1976年に録音されたスイトナー(Otmar Suitner 1922-2010)のシュターツカペレ・ベルリンによるグリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)の管弦楽曲集。
収録曲の中では、「ホルベルク組曲」がもっとも知られた存在だと思うが、どれも小曲に適性を発揮したグリーグの、わかりやすく親しみやすいメロディーが溢れた佳品たちである。
それにしても、一聴してただちに感銘に打たれるのは、スウィトナーとグリーグの天性の相性の良さ、である。組曲「十字軍の兵士シグール」は、前奏曲「王宮にて」の壮麗な導入より始まるが、管弦楽の清冽で癖のない響き、自然でおおらかに旋律を包み込むように歌い上げる歌謡性は、これらのグリーグの楽曲を奏でるのにうってつけだ。スウィトナーのシュターツカペレ・ベルリンは、天国的といって良いほどの柔らかなホールトーンをベースとしながら、旋律を担う、ことに管楽器の透明感が抜群で、この第1曲を聴いた瞬間から、彼らのグリーグが、すべてにおいて成功していることを確証できるのである。第2曲の暖かな夜想曲といった風合いも、心地よい優しさのあるトーンで満ちていて、魅惑的だ。
グリーグは、数多く「抒情小曲集」と題したピアノのための小品集を書いた。ハンガリーの指揮者、アントン・ザイドル(Anton Seidl 1850-1898)は、そのうち、もっとも世評の高い第5集(op.54)からの4曲を管弦楽曲化し、「抒情組曲」と題した。これをのちにグリーグ自身が校訂したものが、現在、しばしば演奏会なので取り上げられている。当盤ではそのうち2曲が収録されている。「小人の行進」のどこかユーモラスさとグロテスクさを湛えた表現が生き生きと表現されている。
ノルウェー舞曲も、聴く機会の多い曲とは言い難いが、これは元来ピアノ連弾曲で、ボヘミアのヴァイオリニスト、ハンス・ジット(Hans Sitt 1850-1922)によって管弦楽曲化されたもの。ブラームスのハンガリー舞曲やドヴォルザークのスラヴ舞曲と同じ系譜の作品といって良く、民俗的で親しみやすい旋律が扱われる。ここでは、特に第1曲の熱血性や、第2曲の健やかな情感が、洗練された音色で表現されていて楽しい。
末尾に収録されたホルベルク組曲は、やはり聴き味の豊かさという点で、他の収録曲を上回るだろう。冒頭の「前奏曲」から軽やかなリズムを刻む弦楽器の響きの暖かな弾力に惹き込まれる。若干抑えながら、しかし十分に節を歌わせて提示されるメロディーは溌溂として表情豊か。この楽曲にふさわしい機微を存分に踏まえている。これに続く楽曲たちも、「ペール・ギュント」に負けず劣らずの美しい旋律を、快活に瑞々しく歌いあげていて、爽快だ。第4曲「エア」のほの暗い情感も美しい。
もちろん、グリーグのこれらの楽曲は、音楽的な情緒の深みや芸術的抽象性といった点において、掘り下げられた作品とは言い難い。しかし、それゆえに、楽曲の明朗さ、屈託のなさが、いかに演奏によって「こなされているか」が焦点となってくる。スウィトナーの音楽は決して表面的なものではないけれど、むしろそのようなグリーグの作品の特性にふさわしい部分にウェイトを置いたスタイルであり、その結果、当盤では、つねに生命力に溢れた清々しい清涼な風が引き抜けるような一編を聴くことができる。それはグリーグの楽曲にふさわしいもので、これらの楽曲の理想的名演といって良いだろう。
それにしても、これほどまでに北欧音楽に適性の高そうなスウィトナーが、なぜシベリウスをほとんど手掛けなかったのか不思議である。当演奏を聴くと、彼のシベリウスがあれば、とついないものねだりしてしまうのだが・・。