イーゴリ・マルケヴィチは、バレエ・リュスを主催していたディアギレフに見い出された音楽家である。元々作曲家として売り出し、指揮者との二足のわらじで活躍していた人だったものの、第二次世界大戦中に指揮稼業に一本化している。
指揮者としてのマルケヴィチは、バレエ・リュスでの同僚だったストラヴィンスキーの作品解釈の評判がよく、近代バレエ音楽の大家と見做される。
また、活動が低迷しがちなオーケストラを指揮するのを好み、このCDで演奏しているラムルー管弦楽団やスペイン放送交響楽団は、マルケヴィチが首席指揮者に着任してアンサンブルを大幅にブラッシュ・アップさせたオーケストラである。
オーケストラ・ビルダーとして優れていたマルケヴィチではあったが、マルケヴィチ離任後のオーケストラは、後任に恵まれず再び低迷期に入ることがあり、自身も晩年には耳を病んで指揮活動が不活発化してしまったこともあって、その実力相応の待遇を受けられなかったきらいがある。
なにはともあれ、全盛期は、どんなオーケストラからも華麗で力強いサウンドを引き出すことのできた指揮棒の魔術師であり、その技術を教わろうと、数多くの指揮者の卵が彼の門をたたいたことは再確認されるべきであろう。
ビゼーのこの管弦楽曲集は、ラムルー管弦楽団から引き締まったサウンドを引き出し、溌剌としたリズム感で目の覚めるような名演奏をものにしている。カルメンの組曲など、オペラを知っている人たちならば、切り取られたそれぞれの場面が眼前に浮かぶであろうし、ひょっとすると、自分が頭に思い描いた誰かの上演の記憶を塗り替えるほどのインパクトを持つかもしれない。
「アルルの女」の組曲も、フレキシブルで力強いオーケストラのアンサンブルで、一気呵成に聴かせる。ラムルー管弦楽団は、ともするとラフな演奏に終始することもあるのだが、マルケヴィチが振ると、鉛が金に変わったような輝かしさを持つようになる。
マルケヴィチも、ただ豪快にオーケストラを鳴らすのではなく、メヌエットのように詩情豊かな表現もしっかりと要求できる人であった。
豪放磊落なサウンドを愛する人からも、緻密な演奏を愛する人からも、マルケヴィチの演奏は宝物として愛されていたのである。
余白に収められたスペイン放送交響楽団とのラヴェルのボレロは、オーケストラにラムルー管弦楽団ほどに各パートの癖が少ないものの、それでも総合的なアンサンブルの密度の高さで、燃焼度の高い演奏を繰り広げている。