1993年にリリースされた本盤は、デンマーク国営放送響とヤルヴィの珍しいオネゲル録音。エストニアが生んだ大指揮者ネーメ・ヤルヴィ(1937年生まれ)は、1980年にアメリカへ移住、2年後の1982年からエーテボリ響の首席指揮者となって頭角を表し、デトロイト響の音楽監督も務めている。
もともとエストニア放送響の打楽器奏者だった過去を持つ彼は、流れるような流麗さで小気味良くリズムを打ち出すのを得意にしていて、このオネゲルでも5番の中間楽章では、彼の得意とする(まるでジャズ・ドラミングのようにポリリズミックでシャープな)リズム配置を楽しむことができる。全体的に細面の、しかし輪郭線の取れたオネゲルで、第三番はシャープかつ小気味良くまとめられた良演になっているのではないかと思う。反面、遅めの曲になると一本調子で扁平な指揮をする面もあり、リズムの流れを掴むのが上手い美点と、曲の振幅を彫り下げてニュアンスを深めていくのはあまり上手ではない欠点が相半ばする指揮者、というのが聴後感だろうか。
そうした彼の得手不得手が出てしまったのが、『3つのレ』冒頭の怖いファンファーレ。指揮者のこの曲に対する姿勢の全てが露わになってしまうこのファンファーレ、近年の指揮者はみなスラー多めで穏やかに鳴らしてしまう。ヤルヴィも例外ではなかった。もちろん、ヒステリックな表情を減じてスラー気味に、遅めのテンポを取ることがあっても好いのだとは思う(ファンファーレから直後の弦部に引き継がれると、雰囲気は一転するのだから)。しかし、このスタイルの導入を選ぶならもっとテンポは遅く、フェルマータの効果には最新の注意を払い(長くても短くてもいけない)、荘重に切り出されるべきだったろう。充分に効果を計算したうえで、スラー気味のファンファーレを選択しているようには思われなかった。
やや弦部は小さめに録られていて、力感が細い気もするけれど、録音は分解能高く大変に優秀。オケもよく訓練され、アーティキュレーションが揃っている。ただ、第三番の緩楽章では、弦が妙に気の抜けたザラザラ音で鳴っていたりして、なかなか一筋縄ではいかない。管と弦部の緊張感に随分と開きがあるのも気になった。何やら苦言ばかりになってしまったのだが、そうした細かい点を除けば、すっきりとまとまったオネゲルで、聴きどころも少なくない。『3つのレ』も、第三楽章は非常にシャープでリズム配置も要を得ていて、この人のセンスの良さを感じることができる。悲愴的な第三番も各パートのフレーズがよく整理されていて、すっきりとまとまったいい演奏。この交響曲2曲に趣を感じる方なら、選択肢のひとつとして充分面白く聴ける筈。安く見かけたら買ってみても良いのではなかろうか。