章は落ち着いた味わい深い響きです。18世紀オケはガット弦の古楽器なので森の中を思わせる音色を出すのに向いています。クラリネットは自然で奥行きのある音色で、息の長いメロディを歌っていきます。後半は18世紀オケの木管やホルンもとても味わいがあり、クラとの絡みも絶妙です。第3楽章は普通の速さでリズム感のある演奏です。クラリネットの有名な主題ははっきりと演奏されています。18世紀オケがダイナミックで金管とティンパニの鋭いアクセントが心地よいです。クラは憂鬱なモチーフは味わい深く、多くのモチーフを吹き分けていきます。細かいパッセージは速いテンポだと難しいのかも知れません。高音域はアクセントをつけて硬めの音色で吹いたりしています。
古楽器でのピリオド奏法ですが、それだけに留まらず、自然美や味わい深さがあり、ピリオド奏法のことを考えなくても浸って聴くことのできる名盤です。
クラリネット:ザビーネ・マイヤー,ブロムシュテット=ドレスデン・シュターツカペレ
ザビーネ・マイヤーのクラリネットとブロムシュテット=ドレスデン・シュターツカペレの伴奏です。1985年録音ですが、響きが良く高音質で、クラリネットの優美な響きを堪能できます。
第1楽章はオーケストラによるダイナミックな演奏の後、とても優美な音色でクラリネットが出てきます。高音域でも艶やかで絹のような肌触りです。テクニック的にも余裕があり、滑らかに動き回るクラリネットを良く表現しています。オケはシャープさのある演奏で心地よいです。第2楽章は滑らかに息の長い優美なカンタービレを聴かせてくれます。オケはドレスデン・シュターツカペレらしいコクのある音色で、溌溂とした演奏です。終盤はクラとホルンの絡みがウェーバーらしく、味わい深さも出ています。第3楽章はクラとオケとの競演ですが、ザビーネ・マイヤーは自然体で、小気味良く演奏しています。様々なモチーフが出てきますが、それぞれの特徴を生かして、滑らかに表現したり、リズミカルにしたり、と密度が濃い協奏曲ですね。どこを取っても自然体で、高音域でも心地よく聴けます。ラストも軽妙なクラと軽快なオケの演奏で締めくくります。
カップリングは小協奏曲とクラリネット協奏曲第2番で、ウェーバーのクラリネット協奏曲を堪能できます。クオリティの高さや高音質を考えるとやはりスタンダードな名盤です。
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クラリネット:オッテンザマー,ヤンソンス=ベルリン・フィル
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楽譜・スコア
ウェーバー作曲のクラリネット協奏曲第1番の楽譜・スコアを挙げていきます。