オネゲルの交響曲の中でも、牧歌的という言葉が似合いそうな交響曲で、非常に親しみやすい音楽になっています。第3番『典礼風』と第5番『3つのレ』の間に、交響曲第4番『バーゼルの喜び』が入っているとホッとします。
この第4番と、第2番は室内管弦楽団向けに書かれた曲です。ですので、小編成での室内オーケストラでの名盤が多いです。名盤から迷盤まで、いろいろレビューしていきたいと思います。
解説
まず、オネゲル交響曲第4番『バーゼルの喜び』について少し解説します。
パウル・ザッハーの委嘱
アルテュール・オネゲル(1892~1955)の交響曲第4番はバウル・ザッハー(1906~1999)と旧バーゼル室内管弦楽団の創立20周年のため作曲されました。作曲者自身により副題『バーゼルの喜び』が付けられました。
オネゲルは当時の雑誌に以下のように寄稿しています。
ハイドンやモーツァルトの様式により多くのものを求めている。<中略>書法は明快であり、かつ直線的である。第1楽章は1946年7月に作曲され、魂の尊厳を表現している。第2楽章はバーゼルの古い民謡「バーゼルの我が愛しいリーに」に基づいており、楽章の最後には原曲がそのままの形で引用されている。
終楽章ではかなり複雑な多声的構造が用いられており、<中略>ロンド・パッサカリア・フーガの形式が用いられ、クライマックスでは「バーゼルの謝肉祭の朝」の主題が突如として現れ、主要主題のストレッタの上で快活に歌う。<中略>土煙が跡形もなく吹き飛ばされたような短い終結部が続く。
ホグウッドのCD解説より
赤文字は私がつけました。多声的構造(ポリフォニー)の個所で、オネゲルは以下の一文をつけています。
だからといって、聴衆は過度に警戒する必要はない
ホグウッドのCD解説より
当時はポリフォニー技法はそんなに警戒されたのですかね。オネゲル、ストラヴィンスキー、ヒンデミットとみんなポリフォニー技法の名手ですから、既に聴衆も慣れていそうですけれど。むしろ12音技法や無調などは警戒されそうです。
編成は、標準的な室内オーケストラにピアノを加えたものです。トランペットが1本というのも特徴的です。
音楽の先端都市バーゼル
ところで、民謡を引用しているという、バーゼルというのはどんな町なのでしょうか?バーゼルは、フランス、ドイツ、スイスの3国の国境に位置しています。
街の中心にライン川が流れています。一応スイスの町ですが、実際行ってみると文化的にはフランスの影響も強いように感じます。ドイツ側もフライブルグが近く、ドイツからの影響もあるでしょう。逆にフライブルグはアカデミックで古楽が盛んな町なので、フライブルグがバーゼルの影響をかもしれません。
最先端の歌劇場の一つであるスイス・バーゼル歌劇場があり、バロック~コンテンポラリーまで様々な作品が上演されています。またパウル・ザッハー財団の音楽博物館があり、著名作曲家の自筆譜の収集と公開を行っています。有名な古楽器博物館もあり、音楽ファンには見どころが沢山あります。
バウル・ザッハーと旧バーゼル室内管弦楽団
バウル・ザッハーは指揮者・作曲家ですが、世界的製薬会社の未亡人と結婚して巨万の富を手中におさめ、その資金で多くの著名作曲家への作品委託を行いました。委嘱した作品の中でも、バルトークの『弦打チェレ』『デヴェルティメント』、オネゲルの『交響曲第2番』『交響曲第4番』は今でもよく聴かれている名作です。他にもストラヴィンスキー、ヒンデミット、ブレーズ、武満徹などに作品を委嘱しています。また、バーゼル・スコラ・カントルム(バーゼル市立音楽アカデミー)の創設者で、古楽や古楽器への研究・教育も行いました。
旧バーゼル室内管弦楽団、ということは新しいバーゼル室内管弦楽団があるということですね。パウル・ザッハーにより設立された旧バーゼル室内管弦楽団は、1926年に結成され1987年に解散しました。一方、新しいバーゼル室内管弦楽団は、ザッハーらとは関係ないのですが、その意思を受け継いだ室内管弦楽団で1984年に創立した楽団です。ということは、3年程度重複する期間がありますね。
実は、ザッハーの旧バーゼル室内管弦楽団は英語表記で「Basler kammerorchester」、1984年に設立されたバーゼル室内管弦楽団は英語表記だと「Kammerorchester Basel」であり、少し名前が違うのです。
おすすめの名盤レビュー
オネゲルの交響曲第4番『バーゼルの喜び』の名盤をレビューしていきます。
ホグウッド=バーゼル室内管弦楽団
ホグウッドとバーゼル室内管弦楽団の録音です。新しいほうのバーゼル室内管弦楽団ですが、とても知的でクオリティの高い演奏です。新しい録音なので音質も良いです。木管楽器のソロも素晴らしいですし、弦楽器の細かい動きまではっきり録音されていて、非常に見通しが良いです。独特のクールな透明感は、スイスロマンド管弦楽団やモントリオール交響楽団とも似ていて、スイスらしいサウンドと言えるかも知れません。
この演奏は情感に溢れていて、シリアスさはそれほどないと思います。もちろん楽譜を変えているわけでは無いので、ある程度ありますけど。戦争の予感のようなものが通奏低音的に、続いているわけですが、この演奏の場合、その間の自然賛歌のような部分の美しさを強調する役割を担っているようです。主役は自然であり、生命力のほうですね。第3楽章はモダンでクールな感じです。少しコミカルさのある楽章だと思いますけれど、演奏によりますからね。弦セクションの響きなど、ちょっとクールすぎるかも知れませんね。
プラッソンの演奏に比べると、クオリティが高く、録音も含めて非常に透明度が高くて美しい演奏ですが、自然賛歌を聴きたい人は、プラッソンのほうが素朴さがある分、雰囲気が出ているかも知れません。
ユロフスキ=ロンドン・フィル
ユロフスキとロンドン・フィルの録音です。ユロフスキの演奏は、他の演奏に比べて、バーゼルの自然が強調されています。ですので聴いていてとても新鮮な気分になります。2007年録音なので新しく音質が良いことも有利です。
弦も管楽器も森の小動物のように小気味良く演奏されています。第1楽章はホッとする演奏です。もう少し嫌な予感みたいなものがあるほうがいいかも知れませんけれど、難しいですね。第2楽章は歯切れよく始まります。この主題は結構グロテスクさがあるので、このほうが第4番には合いそうですね。もちろんグロテスクさはあって良いのですが、程度問題です。第3楽章も歯切れが良くて、コミカルさもあって、面白く聴けます。
管理人は色々な演奏を聴いて知っているので、この演奏でも満足して聴けますけれど、なんていうんでしょう、自然豊かなバーゼルの動植物の生命力と、気づかぬうちに迫ってくる戦争の足音、そしてそれがピークに達した時に、破壊されてしまうという所がどのくらい伝わるのかは難しいですね。プラッソン盤だと、よく分かりますから。
今までに比べて新しい解釈が多く新鮮なのと、録音が良いのでお薦めです。ただ2枚目以降に聴くのがいいかも知れませんね。
プラッソン=トゥールーズ市立管
プラッソンとトゥールーズ・キャピトル管弦楽団の全集は、質の高い演奏なので、ずっと定番としての地位を確保するのかな、と思っていたのですが、少なくとも国内盤は入手しにくくなったようです。トゥールーズ・キャピトル管弦楽団は確かに一流オケかと言われると、上手いですが地方オケであって、少しパワーが弱い部分や凝集力のある響きと言った点では、パリのオーケストラやボストン交響楽団などに比べて少し弱いかも知れません。しかし、フランスの地方オケならではの良さのある演奏です。昔ながらのフランスのエスプリがまだ残っていますし、オネゲルの交響曲も曲によっては、そういう表現があうところがあります。オネゲルはフランス国籍も持っていてフランスで活躍した作曲家です。
交響曲第4番の場合、この組み合わせの良い所が出ます。牧歌的なところなど、トゥールーズ・キャピトル管弦楽団の弦楽セクションはフランスらしいラテン的な明るい響きを出しています。木管楽器のソロには非常に味わいがあります。時代的に暗い所もある曲ですが、この演奏はそういう部分をしっかり演奏しても、さほどシリアスにはならないので、それほど構える必要はないですね。それでも第2楽章で繰り返される主題は重みがあって、葬送行進曲のようです。第3楽章のリズミカルな部分もコミカルに演奏していて色彩感があるので、気分よく聴けます。アンサンブル力が必要な個所もしっかりまとめてあって、アンサンブルが崩れるようなことはありません。